表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/65

023 宴

 



 グラードは、絵に描いたような粗暴な男だった。


 外見も、体は大きく、筋肉隆々で、扱う武器は“鈍器”と呼ぶにふさわしい使い込まれた大剣。


 目つきは悪く、生やした無精髭が悪人面に拍車をかける。


 顔には無数の傷跡があり、彼はそれらを負った経緯を、酔うたび武勇伝として語るのだ。


 その最中、もし部下が少しでも嫌な顔をしたのなら、その場で殴り飛ばすだろう。


 自分が世界の中心にあり、そうでなければ我慢できない。


 そして不運なことに、彼にはそれを可能とするだけの力――“魔法”があった。




「どうせ見つかるんなら、堂々としてた方が俺らしい。そうは思わねえか、お前ら」


「はい、ボス!」




 町長の椅子でふんぞり返るグラード。


 屋敷を占拠された町長は、青あざだらけで、部屋の隅で白目をむいていた。


 一緒に住んでいた家族も同様に、屋敷のどこかで倒れていることだろう。




「キルリスのやつ……俺より後にこの街に来といて、よくも好き放題やってくれやがったな」


「ですがボス、上があいつを送り込んできたってことは……」


「バカなこと言うんじゃねえ! むしろ逆だ、キルリスのやつが上に全然従わねえから、僻地に左遷されたんだよ。本来は俺が、あいつの上に立つはずだった。それが何だ? 薬は嫌いだの、お前は嫌いだのと、感情ばかりで動きやがって!」




 彼が拳を叩きつけると、デスクは真っ二つに割れた。


 魔法など関係なく、単純に腕力のみによって。




「潰す……次に会ったら、必ず潰す……ようやく例の薬も届いたんだ、負ける道理がねえ!」


「いつ攻め込んできますかねえ……」


「早くても朝だろ。さすがにあいつらも、あっちのアジトを襲って消耗したまま、ここに突っ込んでくるほどバカじゃねえ」


「じゃあそれまでは――」


「ああ、たっぷり楽しませてもらうさ」




 グラードは下品な笑みで、部屋の入り口あたりで震えていた女性を眺める。


 彼女は丈の長いぼろぼろのシャツだけを着せられ、首輪を巻かれた状態で、ぶるぶると震えていた。


 クリスが救出した少女同様、体にはアザややけどの痕が残っており、相当痛めつけられたものと思われる。




「しっかし貧相な女だ。こんなやつしか残ってないとはな」


「すいません、他の女には逃げられちまって」


「ま、初物なのがせめてもの救いだな。いい悲鳴を聞かせてくれるだろ」




 グラードが近づくと、少女は耐えきれず嗚咽を漏らした。


 それが彼の機嫌を損ねるものと知っても、これから自分の身に降りかかる苦しみを思うと、我慢できなかったのだ。


 すると、無骨な手が少女の顎にあてられる。




「女ァ、お前は感謝するべきなんだよ。本来てめえみたいな位の低い女は、俺の前に出てくることすらない。部下どもの()になって終わりなんだからよぉ」


「う……っ、く……は……か、帰して……」


「あぁ?」


「家に……帰してぇ……っ」


「俺に命令してんじゃねえぇぇぇぇッ!」


「きゃああぁぁっ!」



 肌に触れていた手を薙ぎ払うと、少女は吹き飛び、地面を転がった。


 意識がぐらりとゆらぎ、視界も目つきも虚ろになる。


 鼻血を流しながら朦朧とする彼女を、しかしグラードは許さなかった。


 その胸ぐらを掴んで持ち上げると、今度は壁に叩きつける。


 苦しげに、濁ったうめき声をあげる少女。


 グラードは彼女に、怒りをにじませた顔を限界まで近づけ、吐き捨てる。




「俺は今、最高に苛ついてんだ。それぐらいわかるだろ? だってのによォ、媚びたメスのセリフ一つ言えねえのかよ。そんな女、殺されちまったほうが世のためってもんだよなアァ!」




