表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/65

035 執着と偽り

 



 いつになく、気分が高揚していた。


 見失いかけていた正しさが、何よりも強く胸のど真ん中にあって。


 “僕”という存在はその熱した杭で固定され、ぶれることがない。


 きっと腕に張り巡らされた赤い筋は、流れ落ちた血なのだろう。


 正しさを貫くために必要なための犠牲だ。




「グオォォオオオオオオオッ!」




 怪物は左拳をこちらに向ける。


 風を纏うナイフで迎撃。


 右腕同様――ミーシャの腕は肩まで真っ二つに裂ける。


 だがその直後、畳み掛けるように巨人は右腕を振り上げた。


 裂けたはずの腕はすでに元に戻っている。


 まるで粘土のように。


 振り下ろされた拳――地面を叩き、同時に炎が炸裂。


 僕は軽く飛んでそれを避け、腕を走って肩まで一気に駆け上がる。


 ミーシャはそれを嫌い、右腕全体を燃え盛る炎で包んだ。


 再び跳躍、回りながらナイフを振るう。


 風の刃が腕を斬りつけ、燃える腕がずしんと地面に落ちた。


 そのまま肩の上に着地。


 ミーシャは首を回して口を開き、こちらに食らいつこうとしている。


 ちょうどよかった。


 開けてくれてありがとう――


 跳躍。


 [アサルトブリッツ]発動。


 同時に[ウインドエッジ]使用。


 魔力の流れはいつになくよく見える。


 高速で移動しつつ、脚部にて魔力を破綻させ――上顎に、蹴撃。


 炸裂した風が、裂けた口をさらに大きく開かせる。


 頭の上半分だけが、がくんと後ろにのけぞれば、後頭部と背中がぶつかり合う。


 皮一枚でつながった頭の上と下を、ナイフを素早く振るい、飛ばす風刃で切断。




「カヒュウゥゥゥゥ――」




 口腔を失った喉からは、哀れにも呼吸音だけが響く。


 切り離された頭の上半分は、どすんと地面に落ち、僕もその隣に着地した。


 振り向き、見上げる。


 頭部を失い、両手はだらんと垂れ下がったまま、ミーシャはその場で動かなくなる。


 だが、両足はしっかりと地面を踏みしめており、倒れる様子はない。




「オいクリス、その腕ハ一体――」




 駆け寄ってくるキルリス。


 僕はとっさに、彼女に飛びかかった。




「へ?」


「危ないっ!」




 その瞬間、ミーシャはぐるりと体をひねり、右腕の切断面をこちらに向ける。


 腕がないのだから拳は放てない。


 だから――腕を作ればいい。


 傷口が盛り上がり、そこからずるぅっ! と新品の腕が生えてきた。


 その勢いを利用して、炎の拳が僕とキルリスに襲いかかる。




「ぐうぅぅっ!」




 普通に腕を振るうよりもさらに早く、さらに威力を増した殴撃が、激しく地面を叩く。


 そして爆発。


 直撃は免れたものの、僕らは爆風に飛ばされる。


 背中が熱い、焼かれている。


 こりゃ執事服の修理には苦労しそうだ。


 けれど苦痛は耐えればいいだけ、大したダメージじゃあない。


 叩きつけられ、抱き合ったまま転がる。


 回転が止まったならば、すぐに立ち上がり、キルリスに手を貸し彼女を引き上げた。




「さ、サンキュ……」


「不用意に近づくなんて、キルリスらしくもない」


「いヤ、だってお前、ソノ腕……」


「ああ、うん。光ってるけど……え、もしかしてこれって、魔薬の? うわぁっ、何で僕に!?」


「あたしガ聞きてエよ!」




 さっきまでは戦うのに必死で、深く考えなかったけど――本当に、ディヴィーナみたいに赤く光ってる。


 急に体の調子がよくなったと思ったら、こんなことになってたなんて。


