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思わぬ宝がありました

 それにしても、この巨大シャコガイモンスター……滅茶苦茶でっかい。

 横幅三メートルほどの貝殻で、開けば縦に四メートル以上それこそシャコガイの中から女神が出てくる絵画をビルギットさんでできるほどのサイズである。


 まずは、貝柱など、身を切り離していくのだけれど……揺れが激しい。

 この状態で、この巨体を切り離すなんてこと、できるだろうか。


「まいったな……もうちょっと安定した場所なら調理しやすいんだけれど」

「あ、それでしたらある程度はできるかもしれません」

「ユーリア? この揺れを収めるって……もし可能なら任せられるか?」

「はい!」


 ユーリアは船の手すりまでいくと、海を見下ろしながら何か魔法を使った。

 その瞬間、先ほどまでやや大きかった揺れが、大幅に収まった。


「これはすごいな……!」

「風の魔法をうまく使っています。これも、ライ様の安全のためならなんてことはありません! が、少し消耗が大きかったので、早めにしてくれると……」


 周りを見ると、どこかこの空間だけ切り取られたような、海の動きと独立したような感じになっている気がする。相当な規模の魔法だこれは。

 しかしそうか、そりゃそうだよな。ユーリアはすごい魔法使いだけど、努力家であり不得手もある。どんな魔法も簡単にできているわけない。

 僕も負担を軽くできるよう、すぐに処理しよう。


 まずは貝柱を切らなければならない。ただでさえこの十分の一……つまり質量としては百分の一だったとしても、シャコガイに挟まれたら腕が折れる。

 既にリンデさんのアイテムボックスに収納されていた以上、この貝が生きているとは思えないけど……それでも、さすがにこれは、怖い。


「……ビルギットさん。貝の口を開けるように、少し持っていてくれませんか?」

「私ですか? わかりました。お邪魔にならないようにお手伝いさせてもらいますね」


 これならまだ調理の手伝いのうちには入らないはず、下手なことにはならないだろう。

 リンデさんでは、さすがにこの大きさのものを開かせるというのは難しそうだ。


「……『シールド・ダブル』」


 念のために、一応防御魔法を纏わせておく。即死ということはないだろう。

 大きな貝の内側で足を取られないように、慎重に中に入り……上側の、貝柱……貝柱ってこれか? ミートナイフで……切断を……。

 ……なんだか木の幹を切ってる気分だなこれ……。貝殻に沿って、前後に動かして……。

 一度通ったけど、どうやら完全には切り離せてないようだ。もう一度、奥側から切るように……前後に……。……!よし、今抜けた感触があった。


 後は上側を少しずつ外していこう。貝殻にはりついている身の上側を、ナイフを入れながら外していく。ゆっくりやっていくと、少しずつ身が剥がれて……やがて、貝の裏側の綺麗な白色が見えてきた。

 下側も同じようにやっていき、外れることを確認して……よし。


「ビルギットさん、もう大丈夫です。上側を向こうに倒せるはずですから」

「わかりました。……あっ、本当ですね。綺麗な貝殻……先ほど破壊してしまったのが少し勿体なくも思いますね……」

「いえいえ、仕留めてくれないとどうしようもないですから」


 非常に綺麗な状態だけれど、よく見ると貝の裏側から一部、何か潰れている身がある。どこが急所なのかはわかりにくいけど、確実にそれで生命を絶ったのだろう。


 さてと、切り離された立派な身のほうに意識を戻そう。まずは貝の紐を切っていく。この部分でも普通は簡単にいくはずなんだけど、なんといってもこいつのサイズが特別すぎる。

 切り離した後は、小分けにして…………。…………本当に大変な作業だ。

 切って、切って……それでも十分大きいけど……。……よし、終わった。


 残りは本体だけど……これはもう、エルマの大鉈の出番だよなってぐらい、ちょっとミートナイフでどうにかなりそうな気がしない。


「リンデさん、剣って貸してもらえますか?」

「へ? これですか? いいですよー」


 気軽にリンデさんは黒い剣……アダマンタイトのロングソードを貸してくれた。

 一切刃こぼれもサビもない剣を洗浄し、身に入れていく。

 なんの手応えもなく切れていくので、本当にすごい剣だなこれは……自分の身体を切らないように気をつけよう。防御魔法、もう魔物より自分の持っている剣のために使ってる感じだ。


 ……切って、切って…………。

 ……………………。


 …………終わったか? 終わったよな?


「ユーリア、もう大丈夫だ!」

「はい、了解しました」


 そして再び、船が大きく揺れ出す。

 揺れた際にカタリと、何か音がした。貝の中だ。


「まだ何か残って……あっ!」


 そこには、きらきらと光る白いものが……!

