マナエデンの本当の凄さを知ります
僕は早速、思い当たったことをリンデさんに聞いてみる。
「リンデさん。この人なら、アダマンタイトゴーレムを知っているかもしれません。出していただけますか?」
「あっ、そうですね!」
リンデさんは、早速アダマンタイトゴーレムを取り出した。
会話の途中で「アダマンタイトゴーレム?」と首を傾げるユーニス。
直後、現れる巨大なゴーレム……の残骸。
壊れてなおその凶悪さを滲ませるゴーレムの頭部に、ユーニスさんは早速近づき触れる。
「うっわ、すっごいのが出たわねー。アダマンタイトゴーレムって言ったわよね、これ倒したの?」
「はい、ビルギットさんが倒してくれました」
「ライ様の強化魔法あってこそですよ」
僕とビルギットさんのやり取りに、ユーニスさんも頷く。
「……はー、まあそっちのでっかい子が強化魔法受けたと言われると、納得しなくもないけどさあ。アダマンタイトゴーレムの関節、引き千切ったかのように内側が破損してるのはすさまじいわねー」
ユーニスさんは、既に腕や首の付け根を見ながら分析している。
「分かるんですか?」
「直接折ったなら、軸がボキっといってるものだよー。だけど、これは奥が壊れてるね。引っ張らないとこうはならないよ、少なくとも横から殴ってこの破損の仕方は有り得ない」
本当に知識豊富だなあ、このハイエルフ……ゴーレムの仕組みも知っているのか。食材に限らず、様々なことを知り尽くしているように感じる。
「アダマンタイトの出所に関しては」
「んー、教えてもいいけどねー」
……なんだろう、それまで流暢に喋っていたのに、こちらを見て黙ってしまった。
「何か、喋ることに問題でも……」
「うんにゃ。ミア様の友人ってーことなら、たっくさんお喋りもしたいけどね。情報は本来無料じゃないから、あんまりあれこれ教えて『便利な人』ぐらいに思われるのは、ちょっとやだねと思って」
「ユーニス! あんたねえ!」
「ああんもうクラリスは短気だなぁ。彼は多分、そのへん大丈夫だって。……で、どうだい?」
……なるほど、確かに言われてみたらそのとおりだ。
何でも知っていそうな情報屋は、情報だけを収入にしている。
そんな人達の遙か上を行く情報を持つ人を無料で使うのは、ある意味では不当廉売でもあると考えられる。
「分かりました。この辺りは、魔物を置いてもいい場所ですか?」
「問題ないけど、もうちょっと陸地側にいこっか」
僕達はその指示に従い、リンデさんがゴーレムを回収するとマナエデンの中央部へと足を進めた。
視界に広がる、緑一色の島。
そして、ところどころに金色の棒があり、一定の時間おきに水が霧のように噴出する。
その金色の棒は至る所に立っており、一定の時間が経つと水が止まる。
「……あれって、もしかして水を自動的にやっているのですか?」
「そだよー。ここは基本的に私しかいないからねぇ」
そう言いながらも、畑に向かって軽く手を振ると、ゴーレムが動き出して一列に並んだ野菜を回収していく。
引っこ抜かれた野菜は赤色の見慣れた人参。ただ、形が非常に綺麗で、明らかに身が大きい。
それらをゴーレムが、一切千切ることなく引っこ抜き、編んだ籠の中へと入れていく。
すぐ後ろから何かの薬を撒くゴーレムが続き、更に後ろにゴーレムが待機する。
種を持っているが、まだ動き出さない。その種を撒くのは、ユーニスさんの指示なのだろう。
……驚いた。
まさかここまで、マナエデンの農業が遙か上を行っていたとは。
そりゃ食材の島なんて言われるわけだ。
だけど、何より驚いたのは、目の前のユーニスさんである。
ユーニスさんは手元で魔法陣を生み出すと、畑にそれを被せて目を閉じる。
「……んー、アレは……あれはいっかな。そっちは……おお……今年は当たりだね」
その言葉と同時に、再びゴーレムが動き出す。
ゴーレムの指示は、ユーニスさんが出している。
