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 こんな朝早くから誰だろう?


 そう思って出てみると、役所のネロさんだった。


 ネロさんは泣きそうな顔で玄関に立っていて、私が出ていくと崩れ落ちるようにその場に座り込んでしまった。


「どうしたんですか、大丈夫ですか?」


 私はびっくりしてネロさんに話しかけたんだけど、ネロさんはなかなか立ち上がれず、落ち着くまでにしばらく時間がかかった。


「すみません、家にいらしゃったことに安心して気が抜けてしまいました」


 何だかネロさんは謝ってばかりだね。でも、安心したってどういうことだろう? そう思って聞いてみたら、私達が出掛けていた間に何度も家に来てくれていたらしい。


「先日の騒動の後、リカ様にお詫びをとこちらを訪ねたのですがいらっしゃらなくて……。昨日もまったく反応がなくてお留守のようでしたので、ガイルから出て行かれたのでは、もしかしたらもう戻ってきていただけないのではと……またお会いできて、本当に嬉しいです」


 そう話すネロさんは涙目だった。ここに来れる人が限られるのでネロさん個人にだいぶ負担がかかっていたらしい。旅行を楽しんでましたなんて言えない雰囲気だ。留守にしていてごめんなさいです。


「それで、正式に謝罪をさせていただきたく、こちらに町長やマリウス様が訪問したいと言っているのですが、いかがでしょうか?」


「え、結構です。来なくていいです」


 私は聞かれて即答してしまったけどネロさんは必死だった。


「そうおっしゃらずに、お願いします! お怒りなのは重々承知しております。ただ、我々にチャンスを、謝罪の機会を与えてはいただけないでしょうか。どうか、どうかお願いします!」


 頭を下げるネロさん。あの日、クラウスという人を連れてきてしまったことを本当に悔やんでいるようで、ひたすら謝られた。ネロさんがまったく悪くない訳ではないけれど、権力と腕力のある人に強要されたことは知っているからあまり責められないし、これ以上の謝罪なんか求めていない。


 とりあえず、このまま玄関で立ちっぱなしはと思いネロさんを家の中に招いた。椅子に座ってもらい落ち着いてもらおう。紅茶を入れることにして、今日はネロさん色からの連想で苺のフレーバーにしてみた。


 香りを楽しんでくれているようで、ネロさんの顔が穏やかになった気がする。お茶を飲んで少し緊張が解けたのか、ネロさんはあれから起こったことをぽつぽつと語ってくれた。


「あの日、こちらの家を出た後に私はすぐにクラウス様を探しました。クラウス様だけではこの家に入ることは出来ませんし、家の場所も見失っているはずです。しかしクラウス様の姿はすでになく、付近に待機させてあった馬車もありませんでした。恐らく屋敷に戻られたのだと思い、私は報告の為にひとまず役所に戻ることにしました」


 あー、一緒に来たネロさんを置いて行っちゃったんだね。メルベルク家のものだったらしいけど、馬車を使うとはさすが貴族、なんて変な所に関心してしまった。


「役所に着くと、副町長のオリバー様がいました。出掛け際の騒動を知って、私の帰りを待っていてくれたようです。私はすぐにクラウス様の行動を報告したのですが、話を聞いたオリバー様にこれからメルベルク家に向かうから一緒に来てくれと言われました。あったことを正確に伝えられるのは私しかいないからと言われて、そのまま二人で屋敷に向かったんです。

 屋敷に着くと、オリバー様は町長のラベール様へ面会を求めました。しばらく待たされましたが、ラベール様がやってきてオリバー様はすぐにクラウス様の事を報告されました。もちろん私もあったことをお話しました。

 ラベール様はすごく難しい顔をしていていましたが、控えている者にクラウス様を呼ぶように言いつけました。しかし、クラウス様は屋敷にはいらっしゃいませんでした。どうやら屋敷には戻られず、別の場所に行かれたようなのです。

 ラベール様はクラウス様を探してすぐに連れてくるように命じました。結局、私達はクラウス様が戻るまで屋敷で待たなければなりませんでした」


 大きな溜息と共に言葉を切ったネロさんの表情が暗い。


「クラウス様が戻られたのは夕方近くになってからです。その頃には長男のマリウス様も屋敷に戻られていました。私は先ほどラベール様にした話の確認をされ、皆様の前でリカ様の家であったことをもう一度お話しました。クラウス様はひどく不機嫌な顔をされていて、私が話し終わっても『だから何だと言うんだ?』と私の事を睨みつけていました」


 うーん、失礼なことをしたって自覚がないんだね、きっと。呼び出されたことについて何も思わなかったんだろうか。巻き込まれたネロさんは本当に可哀そうでこっちが申し訳なくなってしまう。なのでとりあえず美味しい旅のお土産を出してあげた。甘い物食べて元気だしてね。


「あ、ありがとうございます……。何ですかこれ、ものすごく美味しいんですけど。え、これ販売できません?」


 商魂たくましいなぁ。役所職員じゃなくて商人だったのかな。さっきより元気が出たみたいで良かったけど、気になるので先にお話をしてもらえるようお願いした。


「あ、失礼しました。それでですね、クラウス様は私に対しては強気だったんですが、ラベール様が『お前は自分が何をしたかも理解できないのか』そう言ったことで初めて焦り始めました。クラウス様は本当にリカ様が偽物だと信じ込んでいたようですね。一体誰に吹き込まれたのか。ラベール様はそのままクラウス様に謹慎を言いつけました。処分についてはこれから検討するとは言っていましたが、自分は気分がすぐれないので休むと席を立ち、後のことを長男のマリウス様に任せて部屋を出て行ってしまったんです。

 その、こういうことはあまり言いたくはないのですが、ラベール様はあまり執務などに熱心ではいらっしゃらなくて……。最近は町長としての仕事もほとんどマリウス様が代わりにされているような状態なんです」


 何だか内部事情が明かされてしまったけど、私が聞いても大丈夫なのかね。仕事放棄する町長ってすごく駄目な感じだけど、何か理由があったりするのかな。うーん。


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