表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/65

056 僕らの分断

 



 握った骨剣で、聖女の一撃を受け止めた。


 続けて二撃目、同じ刃でガード。


 こんな腕になってもわざわざ短剣で戦う律儀さが、我ながら妙に滑稽に思えた。




「笑う余裕があるのですね」




 三撃目を弾いたところで、聖女はその勢いを利用して後ろへ飛ぶ。




「ただの自虐だよ」




 剣と脚部が雷光を纏う。




「それも余裕のうちでしょう」




 その光が彼女の体を打ち出しているのだろうか――軽く地面を蹴るだけで、恐るべき速度で彼女は迫る。


 薙ぎ払われる斬撃を、僕は飛んで躱す。


 体が腕に引っ張られるような感覚。


 空中で逆さの体勢になりながら、相手の背中に向かってナイフの投擲。


 散弾――風を纏った針鼠(ヘッジホッグ)


 彼女は振り向きざまに迎撃、撃ち落とす。




「ふッ、くぅ!」




 これまでとは明らかな反応の違いが見て取れる。


 投げた僕が驚くほどに、その威力は向上していた。


 一方であちらは強化魔法を使っても、防壁の向上は劇的ではない――当たれば傷ぐらいは増やせるか。


 続けて着地前に、二発目の投擲――空魚(スカイフィッシュ)


 先ほどとは異なり狙い定めて投げたナイフは、彼女の眉間をめがけて飛翔する。




「はあぁッ!」




 聖女は声をあげ、ナイフを弾き落とす。


 僕は着地する。


 両者、顔を上げる。


 視線がコンタクトした瞬間――僕らは同時に前に飛び出した。




「[ライトニングエッジ]ッ!」


風刃血鷲ウインドエッジ・フェイタルエンドォッ!」




 互いに、大ぶりの一撃。


 衝突――ゴオォォッ! と魔力と魔力が爆ぜ弾け、耐えきれず周囲の長椅子が吹き飛ぶ。


 ――イエラは無事なのだろうか。


 ふとそんなことを思う。




「よそ見をしている暇などッ!」




 なおも刃の雷光は健在。


 立ち位置はインファイトのレンジ内。




「おおぉぉぉおおおおッ!」




 光速の斬撃が、連続して僕に叩き込まれる。


 速い、だがまだ見えている――だったら、速斬(クイックスラッシュ)で対処を!


 二十の斬撃、二十の迎撃。


 瞬きの刹那、繰り広げられる攻防。


 互いのラッシュが相殺される。


 刃と刃が弾きあったその場所に、閃光が爆ぜた。


 反動で互いに地面を削り後ずさる。


 ああ、あまり好ましくは思いたくないけれど――おかげさまで、対等に戦えてしまっている。


 やだなあ、これじゃあ僕が“殻”だって証明するみたいなもんじゃないか。


 だったら中にいるお前は誰なんだ。


 だったら外にいる僕は誰なんだ。


 ただでさえ落ち着かない心を、これ以上、乱さないでくれ――




「なお心ここにあらずなどとッ、舐められたものですね!」




 左側から斬撃――僕は右腕でガード。


 聖女が消える。


 僕の背後――左側より攻撃。


 僕は[シャドウステップ]を発動し逆に彼女の背後を取る。


 後頭部を狙い斬首(エクスキューション)発動。


 聖女は地面に大剣を突き刺すと、それを棒のように使いくるりと回り、回避の後、左腕を狙った膝蹴りを繰り出す。


 今の僕の武器は右腕だ。


 それもまだ使い慣れていない。


 だからこの単純で執拗な“左側からの攻め”にも、どうしても“大きなアクション”による対応しかできない。


 そしておそらくは――ここで僕が右腕で受け止めたのなら、彼女はその隙を使って僕を殺しにくるだろう。




「づ、ぐぅっ!」




 だったらあえて、脆弱な左腕で受け止める。




「腕を犠牲に!?」




 聖女の膝がゴリュッ、と僕の骨を砕き、潰し、腕はたやすくへし折れた。


 なんて威力だ、しかも雷撃のせいで感覚が痺れて――でも、今なら足を掴める!


 よし、このまま地面に叩きつければッ!


