山の魔物を討伐します
さて、山に現れた謎の魔物……強いという情報ぐらいしか分からない敵対的な視線の魔物に対してやることは一つ。
「ユーリア、魔物は一体かな? 話によると平地にも相当いるはずだけど……」
「はい。大きな魔物は一体ですが、他に細かい魔物は沢山います」
「わかった」
僕は皆の方を見ると、指示を出す。
「僕とリンデさんで山の魔物を担当しましょう。ビルギットさんはユーリアを乗せて、ユーリアの索敵で現れた魔物を街に近づけないように動いていただけませんか? 恐らくユーリアの範囲魔法で魔物自体はどうにかなるにしても、分布する範囲によっては移動が間に合わないと思うので」
「わかりました。ユーリア、私と一緒にこの街を守りましょう」
「ハッ、ビルギット様が移動に協力してくださるとは、こんなに頼りになることはないです!」
ビルギットさんがユーリアを肩に乗せて、ユーリアが杖を出す。
その姿を見て、アンが僕の袖を引っ張る。
「ねーねー、わたしは?」
「アンは、エドナさんを守ってほしい。相手が何を狙っているかわからないけど、アンなら負けたりしないと思うし」
「もちろん! クラーラさんにも、たくさん強くしてもらったから!」
そう、アンは子供っぽい見た目ながらリンデさんと打ち合うほどの圧倒的な強さを誇る剣士だ。クラーラさんとの模擬戦という『そんなことが可能なのか?』という勝負に、二対一とはいえついていくほどの強さを誇る。
仮にどんな飛び道具が来たとしても、魔法攻撃が来たとしても、アンは対処できるだろう。
皆の指示を終えて顔を合わせて頷くと、エドナさんから情報をもらう。
相手の情報があるのとないのとでは、全く事情が変わってくるからだ。
「山の魔物の詳細は、誰も知らないのですか? 遠目に見たとか」
「いえ、確定ではないのですが……あれは恐らく、ドラゴンかと思われます」
「……ドラゴン?」
「文献に見たことのある、翼竜かと思ったのですが……どうにも、屋敷ほどの大きさのものでして、とてもではないけど人間の手には負えなくて……まさかあんな伝説上の魔物が現れてくるなんて……」
エドナさんが苦々しく唇を噛む。
しかしその名前を聞いて、真っ先に反応したのが我らが最強のリンデさん。
「ドラゴンがいるんです? やったー!」
「……え?」
「一匹だけだとどうしても食べたり素材にするのもったいないなーって思ってたので、二体分もあれば使いたい放題です!」
僕はそんなリンデさんの反応に、ちょっと呆れつつも笑って返した。
「食い意地張りすぎですよ。でも確かに、これはラッキーですね。気軽にいろんな味付けの実験をして、食べ比べてみたいです」
「えへへ、たのしみです!」
僕とリンデさんが楽しく会話しているところ、クラリスさんが慌てたように声をかける。
「ちょちょちょっと、いや聞いてたの? ドラゴン討伐よ? あのミア様ぐらいしかまともに対抗できなかった、最強の魔物よ?」
「そうですね」
僕は自分に強化魔法をかけて、少しその場で身体を動かして、調子を確認する。
うん、問題なさそうだ。
山の方を確認すると、そちらへ歩き出す。
「でも大丈夫ですよ」
「なんでそんなに堂々としているの!?」
「だって————」
そして弓を片手に、クラリスさんへ振り返る。
「————ここに来る前に、リンデさんは既にドラゴンを一体余裕で倒してましたから」
その返答を聞くと、クラリスさんとエドナさんは絶句して凍り付いてしまった。
リンデさんが「ぶっちゃけそんなに強くないですよね」と言いながらひょいっと山道へと飛び移って、僕もそれを追いかける。
すっかり僕も慣れてしまったけど……さすがに最後の一言は、魔物に苦戦している領主にしてみれば強烈すぎると思いますリンデさん。
ああでも、二体目のドラゴンに対して『味付けの実験ができる』って感想が出てくる僕も、完全にリンデさんに染まっちゃってるなあ……。
