二人を繋いでいたものが、僕達を育てていました
マナエデン。
僕が記憶の中で『食材の丸い島』というぼんやりとした名称で知っていた場所。
恐らくその記憶は、僕の能力である夢の中で『時空塔螺旋書庫』の当該書籍を読むことで、情報を得たのだろう。
その島は、かつて姉貴が寄って鍋を買って帰ってきた場所だった。
質問しなかった僕も僕だけど、さらっとこんなところまでやってきておいて特に喋りもしなかった姉貴も姉貴だよな。
……まあ、当時は姉貴との仲も良くなかった。
今となっては懐かしい思い出ってぐらいのものだけど。
とまあ、そんな文字通り夢にまで見た島に、僕は降り立っているのだ。
そりゃあ興奮もしようというもの。
「本当に、ここがマナエデンなんですね……ずっと来たかったんです。感動しました」
「わーっ! なんだか作物っぽいのたくさん! すごいすごい!」
「そんなに喜んでもらっちゃうと、女王としても鼻が高いね〜」
ユーニスさんが緑の髪を靡かせ、豊かな胸を張って笑う。
ぱっと見はほんわかした感じで、まるで威厳などない雰囲気だ。
しかし、ビルギットさんの手に大怪我を負わせるほどの魔矢を島から撃った能力を考えると、とんでもなく強い人であろうことは想像に難くない。
間違いなく、とてつもない能力者。
見た目に惑わされはいけない。
いけないんだけど。
「ん〜、それにしても男の子は君ひとりだね〜。私達を含めても、君一人! よりどりみどりちゃんだね、せっかくだからみどりの私を選んでみなぎゃんッ!?」
話の途中で、クラリスさんの拳骨が刺さった。
ユーニスさんに出会ってからのクラリスさん、印象がガラっと変わるぐらいの暴力エルフだ……。
ていうかハイエルフって身体能力も相当高いはずなんだけど、本気で痛そうなあたりクラリスさんかなりの怪力では……。
下手なこと言わなくてよかったな……。
「弟君の指を見なさい」
「……アッ!? 既婚者!? え、既婚者なのにハーレムプレイ!?」
「違うわよ、ほら」
僕の隣に来ていたリンデさんと、目が合う。
ちょっと照れて頭を掻きつつ指を見せるリンデさん。
そこにあるのは、僕と同じ指輪。
「僕のお手製です」
「え、他の子は……ない? その子だけ? 人間じゃなくて魔人族を一人だけ? わ、わーっマジでー!? 魔人族と人間って、やぁるねぇ〜……」
「それどころか姉貴はとっくに魔人族とのハーフを産みましたからね」
「あっはっは、ライ君は冗談うまいねー。あのミア様に惚れる男とか存在するわけないじゃない! まさかそんな……まさか……」
ユーニスさんが、さっきまでの流れならどついてきそうなクラリスからの反応がないことに、段々と声が小さくなる。
……うん。ハイエルフの女王様にも十二分に認識が広まっている辺り、きっと姉貴はここでもいつもの姉貴だったのだろう。
「……えっ、正気? お相手さん、どんな人なの? ミア様を子供扱いするぐらいの巨人マッチョさん?」
「いえ、ユーリアの……そちらの魔人族の兄なのですが、ユーリアより背が低くて」
「あー、美少年をぺろりと平らげちゃったかー」
まあ、うん。そんな感じ……。
実際襲ったようなもんだったって言ってたし、それまでもレオンのお尻を枕にして寝るなど、おおよそ勇者としては残念すぎるエピソードしかないからなあ……。
そういうところも全て含めて、姉貴だし仕方ない。
何よりレオンも喜んでるので仕方ない。
僕が言うのもなんだけど、あれ以上のバカップルはそうお目にかかれないと思う。
「ま、その二人に比べると君たちは健全な夫婦と」
「正式には挙げていないんですけどね。もう、それでいいかなーって」
「えへへ……ずっと旅していると、なんだか馴染んじゃいました。その、し、新婚旅行みたいで、いいなーって」
「うんうん、初々しくていいねー。……うん?」
ユーニスさんが僕の方に近づき、手を持つ。
指輪を指先で触りながら、しきりに唸る。
「これ、あなたが?」
「え、ええまあ……」
ちょっと驚くほど狼狽しているユーニスさんが、指輪を僕の指ごと握りしめて目を閉じる。
「……。……?」
ユーニスさんは僕の指を握ったまま少し浮いたり地上に降りたり、片手から空に魔法を撃ったりと不思議なことをしている。
なんでこんなことをしているのか、意味不明だ……。
「ちょっと出不精、結婚指輪に対して執着がありすぎ——」
「シッ! クラリス、ちょっと黙ってて」
「……何よ……まあ、分かったわよ……」
あまりの剣幕に、クラリスさんも引き下がる。
それからも何度か空に魔法を放ち、僕は隣のリンデさんと目を合わせて、一緒に首を傾げる。
なんなんでしょうねこれ。
やがて満足したのか、指からユーニスさんの手が離れる。
少し蒸れていた指は風を受けて涼しさを感じる。
随分と長い間、握られていたなあ。
「満足しましたか……?」
「ああ、私ったら……すみません、夢中になってしまって」
「そんなに珍しいものでしたか?」
「この指輪の真価、つけた貴方が分かってないというのもびっくりですねぇ……いやまー、そんなもんかもね。自分で作ったもの、過小評価する人と過大評価する人に分かれるわけだけど、あなたは絶対前者」
その宣言に周りの皆が頷く。隣でリンデさんも頷いていたし、ユーニスさんにはどつきまくっていたクラリスさんも頷いていた。
この指輪のどこが一体……?
