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姉妹冒険者物語  作者: 並野
リッチーと宝石島の冒険
86/181

12

 三人の視界の先に、巨大な白い筋が走っていた。

 遙か上空から放たれる白い筋は、彼女たちがいる中間層を通過し、更に下へと注いでいる。

 地面へ落下した白い筋は飛沫となって弾けながらも、光を反射する透明な筋と姿を変えて大地を這い流れていく。

 シテテ島最大の河川であるエルフの涙筋は、彼女たちの目の前で巨大な滝となり降り注いでいた。


「おお……」


ピエールが口をぽかんと半開きにしたまま、滝と変わった涙筋を上から下へと眺めていた。

 滝の始まりは上。霧の向こうから流れている。

 滝は三人がいる中間層である紫溶岩の大地とは接触せず、更に下にある滝口へと注ぎ、川の流れとなっていた。

 先日別れた涙筋。恐らくあの時離れず涙筋に沿って歩き続けていれば、この滝口のある下層の果てへと辿り着いていたのだろう。

 当然、下層と今三人がいる紫溶岩の中層は巨大な崖によって隔てられているので、滝口から上へと登ることは出来ないが。

 姉妹は降り注ぐ涙筋の滝を眺めながら、暫しその光景に圧倒されていた。


「涙筋ってこんな大きな滝になってたんだね……」

「そうですね……」

「ただの水じゃないこんなの」

「まさに絶景って感じだね。ある意味、この景色こそが宝物! みたいな」

「あたしそれ嫌い」


姉妹に対し、リッチーの反応はあまりにも素っ気ない。

 滝の光景にはアーサーも珍しく感動を露わにしていたのだが、思わず揃ってリッチーを見返してしまうほどだ。

 二人の視線が自身に向いたことで、リッチーが依然つまらなそうな顔のまま語る。


「綺麗なお宝探しに来て、ただの風景見て景色が宝物だった! とかただの詐欺でしょ。あたしそういうの嫌い」

「……あなたは本当にぶれませんね」

「だって宝よ? 宝! そんなの宝石とか貴金属に決まってるじゃない!」

「言っていることは分からなくもありませんが、それなら魔法の道具も加えて欲しいところですね」

()ーよ。数千年ものの霊木で出来た魔法の杖、とかあたしの目と鼻と舌が全力で宝扱いを拒否するわ」

「目と鼻はともかく、舐めること前提なんだ……」

「ほら、もう滝なんていいから行きましょ。あたしの身体が石を求めて疼いてるんだから」

「はいはい……で、この滝をどう進むの?」


ピエールの問いかけに、アーサーは無言で右手を上げた。

 指した指先。

 紫溶岩の大地から滝の裏側へ向けて、分かり辛くも切り立った長い道が伸びていた。



   :   :



