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嵐のようにやってきて暴言を吐いた男の人はクラウス・メルベルク。ガイルの町長の息子で、ここメルドラン領の領主一族の一人だそうだ。
現在の領主はフォルス・メルドランという人で、この人の弟がガイルの町長をしているラベール・メルベルク。
直系嫡出子が家を継ぐらしく、継承者と継承候補者が家名を名乗り、それ以外は家を出て別の家に入るか新しい家名を名乗る。平民になることもあるそうで、その辺りは色々とルールがあるらしい。
ラベール町長の場合は兄が領主を継承し、継承者候補からも外れたので新しい家名のメルベルクを名乗っているそうだ。身分制度でよくある侯爵とか伯爵などの爵位は使われていないが上下はあるらしく、王家や領主に近いほど地位は高いらしい。ふむふむ。
あれ、そうすると家名のある私って小林家の継承者候補ってこと? お父さんが家長で、私か弟が家を継ぐという意味では間違っていないけど、何だかこちらでは誤解を招きそうだよね。おじいちゃんの後継者的な意味にとられてるとかあるんだろうか……うん、考えるの放棄で。
さて、このクラウスという人、年齢はなんと十五歳だった。こっちの人は大人っぽいね。成人は十六歳とのことだけど、未成年だからと言ってさっきのあの行動はどうなんだろうと思う。
私を詐欺師呼ばわりした理由についてなんだけど、昔、おじいちゃんがガイルの町やメルドラン領を活気づけた後におじいちゃんの名を騙る偽者が出たらしいのだ。
メルドランの周辺ではおじいちゃんの噂は広がっていて、ぜひ自分達もその恩恵に預かりたいという人達が大勢いた。偽者はそこをうまく利用したんだよね。。
おじいちゃんの顔なんてあまり知られていなかったから成り済ますのは簡単だったらしい。どこへ行っても偽者は大歓迎でもてなされた。だけど偽物は口は回るけど何が出来る訳でもなく、人々に用意させたお金を手に入れるとさっさと逃げて姿を消してしまったそうだ。
騙された人達はもちろんすごく怒って「賢者を名乗る偽物」への警戒はそれ以来非常に高くなった。中にはおじいちゃんの事まで詐欺師呼ばわりする人も現れたそうだからひどいとばっちりだと思う。
クラウスは王都に留学していて最近休暇でこちらに戻っていた。そこで私の噂を聞き、同時にささやかれていた「また偽物が出たのではないか」という声を真に受けてしまった。
どうやらパン協会さんの話を聞いて押しかけた人達が、私に会えなかった不満から偽物ではないかと言い出してそんな噂が広まったらしいんだけど、私はそんなことになっているとはちっとも知らなかった。
で、正義の人クラウスは、ちょうどネロさんが私に会いに行くという話を聞きつけて無理やり同行し、先ほどの事態になったということらしい。
クラウスは王都で騎士になろうとしているらしく、力が強い。しかも領主一族とあって逆らえる人もおらず、誰も暴走する彼を止められなかったそうだけど、正義感が強いってこれはただ迷惑なだけだよね。こんなので騎士って務まるものなんだろうか?
ちなみに、役所でカードの登録をした際に私の神力が登録されて、おじいちゃんとの血縁は確認されているらしい。
そんなことまで分かるんだなぁと感心したけど、そういうことも確認せず、ネロさんや周りの声も聞かずに突っ走ったんだからどうしようもないね。だいたい私は自分から「賢者の孫」なんて名乗ったことは一度もないよ。
だけど、正面から罵倒されるなんてかなりショックな出来事だった。こちらに来てからすごく歓迎されることばかりだったから余計に衝撃的だった。誤解だと分かっていても、メンタルの弱い私はすごく気持ちが沈んでしまう。
会社でもそうだったなぁ。理不尽なことで怒られても、上司に対する不満とか怒りよりも、怒鳴られたことに対してへこんでしまっていた。冷静に見ているつもりだけど受けるショックは別というか。表面上は平気そうにしていても結構引きずるタイプなんだよ。こいう時に自分が面倒くさいなと思ってしまう。
クラウスを外にポイして戻ってきたアルクは、心配そうに私を見ると頭を優しくなでてくれた。すごく子供扱いされてる感じがしたけど、心配してくれているのが伝わってきて嬉しかった。優しさに癒される。
まあそんなひと騒動があり、その日は会議どころではないということで別の日に改める事にななった。色々中途半端だし、私としては続けても良かったんだけどね。やれやれ。
ネロさんは最後までずっと頭を下げていたし、「またお詫びに伺わせて頂きます」と言っていた。なんだか上司の失敗の尻ぬぐいをさせられる部下というか、本当、お疲れ様です。
日本の家に戻るとまだお昼を少し過ぎたばかりだった。試食でパンを食べるからと思い会議の時間をお昼からにしていたのだ。
今日はコロネさん達の食パンを少し食べただけで終わってしまったので、私が用意したパンはそのまま手付かずだった。本当はみんなに食べて欲しかったのですごく残念だ。
今頃みんなでわいわいやっていたはずなのに、どうしてこんなことになったのか。そんなことを思いながら私はもそもそとパンを食べた。結構量があったので入る分だけ例の収納鞄に入れておくことにしたけど、やっぱりもう少し大きい鞄が欲しいなぁ。
アルクは一緒に戻ってきて私の横でコーヒーを飲んでいる。最近はよくお茶を飲むのに付き合ってくれるんだよね。
アルクと出会ってからまだそれ程経っていないけど、昔から一緒にいるみたいな安心感がある。結構長いこと一人暮らしだったし一人でいる方が気楽と思っていたけど、もしまた一人になったらすごく寂しくなりそうだなぁなんて思ってしまうくらいにはアルクが居るのが普通になっていた。
さて、ご昼も食べ終わり、どうしようかなと少し考えた私は出掛けることにした。
モヤモヤしている時は甘い物!
「アルク、美味しいスイーツ食べに行こう!」




