046 執事出陣
翌朝、僕はウェイクたちの家で目を覚ます。
ベッドは足りないので、僕とヴァイオラ、師匠は床に雑魚寝している。
キャミィとイエラは、野宿用に用意していた麻布にくるまっていた。
みんなまだ寝てるみたいだ。
僕だけ一足先に目覚めてしまったので、顔を洗うために外に出る。
すると、ウェイクがぼーっと空を見上げてそこに立っていた。
「おはよう。早いんだね、ウェイク」
「……クリスさん」
「いい天気だよね。洗濯日和だ」
「……」
相変わらず、彼はあまり笑ってくれない。
早くこの街から出ていってくれ――そう言ったのに、昨晩はあんなに派手に騒いでたしね。
薄々、簡単に出ていってくれそうにないことを、ウェイクも察しているんだろう。
だから僕も、あえて隠しはしない。
「まずは魔物が増えた原因を探るつもりだよ」
「余計なことはしないでください」
「止められても、やめるわけにはいかないな。これは僕たちにも関係のあることだから」
「何が関係あるっていうんです?」
「魔物が急に増えたのは二年前。ちょうど、黒の王蛇が勢力を拡大しはじめた頃だ」
「この街にいるのは紅の飛竜ですよ」
「けれど奴らが裏で糸を引いてるかもしれない。その気になれば紅の飛竜を潰すだけの力があるのに、放置してるのは解せないからね」
別にその場で思いついた言い訳とかじゃない。
魔物が増えている――ひょっとするとその現象に、魔薬が関係しているかもしれないのだ。
けれどウェイクは、やはり僕らを信用はしていないようで。
暗い表情で、僕に背中を向けて家に戻ろうとする。
「ねえウェイク。そんなに僕たちのことが信用できない?」
そう問いかけると、彼は足を止めて、振り向くことなく答えた。
「はい、僕は冒険者が嫌いです。心の底から、大嫌いです」
憎しみすら感じさせる声。
そのままウェイクは、今度こそ家の中に消えていった。
事情は知らない。
でも、根が深い問題があるのは間違いなさそうだ。
僕は軽くため息をつくと、どこまでも続く青空を見上げた。
◇◇◇
みなが起きると、昨日の残り食材を使って朝食を作る。
アルトとシージャは、今朝も元気に、大喜びしながらそれを頬張った。
ウェイクも仕方なさそうにスプーンを握ったが、弟と妹が楽しそうなのは嬉しいらしく、笑顔を抑えきれない。
食後、僕とヴァイオラ、師匠の三人で家を出る。
魔物の大量発生――その原因を探るために、まずはギルドに向かうつもりだ。
「キャミィ、イエラ、本当に二人で大丈夫?」
「平気ですよお。いきなり紅の飛竜とやらが襲ってくるわけでもありませんし」
「それにー、私だって冒険者だよー? 怪我をしても私の光魔法で治すから平気ー」
「その気の抜ける喋り方がどうも不安なのよね……」
「ははははっ、案ずるな。いざとなれば、我らがすぐに戻ってくればいいだけのこと」
「師匠の言うとおりですね。そのための連絡手段だってあるんだから」
イエラは端末を持っている。
連絡先は交換しているし、何かあればすぐに伝わるはずだ。
「じゃあ、行ってくる」
手を振って、家を出る。
こうして三人で一緒に歩くのは、何だか妙な感覚だ。
師匠と行動するのが久しぶり、ということもある。
だが、それよりもっと気になるのは、周囲の視線だ。
執事一人なら、まあ少し珍しい光景で済む。
しかし執事二人となると、結構目立つ。
そして執事三人だと――もはやこちらを見ない人がいないほど、完全に浮いていた。
「せめて私だけでも着替えてきたほうが良かったかしら」
「気にするなヴァイオラ。執事が注目を浴びるのは悪いことではない。目立っていれば、それだけ主に危害を加えるのは難しくなる」
「全員、主がいないんだけど」
「執事道を極めれば見えてくるはずだ。何もない、誰もいない場所にも、心の主がな……」
「おぉー」
「いや、クリス今のに感心するのはおかしいわ」
「師匠らしい言葉だと思って」
「……それは確かにそうね」
「ふはははは、執事はいついかなるときも平常心。自分らしさを失わない!」
