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せっかくなので、買った道具を使ってみます

 ユーリアが起きてきて索敵魔法を使ってもらったけど、その日の昼もわざわざ魔法を使ってもらう必要もなかったというぐらい穏やかに過ぎていった。

 魔物らしい魔物は、海を出た直後にしか現れなかったのだ。もしかしたらビルギットさんが倒した最後の海竜、よっぽどのものだったのかもしれない。


 それと同時に気になるのが……。


「……なるほどなあ、確かにこれは、食糧の問題は大きいかもしれない」

「いえ、さすがに私もここまで何もないとは思いませんでした……」


 いくらリンデさんの無限のアイテムボックスの中に食料が沢山保管されているとはいえ、数ヶ月も半年も、何も見つからないという可能性がないとは言い切れない。

 このまま見つからなかった場合は、リンデさんの食料がなくなった時点で引き返した方がいいだろう。


 もっとも、そこまで長い間何もないということもないとは思う。船内に取り付けてある地図を見る限り、大海原の更に西側の、全く違う大陸の方に着く方が早いだろう。

 ……ただし、その陸地に生物がいない可能性も考慮しなければならない。常に最悪を想定して動いた方が、最悪の事態にならなくていい。


「リンデさん、もし残りの食料が半分……いえ、三分の一でも減ったら言ってください。その時点で引き返しますから」

「わかりました! といっても昨日の貝が随分と腹持ちがよかったので、全然消費はしてないですねー。……海の下、もうなにもいないのかなー」

「昨日と比べると、全く変化が無くても国一つ分近く移動したはずですから、いる生物も変わっているんじゃないかなと思いますよ」

「ふえー……」


 リンデさんが船から身を乗り出して、船の下側をじーっと見る。


「何か動いている気配が……う〜ん、わかりにくい……。ユーリアちゃん、船の下って何かいる?」

「船の下ですね。……これは……魔物の反応ではないですね」

「ってことは、普通のお魚さん?」

「はい。あのシレア帝国に近い雰囲気です。少なくとも魔人王国付近の魔物ではないですね」


 魔人王国付近の魔物というと、あのクラーラさんが大量に仕留めたクラーケンか……。

 リンデさん達、特にユーリアの攻撃魔法が通用しないとは思えないけど、あれを相手にするのはさすがに恐ろしい。

 魔人族が無事でも、この船が無事とは限らない。


「それでは……そうですね、リンデさん。エルダクガで買った、細長い道具を出してもらってもいいですか?」

「細長い……もしかして」


 そしてリンデさんは、つい昨日買ったばかりのものを取り出した。

 一本の棒に頑丈な糸がついていて、その下にかぎ爪のような針がある独特の形状のもの。

 そう、釣り竿である。


 更に僕はオーガロードの肉を少量出してもらい、針に肉を取り付ける。

 ……オーガロードの肉って食べるのかな? ちょっとこれで釣れなかったら本末転倒だなあ。


「買ったのって一本だけでしたっけ。何本か買った気がしますが……」

「はい、ありますよ」


 僕は人数分出して貰った竿の全てに、少量の肉を刺す。

 すぐに残りの肉を回収してもらい、皆に竿を渡す。


「少し離れて、これを海に下げます。下から引っ張ったら、上に一気に持ち上げてください」

「わあ……なんですかこれ?」

「釣り竿ですよ。シレア帝国やレノヴァ公国ではもっと効率的に大きな網を使ったりしていますが、ごっそり奪っていってもちょっと一度に処理が大変なので、まずは一匹ずつ釣って様子を見てみましょう」

