ギャレット領の屋敷に潜入します
ドラゴンがいなくなった今、潜入するのは容易い。
しかし、油断は禁物だ。
「クラリスさん、こちらへ。『レジスト・トリプル』」
「……今のは?」
「状態異常を防ぐ魔法です。これで相手が眠らせに来ても、魔法をはじくことができます。エルフ族は魔法が効かない、とかそういう能力はないですよね?」
「ありがと、でもそんな凄い能力持ってる種族なんているはずないでしょ————」
言いかけて、クラリスさんはふと、前で手を振っているリンデさんの方を向いた。
「え、マジで?」
「マジです。魔人族は状態異常魔法が効かないですし、おかげで辛い食べ物を麻痺扱いとして辛く感じません。ちなみに属性魔法は一切効かないそうです」
「なにその存在そのものが勝ち組みたいなの」
それに関してはまさに僕もそう思います。
ってわけで、抵抗用の魔法はクラリスさんにさえ使えば問題ない。後は入って、屋敷まで突撃だ。
「リンデさん、上から飛び越えて入ります、お願いします」
「おっけーです!」
「ビルギットさんは二人を」
「お任せ下さい。クラリス様、失礼します。舌を噛まないようにご注意下さい」
僕はリンデさんに体を預ける。なんだかもう開き直っているというか、ちょっとこういう時の自分はどこか暴走しているように思う。
姉貴のこと言えないなあ、さすが血を分けた家族だ。……その血を分けた姉貴に、料理や裁縫をするための丁寧さがカケラもないあたりはノーコメントでお願いします。
「わっ、ん、んんっ!?」
クラリスさんの驚いた声を聞きながら、僕は浮遊感に身を任せて、ギャレット領に入る。
門が閉まっていても、外壁が高くても、リンデさんの跳躍力にかかればあってないようなものだ。だから潜入は余裕。
多分だけど、ドラゴンだって飛び上がれば一瞬で討伐できる。でも……飛び上がった勢いでどこまで行くかわからないのが困りものだよなあ。なんといってもリンデさん、全く魔法が使えないわけだし。
「んっ!……びっくりしたぁ」
「申し訳ありません、もう少し心構えが出来るまで待てばよかったですね」
「いいわよ、ちょっと面白い体験だったし。あなたほんと丁寧よね、もうちょっと好き放題生きたらいいわよ?」
「え、ええっと……ありがとうございます。しかし、その……元来の性格でして、どうしても相手のことを考えると、尻込みして一歩引いてしまうのです……」
「ほんとに? 無理してない?」
「寧ろ、誰かが喜ぶ姿に私が影響を与えていると感じられることの方が、何よりも嬉しく感じますね」
「マジか、かわいすぎかよこの巨人やべーな……」
クラリスさんの発言にますます顔を色濃く染めるビルギットさんと、「やっぱりそう思います!?」「ですよね、ですよね!」と揃って楽しげな声をかけるリンデさんとユーリア。
こんな敵地まっ只中だけど、その明るい姿はなんとも和むのであった。
それにしてもクラリスさん、お姫様のような容姿だけど、どちらかというと姉貴と言葉遣いが似ている気がするのも地味に面白い。
……まさか姉貴が影響を与えた、なんてないよな。……ないよな?
「それにしても」
と、ここでユーリアが杖を持ち上げて、辺りを観察する。
「全く、人が起きて来ないだけあります。かなり強力な魔法が使われていますね。ちょっと危険なレベルなので少し驚きです」
「そんなにすごいのか」
「強化魔法なしで、第二段階未満だと、この効力は私でも出ないのではないでしょうか。睡眠魔法はあまりやりすぎると、昏睡、植物人間、そして死に繋がりますから」
……ユーリアの言葉に、僕は少し嫌な予感を覚えて屋敷の方を見る。
「前衛はリンデさん、僕とクラリスさんが間に入り、後ろをユーリアで突入しましょう」
「りょうかいです!」
「ビルギットさんは、外から屋敷の窓を見ていてください。なるべくそうならないようにしたいですが、もしも相手が逃げ出した場合は確保してくれると助かります」
「分かりました」
「ビルギットさんがうまく確保できないとは思いませんが、確保が難しい場合は足などを折っても構いませんし、何なら生死は問いません」
「え……本気ですか?」
「……あの巨大なブラックドラゴンをシンクレア領の中に入れようとした人物です。そうでなくても、エドナさんの旦那様は殺されている。甘い対応をするつもりはありません」
「そう……そうですね、そのとおりです。出来る限り最善を尽くしますが、そこまでやってしまった相手に対する配慮は、あまり考えないことにします」
僕達は、その街で唯一灯りが眩しく光る屋敷に突入していった。
-
屋敷の扉を音もなく開けたリンデさんは、左手に黒い剣を持つ。
「それじゃ、念のために『時空塔強化』」
剣から黒いオーラが立ち上り、軽く振る。風圧で屋敷の砂埃が一階廊下にぶわりと舞う。
意外だ、あまり綺麗に掃除されている様子はないな。
「屋敷には何人いるだろうか?」
僕はユーリアの方を見る。ユーリアは杖を持ち、階段の方を眼を細めながらじっと見ている。
「三名です」
「……三人……」
一人は、間違いなくクレイグだろう。
二人目は、恐らくあのギルドマスターの男。あれだけ確信を持って煽っていたのだ、間違いなく内部情勢に一枚噛んでいる。
となると、三人目は……。
「……この魔法を使っているヤツ、か」
「そうでしょうね」
相手がどういう存在か全く分からない。十分に警戒して行きたいところだけど、恐らく相手もこちらに気付いている。
「出たとこ勝負ってやつだ。こうなったら堂々と相手しよう。……『エリアシールド・クイント』……っ、よし」
僕は仲間全員を包み込むだけの強力な防御魔法が発動できたことを確認すると、リンデさんに頷いた。
「二階へ行きましょう」
「ですね、わかりました」
全員で固まって、二階に上がった。
その廊下をユーリアからの指示通り、奥の部屋まで一緒に歩く。
そして目の前に、扉が現れる。
「リンデさん、お願いします」
「分かりました」
リンデさんが、扉を開けた。
さあ、いよいよご対面だ。
————バチィッ!
開けた瞬間、リンデさんの目の前で黒い塊が弾ける。
今のは……マジックアロー系か!
「防がれた、だと……!」
目の前には、ローブ姿の男と、見知った男二人。
先制攻撃とは随分なことをしてくれる……今のはクラリスさんも見たはずだ。
ここカヴァナー連合国で、立場が上のクラリスさんに攻撃魔法を放った意味は大きい。恐らく相手は、クラリスさんが来てるとは気付いていないだろうけど。
そういうところも含めて、こちらの思惑通りでもあるともいえる。
さあ、後は————
「リンデさん」
「はい」
————僕ははっきりと、相手にも聞こえるように宣戦布告した。
「確保! 遠慮は要りません!」




