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船での任務を終えました

 陸地に久々に足を付けると、慣れた感覚が足に伝わってきた。

 ……なんだかまだ、揺られているような気さえする。

 ずっと陸地にいるという当たり前の生活だったけど、やっぱり地面に足が付いてるってかなりいいなと、海で長時間過ごして思わされる。

 僕でこれなんだから……。


「ああ〜〜っ、陸だー! やっぱ地面は最高だぜ!」


 あの大きな戦士さんは、船から下りて真っ先にそう叫んだ。

 船の外に、数日ぶりのギルドの受付の人がいた。わざわざ来るということは、それだけ大口の仕事なのだろう。

 報酬を渡す人と、各自チェックをする受付の人で分担していた。


「お疲れ様です、報酬はあちらからどうぞ。……お疲れ様です、はい、前回同様にあちらからどうぞ。……オフェーリアさん、今回もお疲れ様です。っと、ダニオは相も変わらずだな、お疲れさん」


 皆顔なじみなんだろう、慣れた様子でチェックをしていた。

 最後は僕の番だ。


「最後は……初参加だったライムントさんですね、お疲れ様です。海の任務はどうでしたか?」

「陸地に足が付いているって、こんなに安心するんだなって初めて知りました」

「ああ、それはみんな言いますね。やっぱり長時間の船旅は違和感があるようで。……っと、この人が最後だ」


 もう一人のギルド受付の男性が前に出て僕に袋を渡してくれる。侯爵指定の任務というだけあって、簡単な任務ながら報酬がすごいな。袋の重さを確かめながら納得する。

 でも、これは船酔いするかどうかで難易度が大きく変わりそうだ。万全が出せるかどうかって大きい。

 ……あ、なるほど確かにそりゃあ僕の役目大きいな。


 ダニオさんが仲間達と肩を組みながら僕に声をかけてきてくれた。


「じゃあなライムント! お前は最高だったぜ、俺はこいつらと飲みに行くけどお前もどうだ?」

「ダニオさん! こちらこそ前衛で護ってくれて、他のみなさんもありがとうございました。僕は少し予定があるので、またの機会に!」

「おう、わかった! じゃあな相棒!」


 景気よく笑ってダニオさんが酒場の方へと歩いて行った。

 最後まで小気味のいい人だったな。お世話になりました。


「……ああ、いました! ライさん!」


 と、僕が感慨に耽っていると懐かしい声が聞こえてくる。


「アウローラさん!? 来て下さったのですか」

「はいっ! やっぱり心配でして……無事そうでよかったです」


 わざわざアウローラさんは、僕の帰りを待っていてくれた。嬉しいと同時に、周りから視線が集まってちょっと照れ……いや、どう考えても嫉妬成分多めなのでとても気まずい。

 き、既婚指輪してますよー。普段は結婚までしてるつもりじゃないって思ってるけど、こういう時は都合良く使い分けていきます。


「ちょっとー、ライムント君ってアウローラがもぉツバつけてんのぉ? まったく聖職者の風上にも置けない好き者ねぇ」

「えっ、あ、オフェーリア!? そ、そういうんじゃなくて!」

「わざわざお出迎えして、しかも愛称で呼んでおいて、そりゃーないんじゃないのー? まったく、別に狙ってたわけじゃないけどさ……しれっといい男取っていくわよねえあんたって」

「だからぁ、ライさんはね!」


 な、なんだなんだ、アウローラさんが今までになく明るい感じで話しかけている。


「あっ、すみませんライさん! オフェーリアは昔からの友人でして、仲が良いのです。そういえばずっと討伐隊に加わっていたのよね」

「そうよぉ、ライ君ったらあまりにも優秀で、さすがに売店の商人が可哀相になるぐらいだったわね。だって彼一人で回復も酔い止めもいらないんだもの、今回は一番の安全任務だったわよ。あ〜〜でもなぁ〜〜、師匠の弟子仲間じゃ一番人気だったアウローラがひっついてるんじゃ堕とせないわね〜」


