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村での出来事を聞きました

 言われたことが、一瞬理解できなかった。


 リリーが、さらわれた?

 いつ? 誰に?

 じゃあ、リリーは今、どこに?


「……ライさん、ごめんなさい……」

「クラーラさん……いえ、クラーラさんで無理だったのなら、他の誰でも無理だったのでしょう。……正直、心の整理がついていないです。できないことを全部押しつけているのに、クラーラさんのせいにしたら格好悪すぎますから」

「…………」


 僕が何か言葉を重ねようかと思っていると、次に前に出て来たのはマーレさんだ。

 マーレさんは真剣な顔をしている。クラーラさんはますます小さくなっているけど、いえ、マーレさん……僕もつらいですが、責めないであげてくださ————。


「ミアは!?」

「……!」

「ミアは、無事なの!?」


 クラーラさんの肩を握りしめて、必死に聞くマーレさんに、頭がようやく追いつく。

 姉貴は妊婦、戦うことはもちろん一人で逃げるなんてことできないはずだ。

 大丈夫なのか……!?


「……それが、理由で……」

「————マーレッ!!」


 すぐそこには……家に体をもたれさせながら、白いローブ姿の弱った姉貴がいた。エファさんが泣きながらしきりに声をかけて……。

 ……姉貴?


「ミア、無事だったのね……!」

「…………」

「……どうしたの、ミア……」

「あたしの、せいなのよ……!」


 膝から崩れて、姉貴は悔しそうに地面を叩きつける。

 弱っているとはいえ、揺れたと錯覚するぐらいの衝撃が走る。


 僕はそれより、真っ先に気になることを聞いた。


「姉貴、もしかしてもう出産したのか……?」


 そう。

 姉貴は、弱っている。ローブ姿。そして、外に出歩いている。

 何より……お腹が膨れていない。


「そうよ……立ち会うの、ちょっと遅かったわね」

「み、ミアさん、産後の体で外を出歩くなんて無茶ですよぉ……!」

「エファちゃん、あいもかわらずすげー回復魔法ありがと……でも、万全というほど元気にはならないのね……」

「普通産後なんて寝ていることしかできないですよ!? お願いですから安静にしてくださいっ!」

 

 産後直後で回復魔法を頼りに出歩いてるのか、相も変わらず無茶苦茶だなこの人!

 そんな姉貴の姿を見かねて、マーレさんが肩を貸す。


「まったく……無茶するわね。出産の現場に立ち会えなかったのは残念だったけど、積もる話もあるし、とりあえず魔人王国の屋敷でいいわね」

「ええ、お願い……」


 そのままマーレさんにもたれかかるように姉貴は屋敷の方へと移動していった。

 僕も、クラーラさんを気遣いながら二人を追う。

 半日いなかったうちに、事態が大きく動いてしまったな……。


 -


 魔人王国の屋敷は、貴族の屋敷のように大きな場所だった。

 何が凄いって、ビルギットさんが入れるような大きさの家で、ドアから廊下、更には一部の調度品に至るまで、座れるような大きさが揃っていることだ。


 サロンに入ると、真新しいソファに座る。

 僕の隣にリンデさんと、ゼルマさんが反対側にも座る。

 姉貴もマーレさんにもたれかかりながら座ると、部屋に続いてやってきたのは……。


「ヴィルマーさん……」

「ライ君か。先ほど帰ってきたんだってな……」


 リリーの父親、ヴィルマーさんだ。

 やつれたような、痛々しい顔だ……。

 続いてやってきたのは、予想通りリリーの母親、リーザさんだった。

 だったんだけど……!


「その子……!」


 リーザさんの腕の中には、小さな赤ん坊がいた。

 髪の毛は赤く、肌は青い。目が開くと……人間の目だ。


 間違いない。

 レオンと、姉貴の子供。

 人間と魔人族の、完全なるハーフだ。


「ああ……ああっ……!」


 マーレさんが、感極まって両手を口元に当てて涙を流す。

 隣にいた姉貴が、弱々しくも「へへっ……」と自慢げに笑い、レーナさんは赤ん坊を見ながらマーレさんの頭を抱いた。


「やったわね、マーレ」

「うん……うん……! こんな日が、いつか来ればって……!」


 その子供は、間違いなく二種族の友好を表したものだった。

 人類との友好を夢見てきたマーレさんにとっては、未来の希望そのもの。


 リーザさんの隣に、レオンとユーリアもやってきた。


「いつまで経ってもこんな身体の自分が父親になった自覚なんてなかったけど、いざ自分の子供を見ると意識は変わるものだね……気が引き締まるよ」

「お兄ぃがついにパパになっちゃった。……あれ、それじゃ私っておばさん……!?」

「まだまだそんな呼ばれ方しないって」


 レオンはリーザさんから受け取った赤ん坊をベビーベッドに乗せて姉貴の近くに移動し、エファさんと交代で姉貴を反対側から支えに向かった。

 ヴィルマーさんとリーザさんが離れて待機、ビルギットさんは少し離れた場所でテーブルみたいな椅子に座る。

 これで、全員だろうか。……いや、違う。


「カールさんはどうしたんですか?」

「……カールは……命に別状はないけど、今は眠っている……」


 レオンとビルギットさんが、がたりと椅子から立ち上がるも、マーレさんからの鋭い視線を受けて申し訳なさそうに座る。

 そうか、二人は同期だって言ってたもんな。


「そのへんも含めて、クラーラには————」

「いえ、あたしが説明するわ」

「————ミアが?」


 少し体力を戻した姉貴が、隣のマーレさんを見て、そして僕を見て。

 今までのことを話し始めた。


「みんなが出て行ってさ、すぐにお腹痛くなっちゃったのよ。人間の感覚ならもーちょっと出産まで時間あるのかと思ったけど、勇者のあたしでも体力ガンガン吸われる感じだったから、きっと栄養とか? 取っていくの早かったんでしょうね。すぐに出産の準備に取りかかったわ」