「微妙にズレてる感じも師匠らしいわ」
言ってることがよくわからなかったら、『師匠らしい』で誤魔化す。
それが師匠と一緒にすごす時間で、僕が学んだことの一つだった。
それにしても――さっきから目立ってるだけだと思ってたけど、
「見てみて、あの人たちよ」
「ああ、あれが噂の?」
「余計なことをしてくれるわよねぇ」
「どうなっても知らねえからな」
街の人たちに、すっかり昨日の噂が広まっているようで。
こういうとき、耳がいいのってあんまり嬉しくないな。
「……クリス、ヴァイオラ」
そのとき、師匠が神妙な表情で足を止めた。
まさか――
「あそこに寄ってもいいか?」
師匠が指差した先には、美味しそうなフライ料理を売る露店があった。
思わず崩れ落ちそうになる。
しかも師匠は、良いと言う前にすでに店に近寄っていた。
「あれだけ朝も食べたのに、すごい食欲だわ」
「代謝が良すぎるせいで燃費がよくないって、前からよく言ってたよね」
「言ってたわね。でもそれ、食い意地張ってる言い訳してるだけじゃないの?」
「それもあるとは思うけど、実際に代謝はいいんじゃないかな。子供の頃から身体能力は異様に高かったって言ってたからね」
「あー……そっか、特異体質ってやつなのね」
師匠のそれは普通じゃない。
それは【武道家】であることを差し引いてもだ。
だからこそ、伝説の執事として名を残せているわけだけど、それを本人も自覚している。
彼女の修行は厳しいけれど、必ず相手の限界を見定めてから行われる。
つまり絶対不可能な修行は行わないということだ。
まあ――僕から見れば『それは無理』と思える修行がたくさんあったけど。
「あ、帰ってきたわよ」
師匠は手ぶらで、心なしか落ち込んだ様子で戻ってくる。
その様子は、ぶっ倒れていたイエラと少し似ていた。
「売ってもらえなかった。我も食べたかったのだがな」
「タイミングが悪かったんじゃないの」
「違うよヴァイオラ。街の人たちにとって、すでに僕たちは“厄介な来訪者”なんだ。昨日も宿から断られたよね」
「滞在する宿はそうでしょうけど、露店ぐらいいいでしょうに」
「それだけ、紅の飛竜の支配は強固ということだろう。これで我らには、さらに戦う理由ができたな」
食べ物の恨みは怖い――ということだろうか。
この出来事があろうがなかろうが、師匠は最初からやる気だったけれど。
そして今度こそ、まっすぐにギルドに向かう。
建物の前に立つと、内側から誰かが扉を開いた。
強めの香水の匂いが鼻をつき、僕は軽く顔を歪める。
「……おやおや」
現れた金髪で長身の男は、何かの粉でも付けているのか、光に照らされキラキラと輝く目元で僕を見下した。
スーツの赤も、じっと見ていると目がチカチカする。
「道を開けてくれるかなぁ。グレイトに邪魔だよ、君たち」
ファサッ、とこれみよがしに髪をかきあげ、彼は言う。
僕は逆らうつもりもなかったので、大人しく道をあけた。
男はぞろぞろと、冒険者らしき屈強な男――そして戦闘員には見えない華奢な少年を一人連れて、ギルドから出る。
そのまま去っていくかと思いきや、途中で足を止める。
そしてダンスでも踊るように、くるりとこちらに振り返り、人差し指を僕に向けた。
「君ィ、いい顔をしているねぇ」
「……僕?」
「そう、君。食べどきを少しだけ過ぎた、熟れた果実。けれど私はそれも嫌いじゃあない。そう、グレイトに嫌いじゃあないの」
独特の言い回しに、ヴァイオラは露骨に嫌な顔をする。
「見てるだけで胃もたれしそうだわ」
まったくもって同感だった。
「でもねぇ、困ったなぁ。ああー、困った。グレイトな私は気づいてしまったんだ。君からァ――メスの匂いがすることに」
「まあ、女だからね」
「グレイトファアァァァァァァァァアアアアアックッ!」
急な叫びに、僕とヴァイオラはほぼ同時にビクッと震えた。
男は顔を真っ赤にして、瞳に殺意すら込めてこちらをにらみつける。
