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意外な相手が現れた

 まずは、長時間の滞在を可能とするために、食料をある程度持ち歩いておきたい。


「オレール様、キッチンをお借りしてもよろしいでしょうか」

「ああ、構わないが……シェフに作らせても良いのだよ」

「有難いのですが、自分で作り……。いえ、そうですね。もしよろしければ、一緒に作っていただければと思います」

「そうか、君がそれで良いというのなら」


 一人で作ろうと思ったけど、ふと思いついてバリエ家のシェフと一緒に作ることを提案した。やはり目の前で作っているところを見てこそだ。


 結論から言うと、やはり手順はもちろんのこと、基本的な部分として材料が全く違うというものがあった。

 仔羊のフォンは最早それだけで香りがいいし、芽らっきょうを絞ってそのまま身を破棄したり、ワインだけでなくブランデーが当然のように調味料として並んでいたり。

 そして最大の特徴として、バリエ領にある近くの山で作ってあるチーズの質が全く違った。


「こちらのレノヴァ公国付近では、どこの村でもそれぞれのチーズがあったりするんですよ」


 なるほど、それでここまでのチーズを揃えているのか……ビスマルク王国に来ているものはきっと大量に作られている場所のもののみなのだろう。領主だからこそ、こうやって数々の食材が集まってくるわけだ。

 それはただ単に見識が広いとか、自分の足で歩いてというのとは違い、無条件で選ぶことなく食材がやってくるということ。元々興味を持っていなかった分野のものまで集まってくるということだ。当然、全く新しい出会いもあるだろう。


 これは……ちょっとやそっとじゃ敵わないなあ。


「どうです? 何か参考になりましたか」

「シェフさん。ええ、参考になりました。やはり領主様という立場で手に入る食材のバリエーションは、村人の僕からしたら驚きますね」

「ふふ、あなたも貴族となり領主をやってみたらきっと集まりますよ」

「それはなかなか夢がありますね」


 でも、さすがに僕では領主は務まらないと思います。

 多少ささやかな活動でも、リンデさんや姉貴と、そして知っている僕の周りの知り合いのみんなの分だけカバーできたら。


 ……主にリンデさんが凄すぎて、移動式自宅キッチンで旅先も自由に調理出来て何が今更ささやかな活動だよって感じもするけどね。


 と、考えながらも手を動かしているうちにある程度やることは終わった。


「サンドイッチですか、多いですね」

「はい、五人に二個ずつで十個ですね」


 準備が出来たところで、みんなのところに戻ろう。

 僕はシェフの方にお礼を言って、再びサロンへ入った。


「それじゃ作戦会議。ユーリア、出来る限り広い範囲で索敵を頼む」

「分かりました。お兄ぃ、お願い」

「ふむ、そういうことなら……『時空塔強化』……よし、『マジカルプラス・オクト』。どうだ」

「いい感じだよ。……それじゃ……『エネミーサーチ』」


 ユーリアが目を開いたまま宙空を見て集中している。

 ……どう、だ?


「……特に、敵は……そうですね、魔物はいないようです」

「見られている感触とか、分かるかな」

「見られている、感触……ですか。……小高いところにある屋敷なので、正直結構注目されていてわかりかねますね……」


 それでも視線を感じることができるんだな。


「オレール様、こちらに全身を隠せるような服はありますか?」

「ローブならある、自由に借りていってもかまわんよ」

「ありがとうございます、お借りしますね」


 僕はクローゼットに案内してもらい、大きめのフードのあるコートを選び、ユーリアに着せる。少し肌寒い季節のため、着ていても不自然ないものだ。

 もう一つ、自分用に大きめの帽子を借りた。


「それでは……今日は姉貴とレオンと、そしてリンデさんでレノヴァ公国に出向いてほしい。僕とユーリアが留守番をやっているというていでね」

「なるほど、そういうみせかけってことね」


 姉貴に頷くと、リンデさんから質問が来る。


「ライさんは、えっと、屋敷で何かやることがあるんですか?」

「いいえ、僕もレノヴァ公国へ行きます」

「へ?」


 僕はリンデさんに、今回の内容を解説する。


「レノヴァ公国に入ったら、僕とユーリアで単独行動をします。理由は……僕達が見られている可能性が非常に高いからです」

「見られて、いる……?」

「はい」


 思えば、不自然だったのだ。

 僕と姉貴が魔人族の誤解を解いていたときに広場でキマイラの報告があり、東門に駆けつけてみると自称勇者が解決している。助けたのは美少女。

 姉貴がアンリエット様を説得していて、魔人族の誤解を解いているときに広場でキマイラの報告が複数あり、南門に駆けつけてみると自称勇者が解決している。助けたのは美少女。


