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051 ノー・ウェイ・アウト

 



 キルリスは臆せず立ち向かう。


 巨大な斧を、ひ弱そうにも見える“画聖”に向かって振り下ろした。


 そしてインパクトの直前、下位魔法である[ストーンランス]を生成。


 刃ではなく、その鋭い岩を相手に叩きつける。




「そォらあぁぁぁああッ!」


「その程度じゃあ、ねえ」




 画聖は動かなかった。


 動かずとも、[ストーンランス]はその頭部に直撃する寸前に消滅した。


 岩は砂へと返り、目に見えぬ風に乗って流されていく。




「ッ――!?」




 キルリスは命中の直前で斧を止め、とっさに後ろに下がる。


 なおも彼はニヤニヤと笑って、ゆらゆらと不気味に揺れていた。




「直前で止めるあたり、意外と愚かではないんだなあ。さすが幹部をやるだけはあるってことか」


「お前……ソレ、全身を覆ってるノかヨ」


「イエス。[ガストシェイバー]という魔法なんだなあ。地味だけど、一応これでも、最上位魔法ということになっている」


「キルリス。あいつ、最上位魔法を常に使ってるってこと?」


「らしいナ」


「そんな。どれだけの魔力を持ってるっていうの!?」


「触れるダケで塵にナル風の鎧――攻防一体ってワケだ」




 その事実を知ると、左右に揺れるあの動きが余計に不気味に見える。


 まるでこちらの命を削るために、タイミングを計っているような――


 すると次の瞬間、画聖の姿がキルリスの前から消える。




「ふッ!」




 キルリスはとっさに姿勢を低くすると、背後にいるカウリィ(・・・・)に足払いをした。




「きゃああぁっ!?」




 突然のことに対応できず、彼女は倒れ床に肩を強打する。


 その頭上を、画聖の手が通過した。




「いい読みだなあ」


「ちイぃッ!」




 にへらと笑う男に向かって、斧を振るキルリス。


 横一文字に振り切るも、そこにすでに彼はおらず――気づけば、相手は刃の上に悠々と座っていた。




「でも、遅いね」


「くそがァッ! [タイタンフィスト]ぉッ!」




 キルリスは空いた手で画聖に殴りかかり、作り出した巨大な腕を叩きつける。


 魔力によってではなく、彼女の腕力によって射出されたそれは、バーの壁に激突し貫通した。




(手応え無し――ちくショう、早スギる!)




 先ほどの一撃も相手を捉えてはいない。


 店内は舞い上がる砂埃で霞んでいた。




「な、何……全然わかんない……」


「カウリィ、立テ! 腰を抜かしてる場合ジャなイ!」


「わかってるってばあ、もうっ!」




 彼女は立ち上がると、メイド服のフリルに付いた砂を叩いた。




(どコダ……ドコに行きやガッタ――)




 画聖の姿は見えない。


 先ほどの一瞬で隠れたらしい。


 だがそう離れてはいないはずなのに、気配がない。




(十悪――噂には聞イテたガ、ここマデ力の差がアルとはナァ)




