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マリウスさんとネロさんを家に招き入れ、アルクも一緒に四人でお茶をすることにした。今日は紅茶でダージリンのセカンドフラッシュ。フルーティーで上品な香りと甘みがある。
二人の訪問は事前に連絡をもらっていたので、午前中に仕事の件で伯父さんの店に行った時にケーキも買ってきてある。マリウスさんに確認したら甘い物は大丈夫とのことだったし、疲れた時は糖分だよね。
大皿にいくつもケーキを盛って出したら、マリウスさんとネロさんが驚いていた。なんだかアルクの反応と同じような感じで称賛がすごく、とにかく「美しい」「綺麗」の大合唱だった。
「どれにします?」って聞いたらものすごく真剣に選んでいて、横でアルクが満足そうにニコニコしているのが面白かった。
選んだ後も大変で、一口食べては「美味しい」を連発していた。ネロさんはまた商品化とか言い出すし、マリウスさんも一緒になって売り出したいとか、この二人気が合うんじゃないかな。それにマリウスさんの顔に赤味がさしてだいぶ元気が出たように見える。美味しいは元気の素だね。
さて、ひとまずケーキを堪能した後は紅茶のおかわりを入れて二人の訪問の目的、クラウスについての話を聞くことにした。少しは気になるからね。
「クラウスと私は半分しか血が繋がっていないんです」
マリウスさんはそう話し始めた。
「私の母は私を産んですぐに亡くなりました。元からあまり体が丈夫ではなかったのですが、出産の無理がたたってそのまま。父はガイルの町長でまだ若く、周りからの勧めもあって後妻を迎えることになりました。それがクラウスの母親です。彼女はメルドランの北側、リンデール領の領主の娘です。父の再婚の話を聞きつけて、向こうから申し込んできました。メルドランとリンデールは昔からあまり仲が良いとは言えず、それを解消する為の領主一族同士の結婚、という話だったのですが……」
マリウスさんによると、クラウスの行動や言動はこの奥様が原因のようだ。奥様は名前をアメリアさんというそうで、ちょっと、いやかなり問題ありの人だったらしい。
最初は大人しい、いかにも箱入りなお嬢様だと思われていたそうだ。貴族同士の結婚なので本人達に愛情があるかどうかはあまり問題ではなかったそうだけど、ラベールとの夫婦仲も悪くはなかった。だけどクラウスが生まれ、アメリアが社交の場に出るようになると、だんだんと彼女の発言が問題になってきた。
パーティーや会食などの大勢が集まる席で、メルドランよりリンデールの方が優れているとか、メルドランを貶すような事を平気で口にするのだ。嫁いですぐはあまり目立たなかったし、故郷を離れて寂しいのだろうと流されていたが、度重なる発言にメルドランの誰もがアメリアに不快感を示しはじめた。
なんでそんな人を嫁に出したんだかって感じだよね。嫌がらせ? 最初からリンデールはメルドランと仲良くするつもりがなかったのかな。
まあその後も色々やらかして、結果、表に出してもらえなくなり、子供達にも悪影響だからと引き離された。離婚まではいかなかったみたいだけど、屋敷の離れに隔離されて夫のラベールとも生活は別になったそうだ。
だけど優秀なお兄さんと違って勉強嫌いなクラウスは、よく家庭教師から逃げ出してこっそり母親の元に通った。幼い子供が母親を恋しがっているのだろうと、事情を詳しく知らない使用人達はそれに気付いても見ないふりをし、そしてラベール達が気付いた時にはクラウスはしっかりアメリアの影響を受けた後だった、ということらしい。
自領のことを悪く言うなんて領主の一族としてはもってのほかだ。すぐに再教育が行われたけど、幼い頃に受けた影響ってすごく大きいんだよね。さすがに自分の領については考えを改めることができたようだけど、アメリアが詐欺師呼ばわりしていた賢者については悪いイメージが残ってしまった。おじいちゃんが詐欺師とか、本当に失礼な話だ。
そしてクラウスは私の事を知って、すぐに「排除すべきもの」と思ったようだ。クラウスにとってはおじいちゃん自体が悪だったから、孫の私も当然悪いヤツって考えたらしいけど、ほんと失礼だし迷惑過ぎる。
ラベールはアメリアとクラウスのことを早々に見離したんだけど、それによって一番大変だったのはマリウスだった。隔離されたアメリアはともかく、クラウスが何かやらかす度にマリウスがその後始末に奔走するはめになってしまった。
クラウスは物事を深く考えるということをしなかった。素直と言えば聞こえはいいが、人に言われたことを何でも信じてしまう。そしてガイルでは一番の権力者の息子だ。ついでに腕力もあるので、クラウスに逆らったり諫めたりする人は少なかった。
逆に利用しようとする者にとっては非常に操りやすい恰好の人物だった訳で、本人は気付いていないけどクラウスの取り巻きにはそういった思惑がらみの人物やその子供など要注意人物が多くいた。
なのでマリウスさんは、このままでは危険だと判断してどうにか引き離したいと考えたけどこれが難しく、苦肉の策でクラウスを王都へ留学させたのだそうだ。
たまたま領に帰って来た時に私の話を聞いたのはタイミングが悪かったのか、いずれにしろ問題は起きていたのか、難しいところだね。




