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気を取り直して話の続きだ。
ベル様の声が部屋に響く。
「あー、こほん。とにかくだな、アレは今隔離して捕えてある。儀式後は連れ帰って処罰する予定なのだが、それについては了承してもらえるだろうか?」
え、私に聞いてるのって思ったけど、みんながこちらを見ていた。
「えーと、別に反対とかないです。アルクが色々やっちゃっいましたし、私はそれで十分です。あとはお任せします」
「そうか」
現在のノーマイーラはあの黒いウネウネから無事に人型を取り戻しているそうだ。だけど私を襲った時の勢いは無く、かなり大人しくしているらしい。
というか、ぶつぶつ独り言を呟いたり急に泣き出したりとかなり不安定な状態とのこと。死なない体はその耐久性と一緒に精神面も考えないと色々問題ありそうだなぁと思う。まあ今回のようなことは想定外だったんだろうけどね。
で、だ。その彼女は隔離、つまりベル様の別空間に入れてあるんだけど、城の一角に捕えていると装って罠を張ったんだって。
「予想通り侵入者があった」
それで捕えられたのが城の騎士数名。他にも怪しい動きをした侍女や下働きなどもいて罠は大成功。
「そのほとんどがリンデール領の出身だったのですが、その中にクラウス・メルベルクがいました」
「クラウスって……あっ……」
ロイさんの説明にあれって思って気が付いた。そうだよ、クラウスって私にやたらと絡んできたマリウスさんの弟だ。それにリンデールはそのクラウスのお母さんの出身地だったはず。
捕まえた人達は取り調べをして洗いざらい吐かせたそうだ。そこから芋づる式に城内外、あと神殿内部の協力者だとかも捕えたらしく、例の自白剤が大活躍だったとロイさんが良い笑顔だった。うん、用法容量は正しくね。
それで分かったのは、騎士達は魅了や毒には犯されておらず、なのにノーマイラを崇拝していたということ。今回の事件に関しても悪いのは私や王族で「ノーマイーラ様をお救いしなければ!」という使命感に燃えていたらしい。
なんかね、幼い頃から使徒であるノーマイーラへの信仰心を強く植え付けられていたようなんだよね。
本来この世界を治めるべきはこの世界を作られた使途であるノーマイーラやベル様であり、彼ら不在の間の仮の統治者が現在の王族である。再びベル様がこの地に戻られるまでノーマイーラ様を守り敬い、更には世界の安寧を脅かす迷い人は排除するべしっていう内容を教えられていたんだとか。
リンデールは以前から閉鎖的で、自領至上主義なところがあったそうなんだけど、その根底には「ノーマイーラ様の御座すこの地は何処よりも素晴らしい!」って考えがあったみたい。あと王族への反抗的態度が度々あったそうだから、仮の統治者だって侮っていたのかもしれないね。
「リンデール領内の高位貴族になるほどその思想は強く、親世代が毒でノーマイーラのいいように思想を植え付けられた為に、その子供達へはそれがそのまま引き継がれて教育されていたようです」
毒の使用はあったりなかったりだったみたいだけど、教育って怖いって思う。クラウスのお母さんはがっつり思想が植え付けられていて、その母親に育てられたクラウスはリーンデールで育っていないのに母親の影響を受けちゃったってことだ。
そういえばクラウスって私と結婚するとか言っていたんだよね。もちろん全力でお断りしたけど、あの時もし私が渡り人だって知られていたら即殺されていた可能性だってあったのか。そう考えると……怖いよね。危ない危ない。
そして高位貴族がそうやって教育されていた一方、下位や下働きとかになるとその思想は薄く、領地からの指示で内容も分からずに動いてたなんていう人もいたそうだ。自領に有益な情報をもたらすっていうのはどこも少なからずやっていることらしいし、それで処罰とか可哀想に思えてしまう。
「クラウス・メルベルクは取り調べの結果、魅了や毒には犯されていないと判明しています。ただその思想は偏りのあるもので、ノーマイーラのへの傾倒は著しいものがあります」
クラウスの現在なんだけど、ガイルでのやらかし後は王都で生活していたはずだ。副騎士団長監視の下、思考や素行に問題がなければ騎士になることもできるって話だったはずだけど……駄目だろうねぇ、これは。
「指導を請け負っていた副騎士団長は辞表を提出しました」
あーそれはまた。
一応辞表は保留になってるそうだけど、クラウス以外にも牢への侵入やノーマイーラを助けようと動いた騎士がいたってことで、騎士団長含め何かしらお咎めはあるだろうとのことだった。監督責任とかそういうことかなぁ。
ちなみにリンデールの領主は捕縛済みだそう。儀式には参加していなかったけどノーマイーラと共に王都に来ていたようで、滞在していた本人を呼び出して取り調べをしたところ、こちらはしっかり魅了も毒も使われていたそうだ。
あとこの領主、思想やノーマイーラへの助力以外にもヤバい薬を領外に売ったりと手広くやっていたことが判明。捕まえる理由はいくらでもあったとのことだった。
それと現在、リンデール領にはエルンスト殿下と騎士を派遣しているそうで、恐らく領主一族はまるっとすげ替えになるだろうという話だから大掛かりなことだよね。
なにやらこの短期間で随分と頑張ったみたいだけど、そんなに大勢捕まえてどうするつもりなんだろう。ノーマイーラが居なくなれば危険度も下がるでしょうにって思う。
「それはそうだが、このままにはしておけないだろう」
それはまあ、野放しは危ないかもだけど。ただその捕まえた人達ってどうするんだろうなと、どうしても考えちゃうからねぇ。
「アレに従う者達の捕縛はほぼ終わった。あとは処分だが……」
うわぁ、聞きたくないなー。
◇
ガイルに戻ってきた。
いやぁ、なんだかすっごく疲れたよねぇってみんなで溜息をついていたんだけどね。
「リカ様ぁ……」
訪問者が居て、とっても情けない声が聞こえてきた。
誰かとな思ったら、やってきたのはマリウスさんだった。
胃のあたりを押さえながら青い顔をしているマリウスさんの後ろには、ネロさんが心配そうに寄り添っている。
「先ほど、クラウスのことを聞きました」
ああ、うん。どうやら私達がお城に行っている間にクラウスの件で連絡があったらしい。
「リカ様にご迷惑を掛け、反省中の身にも関わらずまたあのような大それたことを……リカ様や皆様になんとお詫びしていいのか、本当に本当に申し訳なくて……ううっ」
そう言うなりその場に崩れ落ちてしまった。
ソファで横になっているけど、マリウスさんは起き上がれないでいる。昔からやんちゃな弟のやらかしを、両親に代わって対処きたのに今度はこれだもの。もともと責任感の強い人だしショックが大きかったようだ。
しかもネロさんが言うには、ガイルは今ちょうど忙しい時期らしい。
「加えて先日、他領との輸送関係で少しトラブルがありまして、マリウス様は奔走されていたんです」
ガイルが活気にあふれ、日々発展しく様子を見るのは嬉しいとお仕事に励んでいたマリウスさんだけど、疲労と心労で限界を超えてしまったらしい。んー、クラウスはともかく、前にも手が足りないって言っていたし人を増やした方が良いんじゃないかな。
「それが、マリウス様は何でもご自分で動かれてしまうので……」
マリウスさんの補佐をしているというネロさんは困ったように笑うけど、それはなんていうか改善したほうがよいと思うよ。




