シグウェルさんと一緒 6
「なるほどなるほど。
坊ちゃまとお二人で‼︎星の砂に
そんな加護をお付けになったとは
なんて素晴らしいのでしょう‼︎」
これはぜひともご本家の旦那様に
報告させていただきます。
思っていた以上にセディさんは
喜んでくれた。
「セディさんが共同作業の話を
してくれたのがヒントになりました、
ありがとうございます‼︎」
ケーキを頬張りながらお礼を言ったら、
とんでもない、と逆に感謝された。
「お二人がご一緒している姿を
拝見していますと、100年前の
勇者様と我らが祖、キリウも
このようであったのかと
感慨深いものがございます。
これからも坊ちゃまとお二人、
末永く仲睦まじくしていただけたら
これほど光栄なことはございません!」
そんな大げさな、と思っていたら
そう思っていたのは私だけでは
なかったらしい。
「気持ち悪いな、一体
何を考えている?セディ。」
シグウェルさんが自分の分の
ケーキのお皿を私の方に寄せながら
そう言った。あ、くれるのね?
では遠慮なく。
二皿目のケーキに齧り付いた私を
確認してからシグウェルさんは
その怜悧な目をすがめた。
「召喚者をユールヴァルト家の
思うように利用しようと
思っているならやめておけ。
リオン殿下とその忠犬がただでは
すまさないぞ。
今日もユーリを早々に帰さないと
王宮から迎えに飛んで来かねない。」
「そうっすよ、おっかない黒い犬が
セディさんのことを八つ裂きに
して首だけ殿下の下へ持ってくっす!」
ユリウスさんまで話に乗っている。
リオン様の忠犬で、黒い犬?
・・まさかと思うけど、レジナスさん?
「えーと、2人の言ってる犬っていうのはまさか」
「そんなのレジナスに決まってるっす」
ユリウスさんがあっさり認めた。
「リオン殿下には忠実ですけど、
あんなに怖い奴もいないっすからね!
ユーリ様もあいつにはくれぐれも
気を付けるっす‼︎」
「どっちかっていうと優しい大型犬な
感じですよ?レジナスさんは。」
抱っこされてくっついてると
暖かくて眠くなってくる感じは
大型犬に寄り添ってるとそんな風だし、
うろちょろしてる私を手助けしたい
だろうにじっと我慢して心配そうに
見守ってくれてるあたりとかもそうだ。
まさに気のいい大型犬じゃない?
いや、犬に例えるのは失礼かも
しれないけどさ。
「騙されてる!騙されてるっすよ
ユーリ様‼︎そうやって油断してると
いつかガブッと噛みつかれますよ⁉︎」
その言動こそレジナスさんに
聞かれたらガブッとやられないかな?
そんなやり取りを黙って聞いていた
セディさんが残念そうに眉を下げた。
「せめて一泊・・・いえ、
夕食くらいはご馳走したいと
思っておりましたのに残念です。
ぜひともまた坊ちゃまと一緒に
いらして下さいね。
わたくしを含め、この屋敷の者
一同ユーリ様を心より
お待ち申し上げております。」
そうして、シグウェルさんの
お屋敷にお別れをして
王宮に戻ろうかという時だった。
マリーさんが私に
「ユーリ様、街でどこか見てみたい
ところはありますか?」
思いがけずそう聞いてくれた。
「えっ?」
「王都に降りられるのをとても
楽しみにしてらしたでしょう?
実はリオン殿下からユーリ様に、
お小遣いを少しですが
預かってきているんですよ。」
「そうなんですか⁉︎」
びっくりだ。リオン様のことだから
用が済んだらすぐにでも帰ってきて
欲しいのかと思っていた。
「殿下のご希望はなるべく
寄り道をせずに帰るように、です。
せっかくのお出掛けですからね。
お店の一つや二つくらいなら
見て来ても良いということでしょう。」
ですからほら。
マリーさんが小さな茶色いポシェットを
どこからか取り出し私にかけてくれた。
ポシェットの中でちゃりん、と
硬貨らしい音がする。
どうやらその中に入っているのが
リオン様のくれたお小遣いらしい。
まさかの嬉しいサプライズだ。
うわあ、どうしよう。
どこに行こうかな?
本屋さんで王宮にはない図鑑や
流行りの小説を探してみたいし、
前に初めてユリウスさん達に
会った時に貰った、王都で流行りの
焼き菓子もおいしかったから
奥の院で待ってる侍女のみんなに
お土産にして買っていきたい。
それからええと、文房具屋さんに
行って便箋も見てみたい。
ノイエ領のアントン様やソフィア様と
手紙のやり取りをしているので、
素敵な便箋を色々買いたいのだ。
それと、紅茶を扱っているお店が
あったらそこも覗いてみたい。
あれこれと、取りとめもなく
思いつくままにそう話す私の言葉を
笑顔で頷きながら聞いてくれた
マリーさんが提案した。
「全て回るのは難しいので、
焼き菓子は私が買いに行きましょう!
