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どちらでもかまわないと思いました

 少女が歩き出した方向に向かっていく。

 周りには建物があるけど、数多くの建物は誰も住んでいないのか、真っ暗で生活感の何も感じられない状態だった。

 建物だけが、赤い世界に並んでいる。まるで滅んでしまった街だけど……この少女と共に外に出た瞬間に、少女はデーモンを殺しに飛び出した。それは間違いなく、あの牢に限らずこの街が使われているということ。


 ……そして、その街を刺突剣片手に迷いなく進む少女。

 小さくも頼もしい背中を見ながら、少し考える余裕が出てきた。


 リンデさん達は、もう突撃しているのか、まだ地上で作戦を練っているのか。

 マーレさん達が僕を見捨てたという可能性はさすがに考えられないし、まず間違いなく姉貴が納得するわけないので、確実に助けに来る計画であるはずだ。

 もしかしたら、デーモンが少ないのはそちらに部隊が駆り出されているから?

 それとも、元々ビスマルク王国方面にデーモンの兵士を固めていた?

 そちらの方が自然な考えだろうか、なんといっても今は魔人族がいることも悪鬼王国も知っているだろうし。


 ……じゃあ、やはりリンデさんや姉貴は、今もデーモンと戦っているのだろう。

 あの場でじっとしている方が良かったか……いや、そもそも殺されずに人質となっている段階で、間違いなく足手まといになるタイミングで引っ張り出されるだろう。

 それは、嫌だ。さすがにそこまでして皆の負担になりたくないし、人質として利用された後に、無事に生きている保証はどこにもない。

 何故なら、僕のことを優先対象というふうに、まるで倒さなければならない敵そのものであるかのように言ったのだ。


 いや、事実としてそうなのだろう。

 さすがにもう自分のことを、ただの勇者となった姉貴の弟として生まれただけの無能力者だとは思わない。

 教会から出て来た原典の読み解きは、勇者の姉貴にはマーレさんのような魔族同様に全く見えなかった。

 マックスさんにも教皇にも見えていなかったということは、そっちの方が普通なのだろう。

 だけど、僕はその原典がどこかおかしいとすぐに分かった。

 写された教典は、全てあの歪んだ観点のものを写したもの。だから女神様はロングヘアだし、羽も生えている。……しかし描かれていた原典は、全く違うものだった。

 そういえば、デーモンは真っ先にこの原典を燃やそうとしてきた。

 一体その理由は————。


 ————少女の白い背中がしばらくぶりに顔となる。少女はこちらを向くと、再び片手を出すことで僕をその場に留めた。

 意識が引き戻される。そうだ、今もこんなゆったり考えごとをしながら歩いているけど、敵の陣地の真ん中なのだ。

 僕は少女に対して頷いた。少女は僕に頷き返すと、向こうを向いた————と思った瞬間に、消えていた。

 ……リンデさんみたいな消え方だよな、これ。本当に僕の強化魔法、必要だったかな? って、指輪も与えたんだった。

 想定では強化魔法だけだったはずで、二重に能力上昇しているってことか。

 じゃあ、本来はもう少し控えめな能力かもしれないな。


 指輪。


「……うん。よかった、取られてない」


 最初に自分の置かれた状況で頭が真っ白になっていましたが、どうやら指輪は取られずに済んだようだ。

 不純物入りの、何の効果があるかさえ全く知らない魔石だけど……今はこの安物の思い出が、今の不安な状況の心をどうにかして繋ぎ止めている。

 リンデさんとの思い出。

 本当に、些細なやり取りで指輪を薬指に嵌めた。

 そして僕は、リンデさんが知らないであろうことをいいことに、自分もリンデさんと同じ指に嵌めたのだ。

 ……まさかそれが、村人全員に既婚指輪だと思われていたとは分からなかったけど。


 それで魔人族のみんなとも一日で仲良くなってしまって。

 みんなに料理を振る舞って、みんなから褒めてもらえて。

 まだせいぜい昨日の話ぐらいだと思うのだけれど、それでもこんな場所に閉じ込められると、どこか懐かしささえ感じてしまう。

 今ではこの指輪は、どんな高級品より大切なものだ。きっとリンデさんもそう思ってくれている。

 思い出に値段は付かない。だから他の価値が分からない人ならまだしも、デーモンに奪われたり破壊されたりしなくて、本当によかった。

 ……そういや、効果の実験に姉貴も同じのを嵌めているんだっけ。さすがに薬指ではないけど、姉弟ペアルックみたいでちょっとむずかゆいな。


 と考えごとをしていると、少女が帰ってきた。

 考えごとをしながらも正面を向いていた僕は、少女と目が合ったことで再び意識を戻してきた。


「……」


 少女が僕の目を見て頷く。僕もそれに返事をする形で頷くと、少女は前を向いて進み出した。

 かなり歩いたように思うけど、どこに向かっているのだろう。

 しかし少女の行く方角には迷いがない。連れ去られる時に手枷はあっただろうに、この街並みを覚えて来たのか、優秀だな。


 ……ん?

 そもそも一度連れ去られたなら、少なくとも入り口から牢屋までの一方のみ。

 出口を二つも知るなんてことは、できないはずだ。


 猛烈に、嫌な予感がしてきた。

 この少女は一体どういう存在なんだ……僕は、何かとんでもない勘違いをしているんじゃないのか……?

 しかし少女は、確かにデーモンを殺している。どう考えてもこの子がデーモンを殺して悪鬼王国の一員として暮らしていけるとは思わない。

 それになんといっても、この子は厳重に牢の奥底にいた。

 あの封印は、この少女を恐れてのものだろう。僕は本当に、この少女を解き放ってもよかったのか————。


 僕がそんなことを考えていると、ふと少女は手の平を上げた。

 一体何かと思って見ていると……手の甲を前にして、手首を揺らしている。

 その動作は、リンデさんを彷彿とさせる。


 ……ああ、そっか。

 やっぱりそうなんですかね、リンデさん。


『宝飾品が好きじゃない女の子なんていませんっ!』


 物凄く強い謎の魔族の少女。だけど、内面は普通の女の子なのだろう。

 長年自分を縛り付けていた手枷を外して喜んで、おいしいものを食べて目を輝かせて。

 そして、指輪を初めて嵌めて僕にとびついちゃうような、普通の女の子。


 この子の素性は全く分からない。もしかしたら味方ではないのかもしれない。

 それでも僕は、自分の見たものを信じよう。

 少女は僕に協力的だし。僕の料理や宝飾品を喜んでくれる。この姿を演技だとは思わないし、こうやって喜んでくれる子に対して疑うようなことをしたくはない。

 もし良くない結末になったとしても、今の判断を後悔することはないだろう。


 少女が手首を回して指輪を至近距離で見ると、何度か手の平だけを握って、そして僕の方を見た。

 その手が、僕に突き出される。指輪を嵌めた片手。

 また、僕のために戦いに出るのだろう。


「わかりました、お願いします」

「……」


 僕は少女の背中を、再び消えるまで見守った。

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