アルマとゼルマ、人間と魔人族。全ては繋がっていました
見た目は明るい冒険者時代の母さん同然って感じの、ゼルマさん。
しかし、やはりハイリアルマの名前に関しては穏やかな気持ちではないらしい。
爆発するか、と思ったところで少しずつ怒気を抑え込んで、ふー、と一息つくと、そこには冷静な顔のゼルマさんがいた。
ただし、先ほどまでとは違い、顔は笑っていない。
「アルマ……そう、アルマは今、そんなふうに呼ばれているのね」
「はい。人間の国の宗教は、ほとんどハイリアルマ教です」
「聖アルマね……まったく、よく言ったもんだわ。ああ、あなたも他の人も、あいつのことはアルマでいいわよ。そう、アルマ。呼び捨てて」
ゼルマさんが真剣な顔で言うと、なんだか母さんに怒られているみたいでちょっと緊張するな……。
しかし、アルマか。完全に普通のビスマルク王国の名前だ。
「アルマ。アルマでいいんですね」
「そう。アルマは友人でした、幼なじみで……そうね、とても強い戦士だった。私もかなりの腕だったけど、アルマはなんといっても金髪のロングヘアで男の囲いも多かったし……あっ段々思い出しながら腹立ってきた」
思い出話のように語るゼルマさん。本当に、女神ハイリアルマ……アルマとは友人同士なんだろうな。
しかし今は昔話をしにきたわけではないと、すぐに切り替えた。
「ある日、一緒に育ったこの国に一人の魔人族が訪れました。年下の少年なんですけどね。肌の色とかちょーっと違うけど、話してみるとみんな話しやすかったから、私はすぐに友人になりました。アルマも魔人族と友人になりました」
「アルマも……?」
「そう。少なくともその時、ルーカスと私とアルマ……あ、ルーカスってのはその魔人族の子ね。みんなこの洞窟の国で仲良くしていました。やがて魔人族は皆移住してきて、一緒に暮らすようになって……。でも、ある日……」
ゼルマさんは、少しずつ視線を落として顔を暗くしていった。
「数年も経って、二十歳後半ぐらいになった頃でしょうか。お互いに新しい子供でも作ろうかという時になって……アルマは、ある日突然『魔人族をこの国から排除しなければならない』って言い出したのです」
「排除、ですか」
「……ええ。私はとにかく、理由を聞く前に反射的に反対しました。するとアルマは黙って私の前から走り去ってしまって。……あの時、追いかけていたら今の結果も違ったのかしら……」
記憶の中の自分の行動を悔いるように、俯いたゼルマさんが首を左右に揺らし、赤い髪が揺れる。
「最後まで理由はわからなかったのだけれど……ルーカスが後ろから斬られていたのを見て、ああ、本気なんだなって思いました」
魔人族のルーカスが斬られるというのは、それまでの話を考えると急だ……。
ルーカスと友達になったゼルマとアルマ。三人は仲が良かったけど、アルマだけが魔人族を危険視した……?
「ん? 待ってください。ルーカスさんは、魔人族の少年で、数年経つと二十歳ぐらいですか?」
「ええ」
「ルーカスさんをアルマさんが後ろから斬って倒したってことは、それだけアルマさんは剣が強かったのですか?」
「いえ、勇者よりは弱いはず。ただ、不意打ちだったはずです。それ相応に強くはありましたから、魔人族を斬るぐらいはできましたね」
……思った以上に女神様、強い戦士だった。
女神というイメージ、もう完全に崩れ去っている。
目の前のゼルマさんと同じような、本当に普通の女性なのだろう。
「それでも命までは取らなかったのですね。しかし……ルーカスは落ち込んでしまいました。魔人族は、人間を警戒するようになったのです」
「……」
「だから、私は立ち上げました。魔人族との友好、そして相互理解と相互成長を目指した宗教『ラムツァイトゼルマ教』を立ち上げたのです」
ラムツァイトゼルマ教。それが、この国の本当の宗教なのだろう。
この国。そう、僕たち魔人王国の前のビスマルク王国の、更に前の人間の宗教。
しかし、どこかで入れ替わった。
「はじめは上手くいっていました。いえ、途中も、最後まで、上手くいっていました。決して悪い宗教ではないのだと、私は信じていましたから。しかし……この国が洞窟の中にあったことも影響してか、相手の侵攻を抑えることができませんでした」
「相手の侵攻……?」
「はい。ハイリアルマ教を立ち上げて力をつけた、アルマの呪縛魔法です」
アルマは、ハイリアルマ教を立ち上げたことによって、力をつけた……?
