ユーリと氷の女王 14
リオン様に頼まれましたか?
そう聞いた私に、
「違う、ユーリ様!私が頼んだのだ‼︎リオン殿下も
シェラザード殿も私の意を汲み、配慮してくれた‼︎」
たまらずヒルダ様が声を上げた。
「自らカイを手にかけるには力不足な場合に備えて、
シェラザード殿の力添えを頼んだのは私だ‼︎
決して殿下が手を下すよう命じたのではない‼︎」
うん、分かってる。
多分リオン様がシェラさんに頼んだのは、ヒルダ様の
意志を尊重して手伝うようにって事だろう。
いくら何でもリオン様がカイゼル様を
殺すように命じるはずはない。
そうなる前に、リオン様ならきっと
いくらでも手を尽くしてくれる。
自分とレジナスさんが王都を離れるのは無理でも、
騎士団や魔導士さんを派遣してくれるだろう。
場合に寄ってはシグウェルさんや
ユリウスさんをここに寄越してくれたかも。
でもそれをしないということは、
ヒルダ様がそれを望まなかったから。
かわりにヒルダ様はカイゼル様を
失う方を選んだんだ。
それも一つの選択だ。
でも私がイヤなのは、それを私に
教えてくれなかったことだ。
シェラさんは多分、事態が動くギリギリまで口止めを
頼まれていただろうから責めることは出来ない。
でも、リオン様。リオン様は
どうして私にも話してくれなかったの?
ヒルダ様の決断を、万が一の時の
カイゼル様のことを。
『辛い事だけどシェラに頼んであるんだよ、
それも一つの選択なんだ。』
私にもそう言って欲しかった。
言ったら私が悲しむと思った?
それともそんな事はさせないって
子供じみた我が儘を言うと思った?
・・・何とかしてそんな事は避けようと、
私が無理をするのが怖かった?
もしかすると優しいリオン様なら
その全部を恐れたのかもしれない。
だけど私はそこまで聞き分けのない子供じゃない。
悲しいのはリオン様やヒルダ様、
シェラさん達が苦渋の選択をした
その覚悟を一緒に背負えなかったことだ。
私一人だけ、身綺麗な優しい世界に
勝手に置いていかないで欲しい。
みんなと同じように、ちゃんと全部分かった上で
一緒に悩んで頑張らせて欲しいんだよ。
「・・・私一人にだけ何も教えないとかズルいです。
私に内緒で何かするなら私にも考えがありますから!」
悲しくて悔しい気持ちのまま、2人に向かって
そう叫べばそこで初めてシェラさんが私を
チラリと見た。
「ユーリ様はそこから動かないで下さい」
「イヤです。二人は二人で好きなように
して下さい。私も一人で勝手にやります‼︎」
宣言してブーツをぽいと脱ぎ捨てた。
途端に足元からしんしんとした冷えが
伝わってくる。寒い。でも我慢だ。
厚くて暖かい長靴下も、思い切って脱ぐ。
ついでに毛皮のケープの中をちょっと
覗いて確かめる。
今日のドレスはワンピース型で
幸いにも前ボタンだ。
良かった。
ケープの中をごそごそして、ドレスの前ボタンも
3つくらい開けておく。これくらいでいいかな?
あとそうだ、これも。
ウエストを締めていたドレスのリボンも
取ってブーツと靴下の横にぺいっと投げ捨てた。
途端にマタニティウェアみたいに
ドレスが楽になった。よし。
いくら上にケープを羽織っていても、
外した前ボタンと緩くなったドレスの
隙間からは冷気が忍び込んで来て
途端に鳥肌が立つ。
バサバサッ、シュルリ、と突然身に付けているものを
脱ぎ捨て始めた私に、ヒルダ様は呆気に取られている。
「ユ、ユーリ様、一体何を・・・?」
シェラさんも気になるのかカイゼル様へ
意識は向けたまま私にも注意を払っている。
魔物達が少しずつ回復して動く気配を見せたので、
ヒルダ様がもう一度凍らせた。
カイゼル様はシェラさんの殺気に注意を引かれて
動けずにシェラさんをみている。
早くしないと。
まずは倒れた人達の回復だ。
裸足に緩くなったドレス、かじかむ指先で
寒さをこらえてもう一度地面に力を流した。
今度は癒しの力を。
ケガをした人達はみんな地面に倒れているから
地面を通じて力を受け取り、これで回復できるはず。
後はこのまま、この騒ぎが収まるまでゆっくり
寝ていて欲しい。
ぽうっ、と倒れている人達が光ったのを確認して、
私はすぐ側に倒れていた騎士さんの1人の懐を探った。
見つけた、これだ。
「リオン様は多分、私が無理をしてカイゼル様を
助けるんじゃないかって心配してたんですよね?
