事件の事後処理をします
「そんな、ことが……」
今、僕の目の前で愕然とした顔をしている人物。
名前は、男がライオネル、女がシャーロットという。
————ライオネル・ギャレット。
そう、目の前の僕から十ほど年上の若い人が、次の領主となる人だ。
シャーロットも近い年齢で、副ギルド長……いや、違う。ギルド長となる人である。
僕達がクレイグとサイラスを監禁していると聞いて、最初は当然のことながら二人とも怒っていた。
しかし、クラリスさんの説得と丁寧な解説、更にはリンデ魔人族たちの姿と、リンデさんのアイテムボックスの中から出てきたドラゴン、グリフォン、ブラックドラゴンといった魔物の数々を見て、少しずつその実感が出てきたらしい。
最後にはシャーロットさんなんか、いきなり床に座り込んで土下座していた。
「申し訳ございませんでした!」
そのあまりの姿に、僕だけでなくクラリスさんやリンデさんも慌てて床に膝を突いて彼女を起こす。
「ま、待ってください。今回の事件が、ギルド側からはサイラス一人による独断で引き起こされた事件であることは、僕もクラリスさんも、エドナ・シンクレア様ももちろん認識していることです! あなたに謝っていただくなんて」
「いえ、違うのです」
シャーロットさんは、この事件の内容に関して、浅いところながらある程度は察していたらしい。
「確かに私達ギャレット領冒険者ギルドは、シンクレア領の護衛で稼いでいる部分はありました。それでも魔物の討伐で獲た素材の回収、遠征での中級モンスターの討伐でも十二分に生活できていたのです」
その頃、シャーロットさんはまだ受付嬢の指導者役であり、そこまで強い立場ではなかったらしい。
「しかし、勇者ミア様が現れて、山賊を全て一瞬で片付けて、危険な魔物も片付けてくださいました。それはこちらとしても実入りがなくなるようなことではあったのですが、結果的に強い魔物や狡猾な山賊の襲撃に備えずに済むというメリットも大きくあったのです」
「……勇者ミア、ですか」
「はい。それでもどうやら……サイラス様、いえ、あのマッチョハゲヤローは欲が出てしまったのでしょう」
マッチョハゲヤローという思いがけない単語が出てきて、リンデさんが「ぶふっ」と思いっきり吹き出す。それに引火してクラリスさんも、ライオネルさんも、笑うのをこらえている。ちなみに僕もこらえてるのでマジ自重してくださいリンデさんあっまたぶふって吹き出したすみません僕も我慢できな「ん、うふっ」……。
さすがに今のは空気を読んでなかったのか、恥ずかしそうに顔を赤らめるシャーロットさん。
「す、すみません調子にのりました……。ええっと、そうです、サイラスですね。恐らく収入が減ったことを、元領主のクレイグ様に話したのでしょう」
「話から察するに、そのことを」
「はい。私は気付いていました。気付いていたというか、当時の副ギルド長だったヴィオラ様が、疑問を呈したのだと思います。……いえ、これは今回の件で確信しました。直接おかしいと言いに行ったのでしょう。それから一ヶ月後、私は副ギルド長になりました。その時に察したのです。汚職があったな、と」
そうか、当時にもこの事件に関して、気付いていた人はいたのか。
今のシャーロットさんの反応からすると、つまり……。
「……はい。私は、私はヴィオラ様が……あの優秀だったヴィオラ様があんなにあっさり辞めさせられたことに恐怖して、言い出せなかったのです。今の状況はあまりにギャレット領に都合が良すぎる、あまりにギャレット領冒険者ギルドとしては金銭をもらいすぎている状態だ、と」
「それは……シャーロットさんが悪いわけではありませんよ」
「……でしょう、ね……それでも、思うのです。ああ、私は分かっていて逃げたんだなって。実力だけでなく、心意気まで結局ヴィオラ様には全く敵わないなーって……」
シャーロットさんは、紅茶のカップを両手を添えて持ちながら、窓の外の入道雲が伸びた青空を見る。
「ヴィオラ様……今はどこにいらっしゃるのでしょうか。もし可能であれば、呼び戻したいです。私は今の自分にギルド長の器があるとは思っていませんから」
シャーロットさんが話し終えて、ソファに深く腰掛ける。次いで話し出したのは、ライオネル・ギャレット。
