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042 燃えよバトラー

 



 キャミィの操るリザード車に揺られること二日。


 途中で立ち寄った村で一泊を挟んで、僕らは今日の目的地であるマリシェールに近づいていた。




「マリシェールはティンマリスより小さな街なんですが、豊かな自然に囲まれたいい場所なんですよ」


「豊かな自然……田舎を美化して言うときの常套句ね」


「そういう台無しになること言わないでくださいよヴァイオラさぁーんっ!」


「僕は素敵だと思うよ、豊かな自然」


「ですよねー! クリスさんはわかってくれますよねー! ほれ見ろです、ヴァイオラさんは自然を慈しむ心に欠けてます!」


「はいはい心の余裕がない女で悪かったわね」


「ヴァイオラは、マリシェールには立ち寄らなかったの?」


「別ル―トでティンマリスに向かったのよ。ミーシャは、マリシェール周辺の花畑を見たがってたけどね」


「へえ、そんな場所があるんだ」


「それ目当ての観光客もいるぐらい有名なんですよ。そろそろ見えてくると思うんですが――」




 木々に囲まれた道を抜け、開けた場所に出る。


 本来ならそこに、色とりどりの花が咲き乱れている――はずだったのだが。




「お、おおぉ、なんということでしょう……」


「あんまり綺麗じゃないわね」


「雑草が放置されてるし、ところどころは枯れてるように見えるけど」


「本当は街をあげてもっと手入れをしているハズ、なんですけどね」




 キャミィの言葉に、胸がざわつく。


 魔薬の影響がこんなところにまで及んでいるというのだろうか。


 僕が険しい表情をしていると、内ポケットに入れていた通信端末が鳴った。




「誰から?」


「……フィスさんらしい。出るね」




 端末を耳にあて、「もしもし」と呼びかける。


 するとフィスさんは、若干の焦りを感じさせる声で言葉を発した。




『ああ、クリス? 急に連絡してごめんなさいね』


「いえ、ちょうどリザード車の上でしたから。何があったんですか?」


『それが大変なのよ。【賢者】リーゼロットの屋敷にドラゴンが現れたって!』


「何ですって!?」




 僕が驚きのあまり、思わず大きな声をあげた。


 ヴァイオラとキャミィの視線がこちらに向く。


 リザードも異変を察したのか、スピードを緩め、やがて足を止めた。




『屋敷も、近くにあった街も壊滅状態で、生存者は絶望的。それと……前領主夫妻の死体も、見つかったそうよ』


「そう……です、か」




 どういう経緯で、何がおきたのか、ここからでは何もわからない。


 だが、リーゼロットの両親が魔物になっていたのだとしたら――そのドラゴンに立ち向かい、敗れたということだろうか。




「そのドラゴン、今はどこにいるかわかりますか?」


『それが急に消えてしまったそうなのよ。図体は大きいし、魔法で地形を変えるほどの力を持っていたそうだから、多数の目撃情報はあるのだけど』


「……」


『そんなに強力な魔物がいるなんて聞いたことがないわ。もしかしてこれも、魔薬と繋がってるの?』


「……おそらくは。そのドラゴンが、リーゼロットなんだと思います」


『っ……賢者が、魔物に。ああ、でも、それぐらいじゃないと、あんなとんでもない魔法は使えないものね』


「ティンマリスは大丈夫ですか?」


『今のところ、こちらに向かってきたという話は聞かないわ。ただ場所が近いから、冒険者たちは動揺してるわね……クリスたちはどうする?』




 僕は俯き、唇を噛んで考える。


 できれば戻って、街や屋敷の様子を確認したい。


 ただ、フィスさんは明確に『生存者は絶望的』と言った。


 探したところで、見つかるのは死体だけだろう。