 ――すると、彼女は地面に突き刺していた剣を引き抜く。


 そして片手でその巨大な刃を、こちらに向けようと――馬鹿げている、その体勢からそんなことが可能だっていうのか!?




「チィッ!」




 思わず舌打ち。


 無理せず、安全をとって、聖女を手放し、壁に向かって投げつけた。


 彼女は肩から衝突し、顔を歪めながらゆらりとよろける。


 一連の交戦が終わると、脳内麻薬の分泌が一旦落ち着いたのか、猛烈な痛みが左腕に走った。




「い、づ……っ、はぁ……ふぅ……」




 脂汗が浮かぶ。


 血の気が引くような感覚。




「……これにも対応しますか、厄介なものを目覚めさせてしまったようです」




 彼女は顔を歪めながら、ぶつけた肩に手をかざす。


 肩の骨ぐらいは砕けたと思っていたけれど――光に包まれると、簡単に治癒されてしまった。


 強化魔法も超一流、回復魔法も超一流、そして本人の身体能力も超一流ときたもんだ。


 悪魔さんの力でも借りないと、対抗なんてできるわけがない。


 その証拠といわんばかりに、とっくに僕の心はしぼんでいるのに、腕は猛々しく脈打っている。


 熱い。溶かした鉄のような血液が巡っている。


 元々の右腕は、まるでボロ布のように近くに打ち捨てられていた。




「随分と、悲観的な顔をするのですね」


「この村の有様を見せておいて、喜べるわけがない」


「人ならざるものへと変わり果てる……心か、体か、それだけの違いでしかない、ということですね」


「心が変わってないっていう確証だってない。僕にだってわからないんだよ、どこまでが以前の自分で、どこからが今の自分なのか。そういうことなんだ、お前たちがやっていることは」


「……」


「人を二度殺す。体だけでなく、心まで。狂ってもなお、正気は心の内側から、外の自分が何をしているのか見せつけられる。ここから出してくれと叫んでも、誰も助けてくれやしない」


「……それは貴女の想像でしかありません」


「いいや違う! 僕は見たんだ。この村の男性が残した、悲痛な日記を」


「そこに、書かれていたと?」


「彼は薬で狂っている自分自身を俯瞰していた。怖かった。僕もいずれそうなるんじゃないかって。リーゼロットもそうなってるんじゃないかって。だからお前のことが許せない、って! はは……そんな最中に、これだよ。喜べるはずなんてないじゃないか。それとも、黒の王蛇にとっては喜ばしい結果だったのかな?」




 聖女は、気まずそうに視線を逸した。


 まるで罪悪感がありますよー、とでも言うように。




「何だよ、その顔は。自分でやっておいて」


「……」


「後悔するなら最初からやらなければよかった」


「……それは、違うと思います」


「へえ、どう違うっていうの?」


「何もやらなくて後悔することだってある。だから、私は歩みを止められないのです」


「自己満足だよ、そんなの」


「誰だってそうです。何だってそうなのですよ。突き詰めれば、正義も悪も、全ては自己満足でしかない」


「極論だ」


「ですが真理です。リーゼロットさんとやらは、貴女に救ってほしいと願ったのですか? この村の人々は、私を殺してほしいと願ったのですか? 違いますよね。貴女が、そう思っているだけです。正しいか間違っているかなんて、結果が出るまでわかりません」


「だったら、この村の有様は正しかったと? お前たち黒の王蛇は、そうしてまで自分がやったことを正当化しようっていうのか!?」


「無秩序に終わるより、救いはあったと――そう思っています」


「ふざけたことを言うなアァァァッ!」




 飛びかかる。


 獣のように、悪魔のように。


 致命的に噛み合わない。


 この女は何を言っているんだ? 本当に僕と彼女は同じことについて話しているのか?


 薬をばら撒いた張本人のくせに、そうやって、まるで自分の罪から逃げるような言動ばかり繰り返して。


 何が秩序だ、何が救いだ。


 本気でそう思ってるんなら悪魔はお前だ。


 死ね、死ね! より多くの人間を不幸にする前に僕に殺されてしまえッ!