 ひとまず頭部再生のために動かないミーシャから距離を取りつつ、僕は改めて自分の腕を眺める。




「平気カ? 正気カ? あたしに襲いかカッテこないカ?」


「今のところは――意識のほうは、何とも、ないよ」




 ――嘘だ。


 さっきとは明らかに違うはずだ。


 頭にちらつく記憶が、感情があるはずだ。


 戦闘中に他のことを考えれば、集中力は散るはずなのに、不思議とそうはならない。


 どうして――今はそれを、深く考えたくはなかった。




「……まア、クリスがそう言うんナラ信じるケド」




 キルリス相手にごまかすのは難しい、か。


 けど彼女に敵対する感情が無いのは事実だ。


 だからキルリスも僕の言い訳を飲んでくれた。




「デ、こっカラどうスル? 今のクリスなら倒せるカ?」


「体の破壊は行けると思う。でも、さっきからずっと再生してる」


「まるデ粘土細工ダナ。再生があまりニ軽い(・・)。あの怪物の力を見る限リ、ミーシャはたブン【炎使い】なんダロ? それトモ、あれハ魔物としてノ特性カ?」


「温度操作による自己再生能力の向上……にしては、早すぎるよね。かといって、無限に再生する魔物なんて聞いたこともない」


「そんナノが居ても、フツーは頭を落とセバ動きは止まル。つまリ――」


「たぶんあの肉体は、本体じゃない」




 しかしあの怪物がミーシャから生まれたのもまた事実だ。


 だから別の場所に存在するのではなく――あの巨体のどこかに、本体が埋まっている。


 確かめたい。


 仮にそれが事実なら、まだ――可能性(・・・)は残っているかもしれないから。




「チッ。クリス、またあの骨ガ来るゾ!」




 ミーシャは後方よりスカートボーンを射出。


 こちらに迫るそれに対して、キルリスが対処しようとするが、僕はそれを手で制した。


 今ならたぶん、僕だけで行ける。


 この、半分魔物と化した腕で――




風刃飛魚ウインドエッジ・スカイフィッシュッ!」




 投げナイフによる撃墜を試みる。


 刃は無事に魔力障壁を突破、突き刺さった衝撃により全ての骨が空中で爆ぜる。


 茜色に染まる夜空。


 よし、行ける――この技で、キルリスの[ストーンランス]を射出したときと同じ威力を出せるのなら、彼女とのコンビネーションはより高い威力を発揮できるはず。




「キルリス、あれをっ!」


「了解ィッ! 巨岩(タイタンフィスト)血鷲(フェイタルエンド)だァッ!」


「いっけえぇぇぇぇえええっ!」




 ズドォォォォンッ! ――より強烈になった発射音が、鼓膜のみならず、肌までビリビリと震わす。


 ミーシャは腕をクロスさせ、防御を選択した。


 命中。巨人の腕はへし折れ、体はのけぞる。


 さらに勢いに耐えきれず、作り物の腕は二本とも吹き飛んだ。


 逆に言えば、そこを犠牲にすることで、防ぎきったとも言えるかもしれない。


 だが攻撃を放った直後、僕はすでに走りはじめていた。


 腕が再生するまで、あと何秒だろうか。


 ミーシャは口を大きく開くと、そこから炎を放とうとする。


 火球が前方より迫る。


 命中直前、[アサシンダイヴ]のスキル発動。


 火球は炸裂、僕はミーシャの背後へ。


 両手で一本のナイフを強く握り、威力に特化させ――




風刃血鷲ウインドエッジ・フェイタルエンドッ!」




 その背中を、縦に引き裂いた。


 骨を断った手応えはない。


 体外で骨を放っている割に、体内にそんなものはないのかもしれない。


 皮が裂け、肉が開き、中身(・・)が露わになる。




「……いた」




 あった(・・・)ではなく、いた(・・)