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昼過ぎの熱い陽射しを受けながら、木々のない山の中を進んでいく。敵対的な感情はだんだんと強くなっていき、注目しているのは僕達だなというのが明確に分かる。
「『マジカルプラス・クイント』『エネミーサーチ』」
ユーリアほどの精度は期待できないけど、なるべく相手の方向を正確に認識するために索敵魔法を使う。
……分かってはいたけど、索敵魔法は視覚的にはっきり分かるような魔法ではない。感覚的に相手の敵対感情や友好感情を含めた魔力の違いみたいな、そういうものを教えてくれる魔法だ。
最初にビスマルク王国城下街でユーリアが魔法を使ったことを思い出す。あの範囲の人々を、あそこまで正確に分析できたのは、間違いなくユーリアの魔法の能力が高いだけではなく、地の頭の回転が速いからできたのだろう。
やっぱりユーリアは凄いな。
「ライさんライさん、どうですかー?」
「こちらであってます。それにしても本当に、敵対感情が強いな……」
かなり長い距離を走っている。行きがけに魔物が襲ってきたけど、どちらかというとオーガキングから逃げるゴブリンのように、こちらに向かって来るというよりは必死に逃げているようだった。
まあ、どんなに広範囲に逃げてもリンデさんが一瞬で追いかけて仕留めちゃうんだけどね。
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そしてその姿が、視界に収まる。
相手は大きなドラゴン。以前砂漠に行くまでの道で見た個体より大きい。なるほどこれは、とてもではないけど普通の人間では勝てないだろう。
しかしドラゴンは予めやってきた魔人族……リンデさんが強いと分かっているのか、ドラゴンは空へと逃げていた。
「むーっ、おりてこーい!」
リンデさんが挑発するも、相手は上空に構えているまま、僕に首を向けている。
……リンデさんではなく、僕に対して敵対感情があるな、こいつ。
もしかして、攻撃手段が僕にだけあることを察知しているんだろうか。
「しかしそういうことなら、こちらから向かわせてもらおう。『シールド・ダブル』『フィジカルプラス・ゼクス』」
それにしてもレーナさんと訓練したからなのか、それとも直近に食べたものが良かったからなのか。
僕は以前とは違い、強化魔法がどんなに上級の物でもそうそうふらつかなくなっていた。
そして、レオンが見つけてくれた強化魔法と一番相性の良い武器。
「ドラゴン相手でも……効くかな!?」
僕は空に向かって、渾身の二重強化魔矢を撃ち出す!
ドラゴンはその姿を見て、口から風の魔法を……強い! さすがにドラゴンの攻撃は半端なものではない!
しかし僕の魔矢も、もはや以前のものとは比べものにならないほど常識外の能力なのだ。
ドラゴンの起こした風で少し軌道が逸れるも、矢は羽の一部を切り裂いた!
『グギャアアアア!』
「自分がやられた経験はないかな? そんな上空で待っているようじゃ、僕には勝てないぞ?」
僕は次々と魔矢を放ちまくる。その悉くを完全には防げなかったドラゴンが、僕に向かって怒り任せとしか思えない急降下攻撃を仕掛けてくる。まあ実際、それしか残された対抗手段はないのだろう。
防御魔法で相手の風攻撃魔法を弾けるとはいえ、あの竜の巨体に踏みつぶされたら一瞬で死ぬだろう。
しかし、それは悪手も悪手だ。
「————油断大敵、ってね」
ドラゴンが僕に衝突する寸前、リンデさんが一気に跳び上がり、ドラゴンを掴みながら地面に叩きつけて、首をばっさり切ったのだ。
そして次の瞬間には、もうその巨体はリンデさんのアイテムボックスの中だ。
「食料ゲット!」
こうして数年にわたってこの国を苦しめてきた魔物の討伐は、あっさり終わったのだった。
みんな大丈夫かな? すぐに確認に戻るため、リンデさんと山を下りはじめた。