それは間違いなく、この島の食材は自動で育つようになっているけど、全自動ではないということ。
これほどの広い島の植物を、全て自分の目と魔法で見て『おいしい状態』だけを厳選しているのだ。
とてつもなく繊細な作業と膨大な知識量。
それを全て、野菜を育てるために使っている。
なるほど……これこそが、マナエデンの女王としての本質なのだろう。
この島の野菜そのものや、自動化されたゴーレムの数々が凄いのではない。
ユーニスさんが凄いのだ。
「ここまでの食材を全て自分で見ているのですか、凄いですね……」
「まーね。なんてったって、自分が食べるために頑張ってるから! 各地に配ってるのはお裾分けみたいなものだよー。それでも自然発生の魔物の肉とか、栽培や畜産が難しいものは出せないんだから、妥協点ともいえる」
そう言いながら右側の遠くを眺めるユーニスさんの視線を追うと、視界には平野と、まばらに点在する動物。
乳牛もいる……野菜だけじゃないんだな。
「ドラゴンステーキ食べたいからって、そっちの生態系つくっちゃうと、別の生態系ぶっこわれちゃうからね。だから我慢してるわけ。食を突き詰めるとあれが一番いいお肉なんだけどさあ、さすがに肉だけのために、全ての野菜と乳製品を捨てるわけにはいかないよ」
そうか……これほどの島を持つ人でも、どうしても最後は選ばなければならなかったんだな。
究極を求めるというのは、難しいものだ。
「おっと、着いたね。いちおー港からはそこそこ近い、第一加工場だよ」
そこには、広く敷き詰められた石のような固い素材の床に、移動式の台や刃物がある場所が広がっていた。
屋外加工場か。エルマの家を遙かに大きくしたような場所だな。
「リンデさん、中央にブラックドラゴンです」
「わかりましたっ!」
リンデさんが前方に進むと、ユーニスさんが「へ?」と言いながらこちらを向く。
「ドラゴンって、船に積んでるんじゃないの? てっきり出すならオーガぐらいかと——」
……ああ、そういえば普通はそう考えちゃいますよね。
リンデさんのアイテムボックスは、ちょっと普通じゃないというか……。
「ほいっと」
そんな気楽なかけ声とともに、突如その広い空間に現れる黒い巨体。
先日は夜に空を飛ぶ姿だけ見たから、こうして昼間に目の前で見ると、本当に迫力があって恐ろしい。
改めてその巨体を見て思うけど……僕ってみんなと一緒に来ることができたから、今もこうして無事でいられるんだよな……。
さすがにこれを一人で相手にするのは、姉貴でもないと人間の仕事とは思えない。
「……。……?」
ユーニスさんは呆然とし、口を半開きにブラックドラゴンを指差して、クラリスさんの方を向く。
首を傾げながら、目の前の光景に現実感を失っているようだ。
「やべーっしょ、そのアイテムボックスだけの魔人族。斬った瞬間に回収で、時間経過も見えない。容量だって家とか船とか余裕で収納できるのよ、ほんと馬鹿げてるわよね」
つい先程切り落としたと言わんばかりに、ブラックドラゴンの首切断面から血が滴り落ちる。
「……。すげー。…………すげー! ちょっ、まっ、マジで!? 冷凍してない血抜きもしてない、なのに腐食なしのブラックドラゴン! ふおおおめっちゃテンションあがってきたあ!」
クラリスさんの説明に、ようやく理解が追いついてきたユーニスさんは、そののんびりした雰囲気を吹き飛ばして興奮しながらブラックドラゴンの方へと駆け出した。
この反応から、情報提供の対価としてはきっと十分だろう。
照れた様子でこちらに戻ってくるリンデさんに親指を立てる。リンデさんは照れつつも、満面の笑みでVサインを作った。
正直、ドラゴンの肉を食肉にと言われても対象が大きすぎて困る部分があったけど……ユーニスさんなら任せてもよさそうだ。
僕自身、食べるのは楽しみだな。