その間にユーリ様はシグウェル様や
お付きの騎士達と一緒に文房具屋さんへ
行くのはどうでしょうか?」
別行動で合理的に、ってことね。
まあ今回は時間がないから
仕方ないよね。
聞けば、これから私を連れて行って
くれるという文房具屋さんも
かなり大きなお店で貴族御用達の
ところらしい。
そのため繊細な模様の入った
様々な便箋がたくさんあるので、
そこにいるだけでかなり時間を
使うだろうと言われた。
マリーさんと簡単な打ち合わせをした
ユリウスさんが頷く。
「じゃあ目立たないように俺らは団服を
脱いで、お付きの人達もちょっと
離れて護衛してもらう方がいいっすね。
マリーさんはお菓子を奥の院に
届けるよう注文したら俺達に
合流してもらって・・・。
団長も目立つ人だから幻影魔法で適当に
目や髪の色を変えて欲しいっす。」
ユーリ様の初めての街歩きですからね、
注目を集めたりせずにゆっくり
歩きたいでしょう?
そう言われて、仕方あるまいと
肩をすくめたシグウェルさんは
自分に魔法をかける。
すると私の目に見えるのは
茶色い目と髪をした若い男の人で、
全然知らない人の姿だった。
さっきのお屋敷で働いている
侍従さんの一人の姿を借りたらしい。
そうしてその後、馬車は王都の中に
入って賑やかな一角で停まると
私達を降ろしてくれた。
商業地区の一角らしく、
行き交う人も多く活気がある。
「ではユーリ様、また後で」
マリーさんはお辞儀をすると私と別れ
焼き菓子屋さんへと向かった。
「じゃあ俺らも行くとしますか」
ユリウスさんに促されて歩こうと
したけど、わりと人が多い。
このまま普通に歩いたら確実に
はぐれそうだ。
「あの、ユリウスさん」
「何すか」
「手を繋いでもらってもいいですか?」
「へ?」
気の抜けたような声がした。
驚かせたかな?
でも迷子になるわけにはいかない、
私には騎士団での前科がある。
「このままだと迷子になりそうなので
手を繋いでください」
はい、と差し出した私の手を見て
ユリウスさんは狼狽えている。
自分の手を握ったり開いたりして
なかなか手を繋いでくれない。
何故だ。そう思っていたら、
ぎゅっと自分の胸元を握りしめて
無念そうに言った。
「残念ながら辞退するっす・・・‼︎
何がリオン殿下の不興を買うか
分からないから、ユーリ様には
当分の間触れないって決めたんす‼︎」
あ、なるほど。
確かにあの時のリオン様は
怖かったもんね。
その気持ちは分からないでもない。
じゃああとは・・・。
「すみませんシグウェルさん、
私と手を繋いでもらえますか?」
手を差し出されたシグウェルさんが
茶色い瞳を丸くして驚いている。
「オレが?」
「だって騎士さん達は人混みにまぎれて
護衛してくれてるからどこにいるか
分からないし・・・。
シグウェルさんならリオン様も
怒らないんじゃないかなって。」
「君の腰に紐でも付けて離れないように
握って歩けばいいんじゃないのか」
「罪人の扱いじゃないですか?それ。」
いいからお願いします、と
手を差し出したままの私に
時間も惜しいし仕方がない、と
同意して
「では行くぞ、ここから少しだけ
歩くからな」
ぐいと手を引くと歩き出した。
だけど。
「えっ」
繋がれた手の感触に顔が赤くなる。
それはなぜか指を絡めた恋人繋ぎだ。
「ちょ、ちょっとシグウェルさん、
なんでこの手の繋ぎ方ですか⁉︎」
歩きながら見上げると、
シグウェルさんは不思議そうに言う。
「なんだ、手を繋げと言ってきたのは
君の方だろう。何かおかしいか?」
「お、おかしいか?って・・・」
いやまあ、確かにこの方が
はぐれにくいだろうけども⁉︎
でも迷子防止にする
手の繋ぎ方じゃないよね?
それを見ていたユリウスさんが
あっと声を上げた。
「ユーリ様、この団長っすよ?
今日の加護付けの時まで他の誰かと
手を繋いでこうして出掛けたことが
あると思います⁉︎
いいとこ貴族のお嬢さんを
エスコートしたことが
あるくらいじゃないっすか⁉︎」
こそこそと言われて初めて
その可能性に気付いた。
あれ?じゃあさっき私がうかつにも
恋人繋ぎしてしまったせいで
シグウェルさんの中では
私と手を繋ぐ=恋人繋ぎ、が
デフォルトで成立してしまった?
今更手を振りほどくこともできない。
迷子防止なのでさすがに
ユリウスさんもさっきみたいに
手刀で断ち切るわけにも行かずに、
何か言いたげな目をしながらも
黙ってついて来ている。
その視線が痛い。
分かってます。私が悪いんです。
とりあえずリオン様に見られてなくて
良かったと思おう。
ちらりと見上げたシグウェルさんは
やっぱり平然として歩いている。
ひんやりとしたその手に
指を絡め取られ、しっかりと
包み込むように握られた私の
小さな手だけが熱いような気がして、
なんだか落ち着かない気分のまま
文房具屋さんまでの道のりを
私は歩いたのだった。
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