025 新しい朝
グラードとの戦いが終わると、衛兵たちが集まってきた。
キルリスは逃げようとしたけれど、野次馬が多すぎてそうもいかない。
仕方なく、彼らの聞き取りに応じる。
町長を助けたという実績があるので、街の人たちが僕らの味方をしてくれたのは幸いだった。
おかげで、衛兵たちも、あまり強くは当たらなかった。
だが、戦った相手がグラードだと言うわけにもいかない。
あの死体を見たって、それが彼の成れの果てだとは誰も信じないだろうから。
ひとまずこの場は、『強力な魔物が襲いかかってきたので協力して排除した』ということにしておいた。
僕もキルリスも冒険者証を携帯していたので、事はスムーズに進んだ。
ただ一点だけ、衛兵は僕らに「あの死体は君たちに所有権がある」と言ったけれど、それだけは全力で拒否した。
良い毛皮が取れれば、それだけ収入にもなる。
衛兵は首を傾げていたけれど、いくら相手がグラードといっても、その体を解体して売りさばくのは悪趣味すぎるから。
一通りの聞き取りが終わると、僕らは解放された。
僕は近くで待っていたキャミィ、ヴァイオラ、ミーシャの元に歩み寄る。
キルリスも、仲間たちと合流したようだ。
「じいぃぃぃぃぃぃー……」
キャミィが全力で僕を睨みつけてくる。
いや、自分も参加したくせにそれはおかしくない?
「外で音がするからって、いきなり飛び出したかと思えば、あの人とキスしてるなんて。この遊び人! 根無し草! 天然女殺し!」
「別に僕が望んだわけじゃないから……」
「でもまんざらじゃないって顔してたわよ、クリス」
「ヴァイオラの言うとおりです。あ、あの、キスってどんな感じなんですか!?」
「私、詳しいから知ってますよ。柑橘系の果物の味がするんですよね!」
「ええぇぇっ、やっぱりそうなんですかキャミィさん! 甘酸っぱいってやつですね!」
「いや……血の味だったけど」
「バ、バイオレンスですね、クリスさん……」
「夢も希望もありませんねぇ」
「現実なんてそんなものよ」
してないヴァイオラがなぜしたり顔なのか。
当人じゃないからって、好き放題に言ってくれてさ。
にしても、戦いが終わったと思うと、気が抜けて体がどっと重くなる。
さすがに今日はもう寝てしまいたい。
僕はキャミィたちと一緒にその場を去り、宿に戻ろうとしたのだけれど――背後から伸びた手が、ガッと僕の肩を掴んだ。
「なんで帰ろうとシテるンダ?」
キルリスだった。
「今カラ宴ダゾ? 帰るトハ言わせネエからナ?」
「キルリスたちも疲れてるだろうし……」
「宴は別腹ダ!」
力説するキルリス。
そして頷き同意する仲間たち。
……確かに同類だ。
「クリスの愉快な仲間タチも来イ!」
「誰が愉快な仲間よ」
「そうですよ、美少女枠の私を愉快枠に入れないでください!」
「いや誰よりも愉快枠じゃないかな、キャミィは」
「クリスさんが敵に回った!?」
そこで泣くあたりが何よりの証明だと思う。
「こんな時間からパーティだなんて……悪い子になった気がするね、ヴァイオラ」
「実際に悪い人たちなのよ、あれは。でも逆らうと面倒だから、行くしかないわ」
「わくわくする!」
「子供は気楽でいいわねえ……」
「もう、ヴァイオラったら。私は子供じゃないんだから!」
ヴァイオラとミーシャは行く気まんまんだった。
キャミィも別に嫌がってはないようだし……きついけど、まあいいか。
「わかった、僕も参加するよ」
「そう来なくッチャナ!」
「ただしキルリスさん、もうクリスさんの唇を奪うのはナシですからね!?」
「何でダヨ、愉快枠。好きなヤツにキスすんノハ当然ダロ?」
「誰が愉快枠ですか、私は超絶美少女のキャミィです!」
「悶絶美少女のキャミィ?」
「急にいかがわしいっ! でも美少女という部分は認められたから拒みにくい……悶絶を受け入れるかどうか悩みどころです」
悩むんだ……。
そんな素面で酔っ払ったような言動を繰り返すキャミィと騒ぎながら、僕らはキルリスが懇意にしている酒場へ向かった、
◇◇◇
翌朝――いや、翌昼というべきか。
僕はベッドの上で目を覚まし、ゆっくりと体を起こそうとした。
けれど、重くて持ち上がらない。
頭痛もひどい。
昨日、強引に飲まされたアルコールの後遺症だ。