「凄いねー!」

「えーっ? 何か言ったピエールちゃーん!」

「リッちゃん何てー? 聞こえなーいっ!」

「だからーっ! 何て言ってるのよーっ!」

「えーっ何ーっ!」


歩きながら声を張り上げる二人。

 しかしその声は鳴り響く轟音に飲み込まれ、会話はまるで成立していない。

 二人が無駄な叫びを放ち合っている間、アーサーは左を向き眼前の光景を眺めていた。


 一面に、滝の壁が広がっている。

 上から下へと降り注ぐ滝の流れは空気を孕んで白く染まり、滝の裏を歩く三人には外の光景はまるで見通せない。

 涙筋の水は透明度が高い筈なのだが、それだけ降り注ぐ滝の水の量が膨大なのだ。

 降り注ぐ滝は当然とてつもない轟音を産み出し、遙か下方で放たれる滝が滝壺に落ちる音が、三人の歩く滝の裏の道までも音で埋め尽くしている。

 おかげで馬鹿二人は今も、何の意思の疎通も取れない会話を続けていた。

 そのやりとりを完全に無視しながら、アーサーは滝の裏の道を進む。


「……あっ」


滝の注ぐ轟音の中、アーサーが自分にも聞き取れないほどの小さな声で呟いた。

 彼女の視界に、一瞬だが光るものが過ぎったのだ。

滝の流れに乗って一直線に落下したそれは、大きさは拳大、色は濃い赤色の何かであった。

 恐らく何かの宝石類で、しかもアーサーの見立てでは魔力を含んでいる魔法石だ。

 魔力の強さからして、価値にすれば数百ゴールドはあるかもしれない。

 しかし滝の流れに乗って落ちる石を捕まえるなど土台不可能な話である。

 後ろでは同じように赤の宝石を見ていたリッチーが石を追って滝に飛び込もうとするのを、ピエールが慌てて押さえている。

 その様に一度苦笑いしてから、アーサーは滝の裏の道を再び進み始めた。



   :   :



 滝の裏を通る道は、十数分ほどで終わりを見せた。

 滝の裏側、ちょうど中央付近。

 三人の眼前に、ぽっかりと大口を開ける洞窟の入り口が現れたのだ。


「おおー! この洞窟の中をー! 進むんだねー!」

「……」


ピエールが何かしら叫んだが、当然滝の音に阻まれてろくに聞こえない。

 届かないと分かっているのに何故叫ぶのか。

 アーサーはそんな風に思いつつ姉を無視し入り口の外観や内部を軽く調べてから、とりあえず中へと入ることにした。

 三人揃って洞窟内へ少し進み、一旦腰を降ろす。


「……リッチー、明かりをお願いします」

「はいはいっとー」


洞窟内へ入ってしまえば、流石に滝の音も会話が成り立たないほど大きくは轟かない。

 アーサーの普段通りの声量での呟きにもリッチーは問題なく返事を行い、むにゃむにゃ呪文を呟いたリッチーは指先に魔力の白い明かりを灯した。

 ぽっ、とリッチーの指先に葡萄ほどの大きさの光球が現れる。

 光球によって、洞窟の内部がぼんやりと照らし上げられた。


 内部は土中を掘り進み作られた洞窟となっている。

 大きさは幅高さ共に五、六メートルというところ。人が通るには特に問題無さそうだ。

 そして、最も重要な要素。


「……何かしてあるね?」


洞窟の内部には、人為的な整備が施されていた。

 側面には落盤防止の補強が行われ、地面も均されている。洞窟の奥へ目を向ければ登り坂になっているのだが、そこも階段。

 どれも年代が分からないほど古く階段などは端の方が崩れているものの、明らかに人の手が入った洞窟となっていた。

 その上、アーサーが調べた限りでは壁面の支保坑は何かの木材らしいのだが、ただの木とは思えない極めて堅牢な耐久性を誇っている。

 彼女の脳裏に、ただの紙とは思えない驚異的な強さを誇る一冊の古文書の存在が浮かんだ。


「……組合では、滝の裏にこんな洞窟があるなんて話はありませんでした。が、こうして実在している」

「輝きの園、真実味出てきたんじゃない?」

「否定要素はまだまだありますけどね。……いずれにしろ、ここから先の情報は一切聞けていません、ある意味前人未踏です。二人とも、気をつけてくださいね」




   :   :

――長く続いた紫溶岩の大地の果て。私は、昨日(さくじつ)別れた川と再び出会うこととなった。しかし私の前に再び現れたそれは川ではなく、滝となっていた。

更なる上層へ向かわんとする眼前に、巨大な断層が立ちはだかる。断層を登るべくは滝の裏。裏の道を進むと、やがて窟が見つかる。そこを通り、更なる上層へ赴く――

   :   :




 ひとまず三人は座り込んだまま、昼食休憩を取った。

食糧をかじり、味気ない呪文の水を飲み、リッチーの身体をほぐす。

 ゆっくりと身体を休めてから、準備を整え三人は洞窟の内部を進み始めた。


「……」

先頭を行くアーサーの左手には角灯。盾を装備したまま、その上から持ち手を握り込んでいる。

 右手には剣。警戒心を全身に漲らせ、左右上下前方、全身全霊を込めて警戒しつつ進んでいる。


「……」

最後尾のピエールも、左手に角灯、右手にショベルを握り上下左右後方へ入念に気を張っている。

 時折不意に真後ろへ視線を投げては、底の見えない暗闇の向こうに何か現れていないか、何か変化は無いかと警戒を怠らない。


 挟まれるリッチーの左手にも角灯。同じ道具屋で調達したので、三人ともお揃いだ。アーサーが選んだ為良く言えば機能的、悪く言えば地味で単調な形。姉と宝石女の好みからはずれている。

