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『それじゃあ、里香の事よろしく。里香、良い子にするんだよ?』


『うん、大丈夫、私いい子にする~!』


『大丈夫よ、リカはいつも良い子だもの』


『そうだな、お前の方こそ美香さんが入院して心配だろうけどしっかりな』


『ああ、俺は大丈夫だよ。入院は念の為ってことだけど、今は一番大事な時だから安静にしないとね。しかしこんな時に限って出張だなんて、まったくうちの会社は……』


『まあまあ、そう言うな。里香のことは任せて、さっさと仕事して帰って来るんだな』


『うん、ほんとに助かるよ。じゃあ里香の事、よろしく頼むね』


『ああ』


『行ってらっしゃい』


『お父さんいってらっしゃーい!』


 私は一生懸命手を振って、去って行くお父さんを見送った。


『リカは偉いわね、ひとりでお泊り出来るんだもの』


『そうだな、里香はしっかりしてて偉いなぁ』


 ひとりでお泊りするのは初めてだけど大丈夫。だって私、お姉さんになるんだもん。それにお母さんとお父さんがいなくて寂しいけど、おじいちゃんとおばあちゃんが居るから全然平気。


 私は毎日、大好きな二人と一緒に楽しく過ごした。


 だけどある日、私がお昼寝から目が覚めると、おじいちゃんもおばあちゃんも居なかった。


『どこに行ったんだろう……』


 広い家はとても静かで、すごく心細くなってしまった私は二人を探した。


 だけど家の中には誰も居なくて、私は外に出た。


『おじーちゃーん、おばーちゃーん、どこー?』


 庭を探したけど見つからなくて、私はここに来てから初めて泣きそうになった。でもそんな時、どこからともなくすごく綺麗なちょうちょが飛んできたのだ。


『きれ~』


 私はキラキラ光るちょうちょを夢中で追いかけた。だけど、いつの間にかちょうちょはどこかへ飛んで行ってしまい、私はがっかりして家に戻ろうとした。でもその時、誰かがささやいたんだ。


『あっちにキレイなハナがあるよ』


『お花?』


『そう、とってもキレイなハナがあるよ』


 声はするけど姿は見えなくて、でもおばあちゃんと居るとよくそういう事があるから私はあまり不思議に思わなかった。それにお花をあげたらおばあちゃんが喜ぶかもって思ったのだ。


『こっちだよ』


 私は声がする方に向かって歩いた。


『こっち、こっち』


『はやく、はやく』


 お庭はとっても広い。しばらく歩いて着いた場所は、いつもは行かない庭の奥だった。


『ほんとにこっち?』


『そうだよ、このさきだよ』


 この先は大きな木がたくさんあってちょっと薄暗い。


 私は少し怖くなって進むのをためらった。


『どうしたの、はやくいこうよ』


『はやく、はやく』


 声はしきりに私を誘う。


『でも、家から離れちゃ駄目だっておばあちゃんが言ってたし……』


『はなれてないよ、すぐそこだよ』


『そうだよ、すぐだよ』


『キレイなハナがあるよ』


 お花……すぐそこなら、大丈夫かな。


 私はおばあちゃんの喜ぶ顔が見たくて、先に進むことにした。


『こっち、こっち』


『すぐだよ、すぐそこだよ』


 声に言われるまま、薄暗い木々の中を歩いた。


 だけどちっともお花なんて見つからなくて、私はもう帰ろうかなって思ったんだ。


『お花なんてどこにもないよ?』


『そんなことないよ、ほら、あそこだよ』


『どこ?』


 声はしきりに『あそこだ、あそこだ』って言う。


 なので声の言うちょっと先の方を見てみたら、何かが地面に転がっているのが見えた。


『なんだろう、あれ』


 少し歩いて近付いてみたら、四角い石が崩れて散らばっていた。


『ねえ、やっぱりお花なんてどこにもないよ。私、帰るね』


 お花がなくてがっかりして、私は帰ることにした。だけど……


『だめだよ、かえっちゃだめ……おまえは、カエサナイ!』


 その言葉とともに、突然大きくて真っ黒い何かが迫ってきた。


『え?』


 私は訳が分からずびっくりして、「逃げなきゃ」って思ったけど足が動かなかった。足元を見ると、黒い何かが足に絡みついている。外そうとしたけど外れなくて、どうしよう、どうしようって思っている内に、黒い塊は私のすぐそばまでやってきた。


『ひっ……』


 怖い、怖い、怖い。


 大きな黒い塊には口があった。そしてその口があーんって大きく開いたと思ったら。


 次の瞬間、私はパクンって


 食べられた――




     ◇




「……っ!!」


 び、びっくりした。


 え、何あれ。私なんか黒い化け物に丸飲みされた?


 心臓がすごくバクバクしてる。


 私はどうやら夢を見ていたようだけど……


「ここ、どこ……?」


 なんだかやたらと明るくて白い場所に居た。


 私以外に何も存在しないのか、がらーんとした空間は壁も天井も見えないし光源も分からない。お花畑も川もないんだけど、これはあれかな、死後の世界……だったりして?


