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姉妹冒険者物語  作者: 並野
パフォーマンスナイトガール
96/181

01

-パフォーマンスナイトガール-

西大陸にある広大な穀倉地帯、ネリリエル地方。ニアエルフの少女、チェリと共に活動していた姉妹は、ひょんなことから開店したばかりの武具屋、パウル武具店と契約を行い店の武具を宣伝する役目を担うことに。

宣伝業務の一環として美しく着飾った姉妹が、一癖も二癖もある冒険者仲間や武具屋に関わる人たちと共に過ごしたり、武具屋を陥れようとする陰謀に迫ったりする話。

 森の中で赤が散った。

 赤の源は、灰色の角と鋼鉄(はがね)による火花だ。


 角の主はおおよそ鹿に似た外見をしているが、角が額に一本しかなく、その一本も枝分かれせず一直線に長く伸びている。立派な円錐型の一本角だ。


 刃の主は一人の少女である。

 明るい茶色の髪は後髪の生え際、うなじ辺りで一本に纏められ、背はやや低め。翠緑の瞳を持つ目は垂れ目で、今は鋭く細められているものの穏和な気性を隠せていない。

 顔立ちや背丈だけ見ればただの町娘にしか見えないが、その格好は容姿とは雲泥の差だ。

 茶と褐色に包まれた、露出の一切無い地味な旅衣装。唯一腰には厚く短い革スカートを履いているのが女性らしさを演出しているが、逆に言えばそれ以外は女性らしさがまるで無い。

 更にその手に握られているのは、鈍く輝く鋼鉄の手斧。

 女性が持つにはあまりにも似つかわしくない武器を軽々と振るい、少女は鹿の角を打ち払っていた。


 打ち合わされた角と刃が火花の赤を散らし、鹿の頭と少女の右腕が宙に跳ねた。

 鹿は跳ねた頭を即座に押さえ込み、一本角で少女の顔を打ちに行く。


 が、鹿の角が前方を薙いだ時。既に少女の頭はそこには無かった。

 遅れて崩れる鹿の姿勢。


 少女は手斧を払われるやいなや自ら姿勢を下げ、角の反撃を避けると同時に右足で鹿の前足を蹴っていたのだ。

 鹿の膝にぐおん、と女の細足で放たれたとは思えない速度と威力で靴の踵が叩き込まれ、骨ごと関節を抉り砕いた。


 姿勢を崩しながらも頭を持ち上げ一本角での反撃を試みる鹿。

 しかし次に鹿を襲ったのは正面の少女の追撃ではなく、真横から奇襲した別の少女の剣。

 剣の切っ先が鹿の首へ突き立てられ、再び森の中で赤が散った。



   :   :



「お疲れ様です、姉さん。……それ、どうですか?」


鹿を討ち取り一息ついた茶髪の元へ、もう一人が呼びかけた。


 くすんだ色の金髪を大きな一本の三つ編みおさげに纏めた、茶髪と比べると背の高めな少女だ。

 こちらも茶髪とほぼお揃いの茶と褐色のみの地味な旅格好をしている。目元はやや細く釣り目がちで、背の高さも相俟ってどうにも冷たい印象が拭えない。明るく優しそうな顔立ちの茶髪とは実に対照的だ。

