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シンクレアの街を歩きます

 シンクレア領は、かなり広い道と大きな店舗が並んでいて、とても開放感がある街並みだった。

 これに何よりも安心したのは、ビルギットさんの移動が問題なくできること。ビスマルク城下街では、どうしても人に避けてもらう時に申し訳なさそうにしていたけれど、この大きな道なら避ける人も狭そうな顔をすることがない。

 どうやらこの街の道の広さは、道についた車輪を見るに馬車の幅を基準にしているみたいだ。馬車が二台行き交って尚余裕があり、三台どころか四台ぐらい並ぶんじゃないかというぐらいの道の広さをしている。それでいて、馬車が通らない歩道も整備されている。


「すごいですね、この道の広さは」

「でしょう? 私もいくつかの国に行ったことはあるけど、カヴァナー連合国の道の広さは格別ね。『連合国』というだけあって、小さな国家の領土間への移動が頻繁にあってね、領土間の長距離はもちろん、こうやって街中でも馬車での移動を誰でも利用できるの」


 クラリスさんの説明に、僕は驚いた。馬車って基本的によっぽどのことがない限り貴族や実入りの良い商人ぐらいしか利用しないのだけれど、そんなに頻繁に利用できるんだろうか。移動回数が多いから、対価が安くても成り立つってことなのかな?

 そう思っていると、正面の道から馬車がやってきた。本当に頻繁に通るんだな。


 ビルギットさんは馬車を確認すると、横に避けた。そして広い道の右側を進むように、真っ直ぐ馬車は通り過ぎていく。かと思いきや、反対側からまた馬車が来て、ビルギットさんは先ほど馬車が通り過ぎた方へと移動する。

 僕達はその様子を歩道側から見ていたけど、概ね問題が無さそうで安心した。

 ビルギットさんは、通り過ぎた馬車をその高い視点から見ている。


「馬がパニックにならなくてよかったです。もしも暴れてしまったら、抑えようとは思っていました」

「馬はそれなりに賢いから、敵対感情がないのなら素直に通り過ぎるわよ」

「そうなのですね、私としても助かります。あまり怖がらせたりしたくはないですから……っと」


 ビルギットさんは話しながらも、再び現れた馬車を避ける。


「大変じゃないですか?」

「いえ、このような状況ですが、寧ろ僅かながら面白く感じられ始めましたね」


 楽しそうに微笑んで、先ほどの馬車と同じ方向から来た馬車を、少し立ち止まり眺める。

 ビルギットさんらしく、どうやら馬の横で足を動かすことで、馬をいたずらに脅かさないように気を遣っているであろうことが分かった。

 そしてビルギットさんは一歩が大きいため、頻繁に立ち止まっていても当然遅れることはなかった。


 ちなみに街の人達は、昨日のうちに散々魔物の討伐が噂として広がったからか、あまり奇異の目では見てこなかった。どちらかというと、ちょっと尊敬の眼差しかも?

 特にユーリアは、指を差して話す人も遠巻きに見られたけど、それが好意的な表情だったことは言うまでもない。

 本人はやっぱり少し恥ずかしそうにしていたけど、それでも以前よりは堂々としていて、時々手を振ったりしていた。


 -


 クラリスさんは、広い道の途中に現れた大きな店舗のところで足を止めた。

 宝飾品店らしく、ガラス窓の向こうには、様々な銀色と彩度の高い石の宝飾品がディスプレイに並んでいる。


「ここが、シンクレアの宝飾品店よ! って、言わなくてもいいわね」


 僕が視線を向けて立ち止まった瞬間、目にも留まらぬスピードでリンデさんとアンが窓にかじりついていた。アンの後ろからユーリアが首を伸ばして、ビルギットさんも屈みながら店内を見ている。


「勢いで来てしまいましたが、以前と同じようにビルギットさんは店外で待機してもらっていていいでしょうか」

「はい。私としてはもう宝飾品というものは見ているだけで幸せになるので」

「助かります、何か見繕えそうでしたら……」

「いえ、そこまでしていただくわけにはまいりません。これをいただいた以上、さすがに私だけが、あまりに恵まれていると感じますから……」


 ビルギットさんは、自分の首元にある金のネックレスを触った。そういえば、ビルギットさんはその宝飾品をエルダクガの姫から賜ったんだった。

 店内を見ると、綺麗な宝飾品店ではあるけど、金の装飾品はあまり見られなかった。こちらではあまり産出されていないのかもしれない。

 それに、ビルギットさんはあまり安い装飾品をジャラジャラ沢山付ける姿が似合うようには見えない。特別な逸品を厳選して、という方が似合うと感じる。


「分かりました。それじゃあクラリスさん、よろしくお願いします」

「お任せあれ!」


 クラリスさんは店員に話をつけて、僕達を店の中に招き入れた。さすがクラリスさんは顔が広く、同時に収入もある身のためこういった店は常連のようだった。

 店員の方々も、最初はちょっと驚きつつも、魔物を討伐した種族だと分かると店員総出で出迎えてくれた。


 店内に入ると……やはり宝飾品店は煌びやかだ。

 店内は白い壁に、やや暖色寄りの魔石の光が溢れている。

 それらが銀細工に反射し、さながら金のように……ああそうか、それで金細工が少なくても、高級っぽさを演出しているのか。


「わーっ! わーっ! これがシンクレアの宝飾品店! なんですね!」

「そうよ、どれもこれも職人お手製のものなのだから、じっくり見ていってちょうだい!」


 自分のことのように自慢気な顔をするクラリスさんに苦笑しつつ、僕も沢山の宝飾品が並ぶ店内を見渡す。

 リンデさん達は、早速三人で仲良く宝飾品を見ては感想を言い合う感じで楽しみ始めた。

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