 正直、キルリスにも相手の動きがまったく見えなかった。


 そして攻撃力、防御力ともに相手の方が上。


 これでは勝負になどなるはずがない。


 となれば――キルリスの勝利条件は、相手を倒すことではない。


 ここから、カウリィと一緒に無事に逃げおおせることだ。




「あいつ、自分で自分の魔法のことペラペラ喋って……よっぽど自信があるんだね」


「ダローな。あたしラなんて、路端に転ガル石みテーなもんダ」


「石ころに反撃されることなんて、想像すらしてないんだ」




 そう、だからこそ意表を突けば隙はできる。


 誰だって、道端の石が、石だと思って蹴ってみたら、実は気持ちの悪い虫だったら――驚いて動きが止まるだろう。


 だが今のキルリスの力で、果たして彼を驚かせることができるだろうか。


 むしろ、相手は油断すらせずに、こちらを驚くべき手段で殺そうとしているのではないか。


 何せ、小細工など弄せずとも、ただただ超人的速度で拳を繰り出すだけで、本来なら二人とも仕留められていたはずなのだから。




「まずは外に逃げない? ここは狭くて不安」


「そーダナ。外なら盾もイル」


「盾って……キルリス、もしかして通行人のこと言ってるの?」


「シシシ、あたしがソーいうの躊躇うタイプだと思ってルのカ?」


「……極悪人」


「生き残ルためダ、割り切レ。あたしらが出会ったノハそういう相手なんダヨ」




 カウリィとてキルリスがまともじゃないのはわかっていた。


 今日まで彼女が人を殺すところは見たことがない。


 だが、あんな不気味な斧を持ち歩く女がまともなわけないのだ。


 喋り方の癖と妙な人懐っこさで忘れてしまいそうになるが、彼女は極悪傭兵団、黒の王蛇の一員でもあるのだから。


 しかし警戒しながらも、カウリィはキルリスを頼るしかない。


 キルリスが店の外に出る。


 カウリィは小走りでその背中を追った。


 外は暗く、閑散としていた。


 夜の町並みなど、どこも似たようなものだが、それにしたって、不気味なぐらい静かだった。


 “敵”に追われている――その考えが、感覚にまで影響を及ぼしているのだろうか。


 一歩、二歩と歩いて、キルリスは足を止める。


 そして顎に手を当て、眉間にシワを寄せてから、周囲を見回した。




「キルリス?」


「……ンー」


「何なの急に、どうしたの? 早く逃げようよ」


「あたしの想像ヨリもヤベーかもしんネェな」


「私にもわかるように言って」


「人の気配がナイ」


「それはわかるわよ」


「一つもナイ」


「……え?」




 カウリィは背筋に冷たいものを感じた。


 気配が一つもない――それは何を意味する言葉か。


 答えを聞くより先に、キルリスは歩きだす。


 バーのある通りを出て、広めの道へ。


 そこまで来て、カウリィは街灯の下に倒れるそれを見つけた。




「う……あれって……」


「画聖の仕業ダ」




 骨と、臓器。


 それがライトの下に配置され、どこか哀愁を漂わせている。


 他にも、いくつもの死体がそこらじゅうに落ちている。




「嘘でしょ……? さっきの、私たちの前から消えたほんのわずかな時間で、こんな……」




 ヒュオ――カウリィの頬を冷たい風が撫で、通り過ぎていく。


 二人の視線は自然とその流れる先に向く。


 男――“画聖”は、音もなく、いつの間にかそこに立っていた。




「ひっ……」




 引きつった声を上げるカウリィの前に、斧を構えたキルリスが立つ。




「“儚さ”とは……か弱ければか弱いほど際立つんだなあ。そう、その“際”に、生命の尊さが浮かぶ。そして危ういからこそ、人はそれを守ろうとする」


「芸術家気取リか?」


「違うんだなあ。元々、僕は芸術家だったんだ。ヘンリー・ルーカス。聞いたことないかなあ?」


「知ラン」


「残念。マリストール領ではあまり活動していなかったからなあ。殺し屋なんて、縁のない仕事だった。でも仕方ないんだなあ。僕の芸術は、人の命を奪うことでしか表現できないんだから」


「気持ち悪ィな」


「……何?」


「悪人ナラ悪人らしく胸ェ張って『僕は快楽殺人鬼デス』って言っとけヨ。半端に芸術ダノ何だのッテ言い訳すんのがクソダセェ」


「君は……あれなんだなあ。芸術とは、最も縁遠い人間に見える。だから理解できない」


「芸術ジャア飯は食えネエよ」


「腹が満たされても、心が満たされなければそれは死体だよ」


「金持ちの理屈ジャねえカ」


「わかんない人だなあ。見てくれよ、この光景を。人の営みの成れの果て。人の名残。たった今までそこに“在った”命が、死へと形を変えて、しかし生を匂わせた状態でそこにある。こんなもの、見ているだけで……する(・・)だろう?」