 手には剣と、革張りの丸い小盾を携えている。


 背の低い垂れ目の茶髪はピエール。

 背の高い釣り目の金髪はアーサー。

 男性名だが女性であり、二人は姉妹、そして冒険者でもあった。


「欠けちゃった。もう駄目かなこれ」

「二本とも買い換える必要がありそうですね」

「アーサーの方も?」

「ええ」


アーサーは握っていた剣を姉に掲げて見せた。

 幅広の鋼鉄の直剣は刃こぼれが無数に点在し、中には硬貨半分ほどの大きさの欠けも存在している。

 下手をすれば、先ほどの突きで折れていてもおかしくないほどの損耗だ。

 同様にピエールの持つ手斧も、刃にいくつもの欠けが発生している。

 剣と比べればまだ使えなくはないだろうが、信頼性は見る影も無い。


「あらまあ、こりゃもう駄目だ」

「騙し騙し使っていたので仕方ないとはいえ、今の打ち合いが決定的でしたね」

「角硬かったもんねー。……この鹿、どれくらいで売れる?」

「角は加工して鏃に出来ますが、鍛えた金属よりは柔らかいので安価。全て纏めて……五百か、六百ゴールドにでもなれば上出来というところでしょうね」

「武器一本の元手にすらならなそうだ……」


武器の見分が終わった姉妹は、軽い調子で言い合いながら縄を取り出すと鹿の後ろ足を括って木に引っかけ吊し上げた。

 アーサーは腰のベルトポーチから布切れを取り出して剣の血を拭い鞘に納め、代わりに作業用のナイフを手に取る。

 ナイフで喉元を大きく切り広げると、致命傷となった首の傷と合わせどぼどぼと鮮血が溢れ落ちていく。

 血が十分に落ちたのを確認してから、次は腹を裂いて内臓を取り出す。

 内臓を取り除いたところで鹿の屍を木から降ろし、縄を解いて近くに置いてあった木製の荷車の上に乗せる。

 既に積まれていた薬草を右に寄せ左に鹿を乗せると、荷車はもう一杯だ。


 更にその上から布を被せ一通りの作業が終わったところで、姉妹と少し離れた位置で石に腰掛けていた少女が呼びかけた。


「終わった?」

「ええ。お願いします、チェリ」

「しょうがないわねー」


チェリと呼ばれていた少女が、石の上から勢いを付けてぴょん、と飛び降りた。

 一点の濁りも無い、手を入れればどこまでも奥へ入ってしまいそうな深みのある長い黒髪。

 更に瞳までもが、注視しなければ虹彩の位置が分からなくなりそうなほど黒一色。

 漆黒の髪と瞳を携えた一人の少女だ。

 背丈はピエールとほぼ同等。おおよそ十四、五の少女相応というところ。

 目は釣り目でぱっちりと開かれ、活動的で、少しお転婆な印象を漂わせている。


「じゃ、やったげるわ」


石から降りたチェリは、とことこ歩いて荷車のの前まで歩み寄って小声で呪文を唱えた。

 どこかねっとりとした、恋人に耳元で愛を囁くかのような声だ。


 すると次の瞬間には被せられた布に霜が降り、荷車ごと中身を覆うように氷の覆いが形作られていた。

 氷の覆いは厚さ二センチはあろうかというほど分厚く、加えてどこを見ても一点の曇りも見られない完全な透明。

 もしも冷気が無ければ、透明な硝子と言われても誰も疑わないだろう。


「ふふん、どうよこの透明度! 美しさ!」

「うーん、確かに凄い。やっぱりチェリちゃんの氷は凄い」

「この透明度と精密さはいつ見ても惚れ惚れしますね。毎回溶けてしまうのが実に惜しいですよ」

「そうでしょうそうでしょう? あたしの氷様は最高なのよ! ほらもっと褒めて!」

「チェリちゃん凄い! 氷様凄い!」

「あなたは氷の呪文を使わせたら随一です。どこへ行っても冷気の分野で頂点に立てるでしょう」

「ふふん! ふふふん!」


姉妹に褒められ、チェリは腰に両手を当てて大きくふんぞり返った。

 実に得意げだ。

 ピエールなどは"凄い"としか褒めていないのだが、全く気にしていない。


「では戻りましょうか。チェリの氷によって冷やされているとはいえ、早く戻るに越したことはありません」

「あら、またもう戻るの? お昼前じゃない」

「武器も壊れちゃったからね。成果は十分だし今日はこれでおしまい」

「仕方ないわね。もっとあたしの氷様を披露してあげたかったのに」

「それはまた今度ね。じゃ、帰ろ」


三人は先頭にアーサー、間にチェリ、最後尾に荷車を引くピエール、という陣形を取ると、森の中を歩き始めた。



   :   :



