013 反作用とすれ違い
冷気と熱気、そして周囲360度から同時に魔法の弾幕が迫る。
魔法使いってやつは、本当にずるいと思う。
僕――つまり【暗殺者】の使う[ウインドエッジ]のように、“スキルを発動する”ことで魔法を発動させる。
けれどそれとは別に、自らの得意とする属性の魔力を、彼女たちのように常に放出することが可能なのだ。
そしてディヴィーナとリジーナが槍に纏わせる魔力は、周囲の有象無象が“スキル”だとして放つ魔法よりも遥かに威力が高い。
あれをまともに食らえば、この執事服を着ていても、僕は即死するだろう。
横に転がり、体のバネと腕の力で飛び跳ねながら、飛び交う魔法と魔法の間をすり抜けながら、二人の攻撃を回避する。
同時にナイフの投擲――風刃空魚を用いて雑魚の数を減らす。
ここに集まった連中は酒場の冒険者とは違う。
おそらく、黒の王蛇に従っているのではなく、所属する、構成員とでも呼ぶべき人間たち。
相手が明確に、自分の意思でこちらの命を狙ってきている以上、加減はしない。
「うがっ!?」
「ぎゃああぁぁあッ!」
投げたナイフで狙うのは相手の急所――つまりは頭部や心臓。
加速する風の魔力はその魔力障壁を打ち砕き、胸に風穴をあける、頭を吹き飛ばして脳漿が飛び散る。
「ちょこまかとおぉぉおッ!」
ディヴィーナはシームレスに第二撃を放つ。
同時にリジーナも動く。
一方で雑魚どもの魔法は一発目を一斉に放ったが故に、二発目までの間にわずかなタイムラグが生じる。
つまり僕は目の前の姉妹に集中できる。
今度は二人して槍を突き出し、そこから伸びる魔力を僕に浴びせようとしていた。
バク転して距離を取る。
胸のあたりとチリリと魔力が焦がし、凍てつく――だがそれ以上は伸びてこない。
射程の短さが露呈した形だ。
最大射程の把握――これは対魔法使いの戦闘において非常に重要なファクターだった。
それさえわかれば、攻撃を避け続けるのは圧倒的に楽になる。
そして姉妹の攻撃から解放されたのならば、今の僕は完全なフリー!
雑魚を殲滅する格好の機会だ。
両手を交差させる。
その勢いで袖の中から複数のナイフが飛び出てくる。
指の隙間に挟んだ銀刃は合計十本。
それを同時に投げ放てば、空中でナイフは分身し、360度――数百の弾幕が奴らを襲う!
「全力でぶっ放す! 風刃針鼠!」
飛び散った殺意は、数十人の命を一斉に奪い取った。
腕を交差させて身を守る者、魔法で防ごうとする者、『魔力障壁で防げる』と侮る者――その全てを平等に、無差別に破壊する。
中位スキル[ヘッジホッグ]――[スカイフィッシュ]が高速、かつ精密な狙いを得意にするのに対して、こちらのスキルは一本のナイフを多数のナイフへと増殖させ、ランダムにばらまくことができる。
その一方で、細かな狙いを付けるのは不得手。
しかし多数の敵を一斉に相手にするのに、これほど適したスキルはない。
そしてさらに、僕はスキルを使わずとも同時に複数のナイフを投擲することができる。
それはつまり、複数回の[ヘッジホッグ]を同時に発動できるのと同じ意味をもつ。
複数回のスキル使用により、腕にかかる負荷も数倍へと跳ね上がる。
骨がきしみ、筋肉が悲鳴をあげ、血管が浮かび上がり、引きちぎれるような苦痛が僕を苛む。
気にする必要はない――無茶なスキル使用のたびにこれは発生する、いつものことだ。
ああ、だけどさすがに、いつもどおりとはいえ――
「あれだけやっても……あの二人は無傷だなんて……」
遠くからキャミィの声が聞こえた。
どうやらあの屋根の上から、こちらの戦いを見守っているらしい。
彼女の言葉通り、ディヴィーナとリジーナは無傷であった。
しかも、槍を振るったわけではない。
立っていた。
まるで『小雨でも降ったのか?』と言わんばかりに、平然と、毅然と。
僕の攻撃を魔力障壁で防ぎきったらしい。
少なくともディヴィーナには、今朝の段階では、風刃空魚で傷を与えられていたはず。
もちろん、針鼠とは多少の威力の差があるけれど、それを加味しても、“無傷”ということは、空魚でもまともなダメージは与えられない可能性が高い。
薬の影響で魔力が上がっているのか。
しかし――自信なくすな。
ただの投げナイフならともかく、加速させた風の魔力を同時にぶつけて、なおも無傷だなんて。
否応なしに魔法使いと前衛職の違いを思い知らされる。
「満足か、異物」
「不満に決まってるじゃないか。ノーダメージだなんてずるいよ」
「異物はどこまで行っても異物ということだ。私たちの世界に他者などいらないのだ。私とリジーナさえいればいい。なあ、リジーナ」
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
「可愛い妹だなぁ。ほら、こっちにおいで」
ディヴィーナが両手を広げると、リジーナはそこにぽすんと収まる。
そして見つめ合った二人は、僕に見せつけるように唇を重ねた。
「ふは……何と素晴らしいのだろう。我慢しなくていい、好きなだけ求めて、望むがままに応じてくれる。やはり二人の世界だ。二人の世界が正しいんだ」