いくら飲ませたいからって、口移しはないって……キルリス。
キャミィも対抗するし、ミーシャもいつの間にか飲まされて酔っ払うし。
「ああ、本当にひどい宴だった……」
「つまンなカッタか?」
キルリスと至近距離で目が合う。
重いと思ったら……乗ってたのは彼女だったのか。
インナーシャツ姿で、ぼさぼさ頭のラフな姿は、昨日の危うい美しさとはまた別の魅力がある。
「楽しくなかったかといわれれば……嘘になるけど」
「シシッ、ソリャよかッタ」
二日酔いの頭には、キルリスの笑顔は少し眩しすぎる。
ごまかすように、僕は話題を変えた。
「それで……ここはどこ?」
「あたしラガ使ってるアジトだ。宴が終わったアト、二次会でココに来タ。覚えてナイか?」
記憶は薄っすらとだが残っていた。
その時点で、僕もキャミィもヴァイオラもミーシャもダウンしていて、“来た”というよりは、“運ばれた”といったほうが正しい光景だったけれど。
さらにそこから食って飲んで、今に至るというわけか。
首から上を動かして部屋の様子を見てみると、他の面々の様子が見て取れた。
このベッドに寝ているのは僕とキルリス、隣のベッドにはミーシャ一人。
ヴァイオラはそんなミーシャを守るように、床に膝をついて上半身だけベッドに乗せている。
テイリー、エテルード、クラッツ、そしてニャンデリィは床で積み重なるように寝ていた。
しかし唯一、キャミィだけは姿が見えない。
「シカシ……クリス」
「ん?」
「お前、女だったんダナ」
僕の執事服は、ハンガーで壁にかけられていた。
つまり僕はインナー姿。
キルリスは僕の胸の膨らみをみながら、「デケーナ」とつぶやいた。
「がっかりしたでしょ?」
「何デダ」
「キスしたの。男だと思ってたからじゃないの?」
「シシシッ、そんなモン関係ないネ。あたしはクリスを気に入ったカラ、キスしたンダ。何ナラ、今からスルか?」
そう言って、顔を近づけるキルリス。
すると、ベッドの下から何者かの手が現れ、キルリスの腕を掴んだ。
僕らの視線は同時にそちらを向く。
「やぁ~らぁ~せぇ~まぁ~せぇ~ん~よぉ~……」
まるで墓から蘇るアンデッドのように、キャミィの顔が現れた。
顔も髪もひどい有様だが、目は閉じていた。
つまり、まだ寝ている。
「クリスしゃんはぁ……わらひの……ものぉ……」
そして彼女は再び力尽き、床に沈み込んだ。
姿が見えないと思ったら、ベッドとベッドの間で寝てたのか。
「シシシッ、愛されテルな、お前」
「僕はリーゼロット一筋だって言ったんだけどね」
「昨日モその名前聞いタナ。主人ダッケ?」
「うん、僕は彼女のために薬を除去する方法を探してる」
「フーン、まああたしには関係ないケド」
いや、関係は……ない、とは言えないのでは?
「特定の誰カがイテも、別ニ付き合うノも奪うのモ自由だシナ!」
「さすがにそれはどうかと思う」
「あたしのモットーだ。欲しいモノがあれバ、絶対に奪エって」
「物騒だなあ……そう思うようになった理由とかあるの?」
「シシッ。クリス、あたしニ興味が出てきたカ?」
「良くも悪くもね」
「シシシッ、ドッチでもあたしは嬉しいゾ。あたしハナ、奴隷とシテこの国ニ来たンダ。ソコで貴族に人生ヲ奪われタ。だカラ力ずくで、奪い返したンダ」
一部の領地では、他国から奴隷をさらってきて使っている、という話を聞いたことがある。
国としては禁じているけれど、それでも続けている領主はいるのだとか。
「貴族を殺したってことだよね。追われなかったの?」
「追われテタゾ。楽しカッタなァ、あのトキは」
追手たちを活き活きと惨殺する姿が目に浮かぶようだ。
逃げたかったのか、追われたかったのか、どちらが目的だったのかわからない。
「ソンデ、スラムに流れついタ。そこもマタ、弱肉強食の世界ダ。あたしラみたいナ子供ハ、徒党を組ンデ固まっテタけど、ソレでも容赦ナク奪われル。物も、命もナ」
こういう話を聞くと、キルリスが今のキルリスになったことが、納得できてしまう。
支離滅裂ではなく、道筋を立てて歩いてきた道が示されることで、僕の体の上に乗ってじゃれつく彼女は、理解不能な怪物ではなく、ヒトになっていくのだ。
「仲間の人たちとはそこで出会ったの?」