 だってね、さっきの夢は何だったのかよく分からないけど、じわじわーっと思い出してきたんだよね。


 そう、確か私、刺されたんだよ。こう胸の辺りをブッスリと。


 うん、あれはもの凄い衝撃と痛みだった。痛くて苦しくて、息が出来なくて……あんなのはもう二度と体験したくないって思う。あ、死んじゃったら二度目はないか。


 思い出したらなんとなく胸が痛い気がして思わず手を当てたけど、傷もないし血も出ていないようだった。というか、服はあの時着ていた衣装で真っ白いままだったし、刃物で切られた跡もない。不思議だったけど、死んだってことはこれは実際の私の体じゃないのかなぁ、なんてことをぼんやり考えた。


 ああ、それにしても、私を刺したあの人は誰だったんだろう。フードを被っていたけど、長い紫の髪をした女の人だった。初対面だと思うし刺されるようなことをした覚えもないんだけど、私を見て笑っていたし、なんていうか狂気を感じるっていうか、私を見つめる緑の目がすごく怖かった。


 それに何だっけ、「お前はこの世界に必要ない」とか言ってた気がする。あれって私があの世界の人じゃないってことを知った上での言葉だったのかな。まあ私のことはそれなりに知ってる人も多そうだし、個人情報だだ漏れだからねぇ、誰が知ってても不思議じゃないんだけど。


 だけどそれにしたって酷いと思わない? なんで私が刺されなきゃいけないのって思う。何か儀式を妨害したい理由があったんだろうか。それとも儀式とか関係なく、私がどこかで恨みでも買っていたとか?


 うーん、刺されるほどの悪意を向けられるってよっぽどだと思うんだけど、また勘違いとかくだらない理由だったりしたら嫌だなぁ。そういうのは本当に勘弁して欲しい。


「はぁっ」


 思わず出てしまう溜息。


 なんていうかね、あの女の人への怒りはもちろんあるし、色々言いたいことはいっぱいある。どうしてくれようって気持ちはあるんだけど、それよりも私は今、どうしても気になる事があった。アルクのことだ。


 私が意識を失う直前、確かにアルクの気配を感じた。あの時は痛みで意識が朦朧としていたけど、自分の死を予感して悲しくて寂しくて。たけどそれ以上にアルクにごめんねって、また一人にしてしまうことを申し訳なく思った。


 アルク、泣いてないだろうか。


 私の死を悲しんではくれるだろうし、きっと私の仇くらいは取ってくれそうだと思う。それにアルクは結構短気だから、あの周辺が酷い事になっていなければいいと思うし、他のみんなが巻き込まれてないかなんてことも心配だった。


 だけどその後。


 アルクが寂しがっていないか、ひとりで閉じこもったりしないかって、とにかくアルクのことが気掛かりだった。人見知りだし、あまり自分から周りとコミュニケーションとか取ろうとしないし……って、これは私も似たようなものなんだけど、あれでアルクはとても寂しがり屋だから。


 おじいちゃんが居なくなった後はずっと家に引きこもっていたみたいだし、また同じようなことになるのかなって思うと、なんだかもう悲しすぎて。アルクには笑っていて欲しいし、幸せでいて欲しいのに。


 本当は一緒に笑っていられたら一番良かったんだけど、それも出来なくなってしまったんだよね。なんていうか本当に束の間の幸せだったなぁって思う。せっかく思いが通じ合ったのにすぐお別れとか……あまりにも酷過ぎる。


「短い人生だったなぁ」


 そんなことを思いながら、思わず出てしまった呟きだった。


「あらあら、そんなことないわよぉ。あなたまだこれからよぉ~」


 だからそんな声が聞こえてきて、本当にびっくりしたのだ。


「え、誰?」


 あたりを見回したら、いつの間にか女の人が立っていた。なんというか、とっても綺麗でふんわりした雰囲気の人だ。豊かな金の髪に琥珀色の瞳。微笑む顔はとても優し気だ。


「気が付いて良かったわぁ。どう~、体に違和感とかないかしらぁ?」


 この人誰だろうって思いながらも、体の事を言われて気になってしまった。


「え、違和感、ですか?」


 さっきも確認したけど、刺された跡もなさそうだし痛みもない。というか、私、死んだんじゃないの?


「いえ、特には……というか、刺されたはずなんですけど、傷とかないのが逆にかおかしいと言えばおかしい気はしますけど」


「ああ、そう言えばそんな事になっていたわねぇ。でも、だからこうしてここに居るんだけどぉ」


 ニコニコと笑って女の人は言う。どういうことだろう、この人は何か知っているんだろうか。私の疑問を読み取ったのか、女の人はおっとりした口調で説明を始めた。


「あのねぇ、あなたの体は駄目になっちゃたみたいなのねぇ。それであなたはその姿になっちゃたんだけどぉ、でもあなた、そっちの方が本来の姿みたいよぉ?」


 うん?


「本来の姿、ですか?」


「そう~、ご親族にもいらっしゃるでしょう、ほら精霊の~」


 それって……もしかしておばあちゃんのこと?


 え、あれ……


 そこで私は気が付いたのだ。


 おばあちゃんの顔が、思い出せるって。



『リカ、私の可愛い孫娘』


 懐かしい幼い頃の日々が頭の中に一気に蘇ってきた。


『ほら、美味しいお菓子よ。こちらにいらっしゃい』



 綺麗で優しいおばあちゃんは、私をとても可愛がってくれた。


 いつも『リカ、リカ』って、名前を呼びながら私に笑いかけてくれる、大好きなおばあちゃん。


 さっきの夢の中のおばあちゃんの顔も、今はちゃんと思い出せる。どうして忘れていたんだろう、あんなに大好きだったのに、どうして……。


「大丈夫~? 随分としっかり記憶が封印されてたみたいだから、まだ混乱してるのかしらぁ。まあそのおかげで、あなたの体は安定していたみたいだけどぉ」


「それは、どういうことですか?」


 体の安定とか、一体どういうことだろう。それに本来の姿? 何がなんだか分からなかった。それに記憶の事を何か知っているんだろうか。


「えーっとねぇ、ほらあなた、さっきも言ったようにそっちの精霊体の方が本体でぇ、作られた人の体に入れられていたのよねぇ」


 ……うん? 作られたって……え、なにそれ。



 どういうこと――??





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