一日一夜物語 1
レジナスさんに、もう1つ飾り紐を
作りたいのに材料が足りない。
私は悩んでいた。
黒い紐が足りないのだ。
どうしよう。また王都に買いに
行きたいって言ってもいいのかな?
つい先日、レジナスさんから
飾り紐のお礼だと言って
ものすごく素敵な髪飾りを
もらってしまった。
まさかこんなにいいものを
用意してくれたとは。
私としてはお菓子の詰め合わせとかで
全然構わなかったのに思った以上に
気合いの入ったものを貰ってしまった。
めちゃくちゃ精巧な作りのそれは、
相当高かったんじゃないだろうか。
どう見ても既製品じゃなさそうだった。
まさかわざわざ作らせたとか?
私なんかの手作り品と交換なのが
申し訳なくなる。
それでも、シンプルだけどすごく素敵な
それは私の好みど真ん中で、
何よりもレジナスさんが私のことを
考えて似合うような物を選んでくれたと
いうその気持ちが嬉しかった。
とても嬉しかったので
一生懸命それを伝えたら、
レジナスさんは赤くなりながらも
できれば大事にしまい込むのではなく
普段使いで気兼ねなく使って欲しいと
言ってくれた。
ありがたく使わせてもらおうと思う。
嬉しかったので、私も早く
レジナスさんにお返しの飾り紐を
作ってあげたいんだよね・・・。
マリーさんに頼んでもいいけど、
どうせならついでにルルーさん達の
分を作るための材料も買って来たい。
そうなるとやっぱり自分で直接
色を選びたいなぁ・・・。
「王都へのお買い物ですか?
ならば私がリオン様に許可を
いただいて参りましょうか」
相談したら、ルルーさんが
快く引き受けてくれた。
「ユーリ様もこの中にいてばかりでは
息も詰まるでしょうし、先日は
大変楽しかったようですからね。」
どうやら相当楽しそうに街歩きの
感想を私は話していたらしい。
ちょっと恥ずかしくなったけど、
さすがルルーさん。
リオン様からきっちり街歩きの
許可をもらって来た。
前回と同じ飾り紐の材料を売っている
お店と本屋さん、それからこの時期は
市民街の街の広場に屋台が
よく出ているというのでそこも
少し見てくる予定だ。
お昼ご飯を食べた後に、
服を着替えて準備をする。
いつものドレスじゃいかにも貴族、
って感じで目立ってしまうので
一般市民街にいそうな女の子っぽい
服をシンシアさんが用意してくれた。
白いブラウスに深緑色のスカート。
茶色い編み上げブーツに、
髪の毛は三つ編みのおさげだ。
肩からは先日と同じ茶色いポシェットを
斜め掛けにする。
「それから、チョーカーがいささか
目立ちますのでこちらも。」
フード付きの赤いポンチョみたいな
上着も渡された。
着てみると首元も隠れるので
チョーカーも目立たない。
いかがですか?と鏡を見せられたが
「ん?」
ポンチョのフード部分に余計なものを
見つけてしまう。
「シンシアさん、どうしてフードに
猫耳が・・・?」
フードの頭部分には、同系色の赤い
猫耳がついていた。
フードをすっぽりとかぶると
その猫耳が綺麗に立ち上がる。
「あら、思ったとおり可愛らしい‼︎」
「まあまあ、お似合いですこと!」
「素敵ですわユーリ様‼︎」
侍女さん達が盛り上がっている。
まただ。なぜかまたノイエ領のノリが
戻って来ている。
なにこれ、猫耳の呪いでも私には
ついて回っているのだろうか。
「どうしてもユーリ様らしさを
どこかに出して見たくなりまして」
一切悪びれることなく笑顔の
シンシアさんにそう言い切られて
しまった。
「ええ?これ、悪目立ちしませんか⁉︎」
「とても可愛いですよ。
それに、今王都では猫耳のついたものが
流行っておりますのでユーリ様も
そんなに目立たないかと。」
「えっ」
初耳だ。猫耳が流行っている⁉︎
なぜ。いつから。まさか私のせい?