 脈打つ肉の中に、ミーシャが埋まっている。


 目は閉じられ、血管がその肉と繋がっているが、しかし完全に同化しているわけではない。


 再生により傷口は閉じる。


 その間際、ミーシャの口が小さく動いた。




「ゔぁい……お……ら……たす、け……て……」




 僕にはそうつぶやいているように聞こえた。


 呼応するように、巨人が叫ぶ。




「ウゥアアァァァァイオアアアアァァァアッ!」




 やはり、呼んでいる。


 彼女は今も、愛しい人(ヴァイオラ)を――


 ミーシャは振り向きざまの拳を放つ。


 右腕の再生を利用した高威力の打撃――単発ならば飛び退けばいい。


 問題は、次。


 空中に浮かぶ僕に繰り出される、左腕の再生攻撃。


 投げナイフも今なら刺さるだろうが、止めるには威力不足。


 やはり先程同様、斬撃により対処か。


 風刃を振るえば、二つに割れる腕――だが敵も学んでいる。


 開いた傷口より、炎を噴き出させるのだ。


 それを防ごうと、キルリスが足元の地面を削った。


 バランスを崩す――その作戦は成功したが、ミーシャの照準はズレない。


 膝をつこうとも、確実に僕を狙う。




「だっタラこれデどうだアァァァァッ!」




 キルリスは[タイタンフィスト]を発動。


 だが彼女は巨腕を作れても、それを飛ばすことができない。


 だから斧をフルスイングして、その端を叩いて飛ばした。


 弾速は、下手に魔力で飛ばすよりも速かったかもしれない。


 上位魔法なだけあって、障壁突破は容易い。


 二の腕付近に命中し、的がズレる。


 炎より逃れた僕は、再度キルリスと合流。


 言葉を交わすため、ミーシャに背中を向けて走る。




「このバカ、強引すぎダ」


「ごめん、助かった」


「デ、どうダッタんだ?」


「あったよ」


「心臓カ」


「いや……ミーシャの体そのものだった」


「埋まっテタってコトか?」




 僕はうなずく。


 だったらやることは一つ――おそらく彼女はそう思っただろう。




「ヨシ、ならソレを潰せバ――」


「キルリス、お願いがあるんだけど」


「……はぁ」




 大きくため息をつくキルリス。


 背後では、ミーシャがあのブーケを投げて、炸裂させていた。


 僕は振り返り、魔力を切り裂く。


 キルリスは魔力障壁で平然と防ぐ。




「そう言ワレル気ガしてタヨ。助けるつもりカ?」


「だって、このまま失ってばかりで終わったら、誰も救われないから」


「余計ニ絶望するダケかもナ」


「だとしても、このまま何もしないまま終わったら、絶対に後悔する」


「ソレはヴァイオラの都合ダロ?」




 キルリスは冷たく突き放す。




「知り合った以上、そうも言ってられないよ」




 僕にとって、ヴァイオラとミーシャのことは他人事じゃない。


 どうしようもないことがたくさん起きた。


 どうにもならないことで満ちている。


 その中に、どうにかなりそうなことがあるのなら、たとえ失敗したとしても試すべきだ。


 生き残れたのなら、それは将来的に、僕にとっての希望にもなるのだから。




「キルリスだって見捨てられないんじゃない? こうなった責任、多少は感じてるだろうから」


「ハッ、あたしがんなタマに見えるカ?」


「見える。意外と優しい」


「ふん、顔も知らナイやつが、何人死のウトどうでもイイ」




 彼女の言葉を聞いて、僕は思わず笑った。


 キルリスが眉間に皺を寄せて僕を睨む。




「なんデ笑うんダヨ」


「要するに、ミーシャの顔は知ってるからどうでもよくない、ってことだと思って」


「チッ……面白くネエな。わーったヨ。ただシ、先にドウするのかプランぐらいは聞かセテクレ。体を開いテモすぐに閉ジル。引き抜ク必要もアル。殺すより面倒ダゾ」


「キルリスがあいつの足を止める。僕が体を開く。ヴァイオラが糸で引き抜く」


「……完璧なプランだナ」


「でしょ?」




 無茶ぶりのようでいて、けれどキルリスにはその方法があった。


 たぶん僕と彼女が考えていたことは同じだと思う。




「ナラ、それマデの時間稼ぎは頼んダぞ。場所は宿の前の通りダ」


「わかった、準備ができたら連絡して」


「おウ、それまで死ぬナヨ」




 僕とキルリスは、その場で散開した。


 ミーシャの視線が動く。


 どちらを追うか――迷う巨人に向けて、僕は自らの存在を誇示するようにナイフを投げた。




いつから(・・・・)とか、誰が(・・)とか、何のために(・・・・・)とか――今は考えない」




 自分に言い聞かせるようにつぶやく。




「ミーシャを救い出す。少しでもマシな結末にする。それだけを考えるんだ」




 腕を這う赤く光る線。


 その症状に対する不安を踏み潰して、僕は単身、怪物と対峙する。




面白かったよ、先が気になる! と思っていただけたら、下のボタンから星を入れてもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 35/35 ・見事な逆転劇(まだ逆転してない) [気になる点] 「……完璧なプランだナ」 「でしょ?」←可愛い [一言] 『腕』の描写がすごい!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