「何がだよ」


「エレクチオンさ!」


「しネエよ。まずあたしにはモノがネェ」




 何の話をしてるの――困惑の眼差しを二人に向けるカウリィ。


 しかし当の二人は、至って真面目に会話をしていた。


 美学と美学の衝突である。


 そしてそれは、見事に決裂を迎えた。


 キルリスは『もう少し時間を稼ギたカッタな』と冷や汗を流し、ヘンリーは『強者の死もまた尊い』と興奮する。




「わかりあえない。まあいい。そういう相手の、抵抗の末の死も、また別の美しさの形だから――」




 そしてヘンリーがわずかに腰を落とした瞬間、すかさずキルリスは動いた。




「死んでヤルつもりはネエェェェェェェエエエッ!」




 魔法が前に飛ばぬならば、物理的に飛ばしてやればいい。


 キルリスは[ストーンランス]を自らの前方に無数に浮かび上がらせると、斧による乱打によりそれをヘンリーめがけて射出する。




「オラオラオラオラオラオラオラアアァァァァアアッ!」




 普通の人間ならば、並の冒険者ならば、とうに肉片になっている怒涛の連打。


 だが命中直前もヘンリーは微動だにしなかった。


 つまり今も動いていない。


 動くまでもなく、その石片は彼の[ガストシェイバー]によって防がれているのだ。




「まあぁぁだマダアァァァァアアッ!」




 なおもキルリスは手を止めない。


 岩を浮かべる。


 斧を振り回す。


 そのとき、足で地面を踏みしめながら、同時に魔力も流す。


 彼女が得意とするのは地面から突き出すタイプの魔法。


 すなわち上位魔法[マウンテンブロー]。


 足元から現れた岩の塊が、さらにヘンリーを追い詰める。


 がむしゃらに連発される魔法と、周囲の暗さにより、もはや完全に彼の姿は見えなくなっていた。




「けほっ、けほっ……キルリス、これ、私たちの視界が潰れるだけなんじゃ……っ」


「構いやしネェッ! うおおぉぉぉおおおおおおッ!」




 一見して、何も考えずに、やけくそになって攻撃しているようにしか見えない。


 だから――ヘンリーは白けていた。


 砂埃の中にあっても、彼クラスの冒険者ならば気配で相手の位置を察知するのは容易い。


 もとより、気配など使わずとも、風の流れだけで把握することが可能だ。


 もちろんキルリスの魔法は、彼に一筋たりとも傷を与えることはできていなかった。


 その嵐のような土魔法の直撃を受けながら、砂埃の中をまっすぐ、キルリスに向かって歩み寄るヘンリー。


 そしてある程度まで近づくと、またも軽く腰を落とし、強めに地面を蹴って相手に接近し――掴みかかる。


 触れるだけで骨と内臓以外が吹き飛ぶ。




「……ん?」




 しかし妙な手応えがあった。


 足元を見る。


 明らかにあの二人とは体格の違う骨が落ちている。


 ヘンリーが砕いたのは岩。


 つまり、キルリスは近くにあった、まだ完全に死んではいない人間の成れの果てを魔法で引き寄せ、それを人の形をした岩に埋め込み、“気配”だけそこに残していったのだ。


 もっとも、気配とやらがそれで出せるかは賭けであったし、ヘンリーがもっと本気で感覚を研ぎ澄ましていれば、簡単に看破できたはずだが。




「逃げた……でも、そんな遠くには行けないはずなんだなあ」




 立場が逆転する。


 近くに二人の姿はない。


 逃げ道もなし。


 地面は、一部石畳が剥がれて土がむき出しになった部分はあるものの、穴と呼べるものは見当たらず。




「別にあれを仕留めろとは命令されてないんだなあ……でも、ああ……あれが死ぬところ、みたいんだなあ……」




 一人きりになった村で、ヘンリーは呟いた。




 ◇◇◇




「フンッ! そらっ! オォりゃあぁぁああっ!」




 キルリスとカウリィは、地下を突っ走っていた。


 前を行くキルリスが斧を振れば、前方の土壁が砂へと変わり、道が開く。


 後ろを走るカウリィはそのたびに砂を浴びせられるのだが、今は文句を言っていられる状況ではない。