潤む瞳、赤らむ頬。
先ほどとは違う類の狂気が――いや、狂ってなんかいないのか。
それはたぶん、人間ならば誰もが持ち得る感情だ。
ただそれが、薬によって狂わされただけで。
「愛しているよ、リジーナ」
「お姉ちゃん……あい、してる……」
「そうだ、それでいい。私以外を見るな。そしてあいつを殺して、今度こそ本当の私たちだけの世界を作ろう。ふふふ……あはははははははっ!」
ひょっとすると、それは誰の毒牙にもかからなければ、心温まる姉妹の物語だったのかもしれない――
「はあぁぁぁぁぁあああああッ!」
「ウゥウアァァァアアアアッ!」
笑い声はやがて咆哮へと変わり、姉妹はまたもや同時にこちらに襲いかかってくる。
振るわれる二本の槍。
僕の肌を撫でる“熱さ”と“冷たさ”。
さすがにこの技量の相手と二対一となると、回避に専念しなければ危うい。
そしてその合間を縫うように、ナイフを投げて攻撃を試みるけれど、
「異物はァ! いかなる力があろうとも、私たちを邪魔することはできないィィィィィ!」
効かない、通用しない。
やはり空魚でも同じだ。
やるなら、投げずに近接攻撃で相手を仕留めなければならない。
しかし槍と短剣のリーチ差はあまりに大きい。
ただ突き出されるだけなら、体を傾けワンステップで飛び込めばいい。
ただ薙ぎ払われるだけならば、体を低くし獣の姿勢から食らいつけばいい。
だが相手は二人。
その隙を互いに理解し、そこをフォローするように交互に穂先が繰り出される。
懐に飛び込むならば――やはりスキルしかあるまい。
刺突、薙ぎ払い、振り下ろし、足払い、僕が飛び上がったところで、頭部を狙った大ぶりの刺突――今ッ!
「づぅッ!」
空中から[アサシンダイヴ]の発動、背後を取った。
そして逆手に持った短剣を、首に向かって突き立てる。
風刃斬首だッ!
「甘いんだよぉぉおおおおおッ! フリィィィズウォォォオルッ!」」
そのとき、ディヴィーナの足元から氷が噴き出し、彼女の体を包み込んだ。
「あぁっ、クリスさんが凍っちゃいます!」
僕はナイフを持ち替えて、風刃痛打の発動へと切り替える。
風が炸裂し――しかし吹き飛んだのは僕だけだった。
氷魔法、[フリーズウォール]で相殺されたのか。
まあ、回避さえできればいいんだけれど――しかし、完全に間に合ったわけじゃない。
僕の右手は、凍傷により真っ赤に爛れ、じくじくと痛んでいた。
「クリスさん……がんばれ……がんばれぇ……!」
握力は――まだ生きてる。
ナイフが握れるのなら問題はない。
痛みは噛み殺せばいい!
「近づいて攻撃すれば、と思ったのか? 甘い甘い、私たちの愛は、その程度では引き裂けはしないんだよぉッ!」
「別に姉妹関係とか、僕はどうでもいいんだけどね……」
「黙れ異物がッ! 私たちの関係を引き裂くために屋敷を捨てて出てきたのだろう!? 主を捨ててまで、そうまでして私からリジーナを奪おうとした男があァッ!」
「はぁ、何から何まで滅茶苦茶だよ……妹さん、こんなお姉さんに付いていって本当に大丈夫?」
どうせ通じやしないと思ってリジーナに語りかけると――彼女はわずかに、にこりと笑ったような気がした。
もしかして、感情、まだ残ってる?
「次は、徹底的に消し飛ばす。覚悟しろ異物。リジーナとの世界のために、リジーナと生きる未来のために、跡形もなく消え去れえぇぇッ!」
ディヴィーナとリジーナは同時に槍を構えた。
その穂先に渦巻く魔力の量は、今までとは比べ物にならない。
スキルの発動前準備――あの規模からして上位スキル、[ブリザード]と[フレイムストーム]あたりか。
確かに威力は高いし、範囲も広い。
けれど一方で、彼女たちの射程には限界がある。
それを把握できていれば――距離さえ取れば、回避は可能。
そして大技ゆえに隙も大きいはず。
発動後の反動を利用して、今度こそ首を刈る――!
「受けろ、私たち姉妹の愛の結晶をぉっ!」
槍を構えたまま、僕に急接近するディヴィーナ。
その速度は、薬を使っているだけあってかなり速い。
まだだ、まだひきつけろ。
逃げるべきは今じゃあない。
両足で地面を踏みしめ、踏ん張り、穂先を振り下ろさんとする、その瞬間だ。
「ブリザァァァァァァドッ!」
「ウガァァァァァアアアアアアッ!」
姉妹の気迫が僕を押しつぶさんと接近する。
見極める――見極める――よし、今ッ!
跳躍して大きくバックステップ。
魔法の炸裂地点から全力で距離を取り、ダメージを最小限に抑え――
「私たちを、甘く――見るなぁぁぁぁあああああッ!」
なっ――ここに来て、魔力が膨れ上がった? 射程も伸びてる!?
魔法使いは才能が全て――そんな常識さえ覆すだなんて、ははっ、まるで魔法の薬じゃあないか!
「クリスさあぁぁぁぁぁあんっ!」
前のめりになりながら叫ぶキャミィ。
そして僕の体は、氷と炎が作り出す暴力の渦の中に、無情にも飲み込まれていった。
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