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働く場所を探してみます

 需要と供給というバランスの話がある。

 需要があるのはいいことだけど、供給が過多になりすぎると、市場を崩してしまうという話だ。

 需要が多ければ値段はつり上がり、供給が多すぎると価格は下がる。


 そしてこれは、物だけの取引とは限らない話だ。

 僕は今、そういう局面の供給側になっていた。


「————なるほど、確かにそうですね……」

「すまねえ。本心言うと、何が何でもお前さんを雇いたい。しかしやっぱあんたはここで働くにゃあ凄すぎだし、頼ってしまうといなくなった後でいろいろ崩壊しかねないんだわ。ずっとここにいるわけじゃないだろ?」

「そうですね、家族も心配しているでしょうし」


 僕はロランドさんの話に納得して、この場を引き下がった。


 それはシレア帝国の孤児院奥のベッドで数ヶ月ぶりに目を覚ました翌日のこと。

 働き口というものが必要だと思った時、真っ先にロランドさんの治療院で働くという手はどうだろうかと思ったのだ。

 確かに僕の魔法は役に立つだろうし、十分需要はあると自惚れでなく思える。僕一人で賄えるぐらいだ。

 しかし、そうなると僕以外の回復術士はどうなるのか。全ての給料が僕一人に集中することになってしまう。

 もしも分配することを申請したとしても、僕はここに留まるつもりはない。気軽に使えて需要が増えてしまった場合、僕が抜けた後に同じように回るかといったら難しい。


 結果、この治療院で働くことはやめようという話になった。皆にも皆の生活があるだろうから、少しでもお世話になった人にそういう迷惑をかけたくはない。


「ほんとにすまねえ……」

「気にしないでください、こうやって相談していただけて嬉しいですよ。帝国軍部に情報提供されて、シレアから出られないようにした後に分配式での治療院勤務とか、そんなふうにされたりしなくて」

「人畜無害なかわいい顔して恐ろしいこと考えつくなお前……」


 まあ、当然冗談だと向こうも分かっているのか、半分笑いながらだった。


「アウローラは引き続きこっちに通ってもらうけど、いいよな?」

「はい、もちろんです。むしろライさんの行動を制限したりする羽目にならなくて、安心しました」


 アウローラさん、本当にありがとうございます。

 何から何まで世話になっているみたいで、ちょっと申し訳なくなってくるね。


「それではライさん、また」

「はい、晩前には戻って準備をしておきます」

「ふふっ、今日もおいしい料理、楽しみにしています」


 僕は、昨日決めた孤児院での料理の約束の話を確認し合って、アウローラさんと別れた……んだけど。


「……おい、アウローラ。あの男住まわせているのか? ていうか料理ってまさか、ライ君に任せてるのか?」

「あ、しまっ……! え、ええと……はい……。……だって私より料理上手いし、子供達も喜んでたし……」

「そーかぁ……子供が喜んでるんじゃ、譲るしかねえよなあ……」

「ですよねー……」


 なんて会話が聞こえてきてしまった。

 しまった、住んでること思いっきりばれちゃったな……まあ今更か。

 でもアウローラさん、絶対多数の人に好意を向けられているだろうし、っていうか実際昨日ちょっと探るような目で何人かに見られてたし、恨まれないか心配だ。

 僕自身がそういうつもりで接近してるわけじゃないから、あんまりそういうところで変に思われたくはないなあ。


 -


 何かないだろうかと、今度は冒険者ギルドへとやってきた。

 受付の前に立つと、僕の正面の精悍で逞しい茶髪の男性は、少し意外そうな顔をした。


「いらっしゃいませ。初めての方、ですよね? 当ギルドに何かご用でしょうか」

「あれ、初めてって分かりますか」


 僕の疑問を受けて、男性は頷く。


「なにぶん比較的小さな街ですし、ここにはいろんな人が集まります。だから外からの客を含めて、大体の人は把握しているのですよ」

「なるほど……それでもよく初めてと分かりましたね」


 審美眼の優れた人なのかもしれない。


「あなたの雰囲気が、どこか特異といいますか、あまりお見かけしないような雰囲気だったもので。遠くから来た、身分の高い方かなと」


 前言撤回、僕が身分の高い人とか審美眼全然ないと思う。


「思いっきり平民ですよ。ちょっと遠くから来ただけで、ここより小さい村住まいです」

「なんと……それは失礼しました。これでも人を見る目には自信があったのですが……。ああ申し訳ありません、用事を聞いていなかったですね」


 男性は、羊皮紙を出した。


「ご依頼したい内容をどうぞ」

「あっ、そうじゃないです」

「……はい?」

「僕が依頼を受ける側です」


 そう言うと、男性はすっかり驚いた様子で椅子に座った。


「……う〜ん、今日は全く当たりませんね、最近はこういうことで、外すことなんてなかったのですが……」

「そんなに僕は、戦ってるように見えませんか?」

「正直、全く荒事が向いているようには思いません。立ち振る舞いも言葉遣いも、爵位持ちの方に近いように思います。ましてや冒険者なんて腕っ節自慢で成り上がってきて丁寧な言葉遣いをできないから、我々が仲介しているようなものですから」


 そういうものかなー。ビスマルク王国とはまたちょっと違うのかもしれない。

 しかしそうなると、迂闊に対応していると国が違うことが第三者にばれかねないということか。


「僕はどちらかというと、後衛専門で魔法を使うから、荒事に向いているタイプとは違うのかもしれませんね」

「なんと魔法職か……能力は?」

「回復魔法を使えます。治療院のロランドさんともお話しましたが、職員過多になるのでこちらを紹介されまして」

「……ふむ、それなら……そうですね、でしたらあちらはどうでしょう」


 僕が壁を見ると……そこには一つ、大きな依頼書が貼ってあった。


『海の魔物の討伐に参加 ※回復術士急募』


 その内容は、数日後に船で海の魔物を倒す討伐隊への参加を呼びかけたものだ。人数はいくらいてもいいようで、海産物のために頑張ってほしいとの内容だった。

 海産物料理か……シレア帝国での料理のバリエーションが増えるというのなら、受ける価値はあるな。

 数日空けることになるけど、今の孤児院には元々僕が住んでいたわけじゃないから多少いなくなっても大丈夫だろうし、なんといっても海産物の話は気になる。

 船にも乗ってみたいと思っていた。


「わかりました、それではあちらに参加をします」

「受けてくれますか! でしたらこちらに、自分の可能である能力をお書きください」


 そこに名前と、弓矢と回復魔法のことを記入する。

 ……魔矢と強化魔法は、秘密にしておく。恐らくこのシレア帝国でそこまで目立つと、否応なく軍部の声がかかってしまう可能性がある。


「弓矢と回復魔法……優秀ですね」

「ありがとうございます」


 僕は受付の男性と少し話をして、また後日とその場を離れた。


 アウローラさんや子供達にもにも事情を説明して、了承してもらった。

 そして後日、念願の船に乗った。


 ————このときは、まさかあんなことになるなんて思いもしなかった。

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