 たまたまそうなったというには、あまりにも都合が良すぎる。詳細は断定できないけど、少なくとも広場にいることが知られていると思っていい。

 アンリエット様がいなくなったのもその時だろう。


「だから、今回は姉貴には広場のほうでリンデさんといてもらいます。その間にユーリアと僕だけで、相手が誰なのかを見極めようかなと」

「で、でもでも大丈夫なんですか!?」

「見た限りですけど、恐らくキマイラ単体ならユーリア一人でも大丈夫のはずです。……どうかな」


 ユーリアに顔を向けると、当然のように頷いた。


「エネミーサーチに集中できなくなりますが、解除すればある程度の魔法は扱えます。ですので全く問題ありません」

「だ、そうです」


 リンデさんも、ユーリアの実力は認めているのか納得して引き下がった。しかしそれでも気になるようで……。


「でもでも、心配ですから、もしもその……えっと、男勇者? って人が出てきたら、すぐに私を呼んでくださいね!」

「呼んで聞こえるかどうかはわかりませんけど……でもわかりました、必ず呼びますね」

「はいっ!」


 一通りのことは話した、あとは姉貴に二人のことを任せる。

 そして昨日と同じ綺麗な馬車で、姉貴はレノヴァ公国まで出て行った。


 -


「……どうかな?」

「特に近くを通った人以外には、馬車は注目されていませんね」

「よし」


 僕は、フードを被ってほとんど顔が見えなくなったユーリアとともに、一般用の馬車に乗ってレノヴァ公国まで移動していた。

 ユーリアの角は小さいので、フードを被ってもちょっと尖ったデザインに見えるだけであまり不自然がなかった。


 そして無事、レノヴァ公国まで着く。


「それではまず、西門に向かう」

「西門に、ですね」


 僕はユーリアに頷き、西門まで移動をする。それからエネミーサーチを張らせると、暫くは近くのベンチで待機することを告げた。

 ここからは根気と運頼りになる部分が大きい。


「……そういえば、エネミーサーチは張りながら会話はできるのか」

「え? ええ、問題はありません。すぐに違和感があれば反応できる程度には張り続けることができます」

「それはよかった」


 せっかくなので、ここでユーリアにも話を聞いておきたい。


「ユーリアから見て、キマイラの動きがどこまで把握できるのか、実際にどう感じるのか聞きたくてね」

「キマイラ、ですか」


 僕の意図を察したのだろう、ユーリアは話し始めた。


「キマイラは、魔物の中でも強力ですが……存在感は希薄ですね」

「希薄?」

「はい」


 予想していたのとは違う答えだった。まさかあの巨大な魔物の存在が希薄だとは。


「なんというんでしょうか、キマイラは……ふわっとしていて、思ったよりも輪郭が見えにくいんです。まあ、それが故にキマイラってすぐに分かるんですけどね」


 エネミーサーチは使えないし、使えたとしてもユーリアの精度や範囲で見ることはできないことぐらいは分かる。


「そうなのか……希薄な理由は思い当たる?」

「多分、複数の魔物の気配を感じるから、ですかね。魔物の反応がぼわっと……とにかく、にじんでいる、といいますか……。キマイラ自身がそういういろんな魔物の寄せ集めみたいな体をしているのもあると思います」

「なるほど……」


 思った以上に特殊な魔物なのだな、キマイラ。


「じゃあ、キマイラならすぐにわかるか」

「はい、来た場合は必ず」


 よし、それなら安心して任せられる。




 暫く時間が経過した。その間、魔物の情報を交換しつつも、お互いあまり喋らなかった。少し緊張している……のは僕もか。

 ユーリアと二人っきりということはなかったからなあ。


「ちょっと早いですが、昼食にしましょう」

「えっ、昼食ですか?」

「ええ」


 僕は、予め作っておいたサンドイッチを取り出す。


「これは……!」

「朝作っておいたのはこれだよ、三人にも渡しているからね。二つ遠慮なくどうぞ」

「は、はい!」


 今日作った物は、薄くスライスした硬めのレノヴァパンに、シェフの方がお勧めしてくれたチーズを挟んだものだ。


「ああ……おいしいです、ライ様の料理は本当に外れがありませんね。何を食べてもおいしいので安心して食べることが出来ます」

「魔人王国では、そんなに安心できない相手もいるのかい?」

「私もお兄ぃも、やっぱり魔人族って料理に関するところだけ完全に抜け落ちているのか、まるでダメですからね……。基本的に生肉が提供されて私が焼いて食べるか、あのとても酸っぱくて甘くない、魔人王国産のトマトを食べるか、そのぐらいです。このトマトは種類が違うのか、チーズとスライスされているトマトが甘くて感動しますね」