 あの砂埃の中、攻撃しながら死体を引き寄せ、人形を作る。


 そして地面に穴をあけて、中に逃げ込んで蓋をする。


 これをヘンリーが接近してくるより早く、全て終わらせる必要があったのだ。


 よくもまあ、うまくいったものである。


 キルリスは自分を褒めたい気分だった。


 だが褒める余裕もない状況だった。


 まだ頭上にはヘンリーがいる、予断は許されない。




「はぁ……はぁ……っ、この調子なら、逃げられそうっ……」


「ああ――追っては、来てネェみたいダナ」




 一旦足を止め、振り向くキルリス。


 洞窟の中は本当に真っ暗だが、音はよく響く。


 もし地上から降りてきたのなら、必ず何らかの音が発生するはずだ。




「よし、コノ調子でとっととずらカルぞっ!」




 斧を大ぶりに振り下ろすキルリス。


 砂が削られ、穴が開き、急に暗闇が明るく照らされる。




「……マジか」


「う、うそ……」




 ヘンリーが、立っている。


 渦巻く風の出力を上げ、生じた雷で周囲を照らしながら、まるで風神のごとき存在感で、そこに。




「僕も真似して掘ってみたんだなあ。簡単だったよ」


「て、てめぇぇえええっ!」




 ここは店の中よりもさらに狭い空間。


 もはや、キルリスには先手必勝で襲いかかる他、手段は残されていなかった。


 斧で切り上げる。


 ヘンリーは手を前にかざす。


 たったそれだけで、叩きつけられた岩の塊も、そしてキルリスの持つ斧も――柄を残して、塵となった。




「さようなら、強き命よ――」




 キルリスに伸びる手。


 彼女はもう、回避できない。


 もはや何らかの奇跡が起きることを祈るしかない。




「ば、[バブルボム]ッ!」




 カウリィが叫ぶ。


 キルリスの目の前で、人の頭ほどの大きさの水泡が弾けた。


 威力は極小。


 しかしキルリスがとっさに魔力障壁を解いたおかげで、衝撃で軽く後ろに吹き飛ばされる。


 たとえ魔法使いでなくとも、下位魔法は使える――それは【射手】であるカウリィとて例外ではないのだ。




「ナイスだ、カウリィッ! マウンテンブロオォォォオッ!」


「逃さないんだなあ」




 キルリスは後ろにとんだ勢いでカウリィを抱き寄せ、魔法を発動させる。


 ヘンリーはそれを邪魔すべく前に飛び出す。


 彼は思った。


 キルリスは悪あがきで、自分に魔法を使ってくるはずだ、と。


 だが、彼の足元の地面は隆起しなかった。


 なぜならキルリスが狙ったのは、敵ではなく自分自身だからである。


 突き出す岩の槍を、自分が壁になって受け止めるキルリス。


 魔力障壁を一点に集中。


 それでも上位魔法の威力は抑えきれず、岩は皮膚を突き破り骨を砕く。




「ぐうゥオォオオオオオオオオッ!」


「キルリスッ!?」




 吼えながらも、しっかりと二人の体は浮き上がった。


 そしてキルリスは天井に触れる前に手を伸ばし、中位魔法[デザーティフィケイション]を発動。


 触れた壁を砂へと変えて、勢いを殺さぬまま地上へと脱出する。


 歯を食いしばり、痛みに耐えながら転がる。


 できるだけ穴から離れてから立ち上がろうとしたところに、




「地上に出たところで状況は変わらないんだなあ」




 追ってきたヘンリーが、早くも目前まで迫っていた。


 突き出される腕。


 とっさに地面を隆起させ、自らの体を再び飛ばして避けるキルリス。


 しかし同じ策は二度も通じない。


 それを読んでいたヘンリーはすぐさま対応し、空中に浮かぶ二人を捉える。


 彼の腕は、キルリスの頭に向かって伸びていた。




(避けラんネェ……触れらレル……終わル……いや――本当ニ終わるノカ?)




 だったらどうしてヘンリーは、わざわざ“頭部”なんて弱点を狙ってくる?


 どこに触れてもいいのなら、もっと死角になる場所を狙ってくるはず。


 殺された一般人との違いは――




(魔力障壁、か? アレがあるト、簡単にあの気持ち悪ィオブジェにはデキない?)