 男が手を離しても、不思議と少女の体は、壁に押し付けられたままだった。


 グラードの職業は【風使い】、空気の流れをあやつり、彼女をそこにとどめているのだ。


 そして軽く距離を取ると、部屋の壁に立て掛けてあった大剣を手に取り、少女の前で振り上げた。




「ボス、いいんですかい? 女はそいつしかいねえ。殺しちまったら!」


「殺しやしねえよ。腕を落とす。その苦痛で、少しでもその先(・・・)の苦しみを和らげてやろうっつう――俺なりの、優しさだッ!」




 腕に力を込め、全力で放たれる斬撃。


 グラードが体に纏う筋肉の鎧は、ただ肥大化しただけのものではない。


 力としなやかさと素早さ、その全てを兼ね備えたもの。


 ゆえに放たれる斬撃も鋭く、いくら打撃寄りのなまくら刃とはいえ、腕ぐらいは容易く落ちる――はずだった。




「いやあぁぁぁぁああああっ!」




 少女の叫び声が響き渡る。


 だが、少女の腕はいつまでたっても落ちない。


 かわりに、グラードの真後ろで、ごとりと音がした。




「ボ、ボス……」




 部下が戦慄する。


 グラードは振り向く。


 落ちている。


 握っていたはずの剣と――自分の、手首から先が。




「な、何で……何が起きやがったあぁぁぁぁぁあッ!?」




 そこで彼は自らの手首の断面(・・)を見て、はじめて気づいた。


 自分の腕が、すでに切断されていることに。




 ◆◆◆




 躊躇いや葛藤はなかった。


 部屋の外に聞こえてくる声だけで、それが“殺していい人間”だと一瞬でわかったから。





風刃速斬ウインドエッジ・クイックスラッシュ




 壁ごと、室内の男の腕を切断する。


 ごとりと床に落ちた音がすると同時に、扉を蹴飛ばして部屋に突入。


 室内の状況を確認。


 大柄な男がグラード、その部下が一人、壁際で尻もちをついているのは攫われた女の子か――


 僕の姿を視認すると、グラードの表情が怒りに染まる。




『てめえがやりやがったのか、絶対に許さねえ! ぶっ潰してやる!』




 そんな殺意が、ビリビリと肌で感じられた。


 声には出ない。


 この瞬間、そのような余裕は一寸たりともないからだ。


 しかしグラードからは、腕を切断されながらも、僕に対する“恐れ”は感じられなかった。


 ただただ純粋に、怒り、僕を憎んでいる。


 かけらも動揺せず――こいつ、意外とやり手みたいだ。




「トルネードォッ!」




 無駄口を挟まず、まっさきに僕に向けて魔法を放ってきた。


 風魔法[トルネード]は、【風使い】の上位スキル。


 手のひらより渦巻く風を放ち、触れた物体を細切れにする。


 僕は横っ飛びでそれを回避。


 その直後に、床と扉が粉々になって吹き飛んだ。


 威力も強烈、伊達に黒の王蛇の幹部はやってないらしい。




『今のを避けるか、大した反応速度だ!』




 グラードの視線がそう語る。


 自信過剰な野蛮人特有の油断も見られない。


 チッ、本当に厄介だな。まずは取り巻きから始末するべきか。


 飛びながら、風刃飛魚ウインドエッジ・スカイフィッシュ――眉間に直撃、即死を確認。


 しかし投擲にて生じるわずかな減速を狙い、グラードがこちらを狙う。


 準備動作はほぼゼロ、手のひらから放たれるは下位魔法[ウインドエッジ]。


 その威力は本職の魔法使いだけあって、僕のものよりも強力だった。


 もっとも、相手がまともな魔法使いだったら、魔力障壁に阻まれる可能性が高いのだけれど――


 グラードから見た僕は、【暗殺者】のスキルを使ったくせに、魔力障壁を突破する奇妙な存在。


 それを試すための牽制といったところか。


 この体勢から完全な回避は不可能だったため、体をひねって避ける。


 風の刃がわずかに肩を掠める。


 その“ひねり”を利用し、グラードに向けて風刃飛魚ウインドエッジ・スカイフィッシュを複数発同時発射。


 彼は横に飛び込むようにそれを避け、左手で落ちた大剣を確保した。




「うおおぉぉぉおおおおッ!」




 咆哮――そして大剣の刃が風を纏う。


 刃長がキャミィの身長ほどあるその武器は、振るえば当然、大きい分だけ隙ができる。


 承知の上で振り上げるグラード。


 僕は複数本のナイフを指の間に挟み、投擲の準備をしたが――彼の暴力の矛先が向いたのは、こちらではなかった。


 悪は下劣に(わら)う。


 ――あの男、人質を狙っているのか!?