 彼女の右手には武器は無く、間に挟まれそろりそろりと歩きながら左右上下へきょろきょろと視線をさまよわせている。

 流石にこの状況で暢気に喋るつもりは無いようだが、時折明かりに照らされ天井に浮かび上がるびっしり足の生えた不気味な蟲の群れや、明かりに反応し一斉に飛び立つ蝙蝠などに驚いて叫び声を洩らしかけていた。

 天井から手のひらほど大きなゴキブリが胸元に落ちてきても小さな悲鳴一回で済ませたのは、彼女の精一杯の努力の証と言えよう。

 とはいえ、同じように天井から虫に降られた姉妹はどちらも何一つ気にせず手や武器で払いのけて済ませていたが。

 それでも今のところ人に襲いかかる存在と遭遇していないのは、三人とって不幸中の幸いだ。


「……リッチー、大丈夫ですか?」

小さな無数の蝙蝠が飛ぶのを盾だけ構えてやり過ごしてからアーサーが尋ねると、リッチーは掠れた声で、


「……はひぃ」


とだけ答えた。

 精神的に少し"来ている"と判断したアーサーが、周囲に生物のいない場所へ着いてから休憩を宣言する。


「少し休みましょう」


アーサーが言った途端、崩れ落ちるように膝立ちになるリッチー。

 辛うじて角灯だけ倒さないよう地面に置いてから、完全に脱力した。

 ピエールがリッチーの腕を掴み、自身の胸の中に抱え込む。

 ピエールという名のソファにリッチーが身体を預けるような格好だ。

 すっかり参ってしまっているリッチーを優しく抱き留めながら、ピエールが周囲を見回す。


「何か、ただの通路って感じだね」

ぽつりと呟くと、隣で立ったまま周囲や天井の警戒をしていたアーサーが応えた。


「そうですね。分岐も罠の類も何も無い。空気も流れているので、案外本当に中層から上層へ上がる為のただの通路かもしれません」

「宝石、滝の裏、洞窟……と来たら神秘的な水の洞窟があって、その最奥に伝説の指輪が隠されていて、みたいなのを期待してたのに」

「古いお伽話の読み過ぎです……気分は?」


大きな甲虫が歩いていたのを剣で追い払いながらアーサーが尋ねると、リッチーは憔悴した面持ちで、


「さいあく」

とだけ呟いた。

 脱力のあまり口の端から涎が垂れている。


「リッちゃん、死にかけて水面に浮いてる魚みたいになっちゃって……」

「こんなのあたしの望んだ宝探しの冒険じゃない……」

「今までの道のりはともかく、長年人の手の入っていない洞窟なんてどこもこんなものですよ」

「そうやって二人が平然としてるのも気に入らない……あたしみたいに苦しめー……」

「そう言われても、流石にもう何年もこんなことやってたら大きい虫くらい慣れちゃったよ。大きくなると虫除けもちょっと効き悪くて気を抜くとすぐ近くに来るし」

「もっと苦しめー……天井から虫が落ちてきて"きゃーっ!"とか"いやあん!"みたいな悲鳴上げろー……」

「あなたは私たちをどうしたいんですか」


控えめに苦笑いながら、アーサーは自身の腰に吊していた革水筒を取りリッチーの口に当てた。

 相変わらず脱力したままのリッチーの口に水を含ませ、干しいちじくを一つ与える。

 リッチーは胡乱な顔のままもそもそといちじくを咀嚼し、再び水を一口飲むと少しは気分もましになったようだった。


「ふはあーっ……」

リッチーが大きく息を吐き、少し落ち着いた顔になったのを見届けてから姉妹も軽く水と食料を口にする。

 少しの休憩を挟み、三人は再び洞窟内を歩き始めた。



   :   :