魔石の中でも姉貴が持ってきたうちの一つで、金属片のついていたものを試しに作ってみたものでしかないのだけれど……。
ユーニスさんは、指導するように指を立てた。
「まずね、その魔石。極東にあるヒヒイロカネの混合物だね」
……。……はい?
「不純物じゃないんですか?」
「不純物だと思ってたの!? あっはっはっは! こりゃいーわ、さすがミア様の弟君、そういう大胆なボケっぷり最高。ぶっちゃけ金の千倍払っても手に入らないようなレアアイテムだよ」
……ま、マジで……?
なんかもう安物だと思って成形のためガリガリ削りまくって、削りかすぽんぽん捨ててたんですが……。
リンデさんの保管してる家の床にまだ残っているかな……?
今の話を聞いて、リンデさんも自分の指輪を見てぽかーんと口を開けている。
「形状は、ブースト。流れるような魔力の流れを演出する形状。これが手彫りとなると、ミア様の強さの一端は君の宝飾品の技術だわ」
「恐縮です」
「そして魔石の効果は——」
ユーニスさんが、この指輪の効果を話す。
そこで語られた内容は、あまりに驚くもの。
その結果、僕がこの指輪を作ってから今までのことが、次々に思い出されたのだ。
全てが繋がった。
勇者と魔王……ではない。
勇者の弟である村人と、魔王の部下であるリンデさん。
そんな二人が、日に日に存在感を増して今この場に立てるまでになった理由。
僕も、リンデさんも、この指輪を外したことはない。
それは、互いになんとなく外すのが惜しい気がしたこともあるし、なんだか付けていることでお互いが繋がっている気がして嬉しかったのだ。
だから、ある意味では意図したことではない、たまたまのこと。
だが、もしもこの世の全てに意味があるのなら。
「——成長促進。あなたたちの努力に応えるように、ぐぐーっと成長速度を大きく引き上げるの。心当たり、ない?」
……ある。
ありまくりだ。
リンデさんと出会ってすぐに、この指輪を作った。
そして僕は、それからずっと二人でこの指輪を使い続けていた。
魔矢の威力、確かに上がるスピード早いなと思っていた。
魔法も、さすがに努力したとはいえ妙に強くないかと思っていた。
リンデさんも、最初から滅茶苦茶に強かった。
しかし、今では二人がかりならクラーラさんに挑めるほどになった。
全て、この指輪のお陰だったんだ。
ん?
ちょっと待てよ。
「……どうしたの、弟君。難しい顔をして」
「いや、今更思い出したんですけど……この指輪、三つ作ったんですよね」
「最後の一つは、どこに……って、まさか……」
「ええ、そのまさかです」
そう。
指輪の調子がどれほどのものか見てもらう時は、いつもあの人に渡している。
「多分、姉貴もつけっぱなしですね」
「……君はこの世にどんな怪物を生み出すつもりなんだ……」
ついにハイエルフから怪物と言われるまでになったぞ姉貴。
一児の母としては、最早笑えてくる称号だ。
クラリスさんはひくひく下眉を震わせている。
「てゆーか相手の男の子、大丈夫なの?」
「それに関しては、飢えた狼みたいな顔の姉貴にベタ惚れしてる変人魔人族なので、全く問題ないかと」
「そっちの子にベタ惚れの変人君が言うと説得力すごいね〜」
ちらと、リンデさんの方を向くユーニスさん。
いやリンデさんは普通に美人で可愛いでしょ? 何かおかしいかな。
「なるほど。結論としてはミア様の弟君だってしっかり認識できたね、結構結構」
「なんだか納得いかない結論なんですが……」
勇者の姉貴と一緒というの、普通なら喜ぶところだけど、なんといってもあの姉貴だからなあ……。
でも、こうして指輪の能力を知ることができたのはよかった。
あの時、宝飾品作りで魔石を壊して泣いてしまったリンデさんにつけた、手作りの指輪。
それから既婚指輪とからかわれて、なんだかそれもいいかなと思ってしまって……何度も、二人で指輪をいろんな人に見せた。
僕とリンデさんの生活を象徴する、外せない指輪。
その指輪に、僕達は支えられ続けていた。
そして、同時に思う。
マナエデンの女王、ハイエルフのユーニス。
彼女はあの短時間で、この謎の指輪の材質を看破してみせたのだ。
洞観士顔負けの知識量と、とてつもない分析速度。
嘘を吐いていないのだとすると、その実力は間違いなく本物だ。
だから、すぐに連想した。
もしかすると、この人ならアダマンタイトゴーレムがどこから来たか知っているのではないかと。