「私はさぁ、テメーみたいな偽美少年が一番ッ! 何よりもグレェェェイトに嫌いなんだよぉぉおおおお! 私好みの顔をしておきながらメスの匂いをプンプンさせやがってクソがッ! クソがッ! クソがぁッ! 今すぐ死ねやッ!」
「リモーダル様、落ち着いてください!」
「ここではまずいです、一旦冷静になりましょう!」
「離しやがれブ男どもがぁっ! 美少年を汚したあのグレイトオブグレイトなクソメスは今すぐにでもぶち殺さなきゃ気がすまねェェェェんだよぉおおおおおおッ!」
前のめりになって、今にもこちらに襲いかかりそうな男を、周囲の部下が止める。
リモーダル……様、か。
「どうやらあの男が、紅の飛竜の首領のようだな」
「あの形相、クリスあんた本気で殺されるわよ。早くギルドに入りましょ」
「そうだね、相手をする必要はない」
今はまだ、ここで紅の飛竜と事を構えるつもりはない。
お互いのために、ここは何も言わずに目を背け、僕らは静かにギルドに入る。
「逃げんじゃねえぞグレイト腰抜けがぁぁぁあッ! ここで執事服を脱げェ! 今すぐにその髪型をやめろ! クソッタレがアァァァアアアアッ!」
パタン、と扉を閉じると、叫び声が遠くなる。
同じ空間から脱出できたことで、一気に体が軽くなったような気がした。
「男装を見るだけでああなるなんて、難儀な男ね」
「だが、実力はなかなかありそうだったぞ。伊達に首領はしていないらしい」
「実力とは違う意味で怖いと感じましたよ、僕は」
やれやれ、、と首を左右に振ると、ヴァイオラと師匠は苦笑いして同情してくれた。
気を取り直して、カウンターに向かう。
受付は小柄な女性だった。
おそらく先ほどリモーダルと話していたのだろう――彼女の顔色は悪く、体も縮こまっている。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……マリシェールギルドに、ようこそ」
「僕はクリス・ティヴォーティといいます。ティンマリスギルドのフィスさんから、連絡は来ていませんか?」
「あ、あぁっ、あなたが! は、はい、聞いていますっ。ティンマリスでは、た、大変……だったみたいですね」
「ええ、まあ」
「あちらのギルドでは、手続きができなかったと思いますが……超大型の魔物討伐の報酬が、振り込まれているはずです。ランクも、Bに上がっています、おめでとうございます」
「Bに? もう?」
「クリスよ、元はどのランクだったのだ?」
「Dです」
「へぇ、飛び級なんてあるのね」
「か、かなり、特例です。ランクSSの魔物なんて、そ、そうそう、出てきませんから」
「……そっか。あの子、そんなにランク高かったんだ」
ヴァイオラは悲しんでいるわけでもなく、憤るわけでもない、微妙な表情でそう言った。
「そ、それで、本日はどのようなご用件でしょうか。フィスさんが言われていた、く、黒の王蛇に関してでしたら……この街には、あの傭兵団はいません。他の街を、あたったほうがいいかと」
「いや、我らが求めているのは、マリシェール周辺の魔物の分布だ。できるだけ魔物の数が多い場所を教えてほしい」
「魔物が、多い場所……です、か」
女性の表情がこわばる。
少しずつ戻ってきていた顔色が、また青ざめた気がした。
耳をすませば、カチカチと音が聞こえる。
デスクの下で、爪を鳴らしているらしい。
「心配しなくても、魔物相手にそうそう負ける面子じゃないわ。私はランクSだし、師匠はもっと強いわよ」
「魔法は使えんが、獣畜生相手に負けるつもりはないな」
「あ、あの……そういう、わけでは……ないんですが」
「だったら何よ」
「……っ、あなたがたは、ど、ど、どうして、魔物を、倒しに?」
「僕たちはこの街に魔物が増えた理由を突き止めて、それを潰したいと考えてる」
「……」
「我も、見捨ててここを出るほど無関心にはなれないのでな」
「私はどっちでも。ただ、あのリモーダルってやつや、シュクルータって制度は気に食わないわね」
「……で、でしたら、この場所に……行って、ください」
僕は差し出された地図を受け取り、二人と一緒に覗き込む。
マリシェール周辺にある山の付近に印が付けてあった。