「やらせるわけにはいかないッ!」




 最初の一撃で、僕が人質を守ろうとしていることに気づいた。


 つまり僕がそれを止めようとすることを理解した上での、罠。


 しかし、乗らないわけにはいかない――[ブリッツアサルト]で加速、少女とグラードの間に割って入る。




「俺に逆らうやつは全員死ねェ! [ストームバースト]ッ!」




 大剣が床に叩きつけられる。


 爆ぜた風が嵐となって、僕と少女に襲いかかる。




風刃痛打ウインドエッジ・バットスマッシュッ!」




 僕はその“嵐”に向かって、ナイフを振るい、爆裂する風をぶつけた。


 これは単純な威力比べだ。


 グラードの放った上位スキルと、僕の下位スキル二つの組み合わせ、どちらが勝つか。


 足し算ならばグラードが勝つ。


 けれど僕が放つこの技は、乗算をさらに超えていく。


 衝突点においては、激しい力同志のぶつかりあいにより、雷光が生じた。


 夜の闇が散発的に発生するそれに、バチバチと引き裂かれる。


 生じた衝撃により、隣接する天井や床、壁は粉々に砕け散った。


 だが――僕は無事だ。もちろん少女も。


 一方でグラードの体には、いくつもの傷が生じていた。




「ぐっ……馬鹿な。この俺が、魔法同士の力比べで膝をつくだとォ?」


「た……助かったの? わた、し……」




 へたりこむ少女は、涙を流しながら僕を見上げている。


 振り向いて彼女に微笑むと、その表情は安堵ゆえにくしゃりと歪み、ついには肩を震わせながら泣き始めた。




「しかも負ける相手がキルリスですらねえとは。ちくしょう、こんな名前も知らねえ執事相手にッ!」




 彼の手首の傷口からは、大量の鮮血が流れている。


 あの出血量では、治療をしなければ長くはもたないだろう。




「僕の名前はクリスだよ」


「名乗れって言ってんじゃねえんだよ! てめえ、そのスキル【暗殺者】だろうが。物理職のくせに、何で俺の魔力障壁を突破できるッ!」


「できるからできる、としか言えない」


「舐めやがってッ! おい、誰かいねえのか? 敵だ、敵がここにいるぞぉおおおッ!」




 助けを呼ぶグラード。


 しかし返事はない。




「誰か……一人ぐらいいるだろうがッ! 来いよ、俺を助けにこおぉぉぉいッ!」




 すると壊れた入り口から、誰かがひょっこりと顔を出す。


 グラードの表情が一瞬だけ明るくなるが、それがキルリスだとわかると、すぐに青ざめた。




「ヤア。残念だったネ、グラードクン。仲間ナラ、全員あたしらが殺しタヨ」




 彼女は嬉しそうに笑いながら、敵に告げる。


 斧には血がべっとりと付着していた。


 もちろんキルリスの部下たちも大暴れして、グラードの部下はひとり残らず駆逐された。


 彼女の実力を知っているグラードなら、今さらその言葉を疑ったりもしないだろう。


 絶望で表情を満たす彼を見て、キルリスはさらにニコォッ、と口角を吊り上げた。




「年貢の納め時ってヤツだネ」


「キルリス……てめえさえっ、てめえさえ来なければッ、俺はこの街を支配できていたというのにぃッ!」


「シシシシシッ! いい顔ダ、ソレが見たカッタ! 嫌いなヤツの屈辱に塗レタ顔ってのは、いつ見ても気持ちがイイ! マア初対面だけどナ!」


「てめえわかってんのか? 本部に逆らってんだぞ!?」


「あたしハあたしの味方ガ沢山イルことを知ってル。組織も一枚岩じゃないんダ。それニナ、お前の仇をうツ――何て人間が現れるホド、お前ニ価値なんて無いヨ」


「ッ……クソッ……!」




 反論の言葉が思い浮かばないのか、グラードは歯を食いしばったまま、キルリスを睨みつけることしかできなかった。


 そんな様子を見せたって、彼女をさらに喜ばせるだけなのに。


 まあ、ディヴィーナとリジーナたちをあんな目に合わせた張本人なんだから、ざまあみろとしか思わないけど。