「ミアが、すぐにリーザさんを呼んでくるように言ったから。エファも念のためって一緒に来て」

「それで、みんなで出産してもらったってわけ。その時に……あいつが来たのよ……!」


 あいつ。

 もう、ここから想像できるのは一つしかない。


「悪鬼王が来たのか!」

「ええ。まさかこんな村にまで一人でやってくるなんてね。でもあたし、思いっきり妊婦じゃん、しかも出産中。かなりヤバい状況だったわけ。それでも無事だったのは……言うまでもないわね」

「クラーラさんか」


 名前を呼ばれて、びくりと肩を震わせるクラーラさん。

 怯えたような目で、僕の方を少し伺っては、目を合わせるのを怖がるように伏せていた。……そこには、地上で最も強い女性としての姿はどこにもない、ただ自分の失態で怒られることに怯える、か弱い女の子がいた。

 たまらず僕は、クラーラさんを両腕で抱きしめる。


「……っひゃぅ……!」

「クラーラさん。何度も、本当に何度も姉貴を助けてもらって……いえ、元はといえば、最初に会った時に僕が命を助けてもらったんでしたね。それから何度も、できないことを押しつけて……」

「……ライ……」

「僕は、自分が姉貴を守ってやるって強くなろうとしたのにできなくて。同じ弓を持って、僕に出来なかったことをやってくれるクラーラさんのことを、いつも眩しく感じていました。悪鬼王とも戦えると知った時……少し卑屈に、羨ましいとも、妬ましいとも感じたことさえ……」

「……あ……」


 そうだ。

 英雄譚の主人公のように、悪の魔王と対等に戦う戦士は、やっぱり憧れる。

 男の子なら、誰もがそんなおとぎ話を夢見て女の子を守るために強くなりたくなるのだ。

 僕がそうだったし、リヒャルトもそうだった。だからああなったし、誰よりもその気持ちは分かる。


 姉貴を悪鬼王から護ったクラーラさんは、まさに英雄そのものだ。


「だから自分を責めないで、どうか堂々と姉貴だけでも守り抜けたことを誇りに思ってください。あなたがそんなに卑屈なら、僕はもう弓なんて怖くて持てませんよ」

「……ライ……うん、ありがとう……」


 クラーラさんは、ようやく自分のことを失態だと思わずに納得したように笑ってくれた。


「……あの……でも……」

「なんですか?」

「……は、はずかしい、です……」


 そう言われて。

 ようやく皆の前で、クラーラさんを思いっきり抱きしめていたことに気がついた。

 気がついた瞬間クラーラさんから手を離して……その直後、僕がリンデさんに思いっきり後ろから抱きしめられた。


「はい、クラーラちゃんにライさんを貸すのは終わりです!」

「……リンデ、貸すって……ライは持ち物じゃないでしょ……」

「持ち物じゃないけど、わ、わ、わわわ私のものですっ!」


 とんでもないことを僕の頭の後ろに顔を隠しながら堂々と言い放ったリンデさんの発言に、当然のようにリンデさんの顔が後頭部に張り付いている僕に視線が集中する。

 恥ずかしくなって目線を下に彷徨わせるも、皆温かい目を送っているのが分かった。

 ……本当に恥ずかしいんですが……いえ、自分もかなり恥ずかしいことしていた自覚はあります……。


 この空気をさくっと切り替えてくれた姉貴が、弱っていても頼もしい。


「ま、そーゆーことで、あたしの子供のために、カールさんは魔物の大群から体張って村を護ってくれて、クラーラちゃんはあたしの出産とかを護ってくれたの」

「じゃあ、リリーはどうして?」

「クラーラちゃんが護っていたのは、あたしと、あたしの出産に立ち会ってくれたレオンと、リーザさんと、エファちゃん。お店はヴィルマーさんが切り盛りしていて、リリーがリーザさんの代わりに店やってたみたいで」


 そこから、ヴィルマーさんが姉貴の話を引き継ぐ。


「リリーは、悪鬼王がミアの家を目指していると分かった途端に、店を放り出してデーモンに走っていったんだ」

「む、無茶するなあいつ……!」

「本当に。自分の娘ながら、勇敢で直情的に育ったと思う。しかし……デーモンの狙いは違った」


 今度は姉貴も下を向いて、悔しそうにしている。

 クラーラさんが、その理由を語った。


「……悪鬼王の奴は……リリーをさらう瞬間、『見つけた』って……。……最初から、リリーが狙いだったみたい……」

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