57
あれからコルネさんは度々進捗状況を教えてくれたり、デニスさんと一緒にパンを持ってきてくれる。相変わらずパンは大人気のようでお店は繁盛しているし、デニスさんの所でも人を雇ったそうで、今は二人でマヨの研究中らしい。二人とも楽しそうで何よりだ。
色々お話していて最近知ったんだけど、二人は温度に関する神力を持っているらしい。どういう力かなと思ったら、目で見て空間や物の温度が分かるのだそうだ。
例えば、パン屋さんのオーブンって結構大きいそうなんだけど、薪で温めるから場所によって結構温度が違ってくる。で、それを目で見てこのあたりが何度、奥の方は何度といった具合に判断できるらしい。温度計いらずで凄いよね。
さらにパンの焼き上がり具合も分かるというから、失敗知らずで完璧にパンが焼ける。何ともパン屋にうってつけの能力だなと思ったけど、こういう能力があるからこそパン屋になったり料理関係に進んだり、中には鍛冶屋になる人などもいるそうだから、なるほどと思った。
コルネさんが作ったカツサンドのカツが絶妙な揚げ具合だったのも納得。だいぶ研究したらしいけど、あの厚切りの断面の美しさといいジューシーさといい、能力恐るべしだ。まさに天職。今度天ぷら揚げてくれないかなってちょっと思う。
あとパンの販売が順調なのと合わせて、レシピの問い合わせも増えているらしい。近隣はまだ少ないそうだけど、ガイルの貴族はこぞってレシピを買いたがっているそうだ。これからまだまだ口コミなどでも広がっていくだろうとのことなので、定番のパンになるといいなと思っている。
私も朝はこちらのパンを食べるのが日常になってしまった。コルネさんのパンはとっても美味しいし、先日のお祭りで買ったジャムもすごく良い味で、市場で買ってきた果物や野菜と合わせて私の朝食は今とても充実している。
歩いていける場所に美味しい物が売っていたり食べに行けたりするのは本当にありがたいよね。生活向上万歳、異世界ごはん最高ー!
◇
さて、パン祭りの後はカランの家具コンテストの開催が迫っていた。
今日、ニールさんの様子を見に行ったら制作は順調とのこと。まずは出品できないとどうしようもないからね。
ニールさんが言うには、今までとかなり勝手が違って戸惑うこともあったけど、段々慣れてきて楽しくなってきたそうだ。元々一人で黙々と作業したり細かい作業が好きなので、自分に合っているとまで言っていた。何よりだと思う。
ちなみにニールさんの神力は「水を操る力」だそうだ。家具職人と水って何か関係あるのかなと思ったけど、木を乾燥させるのにとても便利なのだという。
通常は一年以上かけてゆっくり乾燥させるところを短時間で乾燥させることが出来、しかも木に負担をかけずにひび割れや変色なども少ないので、非常に効率よく家具作りが出来るらしい。
なんかこう、能力って使い方次第なんだなぁと思ったよね。
木材の工房と家具工房は別々の所もあるけれど、カランでは「伐採した木を加工して家具を作る」という一連の作業を、すべて家具工房で行っている所が多いとのことだった。なのでニールさんのような能力を持つ人が工房には大抵数人は居るらしい。
町の外側、森に近い場所に木の加工や保存する場所があるとのことで、切り出しや植林なんかも計画的に行われているらしいよ。
それでね、家具製作は順調らしいんだけど、ニールさんがこんなことを言ってきたんだよね。
「最近、工房から外に出るとなんとなく視線を感じるんです。最初は気のせいだと思ったんですが、誰かに後を付けられているような気もして……」
ニールさんが気にしていて、アルクに確認してもらったら建物周辺に不審人物がいることが分かった。ずっとではないらしいけど、どうやら工房の様子をうかがっているようだという。
ニールさんに心当たりはないと言うけど、怖いよね。今の所は被害はないようだけど、十分気を付けて欲しいと思う。
私はアルクにお願いして、建物に不審者が入れないようにしてもらった。出入りはニールさんとおかみさん、あとは私達に限定。これで泥棒とかの心配はないし、建物の中に居ればニールさん達は安全だ。
でも何者だろうね。何を探ろうとしているのかも謎だし、心当たりがないことで余計不安になってしまう。ニールさん達はなるべく外出は控えるということだったけど心配だ。
◇
さて、ちょくちょく様子は見に来ているけれど、あれから特に異常は無しとのことでひと安心。
今日はニールさんやおかみさんと一緒にお昼を食べるんだけど、久しぶりにカランの塩唐揚げが食べたいと思って買いに行くことにした。テイクアウト出来るお店があるので、私はアルクと一緒にお昼前に出掛けたんだけど、途中でトラブルが発生した。
「こんにちは。観光ですか? 良ろしければ僕が案内しましょうか?」
なんだかね、ものすごく爽やかな笑顔で声を掛けられたんだけど、え、私に言ってるのって最初は思った。
「遠慮しなくていいですよ、僕はこの辺り詳しいですから。一緒に周りましょう?」
「いえ、別に観光ではないので結構です」
「あれ、何か警戒してる? 大丈夫、大丈夫、怪しくないから」
自分で怪しくないって言うのって怪しいよね。しかもなんだろう、すごく胡散臭い。町の人なのかな、恰好は辺りに歩いている人達と同じようなラフな服装で、年齢は……よく分からない。話し方で若そうに見えるけど、結構上にも見えるんだよね。不思議な感じ。
茶色い髪と瞳で、整ってはいるけれど印象の薄い顔。あ、こんなことを言っては失礼だね。だけど私、あまり人の顔を覚えるのが得意じゃなくて、この人は町中でもう一度会っても分からなそうだなと思ってしまった。
突然声を掛けられてすごく驚いたんだけど、男の人は尚も私に話しかけてきた。
「ね、少しお話しようよ。お茶でもしない? それとも今夜出掛ける? いい所に連れて行ってあげるよ」
最初は怖いと思ったけど、話し方のせいか警戒心より段々うっとうしいと思うようになってきた。私は無視して歩いたけど、めげずに男の人は付いて来る。
「ちょっとくらい良いでしょ~」
そう言って男の人が私の肩に手を置いたところで、アルクがその手を振り払った。
「お、保護者さんが怒っちゃった? でもさー、駄目だよ、そうやって出会いの機会を奪っちゃ。この子だって僕とお茶したいと思ってるかもしれないでしょ? 過保護は良くないよ~」
ニコニコ笑いながら話す様子はちょっと怖い。
「あの、私はあなたとお話する気もお茶をするつもりもありません。いい加減付いてくるのはやめて下さい、迷惑です」
私にしては頑張った。ここまではっきり言えたのはアルクが居るからだけど、これでどこかへ行ってくれないかな。そう思ったんだけど、相手は予想外の行動に出た。
突然私の両手を握ると、瞳を覗き込んでこう言ったのだ。
「一目惚れしちゃったんだよね」




