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侯爵様の気持ちを聞き、シレア帝国を離れます

 ダニオに連れられて向かったシレアの南門には、たくさんの人が集まっていた。

 しかしここからでも、その人々が集まる理由が十二分に分かる。

 大きな馬車があるが、先頭にある動物は馬ではない。


「あれはまさか……グランドサンドキャメルの車か!」

「ほんとライは何でも知ってるな。ここいらとは気候がちょいと違うから、南へ行くのなら一番の乗り物だぜ」

「でもいいのか? 基本的に商隊持ちの乗り物のはずだけど」

「それに関しては、私から説明しよう」


 すぐ後ろから声が聞こえてくると、そこにはウンベルト様がいらっしゃった。


「うおっ、驚いた! うちのマスターに侯爵様自らは説明に来ないって聞いてたんですがね」

「君が伝達役だね、ご苦労。いやなに、ライムント君にはせっかくだから一度会って私自ら説明しておきたかったのだよ。ひと月振りだね」

「はい、その節はお世話に……」

「何を言う、世話になったのはこちらのほうだ」


 ウンベルト様は楽しそうに笑うと、後ろの荷車……というより客室のようになった車の日よけの布を開けて、その下に紋章があるのを見せた。


「この紋章は、我らメルクリオ侯爵家の名前があるものだ。交易している以上、相手は交易相手の身元の保証を求めたがるものだ。そして君達は、魔族のパーティとしてエルダクガに入る。その時、この————」


 ウンベルト様が、紋章に手を翳す。「『ヴァリ』」と小さく魔法を使うと、紋章が光り文字が浮かび上がる。

 文字は『ウンベルト・メルクリオ』。隣には西暦が表示される。

 これは、貴族専用の認証の証明魔法だ。


「魔法がかかったこの紋章が使い込まれていることは、貴族として何よりも信頼のおけるものとなっている。そして……これだ」


 ウンベルト様は、しっかり裏が蝋で閉じられた封筒を僕に持たせてくれた。


「中身さえ見れば文字鑑定で私のものだと証明できるものもいるが、その未開封の封筒も君を助けてくれるだろう。念には念を、というやつだ」

「ウンベルト様……何から何までありがとうございます!」

「なあに、これで返しきれたとは思っていないが、お礼として受け取ってくれ」


 以前より穏やかになったウンベルト様は、リンデさんの方を見る。

 やはりリンデさんは緊張するのか、頭に手を当ててぺこぺこと「ど、どーもどーも……」と、いつもどおりのおじぎをしていた。


「……ライムント君は、実力を隠した方が自分のためになったはずだ。だが、それでも親として客観的に見て尊大だった私の息子を救ってくれた」

「それは、当然のことです」

「その当然のことを選択してくれる人が、随分と減ったのだよ」


 ウンベルト様は、遠くの港の方を見る。

 その方角には、かつて魔人王国へ『聖戦』を宣言して一方的に攻撃していた、あの大きな船があった。


「発言力を得るために、貴族は力を行使する。それがシレア帝国での貴族の生き方だ。だから、貴族は力の証明のためなら命を賭けるし、冒険者はそれを避けてある程度は無能を演じたりもする」

「……」

「それでもね……やはり、人の親なんだよ」


 ウンベルト様が、こちらに振り返る。


「命よりも賭けていいものなんて、この世界に一つもないのだ」


 朝日を背にした僕を、眩しそうに見ながら穏やかに笑う。


「改めて言わせてくれ。ルーベンの命を助けてくれてありがとう。魔人王国と友好関係を結んで交易している今からしたら、ルーベンを失って立ち止まるタイミングを見失った私は、恐らく取り返しのつかないことをしてしまうところだった」