「わーっ、わーっ、おもしろそう! わかりましたっ!」


 リンデさんは竿を一本取ると向こうへ、アンはその反対側の僕の隣へ。

 ユーリアは甲板の逆側に、そしてビルギットさんはというと……。


「……すみません、ビルギットさんの大きさを考えていませんでした……」

「いえ、私の大きさを考えて作られている釣り竿なんてないでしょうし……とりあえずこれを使ってみますね」


 ビルギットさんは、釣り竿というより細い串を握りしめているみたいな感じになってしまった。

 まあ……前向きに考えると、大物が釣れても余裕で釣り上げることができそうだ。


「それでは、みんなで釣りに挑戦してみましょう」




 合図とともに、船の上で釣り糸を垂らす五人。

 糸は伸ばしてみるとかなり長く、多分ここから魚を一本釣りできるぐらいの長さはあるはずだ。

 少なくともエルダクガにあったということは、この船のサイズを想定しているとは限らなくとも、エルダクガの人はこの釣り竿で釣っているはずなのだ。

 だからきっと釣れる。そう信じて釣り竿の先端をじっくり眺める。


 ……。


 …………。


 ………………………………。


「……ひまだなー」


 ぽつりと、この船の上で何度目になるかわからないアンの台詞に、誰も何も言わずとも皆で頷く。


「こういうものだそうですから、気長に待ちましょう。人によっては数時間やって一つも取れないなんてこともあるそうです」

「ふええ……釣りする人ってすごいなー」

「そうですねー……きっと何か、一人で考えごとをしたいタイプの人とか、向いているのかもしれません」

「なるほどー……」


 リンデさんに返事をしつつも、ここまで釣れないとちょっと不安になってくるな。

 大丈夫なんだろうか……と思っていると。


「……こう……これなら……あっ、思った以上に、重い……!」


 後ろから、独り言が聞こえてきたと思ったら、ユーリアが釣り竿を持って立ち上がっている。っていうか、折れるんじゃないかというほど竿が曲がっている……!

 それを見た瞬間、ビルギットさんが自分の釣り竿を引き上げたと思った瞬間、ユーリアの真後ろに覆い被さる。


 そして水しぶきが大きく上がったと同時に、船の上へ一匹の魚が大きな音とともに叩きつけられる。

 これは……!


「まさか、釣り上げたのはマグロか!」


 シレア帝国で一度見かけた、巨大な魚。

 非常に味が良く、料理も沢山あった魚だ。


「すごいですね……! これはおいしい魚ですよ」

「本当ですか! それはお役に立てて何よりです。ビルギット様も助けていただきありがとうございました」

「いえ、とんでもない。お礼を言いたいのはこちら側ですよ。まさかこんな立派な物を釣り上げるなんて……!」


 聞くと、ユーリアは索敵魔法で魚の動きを追っていたとのこと。

 魚を追う魚を狙って、魔法も駆使して竿だけでなく餌や針、更に海の波の動きや魚自身も含めて上手く動かして誘導して釣り上げたのだ。なるほど、この広大な大海原でそんな大胆な方法は、確かにユーリアにしかできないな……!

 あと、この釣り竿を握って踏ん張っていたことで確信したけど……やっぱりユーリアは可愛らしい美少女然としていながらも魔人族、僕より腕力ありそうだ。


「ありがとう、魔物が来なくてもユーリアがここまで見事に釣り上げてくれるなんて……ユーリアのお陰で一気に旅の不安が解消したよ。僕もこれは調理してみたいなと思っていたし、気合いも入るってもんだ」

「わーっ、私も楽しみです! ユーリアちゃんすごいすごーい!」


 ユーリアは喜びまくっているリンデさんに勢いよく抱きつかれて、すごいすごいと褒められてなんとも恥ずかしそうにしつつも、嬉しさを隠しきれない表情をしていた。

 いやほんと、これはすごいよ。通常の魚なら一人一匹釣っても一食分だし、ビルギットさんのことを考えると釣った魚が小さな魚一匹ではとても足らなかったから。

 昨日の貝に引き続いて、これなら一つでビルギットさんの分も含めて足りてしまう。むしろ可食部が多くて保存もできそうだ。

 今日はこれを調理しよう。今から楽しみだ。


 ……それにしても、本格的に釣り旅行みたいになってきたなあ……。

 まあ、変に構えてしまって旅の途中で精神的に疲弊してしまうのもよくない。思う存分、楽しめる時は楽しんでいこう。

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