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昨日の夜は、まあ色々あったけど、私はホテルライフを楽しむべく生まれて初めての猫足バスタブでお風呂を満喫した。でもね、さすがにアメニティやドライヤーがなくて結局家に戻ったりしたんだけど、休む時はホテルの豪華ベッドを使った。寝心地もよくてぐっすり快眠できたので朝もすっきり。異世界のホテルもなかなか良いね。
私が起きてしばらくすると、部屋にやってきた少し寝不足気味なマリーエさんに「準備が済みましたら朝食を運ばせます」と言われた。どうして起きたことが分かったのかな。マリーエさんは私の気配とかが察知できるんだろうか。
朝食はレストランで食べるのではなくルームサービスになっているらしい。さっそく応接室のダイニングテーブルにセットしてもらったら、朝食は最初一人分だった。アルクの分は断ったんだけど、マリーエさんに一緒に食べないのか聞いたら「あとで済ませます」なんて言うから、給仕の人にもう一人分を急いで用意してもらった。
初めは断られたけれど、一緒に食べないのは気になるし、行動を共にするならこの方が効率的だと言ったら頷いてくれた。今後も一緒に食べてくれるようにお願いもしておく。毎回これじゃ大変だからね。
食事の内容はサラダにオムレツ、パンとスープに果物。意外にシンプルだったけど私には十分な内容と量だった。食器はやたらと高級そうだったよ。
マリーエさんは昨日の状態からは落ち着いて、今は冷静さを取り戻しているようだ。なので昨日の誓約の事を確認してみた。だってね、覚えてないとかでアルクの事とかうっかり話しちゃったら大変だし。
「昨夜はお見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」
マリーエさんはちょっと恥ずかしそうにしていたけれど、こちらこそすみませんって思ったよね。それと契約についてはちゃんと理解しているって言っていた。だけど「マリウス様への報告が……」なんて悩んでいたので、いずれ誓約は破棄するし、マリウスさんにも話すつもりはあるからと言って納得してもらった。マリーエさんにはいきなりで申し訳なかったけれど、うん、これで心置きなく色々出来る、かな。
食事も済んで私達はまっすぐ展示棟に向かった。受付けでイヨさんを呼んでもらい、さっそく今日の見学に出発する。私達は昨日の最後に見た区画まで進み、そこからスタートだ。
イヨさんとは昨日食べた唐揚げの話で盛り上がり、町の人が良く行くお店なども教えてもらったりとだいぶ打ち解けた。初めは案内なんてと思ったけれど、イヨさんの説明はとても分かりやすく、技術的なことや知りたいことにちゃんと答えてくれるので見学がとても楽しかった。
見始めてしばらく経った頃。
「あ、これいいかも」
思わず声に出していた。シンプルで華美過ぎない、でも細部までこだわったことが分かる素敵なテーブルを見つけてしまった。大きさも丁度良さそうだ。アルクも横に来てテーブルを見るとうんうんと頷いてくれているし、これ、すごくいいなぁ。他にも椅子やチェストなんかもあって、揃えたらすごく素敵だと思う。
「お気に召しましたか? こちらはモリス工房の品になります。カランでも歴史があり、以前は王家に家具を献上したこともある大変優秀な工房です」
へー、すごい工房なんだ。でもそうするとお値段が高かったりするのかな。
イヨさんの事前説明では、ここに展示してあるものは一応見本らしく、通常は自分の気に入った家具をベースに装飾や家紋を入れたり、自分の好みにカスタマイズして設計してもらい、一から制作してもらうのが一般的らしい。もちろん希望すればここにある物も買い取り可能だそうで、工房が委託していればこの場で買うことも出来ると言っていた。
私はそんなに装飾が多すぎるのは好きではないし、家紋は一応あるけど入れるつもりはもちろんない。制作してもらうなんて時間もお金もかかりそうだし、これをそのまま買えるならその方がありがたいんだけど。
「はい、お調べしますね。あ、これは……発注や買い取り希望の方は工房で職人と面談となっておりますね。お値段についても工房へ行って直接問い合わせなければいけないようです」
イヨさんが申し訳なさそうにしている。もしかして顧客に対してすごく厳しいお店だったりするんだろうか。頑固で気難しい職人さんに「お前のような奴に家具は売らん!」なんて言われて追い返されるとか。うーん、それはちょっと困るな。
とにかくイヨさんにはどうしようも出来ないことなので、工房の場所を聞いて訪ねてみるしかなさそうだ。マリーエさんは職人がここに出向いてくればいいとかリカ様に対して不遜だとか言って騒いでいたけれど黙ってもらった。お願いだから静かにして下さいね。
実はフロアの中には各所に商談スペースのような場所があり、顧客と工房の職人と思われる人達が話しをしているところを何度か見かけている。あそこにいる顧客は商人か貴族の使いなどだそうで、工房を呼び出して話をしているとのことだった。一番の顧客である貴族になると屋敷に職人を呼びつけるか使いをやって終わりで、本人が訪れることは滅多にないそうだ。
なのでモリス工房のように、顧客にわざわざ足を運んでもらうなんてことはほぼありえないことらしい。よほどの事情があるのか殿様商売なのか、単に職人の気質によるものなのかは不明だけど、私が気に入ってしまったのは厄介な工房なのかもしれない。でも素敵な家具なんだよなー。
一応、一階フロアはあと少しで全部周れそうなので残りも見てしまうことにした。もしかしたらまだ良い感じの家具があるかもしれないからね。マリーエさんにはもう少し付き合ってもらおう。アルク行くよー。




