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殿下の許しが出てみんな元の姿勢に戻った。
殿下を正面に、私とアルク、マリウスさんが対面に座り、背後にマリーエさん。サイドにクロフトさん達が移動して座った。殿下の護衛は一人だけで背後に控えている。なんだかすごく緊張するんですけど。
「今回はこの莫迦の暴走で大変な迷惑を掛けてしまった。申し訳ない」
ロイさんが殿下に何やら報告していたし、この人が上司ってことなのかな。そんなことを思っていたら、開口一番、殿下からの謝罪があった。しかもロイさんを莫迦って言い切ったよ。
「こいつの処分はどうとでもしてくれて構わない。あなたの希望通りにしよう。それから他に何か望みがあるなら言って欲しい。それで済むとは思っていないが、誠意は見せたい」
うん、なかなか潔くて簡潔。話が分かりそうな人みたい。だけど王族がそんなに簡単に謝るとか大丈夫なのって心配になるし、いい加減、謝罪はお腹いっぱいだ。
「はい、謝罪は本人からもメルドランからも頂いたので、本当にもうこれ以上は結構です。望みというのも先ほど私の護衛を処罰しないことや領内での行動の許可をもらいました。私はメルドランだけでなく他の領も見て周りたいので、国内を移動したり滞在することを認めていただければそれでいいです」
「……それは構わないが、それだけか?」
うーん、特に何も思い付かないんだけど。
「平穏? あまり干渉されたくないとかでしょうか」
「へいおん……」
誰かが呟いた。なんだかすごく珍しい物を見る様な目で見られてる気がする。
「ふむ……あなたは随分と無欲な方だな。ではあの莫迦の処分はどうする?」
えー、やっぱりロイさんのことも何か答えなくちゃ駄目なの? せっかく避けたのに。
「処分は決めないといけないんでしょうか」
私に加虐趣味はない。後味の悪いのも嫌だし、なんで私が嫌な思いをすることをしなければいけないのかが分からない。
「こいつを許すと?」
うーん、そういうことではないんだよねぇ。
ちろっとロイさんを見る。何だろう、凪いだ顔をしている。目的は達成したから別にどうなってもいいとかそういう感じ?
それともどうせ私には大した罰は与えられないと思ってるのかな。
ロイさんはさ、私のこと甘いって思ってる。処分を受けるって言ったのはきっと嘘ではないんだろうけど、私が許すと思ってるんじゃないのかなって。それこそ甘いなぁ。私結構引きずるんだよ。しつこいんだよ。
「許しません」
だからね、許さないことにした。
イーガンをはじめ、犯罪者達が悪いのは当然として、やっぱり危険を知っていて巻き込んだロイさんはギルティ!
だからずっと反省しているといいよ。国の為にでも一生馬車馬のごとく働いていればいいと思う。
「ふぅん」
殿下は面白そうな顔をした。
「では、処罰内容はどうする?」
「別にありません。私が許さないというだけですので」
みんなよく分からないって顔をしている。ロイさんに至っては目をぱちくりしていた。
「ふむ、あまり聞いたことがないが……」
殿下は私とロイさんを順番に見て、少し思案顔をした後にひとつ頷いた。
「あなたの望みは了承した。ローラン・グレイ、お前の処罰は聞いた通りだ。リカの言葉を真摯に受け止め刑に服せ」
私のロイさんへの処罰内容は認められたらしい。だけど……あの、ローラン・グレイって誰ですか?
◇
いやー、疲れた。
やっとガイルの家に戻って来れました。
あの後もね、色々あったんだよ。殿下とは初めの内は会話もギクシャクしていたけど、意外と話しやすくて、いつの間にか打ち解けた。王族って意外に距離感近いなとか思ったけど、たぶんこの殿下特有の人懐っこさによるものだと思う。ちょっといいのかなぁとか、殿下の後ろの護衛さんの視線が気になったけど……まあいいか。
あの時、殿下が口にしたローラン・グレイという名前。あれはロイさんのことだった。ロイさんって偽名だったんだねぇ。ただ今更ローランさんとか言われても違和感しかないし、もうロイさんでいいよね、と思っていたりする。今後関わることもないだろうし。
ロイさん本人といえば、私が言った「許さない」をどう解釈していいのか悩んでいるみたいだ。うん、ずっとそうしていればいいと思う。
他には殿下がテーブルのお皿に気付いて、私が持ってきたマドレーヌがもうないことにがっかりしたり、今度ご馳走すると無理やり約束させられたりとか色々あった。意外と食い意地が張っているんだなと思ったけど、マドレーヌを食べた他のみんなは青くなっていた。
そうそう、あの後はパーティーに出席して、表彰式もばっちり見ることが出来た。
結果はね、ニールさんの作品は特別賞を受賞した。やっぱり少し家具としては規格外なこともあってこの賞だったんだけど、あれだけ注目されて賞まで貰えたら大成功だよね。
ニールさんは嬉しいのと驚きで表情がぐちゃぐちゃだったけど、檀上に上がった時は堂々としていて立派だった。後から聞いたら「緊張して何も覚えていない」と言っていたけどね。
コンテスト期間中に既に注文も入っていたし、家具の問い合わせも来ているらしい。あと以前お付き合いのあった貴族からも声を掛けられたそうだ。ニールさんは「工房を立て直すという使命があるから、まだまだ頑張らないといけない」そう気合を入れていた。
ニールさんからは感謝してもしきれないと何度も何度もお礼の言葉をもらった。だけどそれはニールさんが頑張ったからだし、私はきっかけを少しお手伝いしただけだ。私としては、素敵な家具と出会えたことが嬉しかったし、ニールさんをお手伝いできたり、仲良くなれてとても楽しかった。
こちらこそありがとう、そしておめでとう、ニールさん!