 洞窟行は、一時間歩いてもまだ続いていた。

 曲がりくねりながら、上へ上へ向かうように続く暗闇の階段道。

 三人の手にある角灯だけが唯一の明かりであり、前を見ても、後ろを見ても視界の先には暗闇が広がっている。

 進んできた筈の道でさえ、もう闇の中。

 時刻も終わりも分からない一本道を、三人は淡々と進んでいた。


「ふー……」


歩きながら、大きく息を吐くリッチー。額に滲む汗を、服の袖で拭った。

洞窟の内部はひんやりとしており、姉妹などは汗を一滴もかいていない。

 精神的な疲労から来る脂汗だ。

 姉妹はそんなリッチーを労りながら慎重に、だがなるべく早く抜けようと少し足早なペースで歩を進めている。


 不意に。

 天井から一匹の大きなムカデが落ちてきたのをアーサーは造作もなく空中で切り捨て、二分割されてもまだ動いているそれを剣の切っ先で端へと払いのけた。

 それ以降気にも留めず歩みを再開する。


 そうして、更に三十分ほど進んだ頃だろうか。

 一つの異変を、先頭のアーサーが捉えた。


「……」

押し黙ったままぴたりと立ち止まるアーサー。

 俯いて歩いていたリッチーが毎度のごとく背嚢に鼻をぶつけ、今度は何も言わずに鼻を押さえ顔を上げた。


「……何かいた?」

リッチーが尋ねると、アーサーは少しの間を空けてから、


「臭いますね」

と答えた。

 最後尾にいたピエールも遅れてそれに気づき、少しだけ不安げな表情を覗かせる。


「入った時からずっと蝙蝠とか虫の糞の臭いばっかりじゃない」

「いえ、違いますよ。……別の生物の排泄物の臭いです。恐らく鳥類」


剣を持ったままの右手を顎に当てながら答えるアーサー。

 リッチーが戸惑いがちに後ろを振り向くと、ピエールも同じ臭いを嗅ぎ取っていたと分かった。

 挟まれたリッチーの顔も、不安に変わる。


「……大丈夫なの?」

「リッチー、巻物や武器はしっかり準備しておいてください。指示したらいつでも使えるように」

「う、うん」


三人が一層緊張感を漲らせ、全身の皮膚を粟立たせるかのような雰囲気でじわりじわりと歩を進める。

 そうして十分ほど歩くと、それは姿を現した。


 一本道の通路のそこかしこに空いている巨大な穴たちだ。

 太さは今進んでいる通路の七割ほどの大きさ。壁の中間地点や階段をぶち抜き斜め下へ空いていなければ、分岐の一つだと誤認してしまいそうなほどの大きさだ。

 その全てが真下へ落ちるような穴ではなく、歩いて通ることの出来そうな傾斜になっているのも、分岐だと錯覚しそうな一因になっている。

 ちょうど、何者かが通路として使えそうなほどに。


「うわあお……」

リッチーが小さな声で言う中、アーサーは少し進み、大穴の一つへと近づいた。

 気配を窺いながら、触れるほどの位置でそっと確かめる。

 例の"ただの木とは思えない"支保坑が、この周辺は酷く脆くなっていた。

 それこそ、ただの木同然だ。


「……」

彼女の脳裏に、一つの仮説が浮かぶ。

 やはりこの道には、何かしらの魔力的保護が施されていたのではないか?

 それにより、長い年月の間崩落も無く続いていたのではないか?

 だがここだけ何かしらの原因で保護が薄れ、地中に棲んでいる魔物による通過を許したのではないだろうか?


「アーサー、どうしたの」

彼女が暫し調べている間に、後ろにいた二人が彼女の元まで近づいてきていた。

 アーサーが自身の仮説を話すと、二人とも顔を突き合わせ、首を捻る。


「つまりどういうこと?」

「……この穴は十中八九魔物の通り道だから、早く通過した方がいい、ということです」


アーサーが諦めたように要点だけ言って、穴の奥に落ちている何かの糞らしき白黒の塊に目を向けたその時。

 穴の遙か奥底から、遠く反響するような鳴き声が響いてきた。

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