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 エントランスホールに入ると、なんとイヨさんが待っていた。今日一日、会場を案内をしてくれるそうだ。なんでも組合長さんが気を利かせて手配してくれたらしく、驚いたけどとっても嬉しい。


 ニールさんは先に会場で準備しているはずなので、さっそくイヨさんに案内してもらうことにした。アルクには「落ち着け」と笑われてしまったけど、ニールさんも気になるし他の作品も見たいしでソワソワしてしまう。


 会場には既に沢山の人が居て、あちこちで出品作の説明や見学が行われていた。家具は奥のフロアに展示されているそうで、私達はまっすぐそちらに向かって進んで行った。


 何だか注目されている気がするけど、アルクは恰好良いからねぇ。仕方ないか。


「あちらですね」


 イヨさんが指し示す方向には人だかりが出来ていた。周りのブースに比べて明らかに人が多いけど、大丈夫かな、ニールさん。


「ほぉ、これはまた精巧な作りですな~」


「可愛いわねぇ」


 集まった人達が口々にニールさんの家具のことを褒めていた。お、滑り出しは上々?


「皆様、こちらは実際の家具とまったく同じ設計で、大きさだけを小さくして作成してあります。もちろん引き出しや扉なども設計通りなので、開けたり閉めたりが出来ます」


 近付いていくと、ニールさんの声が聞こえてきた。


「おお、本当だ」


「これは凄い」


 大半は良い反応。


「いやしかし、これは家具と呼べるのか?」


 だけど中にはこんな声も混じっている。


 そうなんだよねー、あれを家具と呼んでいいのか、それが今回一番心配だったところなんだよ。


 私がニールさんに提案したのは『ミニチュア家具』だ。


 あちらの世界ではドールハウスといって、もとはヨーロッパの王族や貴族が自分の屋敷や家具、小物などを縮小させて作らせたのがはじまりとされている。歴史もあり、遊びだけでなく現在でも大人の趣味として愛好家は多くいる。


 こちらでは存在していないみたいだし、ミニチュア家具なら一人でも制作の負担が少ないかなと思ったんだけど、これを受け入れてもらえるかは分からなかった。そもそも本職の家具職人のニールさんが作ろうと思ってくれるかが疑問だったしね。


 だけどニールさんはやる気になってくれた。だからその時点で、このコンテストの主催者である商業組合さんには話をしに行ったのだ。


 マリーエさんにお願いしたおかげで代表の組合長さんと直接話をすることが出来たんだけど、いやぁ、なかなか狸なおじいさんだった。


 話をスムーズに運ぶ為と言われ、私がおじいちゃんの孫であることは話してあった。だから物凄く歓迎されたんだけど、コンテストの件になったら顔つきが変わって真剣に話を聞いてくれた。


「なるほど、小さな家具ですか」


「はい、家具部門でのコンテスト出品を考えているんですが、何か問題はありますか?」


 私がミニチュア家具について一通りの説明をしたら、思ったよりも興味を持ってくれた。だけど問題は出品が出来るかどうかだ。


 例えば「実用に耐えるものに限る」なんて規約があったら即アウト。ニールさんに確認したらそういう決まりはなさそうだったけど、ちゃんと確認しておかないと心配だからね。


 工芸品とか別の部門で出品する方法もあるけれど、今回はモリス工房に注目を集めるという目的があるから可能なら家具部門での出品がしたいと思っていた。


「ふむ、確かに大きさについての決め事はありませんな。もしあなたの言われるような物が出品されたとしても、我々は何も言えませんなぁ」


 良かった。出品したのに受付けてもらえないとか失格なんてことは避けたいからね。


「しかし、とても面白い発想ですな。初めて耳にしました。早く実物を見てみたいものです。ふぉっふぉっふぉっ」


 サンタさんみたいな真っ白いお髭の組合長、カシアさんは楽しそうに笑っていた。だけどその後にしっかり権利関係についてのお話が始まったのには参ってしまった。確認するだけのつもりだったのに~。



 まあ、そんな訳で商業組合側には了承を得てあるし、完成した時点で商品登録も完了済みだったりする。先を見越してしっかり利益を取ろうとするところはさすがだなぁと思うけど、売れるかどうかは分からないよ?


 ちなみに「ミニチュア」という言葉が馴染みがなく、他の名前はないかと言われて「ニール家具?」って言ったらそのまま登録されてしまった。あとでニールさんに報告したら絶叫していたけど、うん、まあいいことにしよう。


「こちらの家具の用途としては、実際作成する家具の見本としての役割や、また家具と同じ縮尺で部屋となるものを用意し、家具の配置を変えることで模様替えなどの指示が容易になります。実際の家具と同じとはいきませんが、図面よりもはるかに想像がしやすいでしょう。また、お子様の玩具としても喜ばれるかと思います」


 ニールさんが展示しているのは部屋の一室を模した箱に、壁紙や床材、ミニチュア家具を置いた平らなドールハウスだ。窓や扉まで作ってあってなかなか本格的な感じ。これすごく可愛いと思うんだよね。子供だけじゃなく、観賞用や芸術品として集める人が出てくるんじゃないかなと思う。


「確かに、娘にプレゼントしたら喜びそうだ」


「ええ、凄く可愛いし素敵だわ」


 品の良さそうな夫婦が気に入ってくれたようだ


「うむ、図面ではよく分からないことも多いからな。これはなかなか画期的だ」


「確かに面白いですな」


 他の人達もなかなか良い反応で、人だかりの外側で様子をうかがっていた私はほっとした。だけど、そんな良い雰囲気を壊すように、突然ニールさんを非難する声があがった。


「こんなものは家具ではない! 由緒あるコンテストにこのようなガラクタを出すなど、恥を知れ!」


 大きなお腹にやたらと装飾の多いゴテゴテとした服を着た男の人だった。趣味悪いなぁ。誰あれ。


「あれはバートン・バイス様です」


 イヨさんがそっと教えてくれたけど、バイス? どこかで聞いたような。そう思っていたらマリーエさんが答えを教えてくれた。


「モリス工房を窮地に追い込んだ元凶です」


 なるほど、あれがそうなんだ。ふぅん。



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