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018 純粋な悪

 



 街の大通りを歩く僕とキャミィは、リザードのリー君を手前につないで、ギルドに入った。


 そして建物内の入り口で足を止め、言葉をかわす。




「クリスさん、さっきとんでもなく大きな斧を持った物騒な女の人がいましたね」


「いたね」


「執事服を着た人もいましたけど、やっぱりあの人もですか?」


「殺気を隠さずに僕のほうを見てたよ」


「うぅ……必死にごまかそうと思って騒いでみましたが、怪しまれなかったでしょうか」


「大丈夫、キャミィはいつもどおりだったから」


「それって私がいつもうるさいってことですか!? ああそうですよそうですね、私はいつもうるさい女の子ですぅー!」




 騒いでいると、そんな僕らのやり取りを、フィスが力のない笑みで眺めていた。


 彼女と目が合い、軽く会釈する。


 キャミィと一緒に、彼女のいるカウンターに近づく。




「おはよーございます、フィスさんっ」


「相変わらず朝から元気ねぇ、キャミィは」


「誰が無駄に元気ですか!」


「無駄とは誰も言ってないわよ……」


「そういうフィスさんは元気がなさそうですね」


「……まあね」



 フィスは頬杖をつき、目を細める。


 よほど悲しい出来事でもあったのだろうか。




「ほら、冒険者が何人も死んだって大騒ぎになってるでしょう? 顔見知りも多かったのよ」


「ああ……そういうことですか」




 僕の胸がぎゅっと締め付けられる。


 僕は思わず軽く唇を噛んだ。


 別に悪いことをしたとは思っていない。


 あれは必要な処置だった。


 けれど、それでフィスさんが悲しんだとなれば、話は別だ。




「ディヴィーナとリジーナって姉妹がいてね……昔からの顔なじみだったのよ。ティンマリスの冒険者の中じゃ上位で、よくギルドとしても世話になってたの。昨日の夜ごろ、犠牲者の中に彼女たちがいるって知ってね」


「その情報は、ギルド経由で?」


「いいえ、冒険者から聞いた話よ。ギルドにはなーんにも入ってこないわ。本部に問い合わせてもなしのつぶて。おそらくあっちもわかってないんでしょうね」


「ギルド本部って、国と提携してるはずですよね。これだけの事件なんです、衛兵が調査結果を上にあげるものじゃないんですか?」


「その“上”って、領主であるマリストール家よ。そこを経由して国に情報が届くのだから、遅らせるなり、捻じ曲げるなり、領主様には自由自在でしょうね」




 フィスさんのその言い方からして、彼女はこの一件が、黒の王蛇に関連するものだと確信しているようだ。


 それは間違いなく事実である。


 けれど一方で、手を下した張本人が僕らであることは、想像もしていないだろう。




「でも不思議と、想像していたよりも寂しくはないのよ。ディヴィーナとリジーナ以外にも、何度も顔を合わせて、言葉を交わして、中には一緒によく呑んでた人もいたのに。私って、自分で思う以上に冷たい人間なのかもしれないわ」


「そんなことないですよっ! フィスさんは優しいです!」


「ありがとう、キャミィ。でも――」


「フィスさん、おそらくあなたが寂しくないと感じるのは、すでに別れの兆候があったからではないですか?」


「兆候……そうね。ここ半年ぐらいはまともに話していなかったし、特にディヴィーナとリジーナは様子がおかしくて、近づくことすらできなかったわ。けれど、どうしてそのことを?」