「キルリス……キルリスうぅぅ……! お前だけは絶対にぃぃ!」


「それニ、あたしが来なくテモ、クリスが来た時点でテメーは終わりだったと思ウけどナ!」


「いいや、まだ俺は終わらねぇェッ!」




 グラードはポケットから、藥袋を取り出す。


 中には赤い粉末が入っており、彼はそれを袋ごと口に入れ、噛みちぎって摂取した。




「魔薬! 自分を魔物化するつもりか!?」


「そうだ……この新型の薬なら、てめえらを全員皆殺しにできるッ!」


「だっタラ、魔物にナル前ニ殺してヤルよォッ!」




 キルリスはその場で、斧を地面に叩きつける。


 するとグラードの目の前がせり上がり、先端の尖った岩の槍がその喉元を狙った。




「うおぉぉぉおおおおおッ!」




 だが、すでにその変異は始まっている。


 両腕に血管が浮き上がり、赤い光を放つ。


 切断された右手が、ボコッ! と泡立つように再生した。


 そしてその手で、迫る岩の槍を素手で掴み――握りつぶした。




「シシッ、ヤルじゃん!」




 なぜか嬉しそうなキルリス。


 なおもグラードの変異は続く。


 全身の筋肉はさらに隆起し、服が破れ、その内側から茶黒い毛皮に覆われた皮膚が現れる。


 やがて体の全てが余すこと無くその毛皮に包まれ、顔や手足は狼のそれに近い形に変形していく。




「ウッ、ウオッ、ウグルルゥアアァァァァアアアアアッ!」




 吼えるその声も、人ではなく、完全に獣のものだ。


 グラードは、おとぎ話によく出てくる狼男(ワーウルフ)によく近い存在になっていた。


 もっとも、想像されるものよりもずっと大きく、荒々しい外見をしていたけれど。




「うッヒャあ、本当に魔物ニなるンだナ」


「ひ……ひいぃ……っ」




 見ていて胸が痛くなるほど怯える少女に、僕は言い聞かせる。




「君は外に逃げて。グラードの部下はもういないから、誰かと会ったら、どんなに怪しい人でもそれは僕たちの味方だ。自分が人質であることを告げて、一緒に外に出るんだ。いいね?」




 彼女は無言でこくこくと頷くと、四つん這いのまま部屋から出ていった。


 すると、部屋の外にいた別の少女が彼女の手を握った。


 グラードの死ぬところを見たいと言っていた少女だ――そうか、そこまで来ていたのか。


 二人が逃げるのを見届けると、僕はナイフを構える。


 魔物と化したグラードの周囲には風が渦巻いている。


 おそらく魔力がまだ安定していないせいだろう。


 要するに垂れ流しの状態だけど、魔力障壁のない僕が近づけばひとたまりもない。




「ディヴィーナやリジーナのときは、ここまで早くもなければ、完全に魔物化することもなかった」


「それデ新型カ……シシシッ、ワクワクしてきたナァ!」


「すごいね。あれを見ても怖くないの?」


「ゾクゾクとワクワクは同じダロ?」




 ……感覚が麻痺してるのか。


 僕は怖いな。


 リーゼロットがいつかあんなものになるかと思うと、想像するだけで寒気がする。


 だから――一刻も早く、駆除してしまいたい。




「ウオォォォォォオオオオオンッ!」




 ひときわ大きな鳴き声。


 生誕の合図だ。




「サア! パーティーの始まりダアァァァァッ!」




 キルリスがグラードに突っ込んでいく。


 僕も彼女とともに、迸る獣の本能へと立ち向かっていった。




面白かったよ、先が気になる! と思っていただけたら、下のボタンから星を入れてもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 23/23 ・絵に描いたような悪役……ありがとうございました。 ・クリスのブーメランw [気になる点] 描写が上手すぎてちょっと羨ましい。 [一言] 次回 リスリスコンビ vs オオカ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