 ロールシェルト。

 西大陸北部、広大な平野地帯を抱えた町だ。

 気候はやや冷涼だが安定しており、平野を生かした農産物が主要な産業となっている。

 特にロールドルという名称で親しまれる偶蹄類の乳を用いたチーズや莫大な量を生産する小麦などは、西大陸全域のみならず北大陸にまで運ばれる貴重な名産品だ。

 一方、平野に隣接した森林や他地方へ繋がる道には魔物が出没し、戦力需要とそれに伴う討ち取った魔物の収穫物も尽きることはない。

 農業地域でありながら人の往来も非常に活発な、賑わいのある町。

 それがロールシェルト、西大陸有数の穀倉地帯である。


   :   :


 荷車をごろごろと音を立てて引きながら、三人がロールシェルトの町へ続く道を歩いている。

 冬を過ぎ春と夏の間の季節とはいえ、空気はまだ少し涼しい。

 周囲を見渡せば一面に麦畑が広がり、遮るものが無く広々とした空からはひんやりと涼しく少しだけ湿り気を帯びた風が、緩やかに吹き付けている。

 一人の農夫が荷車を引きながら畑を巡回し、時折畑から小振りなバナナほどの巨大な芋虫を掴み取っては籠へ投げていた。


「一面の麦畑」

「そうですね」


視界一面に広がる麦畑と、遠くにかすかに見える風車を眺める三人。

 姉妹は人々の主食を賄う穀倉地帯に想いを馳せていたが、隣を歩くチェリはあからさまに不満げだ。


「つまらない景色よね。もっと他の物も作ったらいいのに。葡萄とか葡萄とか葡萄とか」

「チェリちゃんの凄い葡萄推し」

「だってここ、せっかく美味しい葡萄酒作れるのに葡萄全然作らないんだもの。麦のお酒なんか作る暇があったら、その麦を作る場所で葡萄作りなさいよね」

「……そうなの? アーサー」


話を振られたアーサーが、芋虫を拾い上げる農夫を眺めながら口を開く。

 ちなみにあの芋虫だが、集めた後は食用となる。

 開いて内臓を取り出した後、火を通してそのまま食べる他、乾物や燻製にする場合もある。

 アーサーの思考は、害虫駆除と食料入手、穀物生産と蛋白質の確保をそれぞれ同時に行えることの効率の良さへと向いていた。


「そのようですね。ロールシェルトでは酒と言えば麦が原料の物が主体ですが、少量葡萄酒も製造しているようです。供給が少なく高価ですが、質はいいとか」

「なあに? まるで他人事みたいな言い方ね。あなたお酒飲まないの? こっちの小さいのはいいとして」

「小さいのって、チェリちゃんもそんなに変わんないじゃん! そもそも私アーサーより年上なんですけど!」


ピエールが可愛らしく声を荒げるのを余裕の微笑で無視しながら、チェリがアーサーに問いかける。

 ちなみに小さな姉の言葉通り、ピエールとチェリの身長差はあまり無い。

 恐らく葡萄一粒程度だろう。

 だがその一粒分、チェリがピエールを上回っているのは紛れもない事実である。


「嗜む程度には飲みますが、あまり外で飲む気にはなれませんね。酔うと感覚が鈍ります」

「あら、常在戦場。お勇ましいこと」

「というか、アーサーは酔い方があんまり良くないんだよね。なんてーのかな、前友達が言ってたけど、妹が酔うと、はくあつ? ようあつ? してるモノが出てくるとかなんとか」

「……抑圧」


ピエールの発言に、チェリは好奇心と疑問がない交ぜになったような顔をしてアーサーに視線を向けた。

 アーサーは相変わらず視線を農夫に向けたまま、何も語らない。


「具体的にはどうなるの?」

「それは言えないかなー、流石に軽々しく暴露するのはね。だから秘密」

「……気になる。あたしの知識欲が刺激されるわ」


隠されると余計気になるのは人の(さが)である。

 しかしこれ以降はチェリがどれだけ尋ねても二人が口を割ることはなく、やがて三人は麦畑を抜けロールシェルトの町中へと辿り着いた。



   :   :