ギルドが作ったにしては妙に前時代的なやり方だけど――ここに行けば、何かはわかるか。
「では早速行くとするか」
「待ってください、師匠。もう一つだけ確かめたいことがあるんです。お嬢さん、いいですか?」
「は……はい、答えられる、ことでしたら」
ほんと、顔色悪いな。
倒れないといいんだけど。
「シュクルータなんてものが生まれた経緯について、詳しく教えてもらえませんか」
「……それは」
女性は後ろを見て、反応を確かめる。
話していいか――そう無言で尋ねると、他の職員が深くうなずいた。
「シュクルータが生まれたのは、二年前のことです。紅の飛竜が、そ、その、この街に大挙して押し寄せてきたとき――冒険者たちは、傭兵団に入るか、この街を出ていくか迫られました」
「ほんとチンピラねあいつら」
「ですがその中にはもちろん、反抗する冒険者もいました。そのうちの一人が……ガインズという、男性です。いつも酒場で酔っ払っている、お調子者の冒険者だったんですが……その腕は確かでした」
「その男と、あの子どもたちに何か関係があるというのか?」
「ウェイクくん、アルトくん、そしてシージャちゃんの三人は……ガインズさんの、こ、子供だったんです」
そうか――だからウェイクは、冒険者が嫌いだなんて言っていたのか。
「ガインズさんはどうなったんですか?」
「処刑、されました」
「紅の飛竜に殺されたのではないのか」
「あっ、い、いけません、そういうことを言うとっ!」
「案ずるな、ここには誰もいない。外にもな」
そう言われてもなお、彼女の怯えかたは異様だった。
まるで普段は常に見張られているかのように。
「はぁ……はぁ……」
「落ち着いて。何かあったら、僕たちが守るから。ね?」
「ありがとう、ございます……すうぅ……はぁ……ぁ……それで、その、紅の飛竜が、やってきた頃、冒険者たちが、謎の不審死を遂げていたんです。ガインズさんは、その、よく酔って喧嘩をすることも、ありましたから。その、彼が……殺したという、ことになって……」
「処刑された、と。誰が聞いても真犯人は丸わかりね」
「しかも、生き残った子どもたちをあんな廃墟に押し込めて、賤民として身分を奪った……」
「下衆だな。論ずるまでもない」
師匠の言葉がすべてだ。
紅の飛竜は、もはや存在してはいけない。
そんな連中が来るのと同時に、魔物が増加?
偶然にしてはできすぎている。
「その話を聞いて、ますます急ぎたくなった。行くぞクリス、ヴァイオラ」
「はい、師匠。一切の容赦は必要ありませんね」
「思う存分に暴れてぶち壊しにしてやろうじゃないの」
僕らは揃って受付嬢に背を向け、出口に向かう。
すると彼女はカウンターから飛び出して、
「ま、待ってくださいっ!」
と大きな声で僕らを呼び止めた。
足を止める。
振り向けば、彼女は瞳からボロボロと涙をこぼしていた。
「ご……ごめんなさいっ! わ、私、嘘、ついてましたっ!」
職員たちは思わず立ち上がり、ざわつく。
紅の飛竜に逆らえば、また何をされるかわからない――そう忠告するように。
だが彼女は言葉を止めなかった。
「その地図の場所はっ、罠です! 紅の飛竜が、みなさんを殺すために罠を張ってるんです! きっと、たくさんの魔物と一緒に、冒険者もいっぱいいて、三人ぽっちじゃ、ぜ、絶対に勝てませんっ!」
「……だそうだが。我らはどうするんだ?」
「そんなの決まってるわよね、クリス」
「ええ――」
僕は受付嬢に歩み寄ると、少しでも安心させたくて、その頭に手を乗せた。
そして少し屈んで視線を合わせ、はっきりと言い切る。
「集まってるなら都合がいい」
「へ……?」
「罠ごと踏み潰して、必ずこの街を解放するから。安心して待っててね」
そう言って笑いかけると、今度こそギルドを後にする。
後ろから誰かの声が聞こえてきたけど、もう僕らが立ち止まることはなかった。
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