少女の実力を見ました
少女の助けがあって、牢屋……というより、もはや放置処刑場のような牢を抜け出して、上の階に出て来たわけだけど……。
「……ここから先は、デーモンも頻繁に出てくると思います」
「……」
「本当にこんなことをお願いして申し訳ないですが……見つけ次第、倒してください。僕は恐らくつい先ほど連れ去られました。だから間違いなく、見つかるとただでは済みません」
少女は数秒考えると、頷いて……自身のアイテムボックスから武器らしきものを出した。
それは、刺突剣のような形をしていた。表面は少しでこぼこしていて、どこか使い込まれたような雰囲気がある。
これが、この子の武器か。
少女がちょいちょいと僕を突く。
「ん? なんですか?」
少女は、自分を指差して、僕の手を指差して……そして握り拳を作って少し揺らす。なんだろうか……?
「握手? ……違いますか。じゃあ……ん?」
今度は両方の腕を上げて、手首を合わせて……そして壁に向かって跳ぶ動作。
……もしかして。
「強化魔法ですか?」
少女が僕の方を向いて、明るい顔で頷いた。
なるほど、確かにこれからの戦いにこの魔族の少女の力が必要ならば、彼女に強化魔法を使うのは必要なことだろう。
よし……。
「ではいきます。……『フィジカルプラス・ダブル』……ッ!」
短時間に、三回目。先ほどの軽い食事で補給した分の体力や魔力が、思いっきり吹き飛ばされてしまう。
やはりこのダブルやトリプルという、魔法を上の段階にする魔人族独自の上位魔法、どう考えても人間が普段使いするような魔法ではない。
レオンは、第七だったか第八だったか……エファさんは回復で第十まで使うとか……。
改めてあの村に来ていたみんなは、本当に圧倒的な存在だった。
さすが、人類より遥かに強い魔人族の、更に上澄みだけ集めたメンバーだ。
っと、少し疲れてしまい座り込んでしまったせいで、少女がちょっと泣きそうな顔をして僕を覗き込んでいる。
「……ああ、すみません、大丈夫です……この魔法、まだまだ僕は習ったばっかりなので、慣れてないんですよね……。でも、かなり強力な魔法だと思います。……そうだ」
僕は、アイテムボックスの中に、場所を取らない道具をいくつか入れてある。そのうちの一つを思い出した。
「強化魔法より持続性があって確実で、僕の得意分野のものをお渡ししますね」
僕は少女の空いている手を取り、指に……あっ、また引っかかった。小指だと……緩いか。じゃあ……。
……仕方ない。不可抗力だ。
「能力強化の魔石です。僕が作ったものなので、効果は保証しますよ」
赤い魔石の指輪を嵌めた……薬指に。
仕方ないんだ、薬指にしか嵌らなかったんだから。
それに、これは彼女の能力を上げるためのもの。特別な意味とかはありませんとも。
少女は指輪をじっと見て……そして、反対側の手に持った剣を見る。
重さを確かめるように腕を上下に動かすと、僕の方を見た。
そして————お腹に衝撃が走る!
……また尻餅をついてしまった。今のは……この子が抱きつくようにしがみついてきたのか。ちょっと大げさな気もするけど……マーレさんの宝飾品に憧れたことがあるのなら、リンデさん同様に喜ぶのも当然の反応なのかも。
「え、ええっと、喜んでいただけたのなら嬉しいです。他にも村に戻れたらいくつかありますから、お礼にいくつかお渡ししますよ。……えっと、それで……ちゃんと能力は上がっていますか?」
僕の問いに、しっかりと頷いた。
……どうやら、悪くない様子かな?
「良かった、ちゃんと効果はあるみたいですね。それでは……えっと、僕が前に出るといざ戦う時に邪魔かと思うので、先を歩いていただけると……」
本当に格好悪いお願いだけど……少女は、嫌な顔をすることなく頷いて前に出てくれた。
そして足音を立てずに前を歩く。
僕も弓を使って支援を専門にしている以上レンジャーの能力はある程度学んでいるけど、僕の方が足音が出てしまうというぐらい、少女の歩きの方が静かだった。できる子だなあ。
目の前の少女の背中を見ながら、どこか不思議な雰囲気をする少女を見ながら思った。
————本当に魔人族なのかな、この子は。
わからないことだらけだけど……でも目は間違いなく魔人族。
そして何より重要なのは、僕に協力的であるということ。
リンデさんにも早く合流したいけど、この子限定で言うのなら、エファさんにすぐに会いたいな。この少女のこと、彼女自身から語ってもらわないと何も分からない。
言葉が分かっても文字のやりとりが出来ないのがこんなにもどかしいとは……。
それに、こんな小さい子が声も出せないなんてかわいそうだ。
はやく自由に喋れるようにしてあげたいな。
-
穴のあった部屋から扉を出ると、細い道が続いている。さっきまでの地下牢の廊下みたいがごつごつした岩の道とは明らかに違う、かなり綺麗に作られた建物内部。これもデーモンが作った……?
いや、デーモンが作ったとは考えにくい。魔人族と同じように、人間の住んでいた街にそのまま住んでいるのだろう。
街の規模はわからないけれど、この廊下の雰囲気を見るに、それなりに文明の発達した人間の住処を使っているらしい。
……じゃあ、ここに元々住んでいた人は……。
ふと、少女が止まって僕の方へ振り向き手を伸ばす。止まれという合図っぽいな。
少女に頷くと、少女が僕から再び正面の方へと向き直る。
廊下の先は、ドアがあって何も分からない。
中に誰かいるかわからない。僕がどう警戒を解いて入るか考えていると……なんと少女は、扉を勢いよく開けて飛び込んだ!
その先には……いた!
そうだろうとは思っていたけど、やはりこの建物はデーモンの建物だったんだな……!
そしてデーモンは……少女に貫かれていた。刺突剣は喉に刺さっていた。
デーモンは一体何が起こったか分からないといった様子で腕をぶらりと垂らしている。
少女が剣を抜くと、どさりと倒れた。
……見ると、心臓部にも穴が空いている。今の一瞬で、喉と胸を二回突いたのか!
そうか、助けを呼ばれないように、まずは確実に殺した上で声を封じるように動いたんだな。
相当に強い、デーモンが厳重に封じているだけある。
彼女がこれ以上動いていないということは、部屋の中にはもうデーモンはいないのだろう。
僕も恐る恐る、部屋に入る。
少女は、倒れたデーモンの背中をぼんやりと見て、そして自分の剣をじっと見ている。
……かなり残酷なお願いをしている自覚はある。出来れば代わってあげたいけど、僕にはそれだけの実力がない。
「……ありがとうございました、見事でしたよ。何もかもお任せしてしまってすみません」
少女がふっと顔を上げてこちらに向き直ると、その顔は少し呆然とした様子だった。でも僕と目が合うと、すぐにふわりと笑って首を横に振り、剣を振って黒い血を飛ばした。
そのまま、入ってきた場所とは反対側の扉に手をかけた。
この調子なら、大丈夫だろうか。期待と不安がせめぎ合う中、僕も少女の後を追った。




