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「は?」


 一瞬部屋の中が無音になった気がする。この場に居た人達の心は一つだったと思うよ。突然何を言い出すんだろうね、この人。


「嫌です」


 私は即お断りしたんだけど、クラウスは引き下がらない。


「先日の無礼は詫びる。だから素直に俺と結婚しろ。そうすればすべてが丸く納まる」


 よく分からないけど、言っていることがおかしいことは確かだ。詫びると言いながら全然謝るような態度じゃないし、どうしていきなり結婚なんて話になるんだろう。しかも命令形。丸く納まるって何を言ってるんだろうか。


「なんであなたと結婚なんてしなくちゃいけないんですか? 絶対に嫌です。ありえません」


 前回何も言えずに終わったので、今回は一応言いたいことは言っておいた。だけど相手がこれだからね、話が通じる訳がなかった。


「なぜ断る? 俺と結婚できるんだぞ。平民が貴族の俺と結婚出来るんだ、喜ぶべきだろうが!」


 逆切れされた。前回と変わらない上から発言だし、どうして私が喜ぶと思うんだろう、意味不明だ。結婚願望はあるけどお前じゃない、絶対に。


 尚もよく分からないことを言い続けて私に結婚を迫るクラウスだったけど、今度は流石に警備の人達に取り押さえられた。


「今だ、縄を持ってこい!」


 数人で取り押さえているところに別の人達が特殊なロープのような物を持ってきてクラウスをぐるぐる巻きにしていった。ご丁寧にさるぐつわまでされている。


 クラウスは暴れているけれど、しっかり巻かれているので陸に上がった魚のように跳ねるだけだった。その後はマリウスさんの指示で引きずられるように部屋を連れ出されていったんだけど、私だけじゃなくて部屋にいた人達みんなが呆然としてそれを見送った。


 結局、謝罪の場は更なる事件現場となってしまった訳なんだけど、お互いにクラウスが「おかしい」という認識で一致して妙な連帯感のようなものが生まれていた。


 もちろん謝罪はされたけど、私としては「あんなのが身内でそちらも大変ですね」って感じだ。ラベールさんはソファにもたれてぐったりしていて具合が悪そうだし、息子があれじゃねぇ。心労が凄そうだ。


 マリウスさんは弟が自分の考えで私と結婚なんてことを言い出すはずがないと言っていた。そんなことを考える頭はない、と。ちゃんと調べてこれ以上おかしなことをしないように牢にでも入れておくとも言っていて、それくらいしないとあの変に行動力と体力だけはあるクラウスは押さえられないらしい。お兄ちゃんは大変そうだった。


 ただ、アルクが結構怒っていて「もしまたあれがリカに近づいてきたら攻撃する」と言っていた。確かに、二度あることは三度ある? あまり考えたくはないけどありそうで怖い。


 マリウスさんからはまったく構わないのでやってしまってくれという言葉をもらった。精霊は争いや戦いは好まないというのを本人から聞いた気がするんだけど……アルクはものすごくやる気だった。


 色々あったけど、マリウスさんとオリバーさん、ネロさんの深々としたお辞儀に見送られて私とアルクは役所を後にした。何しに来たんだろうねぇ、私達。




    ◇




 後日、ネロさんと一緒にマリウスさんが家に訪ねてきた。先日のクラウスの発言について分かったことを報告しに来てくれたらしい。


 マリウスさんはだいぶお疲れの様子で目の下の隈がひどい。少し前にネロさんに聞いたところによると、お父さんで町長のラベールさんは部屋に引きこもってしまったらしい。役所の仕事も何もかも投げ出してしまったそうだ。


 ラベールさんは領主の一族に生まれ後継者候補となったものの、自分は領主に向いていないと兄を推すことを宣言して早々に後継者争いから離脱したそうだ。ただ静かに研究をしたい、それが彼の望みだった。


 彼は植物、特に農作物に対して非常に強い興味を持ち、独自な研究を続けていた。領主の、しかも直系後継者の一人として果たすべき役割や周囲からの期待がある中、研究をしている時だけが彼にとって心安らぐ時間だったらしい。もちろんそんな彼の行動は周りには理解されず非難さえされたそうだ。


 やがて領主の後継者が兄のフォルスに確定したと同時に、ラベールはガイルの町長に就任した。領主である父ランドル・メルドランによる任命で、ラベールに良かれと思ってのことだったが、ラベールにとっては迷惑この上ない話だった。この辺りは副町長のオリバーさんから聞いた話で、ラベールさんは歳が近く昔からの知り合いでもあるオリバーさんには色々と自分の気持ちを打ち明けていたらしい。私が聞いてもいい話なんだろうかって思うんですが……。


 ラベールさんは結婚して子供が生まれ、ガイルの町で執務はこなしていたものの時間を見つけては抜け出して研究を続けていた。


 マリウスが大きくなり、だんだんと執務を手伝うようになると抜け出す時間は長くなり、やがてマリウスに仕事を任せ始めた。


 マリウスは優秀で、滞りがちだった執務がスムーズになったことで役所はマリウスを歓迎したものだから、余計にラベールは仕事を放棄するようになってしまったそうだ。私が初めて役所を訪れた時もいつのまにかいなくなっていたらしい。


 今回の件で恐らく現領主である兄や王族からも叱責があると考え、ラベールは責任を取って町長を辞任、あとをマリウスに託すと言っているそうだ。町長は領主による任命制らしいが、マリウスが引き継ぐ分には承認されるだろうとのことだった。


 執務とクラウスの件でこの一週間は慌ただしかったそうで、マリウスさんの疲労と心労はだいぶ蓄積されているようだ。背負っている影が濃い。


 お兄ちゃん、頑張れー。


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