「ヴァイオラさん、話の内容は何なんですか?」


「どうも、リーゼロットが魔物化して屋敷を吹き飛ばしたみたいね。それで、これからどうするか聞かれてる」


「そ、そんなことが!? 戻りましょうよ、クリスさんだって気になるはずです!」




 キャミィの言葉に、僕はゆっくりと首を横に振った。


 立ち止まるわけにはいかない。


 リーゼロットが魔物になったばかりだ。


 これからもっと、多くの人が犠牲になるに違いない。


 僕の力じゃ、その人数をゼロにすることはできない。


 妥協に妥協を重ねて、可能な限り減らすことしかできないのだから。




「フィスさん、僕は予定通りセントラルマリスに進みます」


「クリスさん、いいんですか!?」


「どのみち、魔物化したリーゼロットが、人間のときよりも強い力を持つのなら、勝てるはずがないんですから。人間に戻す方法を探すのが先決です」


『そうね……ええ、それが一番賢明かもしれないわね』


「リーゼロットが現れそうな兆候が出たら、すぐに逃げてください。彼女は、普通の人間が勝てる相手じゃありません」


『忠告ありがとう。じゃあ、また何がわかったら連絡するわ』


「はい、よろしくお願いします」




 通話が終わると同時に、僕はため息をついた。


 ミーシャとの戦いを経て、心のどこかで、そうなるんじゃないかとは思っていた。


 しかし、まさかこんな早くにそのときが来るとは――


 気づけば、ヴァイオラの真っ直ぐな眼差しがこちらを捉えていた。




「……このまま進もう。立ち止まったって消えたものは戻らない」


「そうね……後悔するぐらいなら、未来に悔やまずに済むよう前を向いたほうがマシだわ」


「わかりました。では、予定通りマリシェールに向かいます」




 リザードまで心配そうに僕を見ていたので、軽く微笑みかける。


 するとそれで満足してくれたのか、キャミィが鞭を振るうまでもなく、彼は独りでに走りだした。




「元気出してください、クリスさん……って言っても、難しいかもしれませんが」


「大丈夫、僕は変わらないよ」


「ですが、死んだのはリーゼロットさんだけじゃないんですよね?」


「それがさ、そんなに悲しくないんだ。頭の中がリーゼロットのことでいっぱいになって、他の人の顔を思い浮かべる余裕がないんだ」


「それって……」


「強いて言うなら、その事実が悲しいかな」




 自分の異常さが、自覚できてしまうから。


 十八年も過ごしてきた街。


 共に暮らしてきた人たち。


 友達や同僚だっていた。


 僕のことを慕ってくれる子たちだって、死んでしまったはずなのに――




「考えすぎないことね。あなたのせいじゃないんだから」




 ヴァイオラは、うつむく僕の頭に手をおいて、軽く撫でた。


 まるで年上みたいだ。


 まあ、年上なんだけども……でもおかげで、少しだけ気持ちが楽になった。


 痛みを振り払って、前を向く余裕ができる。


 すると僕の視界に、地面に横たわる女性の姿が入ってきた。




「キャミィ、ストップ!」


「へ? ってうわぁっ、人が倒れてる!? リーくん、止まってぇーっ!」




 言われるまでもなく、リザードは女性の目の前で止まった。


 僕とヴァイオラは荷台から飛び降り、彼女に駆け寄る。


 体はまだ暖かい、脈もある。


 血の匂いもしないし、怪我をしているってわけじゃないのか。


 しかしぴくりとも動かない。


 冒険者にしては少し丸みを帯びたその体を転がし、仰向けにすると、僕らはその顔を覗き込んだ。


 すると瞳が薄っすらと開く。


 頬をぺちぺちと叩きながら、僕は彼女に「大丈夫ですか?」と声をかけた。




「……ぁ、う」




 呻くように、わずかに返事をする。


 まさか、脱水症状?


