さすがに二人の世界に入りすぎたと思います
ちょっと気分もすっとしたところで、話に戻ろう。
……と、キリッと言いたい所なんだけど。
「……ふへ……」
……とても今のリンデさんにがっちり胴体ハグされている状態で格好つけても意味ないよなーって思う。もう根本的に、そういう空気に向いてない。
さっきまで遠慮しがちだった顔はそこにはなく、にんまりと目を閉じて僕の胸に顔をこすりつけて匂いを嗅ぐ女の子。
「えっと……なんか、すみません。どうぞそちらで話を続けていただければ……僕は聞いていますので」
「ふへへ〜」
「リンデさん、そろそろいいですか?」
「わたしがおくさんだぁ〜」
「……ダメみたいですね……」
今度は膝枕になって僕のお腹に向かって喋るリンデさん。
僕が苦笑しながら顔を向けると、エドナさんもようやく笑い返してくれた。いやほんとすみません。
まあ、僕は……済んだからね。
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「……それでは全くもって問題ないということで、よろしいですかな」
「そうですわね。ですのでそちらへのお金ももう終わりにしようと思います。ずっと討伐してくれた人達にも、私からお礼を伝えますわ」
二人の会話を聞く。
その間にクラリスさんが、僕の方にやってくる。
リンデさんは……えーっと、今は膝枕されながら僕の方を見上げていますね。ちらちら視線がやってくるけど本当に一切気にしない。一気に遠慮のない感じになってしまった。
「二人は夫婦なのね、お似合いのペアリングをしていると思ったら」
「はい、僕がリンデさんに嵌めた指輪です。元々そんなつもりではなかったんですが、もう付けて長いですからね。正式にはしていないんですけど」
「そうなんだ? 仲いいのね」
「まあ、仲の良さでいったら……自信はある、と思います」
「言うねー、いいことだと思うわ」
絶対喧嘩しないし、想像できないし、離れたら滅茶苦茶心細くなったりするぐらいだもんなあ。
逆にリンデさんが隣にさえいてくれれば、ドラゴンの即死攻撃に緊張すらしなくなってしまうけど。
……ちょっと依存してる? 料理に関しては依存させている自信はあります。
なんていったかなこういうの、共依存? ちょっと違うか。
僕とリンデさんはこんなだけど、姉貴とレオンも大概仲いいんだよな。
姉と揃って魔人族に心掴まれちゃった勇者という、元々の目的を考えたら不思議な関係になってしまった。
そんなリンデさんは、僕のふともものところで僕をじーっと見ている。
「……」
「どうしたんですか?」
「なんでもないですよー」
と言いつつも、視線を外さないリンデさん。
「……支援の冒険者は……次も集まるかは……」
「……そうですね……また魔物が出たら……」
「……高くつくことに……」
「……分かっています……」
エドナさんとクレイグが会話を進めている声を聞きながらも、僕はリンデさんの顔から目が離せない。ずっと目を合わせたままだ。
なんとなく、手頃な場所にあったリンデさんの黒い角を撫でる。
「……?」
やっぱり角自体には感覚がないようだ。
そこから少しずつ根本まで指を這わせて……角の生え際を撫でる。
「んっ……! んぅ……ん……」
なんともくすぐったそうな、気持ちよさそうな声が出てくる。ちょっと目を閉じて、僕の方を見ながらくすっと笑う。
僕はそのまま、リンデさんの頭の上に手を乗せて撫で始めた。いつか寝起きでリンデさんがやってくれたように、優しく。
「……うへへ……」
「髪、さらさらですねー」
「えへへ、そですか?」
「はい。赤いこの差し色は、染めているわけじゃないんですよね」
「生まれた時から、ぴょいっと生えてるんですよ」
うーん、どう見てもそういうふうに髪を染色したとしか思えないぐらい、綺麗に右前に赤い髪の房が生えている。アクセントになっていて、どこか活発さを演出するようでかわいい。
「もしかしたら、僕と同じ色の髪で、残りが全部白髪って可能性もありますね」
「ライさんと一緒の髪の色……考えたことなかった……。……ふへ……いいですね〜……ライさんと一緒だぁ〜……」
嬉しそうにもぞもぞ揺れるリンデさんに僕の方が恥ずかしくなってしまい、照れ隠しにリンデさんの髪にある赤い房を掴んで軽く表面を撫でるように引っ張る。
再びリンデさんは「んぅ……!」と、気持ちよさそうな顔をして僕の方を見る。
今度はリンデさんも僕の髪に手を伸ばす。そして僕の髪の癖毛の房を掴むと、ぴぃ〜っと引っ張るようにして伸ばす。
くすぐったくて、思わず鼻から息を出すように笑ってしまった。それがなんだかおかしくて、リンデさんにも笑いが移ってしまった。
「っ、っふ、ふふ……」
「くすくす……えへ……」
お互いの顔を見て、髪の毛を弄り合いながら笑う。
そんな何でもないやりとりに幸せを————
「……うぉっほん!」
びくっと震えて、リンデさんは今度こそ起き上がった。
正面を見ると、苦笑するエドナさんと、こめかみをぴくぴく痙攣させるクレイグ。
「君達ね、ここは君達のプライベ—トハウスでもなんでもないのだよ! そういうことは夜に二人きりでやりなさい!」
「はい!」
「ひぅ!」
やっぱり怒られてしまったし、今度はさすがにエドナさんもフォローを入れなかった。
すみません、今回ばかりは百パーセント僕が悪いです。
……いや、リンデさんからやってきたことなんだけどね。やっぱり乗っちゃった僕が悪いと思います。
ただし幸せでした、ハイ。
「とりあえず話も終わったから、解散としましょう」
「そうですね、横で聞いていましたが僕も区切りがいいところかなと思いました。同席させていただきありがとうございました」
「抜け目がないな君は……」
「……ライって、ほんと頭の中身全然ミア様と違うのね……」
それぞれの反応をして、エドナさんとクラリスさんを残して屋敷から出ることとなった。
クレイグはすぐに表に待たせてあった馬車に乗り込んで、自分の領地へ帰っていった。
その様子を見ながら、ユーリアが僕に聞く。
「あの、不躾で申し訳ないですが……同席する意味はあったのでしょうか?」
「なかった……と思うよね?」
「え?」
僕はユーリアから視線を外して、外で待機していたビルギットさんに声をかける。
「ビルギットさん、僕の勇者の属性、覚えていますか?」
「ライ様ですか? 『ラムツァイトの洞観士』ですよね?」
「……あっ! ライ様、もしかしてあの最中にも会話の何かを察知して……?」
「はい」
ユーリアが勘づいたところで、円陣を組むように皆を集める。
僕は周りに人がいないことを確認して、四人に小さく告げた。
「クレイグ・ギャレット本人か関係者が黒幕の可能性が高いです」