 間違いない、これって!


「真珠だ……!」


 しかも、とてつもなくでかい!

 ちょっと、宝飾品としては有り得ないサイズの、最早笑ってしまうほど巨大な真珠だ。

 なんだこれ、こんなものが仮に市場に出回っても、とても値段とかつかないんじゃないのか……!?


「真珠? 真珠ってあの……わああ〜っ! なんですかこれ、すっごいひかってる!」

「き、綺麗……! これがあの、人魚姫の涙から生まれたとお話に書かれていた、あの真珠ですか……!」

「素敵……! 私もあの話、好きなんです!」

「なにそれ、わたししらない。いいなぁ〜」


 魔族の女子四人が、その光沢に目を奪われる。

 人魚の涙、か。確かにそう表現できるのも分かる。分かるけど、涙からこの大きさのモノが出たらちょっと笑ってしまうな。

 それぐらい常識外れの大きさだった。


「僕も驚きました。普通は玉の形のはずなんですが、独特の貝殻の形に沿って変形していて、すごいですね……。リンデさん、回収しておいてくれますか?」

「い、いいんですか!?」

「後で何かに加工できるかもしれませんし、難しいかもしれません。普通は小粒のものをネックレスにするんですが、これを首にかけようにも、あまりにも立派すぎてビルギットさんでも合わないぐらい大きいですよ。本当にすごいです、大当たりでした」


 リンデさんが真珠に手を触れ、その珠を自らの魔力の中に取り込み、うっとりとご満悦な顔をする。


「それでは、ちょっとした貝からのプレゼントがありましたが、本題といきましょう」

「あっ、そうですね! これを食べるんでしたっ!」


 そう、忘れてはいけないけど、そもそも食べるためにこの貝を開いたのだ。

 まずはリンデさんにバターを出してもらう。ある程度切り分けて、置いて……残りはもう、海水の味でも十分じゃないだろうか。


「生で食べる地域もあるそうですが、ちょっと心配なので火を入れていきましょう。そして鍋の代わりに、この貝の殻をそのまま使います。『ファイア』」


 そして貝の表面を炙るように、中に火の魔法を入れていく。

 やがてバターが溶けて、沸騰して、辺りにとてもいいにおいが漂ってくる。

 ……もう既においしそうだ。ちょっと火の通りを均等にするために、身の位置を変えて……と。


 …………。だいぶ煮えてきたかな?


「ライさん、そろそろよくないですか?」

「そうですね。それじゃあいただきますか」

「わーい!」


 お皿も、もういいだろう。みんなにフォークを渡していく。

 まだまだ熱くて僕には食べられなさそうな中で、魔人族の皆はどんどん手を出していく。

 火傷とかしないもんな。


「ん〜〜〜〜〜〜っ! おいしい! 食感がすごく、いいです! あと味が、すごく海って感じ! 海食べてます!」


 リンデさんが満面の笑みで、次々に切り分けた身を食べていく。


「すごいすごい、貝ってこんな味なんだ、おいしい!」

「アンは苦手じゃないか?」

「ぜんぜん! とってもおいしいよ!」


 アンの味覚がどうなっているかは、デーモンを最初に見た時の感覚でまだ分からない部分もあるけど、やはり人間や魔人族と同じようで安心した。

 ……本当に、どうしてあの姿になった……いや、させられたであろうデーモンは、あそこまで味覚がねじ曲がったんだろうな。


「これは……すごく、身体に元気が出て来ます!」

「ユーリアは一番疲れただろうから、遠慮無く食べてくれ。また食べた分だけ、頑張ってもらうよ」

「はい、ありがとうございます!」


 本当に、お礼を言うのはこちらですよ。

 海での料理がどこまで可能かわからなかったけど、ユーリアのお陰でなんとかなりそうだ。


「ライ様、本当においしいですよ。温度も穏やかになったと思います」

「そうですか、それでは僕も。残ってしまうのもよくないと思うので、ビルギットさんが食べていただければ助かります」

「はい、ありがとうございます!」


 僕も手を出してみたけど……本当においしい。

 海の味が残っていながら、歯ごたえがあり、噛むほどに貝の味が出てくる。

 肉とはまた違った美味しさだ。レノヴァやシレアで海産物は食べていたけど、貝もこんなにおいしいとは。


 これは海の料理、いいな……それにこれが、船旅の最中に手に入ったというのは大きい。

 水の魔法を僕とユーリアが使える以上、食糧問題はなくなったと言ってもいいだろう。


 海の旅が続くことがどうなるかわからなかったけど、みんなの力で一番の問題が解消された。

 それに、あんな立派な宝物まで出てくるなんて。


 早くも不安は吹っ飛び、これからの旅に既に期待が高まっていた。

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