嗚呼とうもろこし、嗚呼カイワレ大根
さて、と。
これにて不意に始まった強制遭遇イベント、地下水道のクマ鬼捕り物帳が終わったわけなのだけれど。
「ごぼぼっごぼぼぼぼっ!!」
はーい、ここから今日の成果物の確認でーす。
本日の成果はこちら、シオンに蹴り倒されてシンクロナイズドスイミングの練習みたいなことになってるクマ鬼クレインさん推定30歳。鎖が重しになってるせいでこのままだと確実に溺死するのでさっさと水揚げしちゃいましょう。
殺すために戦ったわけじゃないし、このもがくさまを見て楽しむシュミはないしね。
「わっ、と……コラ暴れるな! 今引き上げるからおとなしくしなさい!」
って聞こえるわけないか。
自問自答しながら暴れるクマ鬼のふっとい足を羽交い絞めにして引っ張る。
けど、ここにきて力にパラメーターを振ってないのが響いてきた。まるでもって動きやしない。
耐久性以外無振りな私はこっちの世界基準で言ってしまえばモヤシ未満……何だったらトウモロコシのひげと呼んで差し支えないレベルだろうし。
「……おれも手伝う!」
「おお、ナイス援軍!」
わが非力を嘆いているとシオンが駆け寄り、もう片方の足をつかんでくれた。まあシオンもシオンで私と同じ無振りだけど、これでトウモロコシのひげからカイワレ大根くらいにはなるでしょう!
……なんか絵本にあったなこういうの。すっごい大きなカブができたけど抜けないからみんなで力をあわせて抜くってやつ。
「せーので行くわよ……! せーのっ!」
うんとこしょーどっこいしょ。
それでもおっさんは上がりません。
うんとこしょーどっこいしょ。
まだまだおっさんは上がりません。
うんとこしょーどっこいしょ。
うんともすんとも上がりません……!
「おいおいおいおい死ぬぞこれ! なんか作戦はないのか!?」
……ヤバい。思ったよりもカイワレ大根の力がない!!
どどどどどーしよう!!
やりようがない、だってただただ純粋にステータスが足りないだけなんだもの!
「リーズ、さん……!」
すがる思いでかすれ気味な声のおぼろちゃんに目を向ける、立ち上がりはしてるけどぷるぷるしてて生まれたての小ジカみたいになってる!
「急いで何か作って……」
「り、リーズ!? なんかおっさんのHPが減り始めてるんだけど!」
げえ、窒息判定でクマ鬼のHPが減り始めた……! 今からちんたら作るもの決めて材料決めてなんてやってたら出来あがるころには溺死してる!
ままままだだ、まだダメっていうな考えろ! カイワレ大根でどうにかする方法、沈んでるクマ男を引き上げる方法、おぼろちゃんを立派なシカにする方法! どれでもいい! いやよくない……考えが定まらない!
「なんだってんだよ! 迷惑かけて、逃げて、すがって、ようやっと解決できそうって時さえ見殺しかよ、こんなの全然ヒーローじゃねえじゃんか! なんでこんなことに……おれは走りたかっただけなのに、あいつみたいなヒーローに近づけると思ったのに……これじゃあホントにただのネズミじゃねえかよ、ちくしょう!!」
怒ってるような泣いてるような、そんな悲鳴ががらんどうに響き渡る。
走ること、ただ当たり前のことを求めただけなのに待ってたのがみじめなことこの上ない顛末だなんて、認めたくないに決まってる。
私だってそうだ! こんなくだらないミス、くだらない横やりひとつで誰も救われない終わり方をするとか、それこそありえない!
「Hey! Boy&Girls!」
無駄かもしれない。
けどせめて、悪あがきに思いっきり引っ張ろうとしたその時。
酔っぱらってるように浮ついた、けどやたら流暢な英語が私の耳に届いた。
顔を向けてみればそこにはえっらい美人。
ショートボブの銀髪に、ほんのちょっと丸みが残ってるかわいらしい顔。
服装は和風っぽくてそうでない……いわゆるなんちゃって系。瓦を重ねたような黒い肩当てと小手があってかろうじて和装だとわかるレベルの、心の狭いマニアが見たら怒りそうなヤツだ。
襟の隙間からはため息が出ちゃいそうなくらい大きな胸が見え隠れしていて、完全にはだけてこぼれてしまわないようにその上と下をバンドのようなもので固定している。いいなあちくしょう。
袴もミニスカートかってくらい短くしてあって、いわゆる絶対領域を強調するものになっている。
たぶんプレイヤーだ。だって街のNPCは大概洋装をしてるし、闊歩している憲兵や騎士は大概、銀色のヘルムやサーコートを身につけてるもん。
……あれまてよ? NPCじゃないのこの顔と体系で?
確かこのゲーム、脳波コントロールの都合上大きく変えられると身体の動きに影響が出ちゃうから、顔立ちや体形はちょっと補正がかけられるくらいでリアルとほとんど同じなはずなのよね……?
「お取込み中みたいだけど、なにかお困りカナー?」
「……た、助けて! 今人がおぼれてて……! 引っ張りあげるのを手伝って!」
……って、今はファッションチェックなんてしてる場合じゃない!
とにかく人が来たんなら渡りに船だ! 何でもいいから救助してもらって、とっとと和解して解決だ!
「ほっほーう、それはそれはタイヘンですなあ……ところでお礼は」
「お金以外なら何でもするから!」
「何でもいいんだね?」
「いいから早くしてー!」
品定めするかのように顎に手を当てていたお姉さんの言葉を遮って返してやると、心の底から嬉しそうに二つ返事した。
そこから数十秒後、わたしはこのお姉さん、マリーとのやり取りを盛大に後悔することになる。
そして心に固く誓うのだ。
たとえどんな時でも、交渉に妥協なんてするもんかと。




