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 家具の購入には他に書類の作成があるらしく、私達がまた展示棟にいくつもりだと話したらあちらで手続きをして欲しいとのことだった。これはイヨさんにお願いすればいいのかな。


「あの、実はですね、少々お願いがありまして……」


 無事購入希望が叶えられてほっとしたところで、ニールさんがおずおずと話し出した。何だろうと思ったら、親方のおかみさんが私達に会いたいと言っているそうなのだ。


「本当は今日一緒にこちらに伺えれば良かったのですが、おかみさんは少し体調が悪くて外出が難しい状態なんです。お客様にこんなことをお願いするのは本当に申し訳ないのですが、どうしても会いたいと言っていて。どうか、お願いできないでしょうか?」


 私はかまわないけど。そう思って二人を見たらアルクは頷いてくれたし、マリーエさんはちょっと何か言いたそうな顔はしていたけれど何も言わなかった。うん、お礼も言いたいし会うのは問題ないよね。それにどうしても私達に会いたかったら「来ないなら家具は売らない」って言えば済む話だよね。それをしなかったんだからきっと悪い人ではないと思う。


 聞いたらこれからでも大丈夫とのことだったので、ニールさんに案内をしてもらってさっそくそのおかみさんに会いに行くことにした。一体何を言われるんだろう。




 ニールさんに案内されてやってきたのは、工房からしばらく行った住宅街の中の小さな一軒家だった。工房の方の住居にはニールさんや弟子の人達が暮らしていたそうで、親方はこの家から通っていたらしい。


 ニールさんが家の中に声を掛け、様子を見てくると言って先に入っていった。そしてしばらくすると私達を招き入れ、おかみさんのいる部屋に案内してくれた。家の中はこじんまりとしていて落ち着いた雰囲気だ。壁に刺繍のタペストリーなんかが飾ってある。おかみさんが作ったのかな。そう言えばこちらで人の住んでいる家に初めて入ったかもしれない。


 おかみさんの部屋はあまり広くなさそうなので代表して私だけが入り、他の三人には部屋の外で待ってもらうことにした。マリーエさんはもちろん渋ったけどね。


 ベッドには小柄な年配の女性が起き上がって座っていて、私を見ると椅子を勧めてくれた。そしてすぐにとても申し訳なさそうに謝り始めた。


「ああ、こんな所まで来ていただいて、本当に申し訳ありません」


「いえ、こちらこそ素敵な家具を譲っていただいてありがとうございます」


 私がそう言うと、おかみさんはすごく嬉しそうだった。


「ええ、ええ、夫の家具をとても気に入っていただけたそうで、ありがとうございます。夫もきっと喜んでいると思います」


 旦那さんのことを思い出したのか、おかみさんは少し涙ぐんでいた。私はお悔やみを告げて、どうして私達に会いたかったのかを聞いてみた。


「はい、本当はこんなこと、お嬢様にお話しするようなことではないんですが、生い先短い女の頼みと思ってどうか話だけでも聞いていただけないでしょうか」


 あらら、何かすごく深刻そう? でもここまできて嫌ですとはさすがに言えないよね。なので「私でよければ」と言って、話を聞くことにした。


「ご存じかもしれませんが、夫の工房は近々閉めることになっています。受け継いできた由緒あるモリスの名を夫の代でなくすことになってしまったことは本当に残念です。いえ、工房のことはもう仕方がないとあきらめています。でも、ニールのことが心配で、あの子の事だけが心残りなんです。

 夫はニールをとても可愛がっていて、いずれは後を継がせたいと言っていました。ですが、夫が突然死んで工房は立ち行かなくなり、他の弟子たちが離れていく中であの子だけが残って工房の存続に尽力したり、私の面倒まで見てくれたんです。本当に心の優しい良い子なんです。そんなあの子に何もしてやれない、残してやれないのが本当に申し訳なくて……。

 ただそんな時に、うちの家具を気に入ってくださった方がいると聞いて居ても立っても居られず、あなた様に会いたいなどど不躾なお願いしてしまいました。どうかどうかご無礼をお許し下さい。そしてもし出来るなら、ニールの後見に、後ろ盾になっていただけないでしょうか。あの子は夫の自慢の弟子でした。あの家具を気に入って下さったなら、あの子の腕はきっとあなた様の期待に添えるはずです。どうか、どうかお願い出来ないでしょうか。この通りです、お願いします」


 おかみさんは必死になって私に頼み込んできた。「お願いします、お願いします」とずっと頭を下げたままでいる。困ったなぁ。だって後見人って私じゃ無理でしょう?


「あの、頭を上げて下さい」


 ばっと顔を上げて「それじゃあ」とおかみさんは呟くけれど、私は頭を振って否定した。


「ああ、いえ、それは私では難しいというか……。だけどニールさんにお話しを聞いた上で、なるべく力になれるように協力はしたいと思います。それでは駄目でしょうか?」


 おかみさんは私の後見は難しいという言葉に落胆したけれど、力になりたいという思いは伝わったようで少し笑ってくれた。


 だってねぇ、あんな風に頼み込まれたら協力はしたいと思うけど、出来ないことは約束出来ないよね。まあ、私に何が出来るのかという疑問もあるけど、とりあえずお金はあるし、マリウスさん経由でほんの少しは人脈もあるし。あれ、他力本願がひどいな。うん、結局私個人に出来ることってほとんどないってことだよね。


 でも家具を買いたいって言ったからって、どうして私にこんなことをお願いしてくるのかが疑問だ。せっかく気に入った家具をみつけたのに、その工房がなくなってしまうのは私だってすごく残念だとは思うよ。だけど、だからといって「じゃあ援助しましょう」とはならないよね。よっぽどお金持ちとか力のある貴族だったらともかく、私に頼んでも高が知れているのに、どうしてそんな事を言うんだろう。


 とりあえずおかみさんには落ち着いてもらい、またお見舞いに来ますと言って私達は家を後にした。おかみさんは最後まで「どうかよろしくお願いします」と言っていたけど、うーん。まずはニールさんにお話を聞いてみようかな。なにか力になれることがあればいいんだけど。さてさて。




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