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ユーリアは、いい顔になったと思う

 少しの間、昼過ぎの晴れた青空の中で、遠くで鳴り響く落雷の音を聞くというちょっと非現実的な時間を過ごした。

 エドナさんが「え? え?」と不安そうにしていたので、あれがユーリアの攻撃魔法だと伝えた。それに反応したのは、後ろの元山賊たちだ。


「……ってことは、あの平野の魔物たちは……」

「ああ、僕が一番索敵能力と殲滅能力で信頼しているユーリアなら、多分ここら一帯、もう討伐隊なんてしばらく必要ないってぐらいに魔物はいなくなるはずさ。新たにやってきても、強い山の魔物は、更に追加でドラゴンでも現れない限り降りてこないだろう」


 そう返事すると、男達はその方角を、どこか羨望の眼差しで見ていた。


「……その、ユーリアってのは」

「魔人族。ここにいるリンデさんと同じ、人間とは違う……だけど、丁寧で優しい女の子だ。一回り背も低いのに強くて、僕も頼りっきりになる場面もある。だけど未だに一歩引いてるような子で、ね」

「……すごい、な……女の子が、あれを……」


 男達と同じように、その方角を僕も見る。

 そうだな、本当は僕にもあれぐらい、自分の手ひとつで街を救えるぐらいの英雄みたいなことをしてみたいと思う願望はある。

 そして姉貴は実際に、自分の手ひとつで街を救ってしまい、強敵を倒してしまう英雄そのものだ。


 でも、僕と同じように『誰かの役に立てないまま終わる』と悩んでいた、同じ人に師事していたユーリアの魔法を見て思う。

 羨望が全くないわけじゃないけど……でも、あの気弱で遠慮しがちなユーリアが。

 僕より遥かに長い間、『第五刻』マグダレーナという師匠のもとで誰かの役に立つために頑張っていた子が、ここまで活躍していることを自分のこと以上に喜ばしく思う。


 そうだよ。レーナさんも言っていたじゃないか。

 レオン同様に、僕は誰かを支える魔法を使う時に真価を発揮するって。

 だからきっと、今ユーリアを活躍させているのは、僕自身のやりたかったことなのだと思う。


 また、姉婿に土産話が増えたな。

 お前の妹、そこの嫁並みに一人で国を救ってきたぞって。


 -


 雷が止むと、ユーリアを肩に乗せたビルギットさんの姿が見えて……その二人を先導するクラリスさんが見えた。

 ユーリアが最初に見えたのは、単純に見えた順番だ。頭が高い位置にあるのだからそりゃそうなんだけど……でもそれは当然だと思う。


 近づいてきてようやくわかったのだけれど、ユーリアは杖を両手に握りしめて、左右を振り向きながらぺこぺこ頭を下げまくっていた。何故なら……ユーリアの活躍を、クラリスさん自らが大声で喧伝していたからだ。


「さっきの雷、全部上の子の魔法! そうそう金髪の方の魔族ね! 私がしっかり見てたけど、その子の魔法で全部倒しちゃったわよ!」

「うおおおお!」「マジでもう魔物いないのか!」「あれか、あの子が魔王か」「女神様じゃないか!?」


 な、なんだか想像以上にすごいことになってるな……!

 ユーリアは所在なさげに視線を揺らしながらも頭を下げていると、ようやく僕と目が合った。


「ら、ライさん! リンデ様っ! 助けてくださぁい!」

「お帰り、大活躍だったじゃないか!」

「は、はい……! でも私、こんなに賞賛されるなんて」

「それだけのことをしたんだよ。ユーリアは十分に『誰かの役に立つ』能力のある子だから」

「あっ……!」

「っていうか、役に立つなんてものじゃ足りない、国を丸々救える僕の『自慢の姉弟子』なんだから、堂々としてくれよ!」


 姉弟子、というのは初めて使った表現だけど、間違いなくユーリアと僕の関係で一番正しいものだと思う。

 ここまで華々しく活躍すると、もうマーレさんやリッターより下とか、パーティメンバーで僕の指示で動く部下とか、そんなこと微塵も思わない。

 どちらかというと、むしろ自慢の先輩だ。この状況はマーレさんとか、めちゃくちゃ喜んじゃうんじゃないかな。


 ユーリアは僕の発言に目を閉じると、今度はしっかりとした顔つきで口角を上げながら頷く。そして後ろから来る歓声に対して、余裕を感じさせる笑顔で手を振り返した。

 目を閉じて可愛らしく笑う姿は、肌の青いだけの絶世の美少女に他ならないのがユーリアという子だ。さすが姉貴が一目惚れしたというレオンの妹なだけある。

 その青い女神の姿に、歓声は一層大きくなった。




 この国の人間から感謝され、尊敬の眼差しを向けられながら胸を張るユーリア。

 そこに、かつてレノヴァ公国で人間から向けられる悪意に怯えていた姿はない。


 -


 人から人に伝わる功績の話。あまりにすごいユーリアへの歓声が終わらないので、少しクラリスさんに抜けてもらっていなかった時の話をした。


 リンデさんとともにドラゴンを討伐したこと。

 そして……残していたアンがエドナさんを守ったこと。

 クラリスさんが農奴を見て、呆れたように溜息をつく。


「うわっ、あんたミア様に散々やられた奴じゃなかったっけ。反省しなかったの?」

「……返す言葉もない」


 目を釣り上げるクラリスさんに、エドナさんが彼らを遮る。


「クラリスさん、それに関しては私が話しますわ」

「……エドナさんが? まさかこいつらの狼藉を許すっていうの?」

「許すわ。私の責任だもの」


 エドナさんは、なんとその自分を襲ってきた男達の前に膝を突いた。


「……ごめんなさい、あの時あれだけ期待をさせておいて……正規の領民にはすぐなれなくても、農奴から二年も真面目に働けば、なんていっておいて……。根本的なことは何もできずにずっとあなたたちが住民の権利を得る機会を与えなかったこと、本当に申し訳なく思っているわ。領主として、あなたたちを罰するなんてミア様に顔向けできない……」

「いや、やめてくださいよエドナ様。俺らはもう、金がなかったから結局奪いに来てしまった、それだけの粗暴もんです。……でも、もう魔物はいない、んですよね」

「ええ。結局私は、またミア様に……ミア様の弟に助けてもらうまで現状維持しかできなかった。でも、あなたたちの理由も分かる。……また明日から、頑張ってくださるかしら」

「当然です、今度こそ間違えません」


 男達はエドナさんに、しっかりと頭を下げた。

 ……この人達が、姉貴によって反省させられた人達なんだな。

 ほんと、姉貴のおてんば無茶苦茶っぷりと……そして、ちゃんと世界中を救っている勇者っぷりは、すごいよ。


 僕はこの旅で、改めて姉貴の五年を知る機会が得られたことを嬉しく思う。帰ったら、二人とたくさん話をしたいな。

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