表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/65

044 ゴミと呼ばれた人間たち

 



 僕らはひとまず、少年についていき家の中に入る。


 外観は廃墟のようだったが、中は掃除が行き届いた廃墟といった装いで、やはりボロボロである。


 住民は三人。


 一番幼い少女が一人に、少し年の離れた少年が二人――三人兄妹だろうか。


 全員子供のようだが、ここで三人だけで暮らしているのだとしたら、こちらもまた訳ありということなのだろう。


 まあ、師匠がここにいる時点で普通ではないのだけれど。


 僕たちは薄暗いリビングらしき部屋で椅子に腰掛けると,少年少女たちの謎を明かす前に、師匠に話を聞くことにした。




「元気にしていたか、二人とも。まさかこんなところで会えるとはなあ!」




 師匠は僕たちを両側に座らせて、ぐりぐりと強めに頭を撫でた。


 こうやって子供扱いをするのも以前と変わっていない。


 師匠って、見た目は二十代にしか見えないんだけど、言動は妙に時代がかっていて――実際は何歳なのかあまりわからない人だ。




「“まさか”はこっちのセリフよ。師匠こそ急にいなくなって、どこで何してたのよ」


「我は旅をしていただけだ。いつものようにな」


「僕のときと同じですね。急に消えて、また別の執事を育てる」


「そういうことだな。まあ、今回はまだ弟子を取れていないのだが」




 師匠がヴァイオラの前から消えてから、確か半年が経っていたはず。


 それだけ時間をかけても弟子候補を見つけられないなんて、師匠らしくもない。


 彼女の場合、執事がいなければ、行く先々で見つけた若者を強引に執事にする――ぐらいのことはしそうなのに。




「しかし、ここで会えたことも驚きだが、クリスとヴァイオラが一緒に行動しているとはなあ。どこで出会ったんだ? というより二人とも、執事としての仕事はどうしている?」




 師匠の問いに――僕とヴァイオラは黙り込む。


 さて、どう話したことか。


 黒の王蛇との戦いに師匠が加わってくれれば、これほど頼もしいことはない。


 確かに魔法は使えないが、それでも十分すぎるほど戦力になるはずだ。




「その顔、どうやらやんごとなき事態が起きているようだな」


「まあ、ね」




 言いよどむヴァイオラ。


 彼女も僕と同じことを考えているのだろう。


 巻き込むべきか否か――


 二人して悩んでいると、師匠に向き合う形で座っているキャミィが口を開いた。




「……ベアトリスさん。私、二人と一緒に旅をしている【商人】のキャミィといいます。実は私たち、黒の王蛇が流通させている“魔薬”という危険な薬物にまつわる事件に巻き込まれているんです」