 だったら、この状況を切り抜ける方法は――ある。


 空中で、体を強引にひねった。


 “避ける”んじゃない。


 頭以外の、別の部位を代わりにぶつけてやるのだ。




「こンちくしょうぉオオオオオッ!」




 キルリスはやけくそ気味に、右の拳を相手に叩きつけた。


 無論、その腕はまるごと[ガストシェイバー]に持っていかれる。


 ヒュゴォッ――触れた瞬間、肉が吹き飛び、骨だけがむき出しになった。


 一瞬すぎて痛みすら感じる間はない。


 だが、それが視界に入った瞬間、いくらキルリスといえど血の気が引いた。


 体の右側だけが異様に軽くなる。


 さっきまであったものが、力を入れようとしてももう動かない。


 その、恐怖――それを噛み砕いて、無事地面に落下。


 叩きつけられ、「あぐっ」と声をあげるカウリィ。


 なおもヘンリーの攻勢は止まらず、もはや声を発することもなく、静かに二人に飛びかかる。




(使うしかねえのか、あれを――)




 キルリスは覚悟を決めた。


 正直、まだ一度だってまともに使えたことがない。


 この腕の状態じゃ、それを使ったところで何の意味があるかもわからない。


 だがランクSを名乗るものとして、いつまでも“苦手”と言ってられるものでもない。




「[ヨルムンガンド]オォォッ!」




 土使い、最上位魔法――[ヨルムンガンド]。


 大地よりせり上がる(がく)は、竜の頭に似た形となり、相手を容赦なく噛み砕く。




「だから効くわけが――いや、またか(・・・)




 狙いは、またもやキルリス自身。


 牙は彼女の上着の裾を引っ掛け、頭に乗せたまま大地を這いずりその場から離れていく。


 常識はずれのスピードで。


 片手でカウリィの体を抱きしめ、岩龍にしがみつく彼女は、かなり必死だった。




「っ……トーゼンだろ。あたしラは、テメーに勝つつもりネーからナァ!」




 だが捨て台詞は忘れない。


 遠ざかっていくヘンリー。


 なおも彼は追うような仕草を見せたが、途中で足を止めた。




「別に、あれに固執する必要はないんだなあ。僕の任務は幹部を潰すこと。部下もいない、支配する地域もない、そんな小物にこれ以上、構ってる暇はないんだな」




 あまりのしぶとさに、相手をするのが面倒になった。


 それはつまり、キルリスの勝利でもあった。


 内心、ヘンリーはわずかないらだちを感じていたが、しかし自分の言葉通り、任務を優先する。


 キルリスたちは明後日の方向に向かっていった。


 腕を一本失えば、もはやランクSとしての実力も発揮できないだろう。


 だったら、無視しても構わない。いや、無視するべきだ。




「標的は残り一人。そこに先回りすれば、ボスに逆らう不穏分子は全部潰せるんだなあ」




 体はゆらゆらと揺れる。


 しかし心はすでに平静。


 ヘンリーは死の地と化したその場を離れ、次のターゲットの居場所へと向かった。




 ◇◇◇




 一方、キルリスとカウリィは、[ヨルムンガンド]にしがみついたままどんどん村から離れていく。


 最初よりも体はいくらか安定したが、気づけば森に突入しており、カウリィの顔には何度も木の葉や枝が直撃していた。




「あいたたたたっ! キルリスっ、これ、どこに向かってるのぉ!?」


「っ……う、く……わかラン」


「えっ」


「あたしにも、制御デキない……カラ、どこまで、行くカモ……想像、つかねえナ。シシシッ」


「いや、シシシッて笑ってる場合じゃないから! じゃあいつ止まるかもわかんないってこと?」


「一生止まんネェかもナ。シシシッ」


「だから笑い事じゃないのっ! キルリスのその傷どうすんのよおおぉーっ!」




 地面をえぐりながら突き進む奇妙な乗り物を、獣たちは不思議そうな目で見つめる。


 カウリィの叫び声は、ドップラー効果で歪みながら離れていった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 52/52 ・ヘンリーさんいいキャラしてますね。 [気になる点] 腕を失って大丈夫なのか? しばらく苦労しそうですね。 [一言] リ率が高い。これは吹っ切れましたね。
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