そんな疑問でいっぱいになっている
私を見てシンシアさんが答えてくれた。
「ご存じなかったんですか?
ノイエ領の夕食会でユーリ様の
お姿を拝見した、招待客の貴族達が
こちらに帰って来てから皆、こぞって
自分達の娘にも同じような髪型を
させて、それが王都の中でも
流行り始めているんですよ?」
マリーさんもニコニコしながら
不思議そうに私に問い掛けてきた。
「先日の街歩きの時も、何人か
若い子が猫耳っぽい髪型で歩いて
いましたけどユーリ様、
お気付きになってませんでした?」
あの時はシグウェルさんに
繋いでもらった手が恋人繋ぎに
なっていたせいで、
恥ずかしくて俯き加減で歩いて
いたから全然周りを見てなかった。
文房具屋さんの後も、マリーさんに
手を繋いで貰ってからは
2人でおしゃべりに夢中になって、
結局周りの様子は見ていない。
まさかあの猫耳がそんなことに
なっていたなんて・・・。
「流行りってことはすぐに
飽きられることもありますよね、
私はそれに賭けます・・・‼︎」
どうか王都内での一時的なブームで
終わりますように。そう願った。
「お買い物をしたものを
入れる籠はご自分で持ちますか?」
シンシアさんはそう言うと
小さな蔓編みの茶色い籠バッグ
みたいなものも出してくれた。
かわいい。持ちます!と言って
持ってみて、鏡を見てみたら
ものすごい既視感がある。
これ、あれだ。赤ずきんちゃんだ。
赤いフードに籠を持って
おばあちゃんちにお見舞いに行く子だ。
とりあえず、この猫耳フードは
恥ずかしいのでいざという時以外は
かぶらないでおこう。
そう思いながらそっとフードは脱いだ。
その後、マリーさんに手を引かれ
玄関前の馬車乗り場に着いたら
護衛してくれる騎士さん達が
すでに待ってくれていた。
今日は休日で街も人が多いだろうからと
護衛も奥の院だけでは足りずに
騎士団から人手を借りている。
全部で8人もいた。多くない?
首を傾げたけど、ルルーさんには
これでも心配ですと言われた。
街中で目立たないで護衛をするには
手を繋いでくれるマリーさん以外の
騎士さん達は、この間みたいに
人混みにまぎれて付かず離れずで
私を見守る形になるらしい。
「リオン様が仰っておりましたが、
今他国にはとても危険な窃盗団が
出ているそうですよ。ですから、
ユーリ様もマリーの手を離さずに
お気を付け下さいね。」
そう言ったルルーさんが騎士さん達にも
頭を下げて私のことを頼んでいた。
慌てて私も、
今日はよろしくお願いします!
と頭を下げた。せっかくの休日に
申し訳ない。
そしたら、頭を下げた拍子に
ポンチョのフード部分がすぽんと
私の頭にかぶってしまい、
頭を上げたと同時に猫耳フード姿を
騎士さん達に晒してしまった。
「あっ‼︎」
めちゃくちゃ恥ずかしい。
反射的にフードの猫耳部分に
両手を当てて隠そうとしたけど、
隠れるわけがない。
しょせん子供の浅知恵だ。
隠すんじゃなくて脱げばいいんだ!と
思い返して慌ててフードを脱いだけど
しっかりと騎士さん達に見られていた。
『これが例の猫耳・・・』
『やべぇ・・・』
『護衛を勝ち取った甲斐があった』
ひそひそ話す断片的な内容が
聞こえてきた。その中で一瞬
『やっぱり絵師も・・・』
とか言う言葉があったような?