 組合で、収穫物の換金と借りていた荷車の返却を済ませた三人。

 今日の仕事を終え、チェリと別れた姉妹はロールシェルト内にある一軒の武具屋へと来ていた。

 寿命を迎えた武器の新調の為である。


 が。


「うわ」


ピエールの呟きは、すぐに喧噪に飲み込まれた。


 武具屋は大量の客で大混雑だ。

 店は相当に大きく、外から軽く見渡しても店内は十五メートル四方以上はある。

 だというのに、店内には大勢の客が詰まりに詰まっていた。

 その混雑ぶりに入り切らない客が店の外にまで溢れ出し、列すら成しそうなほど。


 小娘一人入る隙間すら無さそうな武具屋を、ぼけっと眺めていたピエール。

 隣で、新しく来たと思しき男女が何やら話を始めた。

 その場に立ったまま、こっそりと聞き耳を立てる。


「……まぁた混んでるよ」

「ここいっつもこうなのよ。本当やってられないわ、矢の補充すら無駄に手間かけさせられて」

「じゃあ他の武具屋に行きゃあいいだろ」

「それがこの町、ここしか武具屋無いのよね。明らかにここ一軒じゃ手が回らないのに」

「いや、この間新しい武具屋出来たって話聞いたぞ? 西地区の外れに」

「あそこは駄目。私もこの間見に行ったけど、金持ちの玩具みたいな飾りだらけの武具ばっか置いてるの。しかも店員も女。あれじゃ信用出来ないわ」

「……おめえも女だろうが」

「それはそうだけど、なんていうか、あれじゃ駄目なの」

「さっぱり分からんね。分かったのは、俺が魔法使いで良かったってことくらいだ」


そこで会話は途切れ、二人組の男女は人波をかき分け武具屋の中へと潜り込んでいった。

 二人の背中を見送った姉妹が、前を向いたままそっと身体を寄せ合う。


「今のどう思う?」

「冷やかしに行きましょうか」

「あら、アーサーにしては珍しい。普通なら不評な場所に自分から行くことなんて無いのに」

「これだけ混んでいたら、冷やかさずにここで待っていても、冷やかしてから戻ってきても待ち時間に大差無さそうですからね」

「……あ、そういうこと」

「です」


あっさりと話が纏まり、姉妹は混雑する武具屋に背を向け歩き始めた。



   :   :



 ややあって、男女が話をしていたと思しき武具屋に到着した姉妹。


「……」

「……」


立ち止まった二人が、思わずその場に立ち止まった。


 目に留まったのは看板。

 木製の吊り看板には、"パウル武具店"、"マリウス武具店より独立"、"修理、注文承ります"というようなことが書かれていた。


 武具屋に書くにはあまりにも不釣り合いな、曲線ばかりで構成された可愛らしく女性らしく、そして軽薄な字体で。

 おまけに色とりどりの石や金属を使った、ファンシーでメルヘンで、武具屋に対する冒涜のようなハートや星を象った装飾まで執拗に付けられている。


 ここは武具屋ではない。

 もっと可愛らしく繊細な、若い娘向きの可愛らしい小物ばかり置いた雑貨屋だ。

 年齢一桁の少女がその手に握りしめた小銭で、木彫りの装飾品を買い精一杯の背伸びをしに来るような。

 年若い夫婦が幼い我が子の為に、愛嬌たっぷりのぬいぐるみを買ってやるような。

 そういう店に架けられるような、殺し合いの為の武具を売る店に架けるには余りにも不釣り合いなデザインの吊り看板だった。


 ただの看板一枚で、打ちのめされたかのような気分になる姉妹。


「……」

「……戻りましょうか」

「いや待って、一応、一応中も見てこ」


踵を返しかけるアーサーを、ピエールが慌てて服の裾を掴み押さえた。

 とはいえピエールも、心境は"せっかくここまで来たのに何も見ずに帰るのは損した気分"という程度であった。

 看板一枚での破壊力とは思えない。

 アーサーは自身の服の裾を掴む姉を暫し眺めた後、どこか諦めたような態度で頷き共に店内へ入っていった。


   :   :