「く――でしたら、貴女はッ! 人々がッ、獣のように共食いして! そして滅びる世界が! 正しいというのですかッ!」


「最初から、薬さえなければって言ってるんだよぉぉおおッ!」




 がむしゃらに力をぶつけ合った。


 互いに、感情の赴くままに。


 しかし胸に気持ち悪さが張り付いている。


 やはりそうだ。


 噛み合っちゃいないんだ、最初から、何かが。


 この女に感じる違和感は、気色の悪さはそこにある。


 そもそも――この強さ、明らかにグラードどころかキルリスよりも上ってことは、こいつは幹部だ。


 “十悪”とか言ってたっけ。


 ひょっとして、黒の王蛇の上から十人ってこと?


 だったらそんな人間が、こんな小さな村に、ずっと張り付いてるなんてありえない。


 要するに――途中から(・・・・)なんだ。


 おそらくは、手遅れになったあとから、彼女はこの村にやってきて――そして、聖女の真似事みたいなことをしている。


 そう考えれば、イエラがこの村の状況を知っていたことと、聖女の存在をしらなかったこと、二つの事実が両立しうる。


 自己満足、か。


 黒の王蛇みたいな悪人集団に属しておきながら、変なやつもいたもんだ。


 聖女? 救いたかった? とうに終わった村に、秩序でももたらして? あの気持ち悪い儀式がそうだって言うのか?


 ああ確かに、それは正義の行いなのかもしれない。


 お涙頂戴で、多くの人が支持する、感動的な方法かもしれない。


 耳障りはいいよね。


 でも、どちらにしたって――間違ってる。


 こんな村の人々を、魔法まで使って生き延びさせようだなんて。




「貴女は間違っています。そう、イエラさんも同じように。たとえどれだけ苦しくとも、人は、命あってこそ人なのです。命さえあれば、人は人なのですよ!」


「この村の人たちを見ても、そう思えるっていうのか!」


「思えます! 彼らは必死に生きている! だから、私は余生を少しでもまともに過ごせるようにとッ!」


「その必死さ――ああそうか。お前も、何かに重ねてるんだな?」


「ええそうです。私は、私の過ちを正さなければならない」


「はは……そうだ、僕も重ねてるんだった。お互いに、身勝手な話だよ。だったら、結局のとこ、イエラの意見を尊重するのが一番なんじゃないのかな」


「……それは」


「イエラは、何て言ってた?」


「……」


「そっか。自分と違う考えだから、黙殺する、と」


「……確かに、殺すべきと言っていました。今すぐにでも、終わらせてあげるべきだと」


「だったらそれを――」


「彼女に全ての責任を背負わせるのですか? もしもその決断が間違っていたとき、イエラさんだけが苦しみを味わうのですか?」


「誰も恨みはしないよ」


「嘘ですッ! 人は恨む、憎しむ! 自分は選ばなかったくせに、自分は決断を拒んだくせに、それを下した人間を、徹底的に悪だと糾弾するのですッ! だから私は、私は……もう……っ!」