「全く……我が父のことながら恥じ入るばかりです。今回の件、まさか領主を計画的に殺すことだけでなく、領民全ての生活を絞り上げるものだったとは」
「領民、そちらの比重を重く感じますか?」
「もちろんです。確かに領主は偉い、爵位として領地を持っている者です。ですが、その生活は領民あってのもの。領主の命が狙われることも、頻繁ではありませんが、珍しくはないのです。ですが政略そのものに、領民が関わっているとなるとまた話が違ってきます」
「話が、変わってくる……ですか」
「はい。限界が来た場合、まあ……つまり、玉砕ですね。シンクレア領を絞りきった挙げ句に、ギャレット領に襲いかかってくる可能性もあるのです。どのみちなくなってしまうのなら、最後に恨みを晴らすと。その時に一番危険にさらされるのは、結局のところ普通の領民です。父は、ギャレット領の管理者でありながら、ギャレット領を危険に晒していることに気づけなかったんでしょうね」
僕は、ライオネルさんの話を聞きながら、クラリスさんに目配せした。
クラリスさんは安心した様子で頷いて、ライオネルさんの方に向き直った。
「ライオネル、あなたが優秀そうな領主でよかったわ。私の手前だから綺麗事だけかと思いきや、ちゃんと自分の領民のことを考えてそこまで言っているのね」
「もちろんです。エドナ様もそうですが、結局のところ、我々領主は、自分の領民が一番かわいいのです。そのために相手を立てたり、友好を深めたりする」
「じゃあ、友好的にした結果侮られたりしたら?」
「一度は歩み寄ったり譲歩したりしますが、向こうがそれで歩み寄る気がないのなら、それは領民の不満となります。当然相手から歩み寄らない限り、二歩分の譲歩はしないでしょう。相手から歩み寄る、そこまでいって、ようやく対等な立場です。まあ全ては領民のためであり、私自身のためです」
クラリスさんは再び安心したように、ふっと笑った。そして……ライオネルさんの頭とシャーロットさんの頭を同時にわしわしと撫でた。
たまらず顔を赤くして照れさせる二人。
「わっ……!」
「え、あのっ……?」
「二人とも真面目そうでよかったわ! ……私もさ、エドナとは長いこと友人やってるけど、今回の件はマジで凹んでるっぽくてさ。だから、これ以上の心労をかけたくないのよ。あの人ちょっとがんばりすぎちゃうから」
クラリスさんは、長い間付き合ってきた、その女性のことを思い出すように視線を中空に彷徨わせる。
照れつつも少し迷惑そうにしていた二人も、頭を撫でられながらクラリスさんの顔を見る。
「だから、仲良くしてあげて。あの人の内面に毒はない。それはマナエデンのエルフとして保証する。二人は……普通のご近所のおばあちゃんにお菓子ねだるようなノリで、楽しんで会いに行ってあげて。それが一番、あの人のためになり、あなたたちのためになるから」
「クラリス様……分かりました。父の分まで、しっかり友好関係を結ぼうと思います」
「はい、私も」
二人の返答を聞いて、再び頭を撫でながら「ありがとう」とクラリスさんは還した。
「それにしても、勇者ミア様、かあ」
「はい、ライムント様のようなお客様はご存じないかもしれませんが、一度目の問題解決は、ミア様の活躍なくしてありませんでした。女性として憧れますね」
「……評価高いですね、正直そこまで高くなくてもいい気も……」
「むっ、ライムント様はミア様の評価が低すぎると思います。嫉妬ですか? 軽蔑します」
僕は家での、可愛い旦那様を振り回す究極残念勇者の欲だだもれ顔を思い出していたけど、よっぽど姉貴の評価が高いのか、それとも憧れが凄いのか……シャーロットさんが露骨に眉根を寄せたところで、横から笑い声が飛んでくる。
「あっはっは、ほらライ、言ってあげなよ」
「クラリスさんって、ほんとこういう時姉貴みたいにとっても楽しそうで悪い顔しますね……」
「影響受けたかもね!」
「マジか……」
僕は呆れつつ、きょとんとしている二人にネタばらしをする。
「ミアは僕の姉です。髪とか目とか色一緒でしょう? 背中に同じ紋章もありますよ」
「まさにライ君が第二の勇者様ってね!」
直後にシャーロットさんが顔面蒼白で再び土下座をして、僕はその頭を上げさせるのに幾分か時間を要したのだった。
ちなみにクラリスさんはずっと笑っていた。ほんと姉貴と似ていい性格してるよこのエルフ……。