 僕は考える、フィスさんに魔薬のことを話していいのかと。


 しかし、彼女がギルドの受付嬢として、多くの冒険者と関わっているのだとしたら、僕らでも知らない情報を持っている可能性は大きい。




「フィスさん、ここだけの話なんですが――現在、ティンマリスには、主に魔法使いをターゲットにした薬物が蔓延しています。黒の王蛇の手によるものです」


「薬物!? 確かに、ディヴィーナたちの変わりようは、薬でも使わないとありえないとは話してたけど……それ、本当なの?」


「はい、昨日の事件も薬物絡みではないかと噂がたっています。実際、とある酒場では食事にその薬物が混ぜられていたケースがあったそうです」


「食事にって……じゃあ、私も気づかないうちに、それを口にしている可能性があるってこと?」


「ゼロとは言い切れません」




 フィスさんの顔が青ざめていく。


 裏で取引されるならともかく、まさか食事に混入されているなど、想像もしていなかったのだろう。


 するとそこで、キャミィが僕に耳打ちする。




「いいんですか、そこまで話しちゃって。フィスさんは無関係なんですよ?」


「今はできるだけ協力者を増やしたい。それに、フィスさんは魔法使いだから。彼女自身が被害にあう可能性がある」


「えぇっ、フィスさん魔法使いだったんですか!?」




 あのこと、キャミィには言ってなかったのか。


 まあ確かに、あえて伝える必要もないし、商人である彼女に言うと、ちょっと厄介なことになりそうでもあるが。




「……この街の冒険者の多くが黒の王蛇に従っていたのは、そのせいもあったのかしら」


「依存性のある薬物を脅しに使われたか、あるいは単純に暴力で支配したのか。その両者かもしれませんね」


「恐ろしい話だわ。こんな田舎を牛耳ったところで、大した利益なんてないでしょうに」


「フィスさん、僕とキャミィは黒の王蛇に従うつもりはありません。むしろ、その薬物汚染の元凶を叩こうと思っています」


「それは正義のために?」


「僕自身のためです」


「真っ直ぐな瞳で言うのね」


「救いたい人がいるんです、どうしても」


「そう……なるほどね。つまり、昨日の惨劇の犯人はあなたなのね、クリス」




 何気なく、完全に不意打ちでそう言われて、僕は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。


 だがフィスさんは、『別に嫌味じゃないのよ』と、柔らかな表情でそう僕に伝えた。




「そんな執事服を着て、とんでもない数の魔物を倒してみせて、クリスってば最初から怪しいんだもの」


「……フィスさん、僕は間違ったことをしたとは思いません」


「わかってるわ。殺害現場は怪しげな広場で、ディヴィーナの死体は半分ぐらい化物に変わってた――そんな噂も聞いてるの。これでもギルドの受付嬢だもの、そういうのには敏感でね」


「おそらくは今後も、こういった事件が続くと思います。何か、黒の王蛇や、薬に関する情報が手に入ったら、僕たちに教えてもらえませんか」


「お願いです、フィスさんっ! この通り!」


「ふふ、クリスはともかくとして、どうしてキャミィまでそこまで必死になるのかしら」


「……私のお父さんとお母さんのことも、実は関係してるみたいで。うちの両親は魔法使いじゃないので、直接かはわかりませんがっ、けど!」


「そう、あの二人が……てっきり黒の王蛇がこの街に来てからだと思ったけど、もっと前から予兆はあったのね」




 そこは僕も気になっているところだった。


 キャミィの両親は魔法使いではなく、狙われたのは二年前。


 しかしニール先生が言うには、二人の心を冒しているのは間違いなく魔薬である。


 さらに言えば、リーゼロットとその両親がおかしくなったのは五年前のことだ。


 そこまで遡ると、まだ領主は黒の王蛇と繋がりを持っていない時代になってしまう。


 解きほぐすべき謎は、まだ多い。




「わかったわ、クリス、キャミィ。私も喜んで協力させてもらう。けれど、今は人がいないからいいけれど、こうして顔を合わせて話すのは危険なこともあるかもしれないわ。勝手に端末にメッセージを送ったりするかもしれないから、こまめにチェックしておいてね」