「キャミィ!」


「ここは話すべきだと思います。それに、マリストール領を旅していたというのなら、一度ぐらい薬物の話は聞いたことがあるはずです」




 キャミィの強引さに押し切られる形になった。


 だが、どのみちいずれはそうなっていた――か。


 その話を初めて聞いたイエラは、キャミィに横で「はえー、そうだったんだー」と気の抜けた相槌をうつ。


 一方で師匠は、腕を組んで「うむ」と深々とうなずいた。




「魔薬という呼び方は初耳だが、話には聞いている。依存性の高い、危険な薬物だとな」


「その薬には、人を魔物に変えるという、隠された効能があります」


「何だと?」


「クリスさんの主であるリーゼロットさんや、ヴァイオラさんの主であるミーシャは、その薬を与えられ魔物になってしまいました」


「……そのようなことが。そうか、では二人は主を救うために旅をしているのだな?」


「はい。私も両親が魔物化こそしていないものの、薬に冒されまともに会話すらできない状況です」


「クリスとヴァイオラがそのことを話さんのは、我を巻き込まぬためか」


「師匠は無関係です。命のやり取りが避けられないこの戦いに、自ら引き込むとはできません」


「それに、魔薬って魔石を使った薬なのよ。どうしても魔法が絡んでくる。魔法使いじゃない師匠じゃ、厳しいんじゃないかと思って」


「相変わらず歯に衣着せぬ物言いだな、ヴァイオラ。だが魔法は使えずとも、我にもやれることがある」


「そ、そうだよっ、お姉さんすごいんだからっ!」




 蚊帳の外になっていた幼い少女が急に立ち上がり、声をあげた。


 本来なら彼女たちの話を真っ先に聞くべきなのに、待たせてしまい忍びない。




「さっきね、わたし、お姉さんに助けてもらったの。悪い冒険者に囲まれてたのに、ひゅんって足をふったら、みんな転んじゃったの!」


「シージャ、だから一人で街に出るなと言っただろう」


「……ごめんなさい、おにいちゃん」




 最年長の――僕らをここに連れてきたのとは別の、年上の少年に注意され、落ち込む少女。


 やはり二人は兄妹か。




「そっかー、だからさっき、私たちは冒険者に襲われたんだねー」


「どういうことです、イエラさん」


「師匠がその冒険者たちに恥をかかせたから、その八つ当たりで僕らに襲いかかってきたってことだよ」


「ああー……さっきの。そんな理由で辻斬りみたいなことしますぅ?」


「迷惑なやつらよね」


「ははははっ、すまんな、そのようなことになっていたのか。だが聞いてのとおりだ、魔力障壁で魔法使い本人は叩けずとも、地形を利用すれば戦える」


「ですが、師匠……」


「何より、弟子二人が主のために命をかけておるのだ。執事として、その心意気に共感するのは当然のこと。我も黒の王蛇との戦いに協力させてもらうぞ」




 力強い言葉――断ったって付いてくる勢いだな、これは。


 ヴァイオラと視線を交わすと、彼女も諦めた様子だった。




「……では師匠、よろしくお願いします」


「うむ、任せるがよい! 二人の技も更に磨いてやろう。ただし――この少年少女たちの問題を解決してから、だがな」




 ようやく僕らは、家主である三人に向き合う。




「待たせてすまんな。まずは名前から聞いても良いか?」


「わたしはシージャ! 六歳だよ!」




 少女は元気いっぱいに手を上げて言った。


 だがその手足は細く、服もボロボロで、到底まともに食べているとは思えない。


 続く少年も似たようなものだ。




「俺はアルト。八歳だ」


「僕はウェイク、十四歳です。“シュクルータ”として、この家で三人で暮らしています」


「シュクルータって何ですか?」




 キャミィが顎に人差し指をあて、首をかしげる。


 僕も聞いたことのない言葉だった。




「先ほどの冒険者もお前たちにその言葉を向けていたな」


「ええ……シュクルータとは、このあたりの古い言葉で“ゴミ”や“いらないもの”を意味する言葉です」


「それをー、君たちに向けて使ってるのー? おかしくないかなー」


「他所の人から見たらおかしいかもしれませんが、僕たちはそういう身分なんです。この街で一番偉いのが冒険者、次が平民、そして一番下がシュクルータ……そういう決まりですから」




 いわゆる賤民というやつか。


 けれどマリストール領に、表面上そういった制度は存在しないはずだ。




「あなたたち、そのせいでこんな家に三人で住まわされてるわけ?」


「ええ、僕たちはこの家以外に住む権利を持ちません。仕事も制限され、与えられるのは最低限の食料と衣服だけです」


「そのシュクルータに選ばれたのは、お前たち三人だけか?」


「そうです。僕たち兄妹は、父の罪に対する罰としてこの身分に堕ちました。ですが仕方ないんですよ。僕たちの存在は、いわば街の人たちにとっての心の支えなんです。自分たちより低い立場の人間がいるというだけで、心はいくらか楽になる」


「話を聞く限り、その制度を決めたのは紅の飛竜の連中に思えるんだけど……そこまでして従う必要があるの?」


「そうですそうです、ギルドに連絡して追い払ってもらいましょうよ!」


「やめてください!」




 ウェイクは声を荒らげた。


 両隣に座るシージャとアルトがびくっと肩を震わせ、目を伏せる。




「あなた方はご存知ないかもしれませんが、マリシェール周辺は、ここ二年ほどで急速に魔物が増えた地域なんです。傭兵団が組織的に守らなければ、街を維持することすらままなりません」