それは、まるで……。
「ええ。アルマは自分を女神として崇めさせることにより、そして自分を聖アルマという名前で呼ぶことを義務づけて、力をつけたのです」
「じゃあ、僕たちがハイリアルマ教を略してはいけないと教わっているのは……」
「ええ。————全てが、ただの人間であるアルマ一人の力を高めるためです」
……そ、そんな、ことが……。
僕たち、近隣諸国の人間が長年やってきたことが……。
ずっと、正しいものだと信じてきたことが……。
個人の呪いの力の為、だなんて……。
「気がついた時は、手遅れでした。私も私で女神としての格を持つようにはなりましたが、それでも皆まで護りきれない。人間は海の外に逃がして、自分の幼い息子に『魔導適合』の胤を、最初に産んだ村に広がるよう遺伝式で組み込み、見送ったのです」
「じゃあ、この国の人は……」
「……多分、あなたもわかってるんじゃないですか? ライさん」
分かっている。
本当は、一目見た瞬間にそうなのだろうと思っていた。
だけど今の話を聞いて確信した。
「ゼルマさんは、僕の亡くなった母さんに瓜二つなんですよ」
「……そう、なのね。私も……私も、八歳で手放してしまった生き別れの息子に……あなたの優しい目つきが、あまりにも似ていて……」
ゼルマさんが、僕の近くに来て頭を撫でる。
母さんと同じ顔が、涙を流しながら僕の髪を撫でている。
僕に、触れている。
「きっと……あの子も、ケヴィンも……こんな顔に、なったんだろうなあ……」
……ああ、まるで……。
本当に、母さんに撫でられているみたいだ……。
女神の手。
先祖の手。
母さんの手。
……暖かい……。
「……うう〜っ、ぐすっ、ズッ、ブシュゥゥ」
「ちょおっリンデ!? あんた私のマントで鼻かむんじゃないわよぉ!?」
「うええだってえこんなの、こんなの我慢できないでずビビズビズビブシュゥゥ」
「ギャーッ!? やめろっつってんの! しごき方が足らなかったかしら!?」
「でもでも、レーナさんなら無詠唱魔法で一瞬で綺麗にできるじゃないですかあ……」
「自分でやりなさいよ……これほど本気で魔法を覚えさせておけばよかったと思った日はないわ……」
諦めたように頭を抑えたレーナさんと、相も変わらずの泣き虫なリンデさん。
そんな二人に、ゼルマさんもようやく笑う。
「ふふっ、やっぱり魔人族って見た目が違うけど、みんな心優しい人ばっかりなんですね」
「僕もそう思います。ゼルマさんも、だからみんなを守ろうとしたんですよね」
「ええ」
しかし、ゼルマさんは結果として敗れて、ここに閉じ込められてしまった。
「魔人族はずっと私のために残ってくれた。だけど、数々の呪いがこの洞窟の国に蔓延して……この狭い空間で、その呪いを一つ一つ分析して……でも、できることは何もなくて……」
「……それで、僕が来るまで一体……」
「何年になるのかしらね。数百年……? 千年は超えていないと思うのだけれど……」
……そんなに、途方もない時間……この地で……。
僕の横に、マーレさんが来る。
「ゼルマさん。お話を伺うに、魔人族はどうやらずっとここに残っていたということなのですね?」
「はい。人間は呪いの攻撃に、精神的におかしくなるのか耐えられず脱出したのですが、魔人族は耐えられました。ですがその際に、いくつかの呪いをこの国で生まれた人は受けているはずです」
「この、国に……」
「はい。正確にはこの島ですね」
……そうか、そういうことだったのか。
この島に、アルマの呪いがかかっている。
だから魔人族に生まれつき呪いがあるとか、親の呪いを子供が受け継いでいるとか、そういうことじゃないのだ。
つまり……。
「この島の外で産んだ魔人族は、もしかして呪いの影響を受けない?」
「可能性は否定できませんが、親の呪いを解除した後に外で産んだ場合、ほぼ影響はないはずです。もちろん産んだ後から解呪もできるはずですよ」
その回答を聞いた瞬間、マーレさんが両手を握って喜び跳ねる。
「すごい、すごい情報だわ! この話が正しければ、私たち魔人族も、人間と同じような営みができる。対等に人間の手伝いをして、お役に立つことが出来ます! ああ、ライ様! 改めてここまで導いてくださって、ありがとうございました!」
「そんな、僕の方こそありがとうございます。マーレさんがただの村人の僕をここまで案内してくれるような、腰の低い女王だからできたことですよ」
「私一人では、何の意味もありませんでした。ライ様は、本当に私たち魔人族の救世の神なのかもしれませんね」
マーレさんの大げさな評価も、今日は受け入れてもいいかもしれない。
この地から始まった物語はずっと、今の僕たちに繋がっていたのだ。




