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047 絵に描いたような

 



 ウェイクは、どうしてもクリスのことが信用できなかった。


 冒険者というだけでも胡散臭いのに、あんな正義の味方みたいな言動で、しかも執事だというのだから。


 彼女だけじゃなく、三人の執事、全員が胡散臭い。


 だから彼はクリスたちのあとを追って、ギルドの前までやってきた。


 そして横にある路地に入ると、試しに壁に耳を当てる。


 すると田舎のギルドだけあって壁が薄いのか、中の会話が、うっすらとだが聞こえてきた。




「罠ごと踏み潰して、必ずこの街を解放するから。安心して待っててね」




 かっこつけた言葉が聞こえた。


 三人の執事たちはギルドから出て、そのまま遠ざかっていく。


 ウェイクはもう追いかけようとはしなかった。


 その場に立ち尽くし、何を思ってか、ぼーっと地面を見つめる。




『安心しろ。あんなやつらな、父さんが軽く倒してきてやるよ』




 昔、似たようなことを語る馬鹿な父親がいたな――そんなことを思い出しながら。




 ◆◆◆




 僕とヴァイオラ、師匠の三人が指定された場所に到着すると、周囲から無数の殺気がこちらに向けられた。


 剥き出しのものもあれば、隠しているつもりなのに漏れている気配もある。




「想像以上に大歓迎みたいね」


「【暗殺者】なんて、【武道家】なんてって油断すると思ってたけど」


「リモーダルだったか。伊達に組織を引っ張ってはいないということだ。ふむ、しかしそれにしても、思い切ったことをしたものだな」




 師匠は目を細め、森の向こうを見据えた。


 木々に隠れて、わずかに壁のようなものが見える。


 塀に囲まれた施設――あれがもし、紅の飛竜が魔物を生み出している場所だとしたら、なるほど確かに思い切ったことをしている。


 しかし同時に、ここにはそれだけの戦力が集中しているということ。


 何なら、戦力が足りなければ、あの施設で作って逐次投入することすら可能だ。




「囲まれている分だけで、少なく見積もっても、人と魔物をあわせて百はいる。気配からして、魔物が大半を占めてはいるが」


「しかも、森のせいで見晴らしが悪いですね」


「加えて師匠は魔力障壁を突破できないわ。分が悪いわね」


「こういうときのための役割分担だろう。我が無機物を破壊する。お前たちが人と魔物を相手にする。それでいいな?」




 単純明快な結論。


 僕とヴァイオラが同時に頷くと、師匠は早速動き出す。


 一歩で見えなくなるほど前へ――




「フウウゥゥンッ!」




 低い唸り声をあげながら、着地と同時に地面を強く踏みしめた。


 ズドオォォンッ――隕石でも落ちたような音、そして足元を揺らす強い衝撃。


 僕らの体もふわりと浮き上がり、師匠が踏んだ場所を中心に巨大なクレーターが生成された。


 地面がえぐり取られたことにより、根を張っていた木々は、土ごと空中に浮かび上がる。


 隠れていた紅の飛竜の構成員たちは、口をあんぐりとあけてその光景を眺めていた。




「やっぱやることが無駄に派手なのよねぇ」


「見晴らしは良くなった。こっちも派手に行くよ、ヴァイオラ」


「アレね、わかったわ。[ブラックホールシューティング]!」




 ヴァイオラが作り出した黒い球体。


 大量の魔力が臨界寸前で渦巻くそれを、僕のナイフで引き裂いた。




「吹っ飛べえぇぇぇッ!」




 師匠の前だからか、いつもより力が入る。


 視界が開けたおかげで、的確に相手を狙うことができた。


 黒球は地面に着弾すると、爆ぜて、周囲の物体を急速に吸い込む。


 触れた瞬間、ずたずたに引き裂かれる魔の渦に、魔物や冒険者たちは引き込まれぬよう、必死であらがう。


 だが、それで防ぎきれるものじゃあない。


