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振り向かなければ良かった。
顔を見た時にそう思った。
声を掛けてきたのは高校の時の同級生だ。
「久しぶり。卒業以来だよね。元気、だった?」
少しぎこちない笑顔で私に話しかけてくる。
「この辺りに住んでるの? 私ね、このお店にはたまに来るんだよ。美味しいよね、ここのケーキ」
何も答えない私に、一方的に話し続ける。
「今何してるの? どんな仕事してる?」
さも親し気に。
「あのね、実は私、今度結婚するんだよね」
だから?
「なんかここで会ったのもいい機会っていうか。ほら、高校の時って色々あったじゃない?」
色々? 色々って何?
「私もあの頃はその、なんていうか子供だったっていうか……分かるでしょう? 私達もさ、もういい大人になった訳だし、だからさ、もういいよね? 時効っていうか、すっきりしたいっていうかさ、お互いわだかまりとか無い方がいいでしょう?」
何を? 何をどう分かれと?
すっきりって何を言ってるの……
私が何も答えないことに困ったのか、彼女は更に何か言おうとした。だけどその前に、私の肩に手が置かれた。
「リカ」
アルクが声を掛けてくれて、私はやっと動くことが出来た。
どうやらすごく緊張していたらしい。
「え、誰? やだ恰好いい、モデル?」
アルクが見えるのか同級生は驚いていた。
私の様子がおかしいことに気付いて声を掛けてくれたみたいだけど、近くに居たんだね、アルク。
心配そうにのぞき込むアルクに「ごめんね、大丈夫だから」と伝えて私は車に乗り込んだ。アルクも助手席に乗る。
「あ、待って」
彼女がまだ何か言っていたけれど、私は構わず車を出した。
なんかね、私もびっくりなんだよ。彼女を見てこんな風になるなんて思わなかった。もう何ともないと思っていたのに、まだ引きずっていたことに自分自身がすごく驚いていた。
◇
私には高校二年生で同じクラスになり、仲良くなった咲ちゃんという友達がいた。お店の駐車場で会ったあの子だ。
クラス替え当初、気付いた時には自然といくつかのグループが出来ていたけれど、どこにも属していなかった私は同じような状態だった咲ちゃんと話をするようになり、そのまま一緒に行動するようになった。
休日も買い物に出掛けたりと人見知りな私としてはすごく仲良く過ごしていたと思う。
だけどそれが変わったのは三年に進級した春のことだった。
クラス替えはなく、二年生からの持ち上がりでクラスメイトの顔ぶれは変わらなかった。私は咲ちゃんと変わらず過ごしていたつもりだったけど、突然彼女は私の事を無視し始めたのだ。
初めは訳が分からなかった。
朝、登校して「おはよう」と挨拶をしたら顔を背けられ、彼女はどこかに行ってしまった。私は自分が何かしてしまったのかと思って追いかけたけれど、彼女は私を睨むだけだった。話をしようにもまったく聞いてくれないし、理由を聞いても何も言ってくれない。それが数日続き、一週間続き、一ヶ月が経つ頃には私もあきらめた。
だって原因が分からないんだからどうしようもない。
だけど、それまで学校内の行動はほとんど彼女と共にしていたので私は一人ぼっちになってしまった。彼女はいつのまにか別のグループの人達と仲良くしていたけれど、私には今更どこかのグループに入るなんて器用な真似は出来なかった。
最初はクラスメイト達も何があったのかと心配して声を掛けてくれる子もいた。だけど段々と慣れてきたのか、私が平気そうにしていたからか、何も言われなくなった。
彼女が仲良くしていたグループの子達は私に対しての当たりが強く、無視をしたり意地悪をされることはあったけれど、どうしても我慢できないというほどではなかったし、他のクラスメイトは普通に接してくれる子もいたので変わらず学校生活は続けた。
一人でいると多少困ることもあったけど、なんとかこなして過ごしたし、受験もあったので勉強に集中することでなるべく気にしないようにした。
そのおかげかどうか分からないけれど、私は第一志望の大学に合格できたし、大学でやりたかった勉強や研究にも打ち込めて希望した会社に入社もできた。会社は経営者が変わってひどいことになって最後はアレだったけど、今があるので良しとしよう。
まあとにかく、高校時代の最後は私にとってあまり思い出したくない一年だったことは確かだ。
もしあの意地悪がもっとエスカレートしていたら、もしあれが一年生や二年生の頃だったら、私は学校に行かなくなっていたかもしれない。私が人付き合いが下手なのは元からの性格もあるけれど、なんとなく壁を作って接してしまうのはこの時の影響が大きいと思う。
もう高校を卒業して何年も経つし、すっかり忘れていたのに、あの子に会ったことで台無しだ。本当に何で今更声を掛けてきたんだか。そっとしておいてくれればいいのに。
実は大学に入ってから駅で高校の同級生に会い、何故咲ちゃんが私の事を無視し始めたのかの原因を知った。
同級生は高校一年の時に同じクラスだった伊藤君という男子だ。委員会が一、二年と一緒で少し話すようになったけど、特に親しくしていたつもりはなかったし、声を掛けられて驚いた。
「俺さ、ずっとお前に謝らなきゃと思ってたんだよ。ほら、お前が二年の時に仲良かった咲って奴いただろ? あいつに三年になってすぐ告白されたんだけどさ、あんまりタイプじゃなかったし俺断ったんだよ。だけどあいつしつこくてさ、いい加減面倒くさくて好きなやつがいるから無理って言っちゃたんだよ。そしたら相手は誰だってまたしつこくて」
伊藤君は「モテるって辛いよな」とか聞いてもいないのに一人で一方的に話し続ける。一体何なんだろう。咲ちゃんの名前が出た時点で嫌な予感しかしないんだけど。
「でさー、その時なんとなく思い出したのがお前だったから、俺あいつにお前の名前言ったんだわ。適当に言っただけなんだけど、あいつ信じたみたいでさ。なんか後から聞いたらお前、あいつと喧嘩したみたいじゃん? 悪い事したなーってずっと思っててさ。ほんと、まじゴメンな。あ、この話、あいつにもこの前ちゃんとしといたから」
あまり悪く思っていなそうな軽い調子でそれだけ言うと、「いやー会えて良かったよ、じゃあな」と伊藤君は去って行った。
ひき逃げにでもあった気分だ。私の表情筋は死んでいたと思う。
確かに二年生の時、咲ちゃんは伊藤君のことを格好いいと言っていた気がする。彼はバスケ部で活躍していて身長も高いし、気さくな性格で女子には人気があった。だけど私は委員会で彼のいい加減な性格を知っていたから、咲ちゃんの言葉を否定したんだ。「あんなののどこがいいの」と。
伊藤君に告白していたことには驚いたけど、咲ちゃんは彼の言葉を聞いて何を思ったんだろう。自分が好きな人は友達のことが好きだった。相談したのに彼を否定していたのはもしかしてけん制だった? 二人は両思いで自分はそれを知らずに告白までした笑い者?
彼女の態度を振り返る限り、あまり良い想像をしたとは思えない。だけど何というか……阿呆らしい。
こんなことで私は辛い一年間を過ごしたのかと思うとやるせなかった。だって適当に名前を使われただけだよ? 何もしてないじゃん、私。ただの被害者じゃん。
衝撃的な話を聞いてしばらくの間はなかなか気持ちが浮上しなかった。少しづつ回復して、やっと忘れて過ごしていたのに。何が時効だ、何がすっきりだ。ふざけんなっ!