 だったら荷台に水がある、あれを飲ませれば――そう思って立ち上がると、女性の手が執事服の端っこを掴んだ。




「……ん?」


「おなか、すいた……」


「え……っ?」


「な、な、何か、食べさせて……」




 いざ声を聞いてみると、意外と意識ははっきりしていた。




「この子、体調不良というよりは、ただの空腹っぽいわよ。放っておいたら?」


「そんな殺生なー……何か食べないと死んじゃうぅ……」


「そこそこ脂肪を溜め込んでるんだから平気でしょうに。クリス、行きましょう」


「待ってえぇー……!}




 冷たく立ち去るヴァイオラ。


 僕もまあ、放っておいても死にはしないかな、と思ったけど――身なりをみるに、たぶん彼女は冒険者。


 倒れている向きからして、マリシェールから来た可能性は高い。


 街の情報も得られるだろうし、悪い人にも見えないから、助けてもいいのかも……。




「クリスさん、彼女の着ているあのローブ、なかなかイイものですよ」


「そうなんだ」




 さすが【商人】。




「支払い能力はあると思われます。ここは恩を売っておいて損はしないかと!」


「そ、そうなんだ……」




 考えがあくどい、さすが【商人】。


 ヴァイオラはちょっと不服そうだったけど、しぶしぶキャミィの言葉に納得し、彼女を荷台の上まで引き上げた。




 ◇◇◇




「はむっ、はふっ、むぐっ、もきゅっ……んんー! おいひーっ!」




 女性は容赦なく、渡されたパンを頬張る。


 その食べっぷりは、ヴァイオラが呆れてしまうほどだった。




「はあぁ……ひあわへ……んぐんぐ……ひやぁ、助かったよー。クリス、だったっけ。ありがとねー、クリスは私の命の恩人っ!」




 彼女はほっぺにパンのカスを付けたまま、僕の手を取ってぶんぶんと上下に振り回した。


 この明るさ、キャミィタイプの人だな。




「私はイエラっていうの。イエラ・リーリルム。職業は【光使い】で冒険者ランクはC。よろしくねー!」


「うん、よろしくイエラ。【光使い】なのに一人なんて珍しいね」


「元々は故郷で、魔物から街を守ってたから」


「パーティを組んで旅をするタイプの冒険者じゃなかった、ってことね」


「ですがいざ一人で外に出てみたら、うまく仕事が見つからずに、空腹で倒れてしまった、というところでしょうか」


「違うよぉー! マリシェールでお仕事を探そうとしたのに、ギルドに追い出されちゃって」


「食い逃げで追放されたんじゃないかしら」


「さすがにそんなことはしないよぉ! 食べ放題で食べすぎて追い出されたことはあるけどー!」


「あるのね……」


「あるんですね……」


「ま、まあ、それはどうでもいいから。マリシェールの話をしようよ」




 ティンマリスでの出来事から数日。


 少しずつキャミィとヴァイオラが本調子を取り戻しつつあるのは嬉しいことだけども。




「マリシェールは今、悪い傭兵団に支配されてて、よそ者の冒険者を追い出してるのー。おいしい料理が食べられると思ってやってきたのに」




 そう言って、またもパンにかぶりつくイエラ。


 悪い傭兵団――そう言われて、真っ先に浮かぶのは“黒の王蛇”の名前だった。




「その傭兵団の名前は何ていうのかしら」


「紅の飛竜」




 しかし僕の予想は外れた。


 紅の飛竜――か、知らないな。




「元々、この当たりで活動してた傭兵団なんだけどー、ほら、最近は黒の王蛇が強くなってるでしょー? それで活動地域を縮小したみたい」


「狭い範囲をより強固に支配して、利益を得る方向にシフトしたわけですか。ずる賢いですね」


「じゃあ、花畑の手入れが行き届いてないのは、その紅の飛竜って連中のせいなんだ」


「馬鹿なやつらね。せっかくの観光資源を棒に振るなんて」


「ずる賢さはありますが、そこまで頭が回らなかったんでしょうね」


「単純に、花の美しさなんて理解できない奴らの集まりなのかもよ」


「けれど僕から見た君は、咲き誇る花よりも美しいよ……フッ」


「キャミィ、今の何?」


「クリスさんが言いそうなセリフを真似してみました!」


「言いそうっていうより、言ってほしいセリフよね、それ」


「確かにそれもありますが、クリスさんってさらっとそういうセリフ言いがちじゃないです?」


「わかる」


「いやいや。僕、そんなキザなこと言ってる?」