 仲間を助けようとするもの、気にせずこちらに立ち向かって来るもの、施設に向かって突っ走る師匠を止めようとするもの――相手の反応は様々だった。




「混乱してるわ」


「本当は奇襲するはずだったのに、意表を突かれた形だからね」


「せっかくの組織がバラバラになっちゃあ、私たちを止められるはずがないわ!」




 無機物は師匠に任せた。


 だから僕らは、全力でこちらに向かってくる敵を排除する。


 踊るように糸を操り、そこに闇の魔力を這わせることで、魔法使いたちを撃破するヴァイオラ。


 僕も負けじと、多くのナイフを投擲し、時に斬撃を、時に格闘術を交えながら、戦闘不能者を増やしていく。


 敵たちは際限なく湧き出してくる。


 しかし、隊列が組まれているのならともかく、混乱した今は烏合の衆。


 どうにか立て直そうとする隊長格が見えたなら、そこから優先的に落としていく。


 リーダーが落ちると、不安はさらに拡大し、彼らの心は揺らぐ。


 もはや部隊の再編成は不可能。


 そう判断すると、冒険者も魔物も、作戦もへったくれもなしに、がむしゃらに襲いかかるようになる。


 その動きは読みやすく、処理は容易――だが相手とて、それは承知の上だろう。


 問題は数だ。


 こちらが折れるのが先か、あちらの弾が尽きるのが先か。


 ズドン、ズドンと師匠の鳴らす激しい打撃音をバックに、血みどろの根比べが始まった。




 ◆◆◆




 ギルドを離れたウェイクは、すぐに家に戻ろうとした。


 シュクルータの身分である彼には、普通に街で買い物をするどころか、出歩くだけでもあまりいい顔はされないのだ。


 もっとも、紅の飛竜の面々と違い、街の住民たちが向ける視線に込められた感情は、気まずさがその大半を占めていたが。


 しかし今、家にはキャミィとイエラがいる。


 シージャとアルトも彼女たちに懐いていたし、すぐに帰る必要もないのかもしれない。


 そう考え、いつもと違う道を歩いて、町外れにある空き地にやってきた。


 かつてここにも、綺麗な花が咲き誇っていた。


 今はすっかり荒れて、その面影はないけれど――見るたびに思い出す。


 まだ母が生きていた頃、父と三人で遊んだ記憶を。




「……あの頃は幸せだったな」




 できるだけ思い出したくはなかった。


 けれど、忘れられるものではない。


 今が悲惨だからこそ、なおさらに。


 街の景色もすっかり変わってしまった。


 一面に広がる花畑は荒れ果て、観光客で賑わっていた大通りは随分と寂れ、街を守るヒーローだった冒険者の姿もない。


 暮らす人々の表情も暗く、聞こえてくるのは紅の飛竜の下品な笑い声ばかり。


 クリスの言うとおり――彼らを追い出すことができるのなら、元に戻るのなら、誰だってそうしたいと願うだろう。


 だからこそ信用できないのだ。


 魔物が増えた原因など、自然に決まっている――薬の存在など知る由もないウェイクがそう考えるのは、不思議なことではない。


 魔物を増やす方法が、作る方法があるのなら、各国の、各領土の戦力バランスなんてとっくにひっくり返っているのだから。


 夢物語だ。詐欺師だ。これだから冒険者は。




「できるものならやってみればいい。できなかったら、死体を見ながら罵ってやる。父さんのときみたいに」




 そう言って、その卑屈さに嫌気が差して、拳を握る。唇を噛む。涙を浮かべる。


 弟や妹には絶対に見せない、弱い自分。




『大丈夫だ、お前なら俺みたいに強くなれるよ、ウェイク』


「……僕は弱い。あなたによく似て」




 成長するにつれて、少しずつ父に似ていく自分の顔が、ウェイクは嫌でしょうがなかった。




 ◇◇◇




 涙も乾き、気持ちも落ち着いたところで、ウェイクは帰路につく。


 しかしその途中、道の向こうにド派手な格好の男を見つけ、とっさに身を隠した。