 顔を両手で覆い、取り乱す聖女。


 ――面倒な女だなぁ。


 率直に、そう思った。


 まあ僕も、大差なく面倒なやつなんだろうけど。


 互いに半端者で、互いに迷っていて。


 だから――共感と同時に、自己嫌悪めいた気持ち悪さを感じるのか。




「繰り返さない。そのためにも、負けてはならない! 私は常に、正しさを証明するために最強でなくてはならないのですからッ!」


「理想を押し付ける先が間違ってるんだ!」


「ですから最初から言っているのです。これは、自己満足でしかないのだと! そして何より、貴女は私の敵でしょう!」




 そして開き直り。


 もっとも、僕と彼女は敵同士、最初から言葉を交わすことに意味などないのだけれど。


 どちらかが死ぬ――それ以外に勝負が決する方法などありはしない。




「貴女の限界はわかりました――次で、決着を付けます」




 魔力が、聖女の周辺に渦巻く。


 さらに上位の魔法を使うつもりか。




「[ヴァイアス]」




 魔法の種類は多い。


 ひとえに光魔法といっても、数百も種類があるという。


 ある程度は、僕も把握しているけど――聖女が使ったそれは、知識の中に無かった。


 魔力量からして上位スキルだと思うけど……見た目や周囲への影響がないということは、やはりこれも自己強化魔法なのか。




「行きます」




 右手で大剣を握る。


 上段に構える。


 力の籠もったその腕は、まるでしなる弓のようだ。


 そして左手はそっと刃に添え、腰を落とす。


 その構えを目にした瞬間、僕の中の生存本能が警告した。


 おそらくあれは、右腕のみに強化を集中させた状態。


 あるいは、自らにかかった強化魔法を右腕に集めた、とでも言うべきか。


 今までのどのような攻撃よりも鋭く、速い斬撃が襲ってくるだろう。


 いくら想像力を張り巡らせても、いずれの道を選ぼうとも、被害をゼロで抑える方法は見つからない。


 問題は、どこを捨てるかだ。


 悪魔の右腕は論外、悔しいがこの腕がないと彼女とは戦えない。


 だから向こうも、この腕を真っ先に狙ってくるだろう。


 左腕は使用不可、両足はまだ残ってるけど――そうだ、いっそ脚を捨てて、そこから悪魔の脚が生えてくるのでも期待してみる?


 ギャンブルだけど、真っ向勝負で聖女に勝つよりはマシな確率かもしれない。


 まあ――でもそれに頼るのは最悪のパターンってことで。


 今は体を犠牲に、相手の首を掻っ切る方向で作戦を固める。


 意識の集中。互いに互いの姿だけを視界に捉える。


 雑音は排除、気配も遮断、とにかく目の前の攻防にすべてを注げ。


 しなる腕に力がかかる。


 引き絞られた弦は、添えた左手が離されることで一気に加速し――




「おぉぉぉおおおおおッ!」




 咆哮とともに、斬光が空を裂く。


 当たり前のようにその斬撃は宙を舞い、物理的接触を必要とせず、狙った相手を両断する。


 迫る殺意を前に僕は、前に出ようとして――視界の端に、誰かの姿を捉えた。




『クリス、危ない!』




 おそらく彼女はそう思い、飛び出したのだろう。


 ――どうして。


 いや、別にここにいることはおかしくない。


 むしろ、いて当たり前だ。


 けど、何で、この瞬間に?


 きっとそれは、奇跡的に、絶望的に、絶妙なタイミングだった。


 わずかでもずれていたら、間に合わなかっただろうし、聖女は剣を振り下ろさなかっただろうから。


 そしてイエラの両手は僕の体を突き飛ばし、彼女の体は、胸の下あたりから、飛来した剣気により真っ二つに断ち切られる。


 傾く世界で、僕が見た彼女の断面は、まだ汚れていないから鮮やかで。


 思ったより赤ばかりではないんだな、とか。


 内臓や脂肪ってあんな色なんだな、とか。


 他人事のように観察し、けれどそれは、情報を咀嚼するまでのわずかな時間だけ。




「あ……」




 聖女が、目を見開く。




「イエ、ラ……?」




 付き合いはあまり長くない。


 互いの事情だってあまり知らない。


 けど、倒れ込みながら、二つに分かれたその姿は、今の僕の心を握りつぶすには十分すぎて。


 くしゃりと。


 殻の僕は、内側からほとばしる“何か”に、驚くほどあっさりと飲み込まれた。




「う、うあ、あ……うわあぁぁぁぁああああアアアアアアアッ!」




 弾ける。


 爆ぜる。


 消え失せる。


 さよなら、僕。


 おはよう、誰か。




(かお)の無い……悪魔……!? ま、待ってください、今ならまだ彼女の治療がッ!」




 白い。


 世界が白い。


 空白がそこにはあった。




「ぐううぅぅううっ、ここまで強化しても、抑えきれない!? しかもっ、この速さは!」




 白い。




「しま――っ!? がっ、ひぎっ、ぎいいぃいいっ! あ、あがっ、は、ひ……腕、引き、ちぎ……っ」




 どこまでも、白い――




「まだ、間に合います。ここは、休戦を――っ!? あ、あ、う、ああぁぁぁあああああッ!」




面白かったよ、先が気になる! と思っていただけたら、下のボタンから星を入れてもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] すみません、続きが早く見たいです(^^;
2020/05/16 03:42 退会済み
管理
[良い点] 57/57 ・感情が躍り狂っていてとっても面白いです。 [気になる点] 聖女さんにハッピーエンドはあるのでしょうか? あるんでしょうね。何かしらぐちゃった奴が [一言] こういうの書きた…
[良い点] なんてことだ・・・なんてことだ・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