52話 残像ソード
「こうなれば仕方ない、勝負は私の負けだ。盾なしでは貴殿の攻撃を耐えられる気はとてもしない」
「あ、え……?」
勝ったの? 俺が?
とても勝ったとは思えない。
だって俺が与えたダメージなんて、頬についたかすり傷一つだけだ。
シファーさんはハイヒールも使えるし、一秒もあれば治せるくらいの傷だろう。
対して俺は今は全快しているものの、腹を剣でグサリされた。
これで俺の勝ちって、そんなことある……?
とはいえ、これ以上戦いを続けられないのも事実だ。
シファーさんが負けを認めている以上、ここから俺が追撃するのはしちゃいけないし。
……うーんでも、本当に勝った気が全くしないんだよなぁ。
仮にシファーさんの盾がまだ健在だったとしたら、俺の方がジリ貧になってた気しかしないんだもん。
シファーさんはそんなこと微塵も思っていないみたいだけど。
こうしてとても晴れ晴れしい顔で、俺に手を差し出してきてるし。
「ありがとうレウス。参ったよ、完敗だ。貴殿との戦いは勉強になったよ」
「あ、こ、こちらこそ。シファーさんと戦えて、とても光栄でした」
シファーさんから差し出された手を握り、握手する。
そのまま離……そうとしたけど、やっぱりどうしても言いたいことができてしまったので、もう一度手に力を込め直す。
「?」
シファーさんが不思議そうに俺を見てきた。
その蒼い瞳に俺は告げる。
「次に戦うときは、絶対にリベンジします」
「リベンジ……? 勝ったのはレウスだぞ?」
「俺はそうは思ってませんから」
勝った気なんてさらさらしない。
かすり傷とはいえ、一応当初の目標だった『シファーさんに一撃入れる』ってことはできた。
だからもう少し喜べるもんだと自分では思ってたんだけど……普通に悔しいや。
こんな悔しい気持ちでいっぱいなのに、これで勝ったなんて思えるわけないよ。
くっそー、もっと強くなりてえなぁー!
「……ふふっ。ならもし次に戦うことがあれば、どちらにとってもリベンジマッチということだな。楽しみだ」
「ええ、そうですね」
シファーさんが見せてくれた微笑みに、思わず俺も頬が緩む。
闘ってるときはすごく恐ろしかったけど、終わってみれば優しくて綺麗なただの美人だ。
……でもまさか、レベル10のスキルがあってなお威力不足に悩まされる日が来るとは思わなかったなぁ。
異常種に撃ちこんだ時より手ごたえがなかったんだけど、この人どうなってるんだろ。
本当に人間なのかな?
そういうわけで俺とシファーさんの戦いは、俺の中では勝者無しで決着がついた。
で、次は……本来ならミラッサさんがシファーさんと戦う予定だったんだけど、俺が盾壊しちゃったからなぁ。
「盾はなくなってしまったが……それでもいいなら、手合わせしよう」
あ、でも盾無しでも闘えるっぽい。
そういや俺、一瞬で胸元に入られたんだった。
あれだけ早く動ければ、盾なんてなくても戦えるのか。
「どうかな、ミラッサ」
「それはもう、全然大丈夫です!」
ミラッサさんがブンブンと頷く。
そういうわけで、ミラッサさんとシファーさんとの戦いが始まった。
俺とマニュは、離れたところでそれを見守る。
「マニュ、よく見とこうね」
「そうですね、勉強になりそうですし」
ミラッサさんは<剣術LV8>、シファーさんは<剣術LV9>……これだけ高レベルの戦いなんて滅多に見られないもんな。
ミラッサさんのランクはBだけど、それは適正レベルの狩場がない街にずっと住んでいたからで、スキルレベルでいったら本来Aランクが妥当だし。
というかSランクでもおかしくないんじゃないか?
そんな二人の手合わせを見れるなんて幸運だ。
後々の参考にさせてもらいたい。
剣を持って打ち合う二人を凝視する。
よーし、剣筋とかをよく観察して……観察して……。
「……」
……んんー?
「……は、早すぎて見えなくない……?」
なんか、キンキンって音だけ聞こえるんだけど。
剣が見えないんだけど。
残像みたいなのは見えるけど……ひょっとしてあれが剣?
だとしたら二人とも同時に四本くらい振ってない?
なに? 四刀流なの?
「……ねえマニュ。あの二人がどんな風に打ち合ってるか、見える?」
「か、<観察>スキルのおかげでなんとか……」
マニュは懸命に目を凝らして剣の動きを追っている。
すごいな、あれ見えるんだ。俺には全然無理そうだよ。
<観察>って洞察力が上がるだけなのかと思ってたけど、動体視力も上がるのか。
便利なスキルだなぁ。
俺はもう一度戦っている二人に目を向ける。
やっぱりミラッサさんの方が押され気味みたいだ。
剣筋は見えないけど、段々後ろに下がらされてるのは俺にもわかる。
どんどん苦しい体勢に持ち込まされて……あっ、剣が弾き飛ばされた。
「……参りました、降参です」
「うん、いい剣だった。ミラッサ、貴殿は筋がいいな」
「あ、ありがとうございま、した……っ」
ミラッサさんは息も絶え絶えなのに、シファーさんはまだ余裕がありそうだ。
スキルレベル以上に戦闘経験の差が大きかったみたい。
にしても、ミラッサさんでも勝てないのか……本当強いんだなぁ。