 リモーダルだ。


 何もしていないが、見つかったら何をされるかわからない。


 すると彼は仲間と話しながら、すぐ近くの建物に入っていった。


 確か飲食店だったはず――以前は客も多かったが、今じゃすっかり紅の飛竜御用達で、住民はまともに近づけない。


 だったら早く離れるべきだ。


 そう頭では理解していたが、自然とウェイクの足は、その建物に近づいていた。


 もちろん真正面からは入らない。


 裏に回って、中の話が聞こえないか壁に耳を当てる。


 なぜそんなことをしてしまったのか、ウェイクにもわからなかった。


 ただ、間違いなく言えることは、あの妙な執事たちが原因だということ。


 ただの余所者なのに、ほんの数十分で巨大なボアをはじめとする食材を集めてきて、それから手早くあんなに美味しい料理まで作って、シージャやアルトも懐いて、みんな笑って。


 あんなメチャクチャなことをする人間、今までいなかった。


 他には無理でも、あの執事たちならどうにかできるんじゃないかって、そう思えてしまった。


 ちょろいものだ。


 ほんの一晩、一緒に過ごしただけだというのに。


 それでも――もう、動いてしまったからには、後戻りできない。


 紅の飛竜の連中は、その態度に比例するように、やたらうるさい声で喋っていた。


 だから耳を当てれば、外からだって聞こえてくる。




「しかしリモーダルさん、あそこまでやる必要があったんですかい? 連中、ただの調子に乗った冒険者三人組ですよね」


「違うんだよねェ。君、知らない? 執事の伝説」


「伝説、ですか」


「執事ってのはねえ、それはもうグレェイトに恐ろしい人種なんだよ。魔法が広まった今はともかく、以前はねェ、執事って聞いただけで青ざめてガタガタ震える人間がいたぐらいにね」


「そんなに恐ろしいんですか……でも昔の話でしょう」


「そう。でもね、念には念を入れるものよ。特に今は、ティンマリス壊滅なんてグレイトなニュースが入ってきてる時期だからさぁ、警戒しておきたいじゃない」


「確かに、あれは異様でしたね。巨人が暴れたって話もそうですけど、それを倒した冒険者がいるって話も――あ、まさか」


「そう、それ。可能性は低いかもしれないけど、やっぱり不安だからねェ。グレイトにはグレイトを重ねて――紅の飛竜の全戦力を投入するつもりで、罠を仕掛けたってわけ」




 ウェイクは息を呑んだ。


 紅の飛竜の全戦力――もちろん黒の王蛇には届かないけど、かなりの人数だ。


 それを三人だけで相手するなんて不可能だ。


 それに罠ということは、森みたいな視界の悪い場所で奇襲を受けるはず。


 圧倒的に不利な状況で、下衆な男たちに蹂躙されるあの三人の姿を思い浮かべる――




「施設の中には、数百体って魔物が控えてますからねぇ。たとえどんな冒険者だろうと、あの数の魔物を相手にしきれるはずがありませんよ」


「そうだね、私もそう思う。無事に死体だけがここに戻ってくることを願ってやまない」


「それが終わったら……そろそろ、別の街に手を伸ばしてもいいんじゃないですか?」


「んー……」


「俺ら紅の飛竜は、こんなちっぽけな街で収まる器じゃありませんよ。黒の王蛇だか何だか知りませんが、魔物の力と、リモーダルさんの魔法使いとしてのパワーでぶっ飛ばしてやりましょうよ」


「一応、レイヴンには言っておいたのよ。グレイトに薬の取引量を増やせ、って」


「その必要すらないでしょう。あいつらもアホですよ。いつまでも俺らを下と思って、まんまと薬を渡しやがった。こっちはとっくに新型に改造を終えて、自分たちで製造しようとしてるってのに」


「だからこそ、魔石鉱山を押さえたい。よりグレイトな薬で、よりグレイトな魔物を増やして、力を得るために」




 彼らは何を言っているのか。


 ウェイクは理解したくなかった。


 魔物を増やす? 薬? 新型?


