エドナさんの過去と強さを見ました
————協力を受けない。
ハッキリと言い放ったエドナさんに対して、数秒の静寂が訪れる。恐らく二人とも、呆気にとられているというところだろう。
しかし言われたことを理解したのか、クレイグが理解できないといったような声を出す。
「……聞き間違いですかな? あなたは今、協力を」
「はい、私はあなたたちの協力をお断りさせていただこうと思います」
その言葉を再び言われて、クレイグより先にサイラスが机を叩きながら大声を上げた。
「この提案を断るということが、どういうことか分かっているのか!」
「ええ、わかっているつもりですわ。それでも私は領主として、そちらの条件を受け入れることはできません」
「この、調子に乗りやがって……!」
紳士的な表面の皮を剥いだサイラスの不躾な怒鳴り声に対して、果敢に冷静な対応をするエドナさん。
僕が指示したこととはいえ、これはあまりに……声を荒げるぐらいはあるかもとは思っていたが、あそこまで豹変するとは予想外だった。
もしもの時は、割って入ろう。
「サイラス。この人はこれでも領主、そうそう恫喝は効きません。下手に喋って不利になる前にやめなさい」
「……分かりました」
「ふむ……しかし驚きましたね。まさかエドナ殿ともあろうものがこの要求を断るなど」
やはり領主のクレイグの方が立場が上なのだろう。サイラスに代わってクレイグは、じわりじわりと責めるように発言を続けた。
「私もこの領地はよく知っていますよ。元々が漁師の街で、合併前から合併後に至るまで、戦にも積極的に参加しなかった、統一戦争前は前線部隊に糧食を送るだけの村」
「……」
「だから、ここには戦士の血がない。ギャレット領と違ってね。だから……ご家族のようなことが起こる」
「……っ……」
そういえば、ずっと疑問だったけど……年配のエドナさん一人で、この屋敷に旦那や子供はいない。
話から察するに……。
「私の協力を取り付けずに……無謀だったのですよ、勇者ミア様でもあるまいに、山のドラゴンへと挑むなど」
「それは、今でもそう思いますわ」
「そうでしょうそうでしょう。ですからあなたが、今更魔物の脅威を分かっていないわけがない。たかだか三年前の話ですからねえ……?」
……なるほどな。
三年前、エドナさんの旦那様でありシンクレア領の領主である人……あと、恐らく息子もだろう、魔物退治に出向いた。
同時にやはり……この話はどうにも違和感がある。改めて僕は、この疑問点に対して確信に近い部分を持つことが出来た。
「あなたが領民を愛していることはよく知っています。その上で改めて問いますが……本当に、受け入れるつもりがないと?」
「はい。我々だけで対処できなければなりません。そうでなければ、どのみちこの街は滅ぶだけです」
「ぐ、ぬ……」
「もう一度言いますが、私が条件を呑むことはありません。もう領民に、こういったことで負担を強いるのは辞めにしました」
どうやら思いの外エドナさんがハッキリ断るので、逆にクレイグの方が圧され気味になってきているようだ。この男二人に二対一の状況で……本当に強い女性だな、エドナさんは。素敵な領主様だ。
クレイグもサイラスも、条件を受け入れるという確信があったからわざわざやってきたのだろう。想定外の手応えに、どうやらクレイグもしびれをきらしてきたようだ。
「……っ、くく……いいでしょう……! 後悔して後から泣きついてきても知りませんからね? 断ったのはあなたです。次は倍、要求しますよ!」
「ええ。……わざわざ来ていただきありがとうございました、今日のところはお引き取りくださいませ」
泰然としたエドナさんに、足音を立てながら屋敷を出て行くクレイグ。舌打ちをするサイラス。そして乱暴に扉が閉まる音がする。……おいおい、連合国の同じ立場とはいえ、領主の館だぞ、もうちょっと丁寧にできないのか。
そのまま屋敷の扉を乱暴に開け、金属の門を蹴り開く音が聞こえてくると、怒鳴り声と共に馬車が動く音が聞こえてきた。……帰ったようだ。
「ふぅ〜……」
……! そうだ、エドナさん……!
僕は広間への扉を開き、ソファに座り込むエドナさんを見た。
エドナさんは此方を見ると、少し疲れを滲ませながらも優しく微笑んだ。
「ライさん、一連の話は全てお聞きいただきましたね」
「はい。エドナさん、僕の無理難題を聞いていただきありがとうございました。まさかあそこまで粗暴だとは……ご負担をおかけしてしまい申し訳ありません……」
後悔から顔を見ることができない。俯いてエドナさんの足元を見る僕に、エドナさんは「いえ」とはっきり断りを入れた。
エドナさんの方を向くと、穏やかな顔をしている。
「元々領主同士では、こういった駆け引きはお手の物です。ふふっ、昔は『受け流しのエドナ』なんて呼ばれていたんですよ? 口撃も、告白も、全部ひらひら躱す街一番の美女だったんですから。あの人に……領主だった旦那様の熱烈なアプローチは、ついに躱しきれませんでしたけどね」
昔を懐かしむように微笑むエドナさんは、確かに領主の妻であり、逞しき現領主としてのしなやかさを兼ね備えた人だった。
「それに、本来なら私たちだけで解決する問題を、まさかミア様の弟の、こんな可愛らしい青年に託すこと自体が申し訳ないぐらいで……」
「エドナさん……」
「でも、私だって無条件で信じたわけではないんですよ。短い付き合いですが……女の勘、でしょうか。あなたはあのミア様よりも、遥かに手練れの雰囲気があります。実際、ほとんどあなたの言ったとおりになりましたからね」
エドナさんに頼んだ内容は、シンプルだった。
まず話した内容はクレイグがやってきて、冒険者の貸し出しを大金でふっかけてくるという話。
それらのオプションとして、ギルドマスターもやってくる、他の手練れの冒険者も複数入ってくる、などがあった。
話の内容も、もっと執拗に領民の命を人質に取るような言い方をする可能性、ふっかけた後に金額を最大前回分程度まで下げてくる可能性、など。旦那様の話を絡めてくるのは予想外だったな……。
それに対してエドナさんに頼んだのは、それらの予想される全ての条件を断固として断ることだ。
もしも緊急で魔物が現れたら、必ず僕が対処すると約束した。
「予め何を言われるか分かっていると、ちょっとした大声以外はなんてこともないですね」
「はい、エドナさんのお陰でうまくいきそうです」
「それで……口論は得意なのだけれど、魔物には全く自信がなくて……本当に大丈夫なのですよね?」
「弓は姉貴が認めてくれましたし、魔法も最後には『一緒にパーティーを組めた』とさえ言ってもらえるぐらいには使えますよ」
「……あのミア様が……でしたら、私が心配するのは失礼ってものですね」
くすりと笑った後、一歩引いてエドナさんは真剣な顔になり、深々とお辞儀をした。
「……どうか、このシンクレア領を……私の愛する領民達を、守ってください。よろしくお願いします」
「承りました。……ま、姉貴のやり残しですからね。そこまで重く受け止めてもらわなくても、ちゃんとやりますよ」
僕から軽い感じで笑いかけると、再びエドナさんは笑ってくれた。
よし、それじゃあ魔物退治、していきますか。