 それは、メルクリオ侯爵としてではなく、一人の父親としての顔だった。


「僕も、助けることができてよかったです」


 しっかりと頭を下げて、リンデさん達とグランドサンドキャメルの車の中に乗り込んだ。

 見送りに来てくれたアウローラやオフェーリアにも、手を振り返す。


「君の旅に、女神ラムツァイトゼルマ様の幸運があらんことを」


 最後にウンベルト様は、そう言って僕を見送った。

 教義を聞いた上で、僕に対してゼルマ様を選んで言ったのだろう。この領主様なら、マーレさん達ともきっと大丈夫だ。


 最後に名残惜しく思いつつも布を閉めて、行き先をエルダクガに。

 砂漠の馬車、グランドサンドキャメルの移動が始まった。


 -


 馬車より速度が出るこの大きな車、もっとガッタンコットンと揺れまくるかと思っていたら、全然そんなことはない。

 車内にあるソファが柔らかいのはもちろんのこと、なんというか……車輪と本体が、どこか別々に動いているような感じがする。


「ユーリア、この車って乗り心地がいいけど、理由はわかる?」

「そうですね……恐らく浮遊系とまではいかなくとも、ある程度までの『高さ』を維持するための仕組みがあるのだと思います」

「高さ?」

「はい。つまりこの車は『沈み込む時だけ沈み込み、そうでない時は浮き上がる』のような魔法と、それを可能とする仕組みがあるのではないかと思われます。下からの衝撃を吸収するのなら車体が沈み込み反発するだけで足りますが、崖に落ちた浮遊感を浮き上がることで解消するのは、魔石の能力ではないかと思われます」


 ……なるほど、確かに車輪の中に車体が沈み込む仕組みはなんとなく分かる。でも浮き上がるのは、重力に逆らう動きだ。浮き上がったままで維持するのは魔法というのは本当なのだろう。

 それにしても、乗ってすぐにそこまでわかるとは……さすがあのレオンの妹で同じレベルの話ができるだけある。


「ところで、ユーリアはそういった知識というか、分析能力をどこで知ったんだ? 魔人王国にそういった器具があったようには思えないけれど」

「私はお兄ぃの影響もありますけど……図書館の小説に出て来た、様々な道具ですね。空を飛ぶ車から、遠くにいる時に道具を使って大爆発を起こすような武器まで登場して、実際にそれらの一つ一つが仕組みさえ分かれば再現できると知ったので……不器用なので作れるわけではないのですが、それでも知りたかったので学んだり考えたりするようになりました」

「すごいな……」

「え、あの、恐縮です……」


 そこで照れてしまうのも、本当に控えめというか、やっぱり自己評価が低すぎるってぐらいこの子の普通の感覚ってすごいよなあって思う。


 ……それにしても、魔人族と道具と知識か……。

 …………?

 ……また、何か頭にひっかかりが……。


「むぅ〜〜〜〜〜〜〜〜っ……」

「え、うわっリンデさん!?」


 リンデさんが、至近距離で僕の方を見て……!


「いろいろ勝てないのは分かってるけど、ユーリアちゃん頭よすぎだよぅ……私もライさんに、めっちゃ頭いいって褒められたいよぅ……」

「り、リンデ様……っ!? その、出過ぎた真似をして申し訳ありません!」

「う〜っ、いいよぅ、ライさんが知りたがったことは、全部教えていっていいよぅ。ちょっとすねてるだけだもん……」


 いや、ほんとリンデさんは悪くないと思います。客観的に見ても、どう考えてもユーリアが凄すぎるだけでリンデさんぐらいの女の子の知識量の方が王国では普通です。むしろリンデさんでもよく知っている方です。

 そんなリンデさんをなだめようとして————。


「キャアアアアアア!!」


 外から悲鳴が聞こえてきた!

 間違いなく誰か襲われている!?

 僕がそれを認識した瞬間、リンデさんの表情は真剣になり剣を抜き、ユーリアは杖を。

 更に今までずっと黙ってニコニコ揺られていたアンは既に外に出ていた。

 さすが優秀だ、皆早い!


「リンデさん、僕たちも救援に向かいましょう!」

「わかりました、ライさんとユーリアちゃんは私の後から!」

「はい!」

「ハッ!」


 リンデさんの後ろについて、僕は悲鳴の主を助けに車内から外に出た。

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