 それじゃあまるで、本当に、紅の飛竜が魔物を増やしたみたいじゃないか。




「それが事実なら、僕たちの二年間は、一体……」




 思わず体がふらつく。


 つま先が近くに転がっていたビンを蹴り、カランと大きめの音が鳴った。




「だぁれ?」




 店の中のリモーダルがそれに気づく。


 椅子から立ち、まっすぐにウェイクのいる壁側へと向かった。


 彼は嫌な予感がして、とっさに逃げ出す。


 だがもう遅かった。




「こぉーん」




 片手が壁を貫く。




「にぃーち」




 もう片方の手も、突き出す。




「はぁーっ!」




 そして最後に顔を突っ込み、リモーダルはウェイクの前に立ちはだかる。


 彼は攻撃寄りの【光使い】。


 全身に光を纏いながら、キラキラと輝きを放つ。




「う、うわあぁぁぁああああああっ!」




 尻もちをつき、叫びながら後ずさるウェイク。


 しかしすぐに壁に背中がぶつかる。




「あらあらウェイクちゃん、悪い子に育ったんだねぇ」




 リモーダルは少年の前にかがむと、その頬から顎のラインを指先でなぞった。




「う、うぇ……あ」




 吐き気がこみ上げてくる。


 そのサディスティックな性欲に塗れた瞳が、何よりも、どんな化物よりもおぞましかった。




「聞いたんだ、さっきの話」




 全力で首を横に振るウェイク。


 するとリモーダルはにたぁと笑う。




「“ナニ”って言ってないのにぃ? 全力で拒否ぃ! グレェェェイトにかわいいぃぃぃっ! あと少しで食べ時だけど、今でも構わないか」


「あ……や、やだ……」


「あの執事みたいな連中が現れるのは凶兆。多少の前倒しはしょうがない。妥協は美学に反するけれど、それで実益を損なったのでは無意味。だから……嫌でも。いいえ、嫌だからこそ、私は実行する」




 何を――と問う勇気はウェイクにない。


 リモーダルは彼の足を掴むと、無造作に持ち上げ、ぶら下げたまま店の中に戻る。


 そしてそこに立つ部下たちに、高らかに告げた。




「はいちゅうもーく! 予定を早めることになるけど、今から例の作戦を実行に移すから。ま、子供の相手だけならここにいる人数で十分でしょう」


「リモーダル様」


「なぁに?」


「作戦名がまだ決まっていませんでしたが」


「そうね……ロリとショタの丸焼き、ウェイクちゃんの絶望を添えて、でどう?」


「素晴らしいネーミングです」


「でしょうでしょうー?」


「それと、あの家には他の冒険者がいるという情報がありますが」


「脅威?」


「いいえ」


「じゃあ一緒に殺しちゃって。というわけでー、はいグレイトに始めてぇー! できるだけ迅速に、手際よく、美しくね!」




 パンパン、とリモーダルが手を叩くと、部下たちは散開する。


 向かう先は、キャミィたちのいるウェイクの家だった。




「な……何を、するんだ……?」




 恐怖に満ちた眼をリモーダルに向けるウェイク。


 リモーダルは甘く、生ぬるい喋り方で答える。




「聞いての通りだよ。十五の未成熟な少年は、絶望を添えたときに最もその甘さが輝くのさ。だから、君の目の前で、大事な家族を焼いて殺してあげる」


「どうか……してる……」


「力さえあれば、イカれた行動でも許される。楽しいよォ? 私の非常識で、他人の常識を踏みにじるのって。んふっ」




 ぎょろりと開かれた瞳。


 吊り上がる口角。




「ひは、あはははっ、ひはははははははははははははははははっ!」




 リモーダルは肩を揺らしながら、狂気的に笑った。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 48/48 ・絵に描いたような悪役ムーブ! ・役割分担っていいですね。自分も参考にしたいです。 [気になる点] はたしてショタ(?)は生き残るのか!?
2020/04/14 23:19 退会済み
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