「ありがとうございます、フィスさん!」




 僕とキャミィは、一緒にフィスさんに頭を下げた。


 彼女が力になってくれるのなら、心強い。


 そして僕らはその後、軽く雑談を交わしてから、ギルドを出た。


 今日は元々、ニール先生のところに立ち寄ったあと、魔物を狩って蓄えを増やしておく予定だったけれど――あの斧の女と、謎の執事と出会ってしまったのだ。


 方針を変えるべきか、それとも貫くべきか。


 ギルドの前に立ち止まり、考えていると――




「よう!」




 さっき見た斧の女が、陽気に手を上げてフレンドリーに話しかけてきた。


 彼女は八重歯がチャームポイントな満面の笑みを、こちらに向けている。




「ク、クリスしゃん、こ、ここここの人っ、しゃ、しゃっきの! しゃっきの!」


「そんな怯えんなヨ、別にあたしは何もしねーって」


「べ、別にビビってなんかいないですしー! 私にはクリスさんがいますから! 執事ですよー、強いですよぉー! さあやっておしまい、クリスさん!」


「なーんか愉快な女を連れてんだナ、クリス」


「あなたは?」


「あたしか? あたしは、黒の王蛇の幹部、キルリスってんだ。よろしくナ!」




 キルリスが差し出した手を、僕は軽く観察し、敵意がないことを確かめると、慎重に握った。




「いやア、どうも一昨日だか昨日だかは、うちの部下ドモが世話になったみたいだナー!」


「世話って、最初に襲ってきたのはそっちじゃないですか!」


「つっても指示したのあたしじゃないしナ」


「しらばっくれても無駄ですよぉ!」


「ディヴィーナやリジーナは、明確に上からの命令だって言ってたよ。酒場の件といい、幹部でもなきゃあれだけの数は動かせないと思うけど」


「確かにあたしは、ティンマリスを支配しとケーって言われて送り込まれた幹部ダ。けどナ、あたしは薬が嫌いダ。あんなもんで支配するより、力と恐怖であいつらを従わせタイ。シシシッ」




 笑うキルリスには、恐ろしいほど悪意というものがなかった。


 純粋に、悪を成すことを喜んでいる。


 けれど一方で、それなりに悪のポリシーというものがあるようで――組織としては扱いにくいから、田舎街に飛ばされたってところか。




「それで、僕に何の用なの?」


「あたしと組め」


「はあぁぁ!? クリスさんは私と組んでるのであなたとは組みませんけどー!」


「じゃあそのうるさい巨乳女と手を切ってあたしを組め」


「なっ――確かに私のほうが大きですが、あなただって相当な巨乳じゃないですか! 人のことを言えないでしょう! というかみんなおっぱい大きすぎですどうなってるんですかこの界隈!」


「落ち着いて、キャミィ。僕は黒の王蛇を潰したいんだ。どうして幹部と組むなんて話になる?」


「だってお前、昨日は三十人近く殺しただロ? そういうことできるやつハ、殺しを楽しんでるはずだからナ」


「そんなわけないじゃないですか!」


「おじょーチャンは口を挟むナ。どうなんだヨ、クリス」


「……確かに僕は、お嬢様以外の命の価値を、低く見積もってしまうみたいだね」


「え゛、もしかして私もですか!?」


「キャミィはひとまず別で」


「ヤッター!」


「ですが断じて、人殺しを楽しもうと思ったことなんてない。昨日のことは、僕だってあまり思い出したくないぐらいなんだ。茶化されると、はっきり言って不愉快だ」




 僕はキルリスを睨みつける。


 喉を掻っ切るような、鋭い殺意を込めて。


 すると彼女は、怯えるでも、怖気づくでもなく、目を見開いて驚くと、すぐに歯を見せて笑った。


 ……わからない。


 この人は一体、何を考えて、何のつもりで僕に接触してきたんだ?




「シシシ。そっか、すまなかったナ。どうやらあたしの思い違いだったらシイ」




 キルリスはそう言って、僕に背を向けた。


 これで終わり? まさか、簡単すぎる。




「でもナー、あたしがお前と手を組みたいと思ってるのは本当ダ。魔薬なんて気持ち悪ィモンをぶっ潰すためにサ。マ、考えといてくれよナー!」




 そして手を振って、彼女は去っていった。


 キャミィは遠ざかる後ろ姿を見ながら、なおも僕の背中に隠れたまま言う。




「……何だったんですかね、あれ」


「さあ、僕にもさっぱり」




 言葉通り受け取るのなら、黒の王蛇も一枚岩ではない――ということだろうか。


 しかし、仮にキルリスの言葉が事実で、彼女が薬を嫌っているのだとしたら、一体、誰が昨日のディヴィーナたちを動かしたというのだろう。


 この街を統べる黒の王蛇の幹部を叩いても、魔薬をリーゼロットに与えた黒幕に近づかないのだとしたら――誰を叩けば、次に繋がる手がかりが手に入るんだ?




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― 新着の感想 ―
[良い点] 18/18 ・ミステリーですね、真相はいかに? [気になる点] 心臓を鷲掴みにされるにエロスを感じてしまった [一言] クリスにキルリス……師匠はリス?
2020/03/10 17:31 退会済み
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