「紅の飛竜が街を守る代わりにー、あいつら以外の冒険者を排除してるわけだー。だから私は追い出されたんだねー」


「本来ならそんな蛮行許されないわ。でも、今はそれを止める人間もいない……」




 領主であるジョシュアのことを思い出しながら、ヴァイオラが言った。


 薬だけじゃない。


 秩序の崩壊は、確実にマリストール領を蝕んでいる。




「ベアトリスさん」


「何だ、ウェイク」


「問題を解決しようと思ってくれる気持ちは嬉しいです。シージャを助けてくださったことにも、お礼を言います。ありがとうございます」


「……うむ」


「ですが、ここはそういう街なんですよ。余所者がいきなりやってきて、紅の飛竜を排除して終わる話じゃない」


「かもしれぬな」


「今日はここに泊まっていってもらって構いません。広い家ではありませんが、野宿よりはマシなはずです。ですが、明日になったら出ていってください。他の執事さんたちも一緒です。これ以上いられると、街にとって迷惑ですから」




 ウェイクは冷たくそう言い放つ。


 下手に沈黙が満ちた。


 さすがここまで強く言われると、師匠も何も言い返せない、か。




「……お前たち、どう思う?」




 僕たちに向けて、彼女はそう問いかけた。




「私たちにはー、どうしようもないんじゃないかなー」


「悔しいですが……イエラさんの言うとおりかもしれません。紅の飛竜だけならともかく、魔物が多い原因を探るには、私たちには時間がありません」


「ふむ。ヴァイオラ、お前はどうだ?」


「んー……望まれてる答えはわかる気がするけど、こういうのはクリスが言ったほうがよさそうだから、私はパスするわ」




 何、その答え。


 たぶん、僕と同じ言葉が頭に浮かんでるって意味なんだろうけど。




「ではクリスは、どうする?」




 師匠もニヤニヤ笑ってるし。


 わかったよ、僕が言い出しっぺになればいいんでしょ。




「空腹は人の心を蝕む。執事たるもの、主の気持ちが沈んできるときは、うまいものを振る舞い、共に食せ! でしたよね」


「ふははははっ、その通りだクリスよ!」




 師匠は楽しそうに笑った。


 あの笑顔を見せられると、もう『どうでもいいや』って思わされるんだよね。強引に。




「ウェイクよ。その様子では、まともに食事も摂っておらぬのだろう?」


「え? あ、ま、まあそうですけど……」


「執事とは料理のエキスパートでもある。ここに執事が三人いる。つまり三倍美味い料理が作れるということッ!」


「執事特有のとんでも理論です……!」


「クリス、ヴァイオラ。さっそく夕飯の材料を狩りにいくぞ! ヴァイオラ、お前の役目はその釣り糸で魚を捕らえることだッ!」


「これ釣り糸じゃないんだけど……」


「クリスは山菜とキノコ担当! その類まれなる目利きで毒の有無を見極めるのだな! ちなみに我は少し毒があったほうが好みだッ!」


「以前、師匠が振る舞った料理を食べて笑いが止まらなかったの、もしかしてそのせいですか?」


「そして我は獣を狩る! 最上の肉を持ち帰ると約束しよう!」




 魔物にさえ遭遇しなければ、師匠ならどんな獣でも素手で狩れるだろう。


 しかしウェイクは勢いにおされながらも、抗議する。




「あ、あのっ、もう夜になるので、森に入るのはやめたほうがいいと思うんですが」


「執事に昼も夜も関係ないッ! 執事ならば闇を裂け! 執事ならば光を放て! 尽くすべき主のために無茶を通す! 執事とは、そういう存在なのだ!」




 言い切る師匠。


 この人なら、本当に光ぐらい放てると思う。




「はわー、私が知ってる執事とは別世界の概念ですねー」


「師匠が例外なだけだから、私たちと一緒にしないで」


「なーにをダラダラしておる。行くぞ、ヴァイオラ、クリス! ふははははははははーッ!」




 異様に高いテンションで、家を飛び出していく師匠。


 ……ひょっとすると、弟子と再会できて浮かれているのかもしれない。




「ったく、ほんと人を振り回す名人だわ」


「師匠が変わってなくて安心したよ。じゃあ行こっか、ヴァイオラ」


「ええ、ちゃちゃっと終わらせて、最高の料理を振る舞うわよ」




 キャミィとイエラの「いってらっしゃい」に見送られ、師匠を追って、僕とヴァイオラも家を出る。


 すでに師匠の姿は見えない。


 だが森の中には、「ふははははははっ!」と無駄に大きな笑い声が響き渡っていた。




先にが気になると思ったら、下にある星を押して評価してもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 45/45 ・師匠の安心感がすさまじい。現時点ではね。 [気になる点] 師匠ってきょぬー? [一言] 次回は飯だー!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