いや、気のせいだと思いたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それじゃ、今のところ
その窃盗団がルーシャ国に
入ってきた形跡はないんだね?」
レジナスの報告にふむ、と考える。
「問題はそれがどの程度の人数で、
どんな風に獲物を決めているかなどの
やり口が不明なのがね。
彼らの人相すら分からないんだろう?」
僕の言葉にレジナスが頷いた。
「最初の頃は顔を見られても相手を
殺す事もなかったそうですが
最近は凶悪化しており目撃者は殺し、
目撃者に逃げられた時は顔を見られた
仲間を殺して逃げているようです」
「徹底しているなあ・・・。
まあそこまですればまず目撃者は
残らないだろうし、窃盗団内部も
恐怖で統制を取れるんだろう。」
「まだ目撃者を生かしていた頃の
被害者の証言から、メンバーは
全員男ということは確実ですが
逆にそれ以外は分かりませんね。」
レジナスが窃盗団の目撃に関する
薄い報告書を机の上に置いた。
その隣にある被害状況をまとめた
書類とは厚みが全然違う。
「途中からやり口が大胆になった、
というよりはむしろ変わったと
考える方がいいかもしれない。
もしかすると窃盗団の中で仲違いでも
あって頭が変わったってことかもね。」
「多少知恵は回るようですので、
現場仕事は部下や仲間にやらせて
頭は離れたところから静観している
可能性もありそうです。
そうなると、窃盗団全員を
捕まえるのは難しくなります。」
ふと、嫌な予感がした。
「・・・まさかとは思うけど、
すでに国内に入り込んでるって
ことはないよね?いかにもな
怪しい風体じゃなく、少人数で
何度かに分かれて旅行者や
行商人を装って入られていたら
こちらもお手上げだ。」
「そう思い、ここ数ヶ月の国内での
窃盗や誘拐の被害状況を調べましたが
特に目立った変化はありませんでした。
街の屋台出店者や行商人の新規の
届け出や入れ替わりの申請も
ここ最近はありません。」
そうなると、今現在はこれ以上の
処置はお手上げだ。
この情報をあちこちに流して
少しでも変化があった時に
対応できるようにしておくしかない。
「念のため王都の商工会にも
連絡をして、行商人の動きには
気を付けるように通達を。
少しでも普段と違うようなことに
気付いたら、何でもいいから
王宮まで伝えるようにしてもらおう。」
さて、あと打てる手は・・・。
考えてふと思い当たる。
「そういえばそろそろキリウ小隊が
長期演習を終えて戻ってくるよね?」
「例年通りでしたらあと
1、2週間ほどでしょうか。
もっとも、演習先の騎士団や
傭兵団の練度にも寄りますが・・・。」
毎年この時期、キリウ小隊は東西南北
四つの辺境都市部を数ヶ月かけて周り、
各地方の騎士団や傭兵を指導しながら
王宮から命じられる自分達の任務にも
当たっている。
「せっかくの演習中に悪いけど、
それを切り上げさせて当分の間は
王都周辺の警備に当たらせようか。
できればユーリが辺境へ癒し任務で
出掛けることになる前や
兄上の戴冠行事の前までに窃盗団の
入国を防ぐか捕まえるかができれば
いいんだけどなあ。」
100年振りに召喚者が現れて、
新しい国王の戴冠も一年以内に
迎える今のルーシャ国は
めでたい雰囲気に満ちていて
すごく景気が良い。
そのように他国では
思われているようだし
(まあ実際そうなんだけど、)
窃盗団がそんな我が国に
目をつけないとも思えなかった。
「特に隊長には王都にいて欲しい。
彼の悪党を嗅ぎ分けるカンの鋭さは
今回のような相手にはぴったりだ。」
「すぐに連絡を取ります。
そういえば今日はユーリが街に
行っているんでしたよね。
俺も街の見廻りに出ましょうか」
「そうだね、頼もうかな。
もし合流できたらそのままユーリの
護衛に入ってもらってもいいし。」
レジナスは市民街にも精通しているし
万が一何かあっても対処できるだろう。
何もないのが一番だけど、
こういうのはそんな時に限って
物事が動くものだ。
備えておくに越したことはない。
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