「言ってます」


「言ってるわ」




 二人が僕をいじめる……。


 助けを求めるようにイエラを見てみたけれど、彼女はやはりパンに夢中だった。




「はむっ、はぐっ、こっちのパンもおいひいれふね! はふっはふっ」


「ほんと、大した食い意地ね。で、どうするのよクリス。このままマリシェールに向かうの?」


「……ここから別の街を目指したんじゃ、日付が変わってしまう」


「リーくんもさすがに持ちませんね」


「このままマリシェールに向かおう。この人数なら、イエラほど簡単に追い出せやしないよ」


「紅の飛竜と戦闘になったら?」




 考えるまでもなかった。


 うだうだと話し合っている余裕など僕らにないのだから。




「あちらがそのつもりなら、容赦なく潰す」




 思ったよりも低い声が出た。


 イエラのパンを食べる手が止まる。




「もしかして私ー、とんでもない人に拾われちゃいましたー?」


「そうですね。割と無茶をする人たちですけど、働けば食事は出ます」


「……ならいいやー」




 何も考えていないのか、はたまた考えた結果の結論なのか。


 気の抜けた声でイエラはそう言うと、再びパンと向き合う。


 リザード車はガタガタと揺れながら、マリシェールに近づく。


 遠くから見たその姿は、ここから見る限りは穏やかで平和な街のように思えた。




 ◆◆◆




 同時刻、マリシェールの路地にて。




「おい、わかってんのかこのゴミクズ(シュクルータ)。俺らにそういう目を向けることが、どれだけの罪かってよぉ!」


「うぐっ……う、うぅ……」




 薄暗い通りで、一人の少女が男たちに囲まれていた。




ゴミ(シュクルータ)ゴミ(シュクルータ)らしく、冒険者様に従っとけばいいんだよ!」


「うああぁっ! ……っ、く」


「だーかーらぁ、その目をやめろって言ってんだよ。俺らは紅の飛竜だぞ? わかってんのか! おらっ!」




 少女は、特に彼らを睨みつけたりはしていない。


 ただ目つきが不愉快だと、ただ表情が気に食わないと、そう難癖を付けられ、何度も蹴りつけられていた。


 少女の体には無数のアザがある。


 それは今日だけで出来たものではない。


 毎日、毎日、理不尽な暴力を受け続け、そのたびに増えてきたものだ。


 だから理解している。


 何もするな。


 何も言うな。


 このままやり過ごせば、地獄はいつか終わる――そう自分に言い聞かせた。




「別によぉ、お前が死んだって構いやしねえんだよ。ゴミ(シュクルータ)なんざ、いくらでも代えは聞くんだからよおぉおぉっ!」




 男はひときわ力を込めて、少女を踏みつけようとした。


 そのときだった。




「待てぇいッ!」




 凛々しい女の声が響き渡る。


 男たちは一斉に屋根の上を見上げた。


 そこに、腕を組んで立つ何者かの姿があった。




「とうっ!」




 彼女はそこから飛び降りると、両足で音もなく着地する。


 女性にしては高い身長、引き締まった体、すらっと伸びた長い足。


 スタイルの良さを、纏う燕尾服(えんびふく)がさらに引き立てる。


 長い髪は赤く、瞳には力があり、表情には自信が宿っている。




「だ、誰だてめえ……俺たちは紅の飛竜だぞ? わかってんのか!」




 女には――男たちがつい後ずさってしまう、“迫力”があった。




「ふっ、下らんな。組織に頼らねば、女ひとりに立ち向かうことすらできんか」


「黙れッ! 名乗りもしねえやつが何を偉そうにッ!」


「名前か? 知りたければ教えてやろう」




 そう言って、女は腰を低く落とし、拳法の構えを取った。




「我が名はベアトリス――」




 全身に、見えない“力”が宿る。




「通りすがりの、ただの執事だ」




三章開幕です。

一応、四章構成になる予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 43/43 ・キャミィがキャミキャミしてて安心しました。 [気になる点] パンうまそう。ちょっと食べたくなってきました。 [一言] リス師匠きたー!!!!!
2020/04/09 19:17 退会済み
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