「そうダ。最初はもっとイッパイいたケドな。偶然か、運命か、それトモ元から優レテいタのカ。生き残ったあたしタチ五人は、全員ガ“魔法使い”だっタワケだ」
それは、偶然と呼ぶにはできすぎた物語だった。
啓示の日を迎える前にも、知らないうちに魔法を使っていた――と考えたほうが納得できるぐらいに。
「ソレからあたしタチは、五人デしばラク、山賊みたイなことをやってタ」
「冒険者じゃダメだったんだ」
「奴隷あがリが国ノ犬にはならネエって」
「それは確かに」
「マ、今ハ黒の王蛇の勧メで入ってるケドな」
「黒の王蛇に入った理由は?」
「飯。酒。金」
「わかりやすい……」
「あたしらが暴レテも咎めないッテ言うシナ。アノ頃の黒の王蛇は、力デ全テをねじ伏せル、あたしラの理想ダッタ」
「今は違う、と」
「別物ダナ。ダカラ万が一、今回の一件デ切り捨てられたとシテも、諦めはつくナ」
「寂しくないの?」
「お前がソレを埋めてクレるんダロ?」
ぺろりと唇を舐めるキルリス。
この距離で熱っぽい視線を向けられると、まるで捕食されてる気分だ。
「だろって言われてもな……僕はリーゼロットのために生きるだけだから」
「忠犬ダなァ。あたしのが満足さセテやれるゾ?」
「満足の方向性が違う」
「人間の三大欲ダ。いかナル願望モ、それを上回ルことはナイ」
「理性で制御できることもあるって」
「イイや、ナイ。もしソレが可能なら、ソイツはぶっ壊れてるンダ」
「……」
「心当タリがアルんだナ? ナラなおさら、あたしみたいなヤツを選ぶベキだ。あたしは欲望を否定しナイ。剥き出しにシテ、ケダモノにナッテも、全部受け入れてヤル」
キルリスはぐいぐいと顔を近づけてくる。
鼻の先と先が触れるぐらいまで。
押し付けられた胸ごしに、彼女の心臓の脈動が伝わってきた。
その体は熱い。
吐息も熱を帯びている。
さすがに僕も、ここまで迫られたのは初めてだ。
「ナア、クリス。あたしにモット、“お前”を見セテくれないカ?」
「ストップ、キルリス」
「イヤだ」
「嫌とかそういう問題ではなく……」
「だっタラ何だ?」
「ミーシャが見てる」
隣のベッドで横になったミーシャは、目をばっちりと開けていた。
顔は真っ赤で、口からは「はわわわわわわわわ」という謎の鳴き声を発している。
よく見てみれば、すでにキルリスの仲間たちの目も開いていて――
「さすがですねお頭、寝込みではなく寝起きを襲うとは。クリスの頭が朦朧としている間に既成事実を作るつもりですか」
「あのテイリーさん!」
「どうしましたかミーシャさん」
「既成事実って、何でしょうか!」
「おいらが説明してやるよ。既成事実ってのはな、体と体の関係を強引に結ぶことで逃げられ……ぐげっ」
「その歳の子に、そういう話をするのはよくない」
「クラッツ、てめえこんなときだけ常識人ぶりやがって!」
「規制事実……ふふ、規制されるような……人には言えないようなことを……いっぱい、いっぱいする……ふふっ、うふふふふっ」
「そ、そうなんですか、クリスさん。ニャンデリィさんが言ってるようなことを、キルリスさんとしようとしてたんですか? はわわわわわ……大人ですぅ……」
「落ち着いてください、ミーシャさん。別に僕は、キルリスのそれを受け入れたわけじゃ――」
「シシシッ、ミンナ起きたコトだし、じゃあ始めルカ!」
「どうやったらその結論になるの!?」
朝っぱらから混沌とした有様だった。
みんな、昨日の酒がまだ抜けていないんだろうか。
そしてこの状況に拍車をかけるように、キャミィが目を覚ます。
彼女はゾンビのように「ううぅ……」とうめきながら、這うように僕のベッドに登った。
「渡しません……キルリスさんにはぁ、クリスさんは渡しませ……うっ……」
「キャミィ?」
「あ、頭が痛……昨日のお酒が……うぅ……うっぷ……」
「キャミィ、待って! それはまずい! ここでそれはまずいからっ!」
「クリスさん、私……もう、ダメみたいです……今までありがとうござ……うぶ」
「キャミィィィィィィィッ!」
僕はそのとき、ひっそりと先に逃げていたヴァイオラを猛烈に恨んだ。
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