だから私には内緒にしたって言うなら、
それは大きな間違いですよ。
カイゼル様を助けるのに、私は自分に与えられた力は
全力で使うって決めてるんですから。それは無理でも
なんでもないです、リオン様は間違えてるんですよ!」
そう言って、騎士さんの懐から取り出した気付け薬
・・・もといお酒をぐいと煽った。
消毒にも使われるほどだから度数は相当高いだろう。
ウォッカのように90度以上はあるかもしれない。
ノイエ領ではたった三口のワインで酔っ払って
元に戻った。だから今回はひと口だけ。
ただ、勢いがつき過ぎて思ったより
そのひと口が多くなった気がする。
ひたすら熱さだけを感じる何かが
喉の中を通り過ぎたのが分かる。
味なんて何にもしない。
飲み込む前からなんだかもう
頭がフワフワしているし。
でもお腹って言うか、胸のうちはさっきからずっと
チリチリモヤモヤしている。
これはあれだ。ヒルダ様の決断を内緒にされたことに
対する悲しみって言うか怒りだ。
リオン様、私怒ってるんですからね。
全部終わったら絶対そう言おう。
そう思った時、自分の体が自分でも目を開けて
いられないくらい強く光った。
瞑ったまぶたの裏で、眩しさを
感じなくなりそっと目を開ける。
飲んだ後、立っていられなくて膝をついて両腕で
体を支えていたけれど、目の前に見える自分の両腕が
すらりと伸びているのが目に入った。
そこにはシグウェルさんのくれた
魔除けの鈴がころんと転がっている。
そうか、大きくなるとヨナスのチョーカーは
消えるんだっけ。この鈴はチョーカーに留めてたから
落ちちゃったんだな。ワンピースのポケットにそれは
大事にしまった。
顔も体も暑いし、やっぱりあれは
相当度数が高いお酒だったんだろう。
うう、胸元も苦しい。
おかしいな、前回のことを踏まえてさっき前ボタンを
開けておいたから苦しくないはずなのに。
足も大きくなると思ったからブーツも脱いだし。
そう思ってもう一度自分の胸元を覗き込んだ。
あっ、下着かぁ‼︎
ワンピースの開いたボタンの隙間から、子供用の
タンクトップみたいな下着にきつきつに詰め込まれて
いるご立派な胸が見えた。まるで寄せて上げるブラを
してるみたいに盛り上がっている。
そう言えば下に履いてるパンツもキツい。
けど脱ぐわけにもいかないから我慢だ。
・・・こんな事を考えられるくらい度数の高いお酒を
口にしたわりには今回の私は余裕がある。
前回より少し成長しているからだろうか。
それにしても暑い。胸が苦しい。
突然変化した私に呆気に取られている2人を前に、
「うう・・・っ、ぅあっつい‼︎」
思わずそう言い捨てて、ケープの上から
胸元に風を入れようとぐいと広げた。
つもりだった。
何が起きたかというと、ビリビリッと
ケープごと下着まで胸が半分見えるくらい
左右に引き裂いてしまった。
ウソでしょう?私、そんな怪力じゃなかったはず。
でもかろうじて胸の先は見えていないから、
ギリセーフだ。・・・いや、違う。
自分から服を引き裂いて胸を見せてる辺り
全然セーフじゃない。痴女だよ。
やっぱりお酒で思考がちょっとフワフワしている。
でもとにかく、ノイエ領の時みたいに
意識を失う前にカタを付けないと。
トゲトカゲの毒毛をはじいた魔除けの鈴を見て
思い出したのは、ノイエ領に行く事になる前に
私が本当はもっと大きい姿だと知った
シグウェルさん達と話していたこと。
『気になるのは、元の姿に戻ればその時に使える
癒しの力は今よりも強いのかどうかだ。』
シグウェルさんはそう言っていた。
その言葉を思い出した時、もし元の姿に戻れて
使える力が大きくなるというのなら
カイゼル様を助けるためにできる事は全部やろう。
そう思ってお酒を口にしてみたのだ。
後からリオン様に怒られる位なんだ。
私だって怒ってるんだから。
身の内に感じるのは、いつもの
穏やかなイリューディアさんの力じゃない。
もっと鋭く熱い、攻撃的な気持ちの何かだ。
少しでもふらつくと制御できなくなりそうだ。
その時ふいにグノーデルさんの言葉を思い出した。
『ー俺も加護を与えたぞ‼︎』
この、いつもと違う攻撃的な気持ちの何かといい、
怪力じゃなかったはずなのにケープごと服を
引き裂いてしまったのはもしかして。
「グノーデルさんの加護の力・・・」
あれ?もしかして使えるのだろうか。
ゲーキ・ダマーを?
いやいや‼︎
アレは駄目だ、なんか恥ずかしい。
もっと違う何かはないだろうか。
フワフワする頭で必死に考えた。
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