 オフェーリアさんにさんざんからかわれて、アウローラさんは落ち着きのない様子で顔を真っ赤にして、勢いに乗せてまくしたてるように反論してしまった。


「もう! そうじゃなくて、ライさんは倒れていたところを私がお世話して、代わりに子供達の世話をしてもらっていて……」

「……は? 同棲?」

「あっ」


 あー、アウローラさん今のは完全に失言だった。


「あんたほんと、やるわね……」

「うっ、ほんとに、そういうんじゃなくてぇ……」


 こういう会話だとオフェーリアさんの方が上手のようだ、なんとか助け船を出そう。


「そうだ、アウローラさん。子供達はどうですか?」

「あっ! はい! そうです子供達ですはいっ!」


 すっかり会話に困っていたところだったので、アウローラさん勢いよく食いついてきた。

 視界の後ろでオフェーリアさん半笑い。


「そりゃもうカルロがお肉をせがんでしょうがないんですよ。我慢のできる子だったんですけど、ライさんの料理はおいしかったですからね」

「ふふ、嬉しいですね。それじゃ帰りがけに食材を買っていきますか」

「是非!」


 僕とアウローラさんの会話を聞いて、オフェーリアさんが手を上げた。


「はい」

「ん? なんですか、オフェーリアさん」

「ライ君が料理作るの?」

「そうですよ」

「あっ」


 最後の「あっ」はアウローラさんだ。そういえば料理の話も当然していなかった。

 オフェーリアさんはニコニコ笑いながら銀貨袋を持ち上げた。


「私が食材全部支払うから、食べさせてもらってもいい?」

「えーっと、アウローラさんはどうですか」

「ライさんがいいのならいいですよ、私もオフェーリアと話したいですし」

「じゃ、決定ですね」


 食べ盛りの子たちに加えて料理一人分が増えるぐらいなら大丈夫だ。それに食費が浮くのなら断る理由がないね。

 何よりこちらの食材なら、オフェーリアさんの方が詳しいだろう。


 僕たち三人は、揃って市場へと向かっていった。

 んだけど……歩き出すと、男からの視線が痛い。

 そういえば、美女二人連れて歩いている両手に華そのものの状態だ。

 き、既婚者ですよー。こんな時だけ都合良く主張しますけど、既婚者ですよー。


 ……そう、隣を歩くのは、リンデさんに出会ってから別行動する時間の方が少ないってぐらい、リンデさんが隣にいた。

 隣にユーリアが来ても、クラーラさんが来ても、マーレさんが来たとしても、ビルギットさん……はさすがにあまりついてこなかったけど、でもずっとリンデさんが隣にいた。


 こんなことを言うと、昔の僕からしたら欲張りすぎにもほどがあると思うのだけど。

 両隣に美女が二人いて尚、なんだか賑やかさが足りないな、なんてことを思ってしまっていた。


 あの何でも驚く元気な声がまた聞きたいな。

 リンデさんも僕が無事だと、マーレさん越しに伝わるといいけど……。

 そういう意味では、今回の遠征の一番の成果は『マーレさんに無事が伝わる可能性のあることができた』ことかもしれない。


 どんなにこの街にいたとしても。

 どんなに事情があったとしても。

 必ず帰りますからね。


 -


 市場をぶらぶら見て回ると、珍しいパスタが沢山あった。

 スパゲッティやペンネの他、フィットチーネにパッパルデッレ……面の太さや長さによっていろいろある。

 この街はかなり揃っているみたいだ。


「今日はライ君のお陰で実入りがいいからね! 遠慮無く買ってちょうだい!」

「ありがとうございます、それでは遠慮無く……と言いたいところなのですけど」

「ん?」


 首を傾げるオフェーリアさんに、素直に聞いてみた。


「この辺でこれはおいしい、という食材はありますか?」


 僕の質問が思い当たったのだろう、オフェーリアさんは「あー」と言いながらアウローラさんを見た。


「肉類買ったって言ってたけど、どれぐらい?」

「シレアンスペックを……」

「いきなりあれを孤児院に持ち込むってすごいわね……じゃあそれと、後は……」


 オフェーリアさんがどんどん食材を見繕っていく。

 ものすごい数の肉と、チーズと、野菜も。


「あのバカ高いマナポーションも買わなかったし、これぐらいはライ君の活躍の差分で十分浮くわよ」

「あー、あれは髙かったですね! お役に立ててよかったです」

「そりゃもうダニオも今回一番だって認めてるんじゃないかしら。あとライ君も、もっと気楽な言葉遣いでいいわよ」

「あっ、あのっ、だったら私も」


 オフェーリアさんは気さくに話しかけてきながらも、アウローラさんに目配せをした。

 この時気がついたのだけど、アウローラさんからの呼び方を聞いてか、いつの間にか愛称で呼ばれていることに気がついたのだった。

 距離詰めるの上手い人だなー、話しやすくていい人だ。アウローラさんにも配慮しているあたり、本当に仲がいいんだなって思う。


「かなり大きくお世話になってる以上あまり距離を詰めるのもと思ったんですが……ん〜〜、わかった。じゃ、これでどうかな?」

「は、はいっ! よろしくライさん!」

「よろしくね〜」


 うん、オフェーリアさんのお陰でアウローラさんとも距離が縮まった。感謝感謝だ。

 リンデさんもそのうち距離を詰めたい。詰めたいけど……きっと意識しすぎてお互い顔に血がのぼっちゃうだろうなあ。


 でも……。

 再会できたら、一歩踏み出してみよう。

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