 おいしいと言ってくれるのは嬉しいんだけど、比較対象のハードルほんと滅茶苦茶低いなあ……。


「よかった、魔人族のお口に合うようで何よりだよ」


 ユーリアは満腹感で少し緊張が解けたのか、質問をしてきた。


「あの……ライ様に聞きたいのですが、ミア様ってずっと一人だったんですか?」

「そうだよ、五年前の十五歳から今まで、ずっと一人」

「……そう、だったんですね」


 ユーリアは、姉貴に助けられたと聞いている。


「ミア様は本当に素敵な方です。かっこいいなって」

「うん、弟やってると厳しい姉だけど、やっぱりあれだけ一人で頑張ってる姿は誇りだよ」

「そのミア様についていけているライ様も、すごいと思いますよ」

「そんなことは……いや、そんなことあるな」


 僕が自分で肯定したのに驚いたのか、自分で振っておいてユーリアは目を見開いていた。


「そこは認めちゃうんですね?」

「だって姉貴って、今から考えても勇者の紋章がない頃からわがままだったなーって」

「まあっ、ふふふ……」


 ユーリアが可笑しそうに、口に手を当てて優雅に笑ったと思うと……急に目つきが鋭くなった。

 急激な変化に僕も緊張する。


「ライ様、来ました」

「え?」

「山方面より、キマイラが一体出現、西門まで走って来ていると思われます」


 僕はユーリアの報告に、すぐに門の近くまで行った。

 ビスマルク王国からの列が多く、その中には………………いた、女性の乗った馬車があった。こちらは商隊というより貴族令嬢っぽい雰囲気だ。


「恐らくあの令嬢が狙われる。レオンに出る直前かけてもらった強化魔法、切れているだろうけど……」


 僕は武器をいつでも使える状態にしておく。


「ライ様、来ます……!」


 ユーリアが言って数秒後、正確にキマイラが森から出てきた!


「キマイラが出た!」

「うわあっ! に、逃げ込め!」

「キャアアアアア!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図、並んでいた列は一気に門になだれ込み、門番はもちろん押し返そうとする。

 そしてもちろん待ってくれないキマイラが狙うは、豪華な馬車。

 その前足の攻撃が馬車の扉に当たり、一撃で扉が外れる。


「あ……あああ……」


 ゆっくりと近づくキマイラに対して……!


「そこまでだ! 後はこの———」


 男の声が聞こえてきた!

 僕はその姿を確認すると、恐らく今回も登場の際の常套句を言うであろうその前に、キマイラに向かって魔矢を連発する。

 更にユーリアが、キマイラに向かって杖を突き出す。


「『サンダーアロー・トリプル』!」


 ユーリアの、強化された雷魔法が炸裂してキマイラに当たり身動きが取れなくなる。それと同時にフードが勢いよく外れ、魔人族の姿が露わになる。動けない魔物に僕が魔矢を額に当てながら、ユーリアが数度雷の魔法を撃つと、キマイラはすぐに動かなくなった。

 それを見て僕は間髪入れずに叫んだ。


「ありがとう、ユーリア! 魔人族の中でも強い魔法使いの! ユーリアの! おかげで! キマイラを倒すことができた!」


 ここはアドリブだったため、僕が叫んだことでユーリアは驚いた顔でこっちを見ている。そして当然、その魔法を使った魔人族の姿に周りの人達からの注目が集まる。

 もちろん物珍しさはあるだろうけど、それでも好意的な視線が多い。ユーリアは頬を掻きながら、恥ずかしそうに首を前に出すような礼をしていた。


 そして僕は、剣を構えて呆然としている人物を見た。




 知っている顔だった。

 村を出て行ったのは知っていた。

 そういえば、それから彼の話を聞かなかった。


 綺麗で優しそうな顔立ちと、僕より背の高い姿。

 剣を持つ姿は、勇者そのもの。

 姉貴が最初は狙ってた男。


 ———僕と姉貴の呼んだあだ名は、優男君。


「……リヒャルト、だよな?」


 五年ぶりに見た、元、隣の家の男だった。

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