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思い立ったが吉日。会社を辞めて一番良かったのは、時間が自由に使えることだ。
会社に勤めていた時は残業が多くて大変だったけど、代わりにお給料はそれなりにもらっていた。もちろん使う暇もなかったから結構しっかり貯まっている。
さらに今は家賃・光熱費なし、食費もガイルの買い物のおかげでだいぶ助かっている。さらに家の管理費という名目で少しお金ももらっているし、伯父さんからのアルバイト代もある。はっきり言ってかなり余裕のある状態だ。
当面お金の心配をしなくて良さそうなのは本当にありがたいと思う。なので、贅沢をするつもりはないけれど、やりたいことはなるべく実行したいと思っている。
先日の花ちゃんとの会話で「旅行に行きたいね」という話が出たんだけど、その後少し旅行先とか調べてチェックしていたんだよね。今は紅葉の時期だし温泉も捨てがたい。
アルクが気に入りそうなスイーツのお店も見つけてあったし、突然思い立って旅行に行くっていうのもやってみたかった。なので今回は思い切って行ってしまおうと思う。観光シーズンではあるけど平日だし、大丈夫だよね?
目的地はだいたい決めてあったので先に宿を確保した。だけどね、アルクは精霊に食事や睡眠は必要ないし宿の予約なんて要らないって言うんだよ。
確かにアルクはご飯を食べないし、私が「おやすみ」を言うまではいつもリビングに居たので夜はどうしているのかは知らなかった。一応客間は用意してあったけど、使った形跡がなかったから不思議ではあったんだよね。まさか寝なくていいとは思わなかった。
アルクに夜はどうしているのか聞いてみたら、昼間と同じか辺りを見て周ったりしているそうだ。いつも通りにするので気にしなくていいと言うし、結局宿泊人数は一人で予約した。
「しゅっぱーつ!」
荷物は最小限、と思ったけれど、伯父さんから連絡があるかもしれないので一応パソコンは持っていくことにした。車だと荷物の量を気にしなくていいのがいいね。
片道二時間程のドライブだけど渋滞もなかったし、途中のサービスエリアで休憩しながら名物を食べたりとめちゃめちゃ楽しい。
アルクは最近スマホの使い方も覚え始めていて、観光場所などの検索をしくれたりとなかなか頼もしいし、カーナビにも興味津々でちゃんと使いこなしているのは凄いと思う。電気機器に強い精霊。うーん。
色々寄り道していたら結構時間が経ってしまった。今回は食事付きにしてあるので早めに宿に行って夕食までは温泉に入ったりのんびりしたいなと思っていたのだ。なので急いで宿に向かった。
なんとか予定通りに旅館に到着。駐車場に着いた時にはアルクは姿を消していた。でもね、最近はこの状態でもなんとなく居るのが分かるようになったんだよ。気配が分かるとか、私すごいってちょっと思う。これも神力が関係しているんだろうか。ただね、つい話しかけてしまうので独り言を言っている変な人に見られないように気を付けないといけなかった。
今日予約した旅館は、とても雰囲気のある素敵な宿だった。夕暮れ時のエントランスに灯りがともっていてすごく幻想的だ。当日予約なんて初めてだったけど、逆にすごく良い旅館が予約できたと思う。運が良かったのかな。
温泉は絶対条件だったけど、露天風呂付の温泉に豪華で美味しい夕食。お部屋は落ち着いた内装で清潔だし言うことなし。はっきり言って最高です。もう本当、来て良かったぁってしみじみ思うよね。
夕食前に温泉に入ったけど、食後にもう一度入って体はぽかぽかになった。アルクが色々珍しい物を見たらしく、私の所に来て質問してきていっぱいおしゃべりもした。本当に楽しい。だけどね、どうやら私は途中で眠ってしまったらしい。気が付いたら朝だった。
ちゃんとお布団に入っていたからアルクが運んでくれたんだろう。「おはよう」って笑うアルクが眩しいです。うん、幸せ。
迷惑を掛けてしまったけど、おかげで睡眠はたっぷりだ。朝は気持ちよく起きられて朝風呂まで満喫してしまった。アルクには感謝しかないよね、ありがとー。
朝食もなかなか豪華なビュッフェスタイルで朝からお腹いっぱいになった。少しずつ取ったつもりでも、数があると量が結構多くなってしまう。普段はそんなに食べないのに、旅先の朝ご飯って絶対食べ過ぎてしまうんだよね……うー、ちょっとお腹が苦しいかも。
「またのお越しをお待ちしております」
朝食後はすぐに荷物をまとめて部屋を出た。今日は観光と目的のスイーツを食べて帰る予定だ。見かけは女一人旅の私にも優しい女将さんの言葉に見送られ、私達は宿を出発した。
人気のカフェはさすがに少し待ち時間があったけど、素敵なお店で景色もすごく良かった。もちろんスイーツも美味しくて大満足だ。
アルクはちゃんと姿を現して一緒にお店に入ったんだけど、周りにキラキラが漏れて注目されてしまい焦ったりなんてこともあった。まあ、本人が喜んでいたので良かったと思う。
その後は以前から行きたかった美術館に行ったりとのんびり時間を過ごした。アルクと記念写真も撮ったよ。精霊って写真に写るのかなと思ったけど、ちゃんと写っていた。
あ、ちなみにアルクは姿を現す時は自然に周りに恰好を合わせていた。カジュアルスタイルのアルク、レアだね。銀髪碧眼の美人さんで凄く格好いいし、一緒に写ってる平凡な私との差が激しすぎるよ……。
アルクは人前に自由に姿を現せたり、色々不思議な術も使えてかなりすごい精霊だと思うんだけど、本人は「そんなことはない」って言うんだよね。
謙遜とかしなそうだし、他に精霊の知り合いもいないので比べようがないんだけど、本当のところはどうなのかとちょっと思っている。
あと、学習速度が早くて最近面白い方向に興味が向かっているから今後が楽しみだったりもする。好奇心旺盛なことは良いことだよね。応援しよう。
まあ、そんな感じでおしゃべりを楽しみながら私達は帰路についた。お土産も買ったし思い出もいっぱいだ。
途中でアルクが自分も運転したいとか言い出してさすがに断るなんてこともあったけど、無事家に到着できた。車の旅は移動は楽だけど、長時間の運転はやっぱり少し疲れたかな。でも出掛けて良かった~、本当に大満足だ。
旅の余韻に浸りながら、今度は電車の旅とか飛行機で遠出もいいな、なんてさっそく次を考えてしまうくらいにはアルクとの旅は楽しかった。ガイルでも旅は出来るのかなと聞いたら「今度行こう」と約束してくれたのでそれも楽しみだ。
うん、最近生活が充実してると思う。扉のおかげで毎日が楽しい。
そんな風に次の計画を立てたり旅の思い出を振り返ったりしていたんだけどね、翌日、朝食を食べている時にガイルの家に誰か来たようだとアルクが言った。