 まだ新しい質感の扉を押し開け店内へと入った二人。

 まず最初に視界に映ったのは、店の商品だ。


 鮮やかな水色の、金属製の盾。

 羽をあしらった、どころか巨大な鳥の翼そのものの形をしている。


 鋼鉄製の剣。

 刀身そのものはごく一般的な直剣だが、鍔から下は花を模されている。

 茎の持ち手に花びらの鍔。花の先から刃が伸びているようだ。


 手槍。

 その穂先はハート型だ。しかも赤い。

 細長いハートの先端は鋭く尖り、よく研がれている為槍としての用は十分成せるであろう。

 しかし赤いハートだ。

 側には鏃が赤いハートになった矢束もある。


 姉妹の目に映ったのは、店の看板の印象に違わぬファンシーでメルヘンで、人前で持ち歩くにははっきり言って恥ずかしい装備ばかりであった。

 よく見渡せばそのような奇妙な装飾の武具は少数で他は普通の武具なのだが、その装飾のあまりの自己主張の強さにどうしてもそちらにばかり目が行ってしまう。

 姉妹はその珍妙な装飾の武具たちを、目を丸くして眺めていた。


「お客様! ようこそお出で下さいましたわ!」


武具を眺めて唖然としていた姉妹の心を引き戻したのは、カウンターの向こうに立つ店員らしき若い女性の呼びかけであった。

 我に返って店員に視線を投げた二人が、再び唖然とする。


 その店員、立派な縦ロールであった。


 檸檬の如き彩度の高い金髪は、肩胛骨辺りまで伸びている。

 何よりも特徴的なのはその巻き髪で、揉み上げに一対、後ろ髪に四つの縦ロールがまるで金色の巻き貝のようにくるりと巻いて垂れ下がっていた。

 顔立ちも美しく、豪勢な縦ロールに一歩も見劣りしない、ただ美しいだけではない上品さを兼ね備えた顔。

 誰が見てもすぐ分かるほど、上品で地位の高い、お嬢様然とした女性だ。

 しかしその服装はお嬢様とはかけ離れた、ぼけた褐色の作業用エプロンドレスであったが。

 その服装のギャップは、どこか姉妹に似ている。


 一目見れば分かるほどのお嬢様が、古びた作業着を着て接客をしている。

 この事実に姉妹が程度こそ違えど揃って驚く中、店員は構わず上品な笑みで二人を迎えた。


「お客様、当店へは何のご用でしょうか? このパウル武具店、お客様のご要望に何でもお応え致しますわ。さあ何なりとご用命を! 鏃も、盾も、爪切り鋏でもご用意致しましょう!」


大仰な仕草と口調で両手を広げ姉妹を迎えるお嬢様店員。

 アーサーの顔からすっと表情が抜け、今にも踵を返し店を後にしようとする。

 それをピエールが盛大に苦笑いを見せながらもさりげなく押さえ、アーサーを連れてカウンターの前まで歩み寄った。


 満面の笑顔のお嬢様店員。

 だがその笑顔は、近づいてきた二人両方が若い女性だということに気づくと一瞬だけ、眉毛だけをぴんと跳ね上げて驚きを示した。

 笑顔そのものは翳りもしない。


「えーっと、あのね。使ってた武器がボロボロだから新しいのに変えたいんだけど……これと同じような形の武器が……」


ピエールの言葉が途中で止まった。

 お嬢様店員が、ピエールがカウンターに乗せた手斧を見て今度こそ表情を驚きに染めたからだ。

 元から大きな眼を更に大きく見開くお嬢様店員。

 暫しそうして使い込まれた手斧を眺めてから、口元に手を当て真剣な顔で姉妹二人と、手斧と、アーサーの腰の剣を素早く交互に見遣った。

 突然の変化に驚くピエールが、続けて言葉を発するより早く。


「この武器、あなたが使っていますの?」

「う、うん、そうだよ」

「ちょっと振ってみて下さらない?」

「いいけど……」


お嬢様店員の謎の押しの強さに押されつつも頷くと、ピエールは手斧を握って数歩下がった。

 アーサーと店員が見ている中、片手用とはいえキロ単位で重量がある手斧を小枝か何かのように軽々と振り回すピエール。

 軽く何度か振ってから、カウンターの前まで戻ると。


「……あなた方、わたくしと契約してこの店の宣伝をして下さらない?」


お嬢様店員が、カウンターに身を乗り出して鼻息荒くそう切り出した。

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